第14話、メガネケースと5月の風
今回は、ポチが凄い
さわやかな風が吹く五月。世間では連休を利用して帰省する人が多いようだ。しかし俺達は特に帰省する場所も無い訳で。
「修様ぁ〜、洗濯取り込んで下さい〜」
床で足をばたつかせながら、マキがだるそうに言う。
「いやだぁ〜ミュランダがやれば良いだろ〜」
連休と言っても、普段となんら変わりない生活。
「めんどくさいよ〜お姉ちゃんがやってよぉ〜」
いつもだと休みの日はとても楽しい物だが、こんなに暇な日が続いても、それはそれで苦痛だった。
「…みんな5月病」
ポチはそう言うと、すっくと立上がり、洗濯物を取り込む為にベランダに出る。
「…良い風」
少々気温は高めだが、涼しい風が吹いてくる。
ポチは五月病が理解できなかった。こんなにさわやかな天気なのに、何故やる気が損なわれるのか不思議だった。
「あー、もうすぐお昼ですねぇ〜」
「昼飯作るのめんどくせー」
「インスタントラーメンで良いよ〜?」
部屋の中では、やる気の無い会話が繰り広げれられている。
「…良い天気」
そんな会話を聞きながら、風になびく髪を手で押さえ、空を見上げる。
アルコール中毒の保健の先生からもらったメガネ、そのメガネ越しに見える景色は、いつ見ても美しかった。
「誰か〜、お湯を沸かして下さいぃ〜」
「動きたくね〜」
「今忙しいもーん」
そんな会話をしながらも三人は、
うだうだのたうち回っていて動かない。
「…」
しょうがなく鍋に水を入れ、コンロにかける。
「ありがとぉ〜ポチちゃんは良い子ですねぇ〜」
「もうね、ミュランダよりも良い子」
「なにそれ?私だってお湯沸かすくらい出来るもんね!」
ゲシっと修真に蹴りを入れるミュランダ
「はっはっは、日頃マキに鍛えられた俺の肉体は、その程度はビクともせんぞ」
キッチンの上にある棚の戸を開ける、ミソ、塩、とんこつ、醤油と大体の味のインスタントラーメンが入っている。
「…みんな何味?」
「塩」
と修真
「とんこつでお願いしますぅ」
とマキ
「私、ミソ」
そしてミュランダが、それぞれの好きな味を言う。
「…わかった」
(…どうしよう、鍋が三つも無い。そっか、全部入れちゃえば良いのか。)
袋を開けて、麺を鍋に入れる。
(…あ、私は醤油にしよう)
自分の分を作るのをうっかり忘れていたポチは、慌てて棚から醤油ラーメンの袋を取り出し、鍋に麺を入れる。
そして鍋にそれぞれの味の粉末スープを入れる。
「ん〜、凄く良い匂いがしますねぇ〜」
「でも、コレ塩ラーメンの匂いか?」
「ミソラーメンでも無いよ?」
(…よし、できた)
4つのどんぶりを出して、量が均等になるように分ける。
「…はい、召し上がれ」
テーブルに、今までに無いラーメンが入ったどんぶりが並べられる。
「…えっとぉ〜」
「塩ラーメンじゃない事は確かだな」
「でも良い匂いがするよ?」
しかしそのラーメンは意外にも美味だった。
「なんだろう、独特な味だけど美味いよ」
修真がそう言いながらラーメンを啜る。マキもミュランダも頷きながらラーメンを食べる。
「意外とポチちゃんって家庭的ですねぇ〜」
褒められて顔が赤くなるポチ。
「…あ、そう」
(…そっか、料理って楽しいんだな)
それは単純な事だが、ポチにとっては、とても良い事だった。
「あー、美味かったよ〜ご馳走さま」
「ご馳走さまでしたぁ〜」
「お姉ちゃん、ご馳走さまー」
「…ど、どういたしまして」
そそくさと4人分の食器を流しに置く。
「いやぁ…良いなぁ」
「何がですかぁ?」
「女の子が家事をしている姿っごぉっ!」
喋り切らない内にマキにグーパンチを頭にもらう。
「浮気は死あるのみですよ?」
にっこり笑顔で言うマキ。青筋が立っている。
「ちょ!ちょっと待て!浮気も何も付き合って無いだろ!?」
「あー!あんな事したのに、そう言う事言うんですかぁ?」
「は?俺何かしたっけ?」
「あ、いや、なんでもないんですけどぉ〜」
ニヤリと笑うマキ。
「うわあああああぁ!!俺は何をしたんだぁああああ!!」
「…あのっ」
「一体俺は、何をしたんだ?身に覚えがない…」
「…あのね」
「俺は何をしちまったんだああああ!!」
「…その」
「あ、何?」
「…だからその」
「だから?」
「…買って欲しい物があるの」
ポチが欲しい物ってなんだろ?全く想像ができない。
「ポチちゃんは、何が欲しいんですかぁ〜?」
プルルルルル
と、珍しく家の電話が鳴る。
「悪いけどミュランダ電話でてくれ」
はーい、と返事をしてガチャッと受話器を取る。
「あのね…メガネのケースと、メガネを拭いて綺麗にするのが欲しい」
(なんだ、そんなもんが欲しかっただけか)
また、どこかとんでもない世界に行きたい、とか言い出すのかと思った事を少し反省する。
(でも今月ちょっとピンチなんだよなぁ…)
実際、今月は大赤字である。マキの居候から、ミュランダ、ポチ、一気に人口密度の増した我が家の家計は崩壊とまではいかないものの、結構厳しい状況だった。
「パパー、学校から電話だよー」
「え?学校?」
「修様ったら、学校全ての窓ガラスに、デミグラスソースでも塗り付けたんですか?」
「そんなことする人間この世にいねぇよ!!お前の脳みそハンバーグで出来てんじゃねぇの!?」
「失礼ですねぇ、デミと言ったら、オムライスに決まってるじゃないですか」
「わかった、とりあえず、窓から飛び下りてみて。つーかデミとか略してんじゃねーよ、アレか?バイト先の会話か?」
「パパ、なんか電話の向こうで凄く怒ってるよ〜」
あっれー?俺なんかしたっけかなぁー。
自分の過去を振り返ってみたが、特に思い当たる節も無いので、とりあえず電話に出る。
「はい、もしもし」
「おい片桐ー、電話にはさっさと出ろアホカスボケー」
どこで一般的なんだこの人。
「あ、美穂先生ですか」
「あーあのよー、この前メガネあげた子いるだろー?」
「あ、はい」
「メガネケースあげるの忘れちゃってなー」
「あー、はいはい。今から買いに行こうと思ってたんすけど」
「金無いくせにー、何でも買えば良いとか思ってんじゃねー」
うっせーよ!!
「それでー、タダでやるから学校まで取りにきやがれー」
「あ、マジっすか?助かります!」
なんてタイミングが良いんだ、今日はついてるかもしれない。
「じゃー、とりあえず酒のつまみ買って来てくれー」
タダって言ったじゃん!!
「えーと、カラムー○ョとー、ポテチのコンソメとー、後はチーカマ」
「そんなお菓子ばっかり…太りますよ?」
「好きな事を我慢してー痩せた体を手にしたってー、その時点で私は私ではなくなるのだー」
男らし!どこでカッコいいんだて!!
「あーあ、せっかくのフェロモン爆発セクシータイナマイトデンジャラスビューティーボディーなのになぁ〜」
「よしー、今日はカラムー○ョだけにするー」
よっしゃもらったぁ!!
その後、丁重に電話を切る。
「ポチ、行くぞ」
「…え、どこに?」
「お目当ての物が、格安で手に入る場所だ」
「…わかった」
ポチは首を傾げながらも了解する。
「良かったですねぇ〜ポチちゃん、見て下さいよ、あの卑しいビンボースマイル」
「…うん」
「うん、じゃねーよ!言っとくけど、家が貧乏なのは、お前らのせいだからね!」
「あ〜、嫌ですねぇ〜すぐ人のせいにするんだからぁ〜、あんなダメな大人になっちゃダメですよ?」
「「うん」」
「よし、お前ら表出ろ」
出かける事になって3人がそれぞれ準備を始める。
「いや、出かけるのポチだけでいいんだけど?」
学校にメガネケースとメガネ拭きを貰いに行くだけなのに、わざわざ4人で行く必要はどこにも無い。
「え?ついて行きますけどぉ?」
「パパの役に立ちたいのー」
「役に立ちたいの?そんじゃ、家の掃除しといてね。買い出しはこっちでやるんで」
その方がとても合理的だ。
「…行ってきます」
「掃除頼んだよー」
バタン、と、玄関に立っていた修真とポチが扉の向こうに消える。
「さぁ!つけましょう!」
「やっぱり、迷彩服の方が良いのかな?」
自分の服に合わせてどちらがこの状況に合っているか比べるミュランダ。
「別に、ジャングルに行く訳じゃないんだら…」
「だよね、今日は段ボール箱とロッカーだけにしとくね」
(この子は、どこのプラントに潜入するつもりなんでしょうか…将来が不安です)
〜学校〜
「…学校?」
校門の前で立ち止まる、休日という事で人はいない。精々グラウンドで練習中の野球部くらいだ。
「あぁ、言って無かったっけ?美穂先生が、メガネケース渡すの忘れたから、って電話があったんだよ」
「…ふーん」
そんな会話をしつつ、下駄箱に行き、靴を上履きに履き替え保健室を目指す。途中大きな段ボール箱を持った教頭先生と擦れ違った。
「ちわーす、来ましたよー美穂先生ー」
ドアを開けると、デスクでしくしく泣いている、保健医こと岩瀬美穂がいた。
「…泣き上戸?」
「いや、違うな…大方隠してた酒でも没収されたんだろう」
頭の中で、さっきの段ボール箱と、保健医の有様が一本の線で繋がる。
「先生これ…」
泣き続ける保健医のデスクに、酒のつまみが入ったコンビニの袋を置く。
「うぅー」
と、顔を突っ伏したまま、手探りでデスクの二段目の引き出しを開けて、中から紫色のメガネケースを取り出し、それを修真に差し出す。
「あぁ、どうも。いつもすいません」
ぺこりとお辞儀をする。
その時に、偶然、美穂先生の引き出しの中身が見えてしまった。
(メガネケース?)
引き出しの中には、おびただしい数のメガネケースが入っていた。
(なんでこんなにメガネ持ってんだろ?)
「…あ、お酒」
「どこっ!?」
ガタン!と大きな音を立てて、今までに無いスピードで立上がる美穂先生。
(どこで反応速いんだよ、この人。目がこえーよ、光ってるよ)
「…ここ」
と言って、保健室のベッドの布団をめくる。
そこには、びっしりと美穂コレクションが並んでいた。
「ぉおおお!私の子供達〜!」
がばっとベッドに抱き付き、横たわっている酒瓶に頬擦りをする。
「あー、良かった良かったー」
「先生、隠し場所忘れるなんて結構ドジっすね」
「片桐ー、私が酒の事を忘れると思うか?」
(いや、それは無い)
と、買ってきたお菓子をバリバリ食べながら、黒い瓶の酒をラッパ飲みをする。
「って、何飲んどるんすか」
「いもー」
(そんなこと聞いてねぇよ)
「とにかくー、私はそんな所に隠して無いぞー?」
「…どこに隠してあったの?」
「おー、眼鏡似合ってんじゃないかー」
「…どうも」
とぺこりと頭を下げるポチ。
この人とポチが会話すると話が進まない。
「って、違いますよ、元々お酒が隠してあった場所はどこでなんですか?」
「あーそーこー」
ぐびっと酒を飲みながら、資料などが入っている棚の下にある、引き戸を指さす。
「…ここ?」
「おー、そこにー段ボールに入れて隠してあったんだよー」
がらっと、引き戸を開けるポチ
「…何も無い」
「変な話だろー?」
バリッとお菓子を頬張りながら喋る先生。
(美穂先生が酒を隠していた段ボールは、教頭が持っていたヤツで間違い無いとして、中身は何が入ってたんだ?って、ん?)
保健室には掃除道具が入っているロッカーしか無いはずだが、その隣にもう一つロッカーがあった。
「先生、こんなのありましたっけ?」
「あれー?おかしいなー?そんなの無かったはずだぞー?」
ガチャンと、ロッカーを開ける。
「…」
「…」
「…」
中には、懐中電灯を顔の下から照らしているマキがいた。
そして、ゆっくりとロッカーを閉める。
「いや、ホントあの段ボールの中身なんだったんだろうな?」
「…これはミステリー」
「ちょ、ちょっと突っ込んで下さいよ」
ロッカーがガタガタ動く。
「先生、ガムテープ借りまーす!」
「どーぞー、あんま使うなよー?」
そのガムテープでロッカーの戸を塞ぎ、更に、隙間という隙間に貼っていく。
「…ジョウロ借ります」
「おー、ついでにその辺の花に水やっといてー」
「…はーい」
と、返事をして、ジョウロを持ってきたポチを肩車する。
「注水開始!」
「…了解」
最後に、ロッカーの中に隠れていたなら、そこから外が覗けるであろう隙間に向かってジョウロを傾ける。
「うわっぷ!冷たっ!え?水?水攻めですか!?」
「…軍曹、攻撃中止しますか?」
「まだだポチ三等兵、奴は家の仕事をほっぽり出した、言わば国家反逆罪だ、生かしてはおけん」
「…イエッサー」
ジャーっと、ロッカーにどんどん水が注がれていく。
「…軍曹、子供の時にした、蟻の巣を水攻めした記憶が蘇ってきます」
「ポチ三等兵、ウソをつくな、それは人間の子供がする最もバイオレンスな遊びだ」
「いい加減にしないと殺しますよぉ?」
「…敵基地内部に魔力反応増大、攻撃がきます」
「よし、退却だ」
バガァァアアン!!
爆音と共に、ガムテープでぐるぐる巻きにしたロッカーの戸が吹き飛んできて修真とポチにぶつかる。
「…退却、間に合いませんでした」
「あぁ、そのようだ」
ロッカーの中からマキが出て来る。
「いつまで遊んでるんですか!ミュラちゃんが連れ去られたんですよ!」
「誰に?」
「教頭先生ですけど?」
「…あの段ボールの中身は―」
「ミュラちゃんです」
(なるほど)
〜修真とポチが学校につく前〜
「本当に学校で合ってるんですかぁ〜?」
修真とポチの後ろをつけながらマキとミュランダは歩いていた。
「だって学校からの電話だったんだよ?」
「まぁ、そうですけどぉ」
「あの電話の声って、この前学校でパパとお姉ちゃんが呼び出された時の声の人だよ」
「保健室の岩瀬先生ですか?」
「名前まではわかんないけど」
(それだったら…確かに学校の方に向かってますし…)
「先回りしようよ」
マキが腕組みをして考えていると、急にミュランダが提案する。
「え?」
「だから先回りだよー」
「いやぁ、しかしですねぇ」
「パパ達、保健室で何するんだろう?わざわざ休日に」
(え?)
「あ、コンビニ入ったよ!」
咄嗟にコンビニの横の路地に隠れる。
通りすがりの人が奇妙な物を見る目線で、路地にある段ボール箱とロッカーを見ながら通り過ぎる。
「コンビニで何買ったんだろうね?」
段ボールからの声。
「さぁ?」
と、ロッカーから。
(確かに、休日の保健室で何をするんでしょう?…岩瀬先生と修様とポチちゃん…あれ?男、女女、…保健室に男が一人に女が二人……はっ!!)
マキの脳裏には、とてもコメディー小説に書ける内容では無い行為に及ぶ三人の姿が浮かぶ。
「絶対ダメダメダメダメダメー!!」
「え?」
マキが突然ロッカーの中から大声を上げる
「どうしたのママ?」
段ボール箱に入っているミュランダが恐る恐る尋ねる。
「阻止しましょう!」
「は?何を?」
ガチャン、と、ロッカーから出るマキ。
「いいですかミュラちゃん?昔のことわざでこういう物があります」
「どんなの?」
「浮気ダメ絶対!」
「へぇ〜」
マキの博識っぷりに感嘆の声をもらすミュランダ。
意味は理解できなかったが、とても難しい意味が込められているのだろうと思ったのである。
この時4人程、サラリーマンやOLが通り過ぎたが、路地で段ボール箱に向かって熱弁している女の子は、さぞ不思議に見えただろう。
「という訳で、先回りしますよ!」
「ラジャー!」
こうして、大きめのロッカーを肩に担いだ女の子と、段ボールから足だけ出している少女は、学校の保健室に向かって走り出したのである。
〜現在〜
「という訳なのです!」
「おー、なるほどなー」
「あの…修様はどこでしょう?」
「今さっき帰ったぞー」
既に保健室には修真とポチの姿は無かった。
「…ミュランダ助けなくて良かったの?」
グラウンドを歩く
「あー、自業自得」
(あ、スーパーに行かなきゃ)
「…魔力反応増大」
「は?いつまで遊んでんの?」
「…違う、黄色勢力」
その瞬間、グラウンド上空にゲートが現れる。
「えええええええっ!?」
「…召喚魔術」
ゲートから、ゆっくりと巨大な体に2つの頭の獣が現れる。
「…地獄の門番、ケルベロス」
「は?何で、門番の仕事ほったらかしで学校の校庭に現れてんの?」
「…門番は通称」
「はい、すいませんでした」
グォォォオオオン!!
ケルベロスが一声吠えるとグラウンドにヒビが入る。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい!!」
ケルベロスからビリビリ殺意が伝わってくる。
「…何が?」
「ここで戦うのは、まずいって!」
ここは学校のグラウンドだ。こんな所で戦ったら、学校は壊れるし、地域住民には被害が出るし、問題は山積みである。
「くそっ!なんとかできないのかっ!」
ケルベロスは、前足で地面をガリガリ引き裂きながら、攻撃するタイミングを窺っている。
「…私に任せて」
その瞬間、ケルベロスが牙を向いて走り出す。
そしてポチもケルベロスに向かって走り出す。
「あ、おい!ポチ!」
ケルベロスが巨大な前足を振り上げ、ポチに向かって振り下ろす。
ドガァァアアアアン!!
ポチがいた場所の地面が吹き飛ばされ、炎が吹き上がる。
「ポチィイイイイ!!」
グォォォオオオン!!
ケルベロスの殺意に満ちた目が修真を捕らえる。
「お前……お前ぇえええっ!!!」
修真の体から赤いオーラが溢れ出し、竜巻のように吹き荒れる。
グォォッ
一瞬ケルベロスが修真に怯んだ。それは獣の本能にある、自分より強い者を判別する力だった。
ゆっくりと、ケルベロスに向かって歩いて行く修真。
「お前は…」
グォォォッ
ケルベロスは、本能が告げる、この敵には勝てない、という恐怖で後退る。
「お前は…殺す…」
そして、その恐怖がピークに達し、修真に飛び掛かる。
「っな!?」
ストールを出そうとした瞬間、ケルベロスの動きが空中で止まる。
良く見ると、ケルベロスの四肢が、地面から生えた氷柱で固定されている
「…私、まだ死んでないよ」
半目で修真を見るポチ。
「ポチ!!」
「…私に任せて、って言ったじゃない」
ポチは無傷だった。
むしろさっきとは違い、マキやミュランダとは違う強大な魔力を感じた。
「…古の罪神の遺物を此所に示さん」
そう言い終えると、ポチの頭上に白いゲートが現れる。
そして、ゲートからゆっくりと、青く澄んだ刃が目立つ、黒い槍が現れる。
「…神槍ブライゼル」
ブライゼルと呼んだ槍に語り掛けるポチ。
ドクン
大地が震える程、巨大な鼓動音が響く。
「…また、私と戦ってくれるかしら?」
ドクン。
バサリと、黒いカラスのような翼を背中から広げる。それに次いで、腰辺りから、巨大な蝙蝠の羽も生える。
「…そう、良い子ね」
動作を確認するかのように、四枚の翼を一度だけ羽ばたかせるポチ。
ドクン。
「…ありがとう」
そう言うと、神槍ブライゼルを抱き締め、自らを覆い隠すように翼を閉じる。
「マスター、ちょっと魔力を頂きます。」
「お、おい!ポチ!」
言いえぬ恐怖を感じてポチに声を掛ける
ドクン!ドクン!ドクン!ドクン!
再びブライゼルが鼓動を上げる。その鼓動に反応するかのように、大気が黒い翼に包まれたポチに収束し始める。
「うおおおおっ、なんだこれぇえええっ!!」
大気の収束と同時に、修真の魔力もポチを中心に起こる嵐に飲み込まれて行った。
そして鼓動が止まる。
(くそっ、一気に魔力が無くなっちまった…)
魔力が急に失われた脱力感に襲われ、地面に膝をつく。
黒い翼に包まれているポチの方を見ると、ゆっくりと翼が開き掛けていた。
(えっ、なんだコレ!?怖い?足が震える!)
翼の中にいるのはポチのはずなのに、恐怖を感じる。
そして翼が開く。
中から出て来たのは、いつものポチではなかった。
子供っぽい印象を受ける姿とは逆の、大人の姿。
(これが…天使)
「…マスター」
ゆっくりと、翼を羽ばたかせながら近付いて来るポチ。
「…心配してくれてありがとう」
修真の頬に両手を当て、優しく微笑むポチ。
ポチの手は、恐ろしい程冷たかった。
「あ、うん」
「ふふっ…私が怖い?」
クスッと妖艶に笑うポチ。
「べ、別に!」
修真が優しさと強がりを込めた言い訳をしようとすると、ポチは、ぴたりと修真の唇に人さし指を当てる。
「いいの、素直に言えば良いのよ…マスターが感じてる恐怖は当然の物なのよ?」
「え?」
「私が強過ぎるの…分かるでしょ?」
ポチの問いに、頷く。
ポチから感じる強大な魔力、そして、絶対に勝てない事を自分に刻み付けるプレッシャー、全てにおいて、勝る所が無かった。
自分が強いとは思っていないが、女性に劣るのは、癪だった。
何も言わなかったのは、悔しかったからである。
「ふふっ、…今は心配しなくて良いの、私が強くしてあげるからね、マスター」
再び妖艶に笑うと、くるりと修真に背を向け、氷に捕らえられているケルベロスを見る。
ケルベロスは、自分の四肢を封じている氷柱を破壊せんと、体をのたうち回らせていた。
「ブライゼル、おいで」
ポチがそう言うと、空中に浮遊していた神槍ブライゼルは、
一瞬視界から消えると、次の瞬間にはポチの手に握られていた。
そしてブライゼルを軽く振る
バギャアアアアン!!
ケルベロスの四肢を封じていた氷柱が粉々に砕ける。
「あなたは、どなたの飼い犬かしら?」
グォォォオオオン!!
ポチに向かって突進するケルベロス。
「ふふっ、恐怖のあまり、力の差が分からないの?」
ブライゼルを両手で持ち、刃を地面に突き立てる。
グゴォオオオオオッ!?
次の瞬間には、ケルベロスの下の地面から水が間欠泉のように吹き上がり、水柱がケルベロスを空高く舞い上げる。
ポチは左手を、水に飲まれたケルベロスに向ける。
「トラジックプリズン」
ケルベロスに向けた左手から、小さい青い光が飛ぶ。
光が水に接触した瞬間、水はケルベロスを包み混む巨大な球体になり、一瞬にして凍り付く。
グゴォオオオオオッ!!
空中に浮かぶ氷の牢獄で、首、足、胴に氷の鎖を巻き付けられたケルベロスが吠える。
翼を羽ばたかせ、氷の牢獄の前でゆっくりと止まるポチ。
「あなたは、誰の飼い犬なの?」
グォォォオオオッ!!
ガシャン!と、突進しようとするケルベロスの動きを鎖が止める。
「そう…なら、死んで頂戴」
そう言って、ブライゼルを両手で持つ。
ブライゼルの刃が、青い炎に包まれたようにオーラを吹き出し巨大化する。
「永遠にさようなら…狂いながら死になさい、ディストラクション!」
巨大なオーラの刃と化したブライゼルを振りかぶる。
バガァァアアンッ!!
そして、氷の牢獄ごとケルベロスを一刀両断。
ポチの攻撃で、体の半身を失うケルベロス。
それに追い討ちを掛けるかのように、大量の砕けた牢獄の破片が、ケルベロスに向かって飛び、
突き刺さる。
グォオオオオオン!!
そして最後のケルベロスの遠吠えが轟いた。
遠吠えの後には、ケルベロスの姿は無く、代わりに氷の大輪が咲いていた。
それは砕けた氷の牢獄の破片が、全てケルベロスに突き刺さって出来た、氷の彫刻。
「ありがとうブライゼル」
ポチがそう言うと、ブライゼルは、光を帯びて小さくなりポチの手の中で黒地に青の指輪に変わる。
ポチは、ゆっくりとそれを右手の薬指につける。
「安らかな眠りを」
そう言って、指をパチンと鳴らすと、空中に咲いていた氷の大輪は、儚く砕け散った。
その一部始終を傍観していた修真は、体の震えが止まらなかった。
それは絶対的な力の差。
ヒュン、と地上に降り立つポチ。
「ふぅ…」
と、溜め息をついてから、肩にかかった髪を払う。
風に靡く白髪。
「あの…」
「え?あぁ、邪魔よね、この羽」
羽を折り畳むポチ。
「そうじゃなくって…キャラ変わってんすけど?」
「こっちが本当の私、それとも、子供サイズの方がマスターは好き?」
「いや、そういう訳じゃ…」
からかって楽しんでいるのか、くすくすと笑うポチ。
「修様ぁ〜!!」
「パパ〜!!」
校舎からマキとミュランダが走って来る。
「って、この人誰ー!?」
「修様!ついに年上のお姉さんに手を出したんですか!?」
ギュッと、マキに襟首を掴まれ、持ち上げられる。
「ちがっ!ポ…ポチだって!」
「え?」
修真をドサッと、地面に落とすマキ。
「ぜぇっ、はぁっ」
(し、死ぬかと思った)
「…」
「…」
不思議そうな顔で、修真の後ろにいる、自分より年上の女性を見るマキ。
ニコッと笑顔でマキを見るポチ。
「…って、ポチちゃんはこんなに大人じゃありませんっ!見え透いたウソをつかないで下さいっ!」
ゴン!と、マキの鉄拳が修真に炸裂する。
「いってぇぇえええ!!」
「このっ!浮気者!浮気者!浮気者ぉっ!」
マキは、倒れた修真に馬乗りになり、マウントポジションから泣きながら拳を振り下ろす。
「ちょっ違っ!がはっ!ぐはっ!ぐおっ!」
「お姉ちゃん?」
恐る恐るポチに声をかけるミュランダ。
「何?ミュランダ」
「本当に?」
「ふふっ、本当よ」
急に、変な嬉しさが込み上げてくるミュランダ。
我慢できずにポチに抱き付く。
「お姉ちゃん!」
「あらあら」
優しく抱き留めるポチ。
「この甲斐性なしぃいいい!!!」
「ぎゃあああああああっ!!」
ドガァァアアアアン!!
その後、マキの誤解?を解くのに40分かかったのだった。
ちなみに美穂先生のデスクに入っていた大量のメガネケースの謎は、結局の所、解き明かされなかった。
読んで下さった方々ありがとうございます。
はい、ポチ強過ぎですね(笑)
まぁ、次回は物語の核心に迫るのか迫らないのか、予定は未定ですが、また書くんで良ければ読んでやって下さい。