第13話、杏仁豆腐よりもヨーグルト
今回は不思議テイストです
目が覚めると、色とりどりの花が咲く野原だった。
「ここ…どこだ?」
昨日は確かに、リビングのソファーで寝たはずだったが、何がどうなったのか、今は、お花畑にいる。
「まさか、死んだとか?あー、有り得る。最近ベッドで寝て無かったし、肉体的にも精神的にも疲れが…みたいな…」
そんな事を考えながら、辺りを見回し事態を把握しようとする。
「それにしても…綺麗だなぁ」
青空が澄み渡り、心地良い風が吹き、色とりどりの花が舞う。
幾ら見渡しても、それ以外は無かった。
「本当、なんなんだろうなぁ」
ゴロンと花の中に寝転がる。
不思議と穏やかな気持ちになる。
安らぎというのはこういう物なのだろうか。
「ここは魂の帰る場所です」
「マキ?」
身を起こすと、花畑にマキが立っていた。
「恐らく、魔力の強い者が強く安らぎを願ったから…」
マキはゆっくりと近付いて来る。
「ちょ、ちょっと言ってる事がわかんねーよ」
「ここは、夢想空間です」
「むそうくうかん?」
「はい、人間の言葉で言うと、楽園や桃源郷と呼ばれる場所です」
「で、なんでそんな所に俺が?」
「修様の魔力と、安らぎを求める心が夢想空間を引き寄せたのでしょう」
意外と俺って病んでたのか。
「驚きましたか?」
「いや、今更この程度じゃ驚けないな」
二人で顔を見合わせて笑う。
「修様…ちょっと歩きませんか?」
「別に良いけど?」
色とりどりの花が咲く野原を二人で歩く。
「修様って、男のくせに甘党って変ですよね」
「あー、なんもわかって無い。大体、男が甘党で何がおかしいんだ?ケーキやらパフェやら絶対美味いと思うぞ」
「でも、あんまりコーヒーに砂糖入れ過ぎると死にますよ?」
「それは嫌だけどな!」
他にも色々話した。
マキの好物の話や、料理の上達方法や、学校の話。マキとこんなに喋ったのは初めてかもしれない。
「修様ってどんなタイプの女性が好きなんですか?」
「そうだな〜、しっかりしたタイプの大人の女の人かな」
「私への当て付けですか?」
半目になってマキが睨む。
「ご、誤解だ!じゃあ、マキの好きなタイプは?」
「そうですね…強くて優しいけど案外、子供っぽい人ですかね」
「へぇ〜、意外だなぁ〜俺はてっきり、大人な人がタイプなんだとばっかり」
「どーゆう意味ですか」
「ほら、マキって子供っぽいじゃん?」
「失礼な事言いますね」
再び、じとっとした目で俺を見る
「修様って、今まで女性と付き合った事とかあります?」
「…2回ほどね」
「…どうして別れちゃったんですか?」
「お前、結構ズバッと聞くね、まぁ良いけどさ」
俺は、中学の時に同じクラスの女の子に告白されて付き合った事があった。昌弘に付き合ってから好きになる恋愛も有り得ると諭されて、割りと納得して付き合った。でも、向こうの愛情は伝わって来たが俺は、その子の事を好きにならなかった。そして別れた。
「まぁ、こんな感じだな」
「じゃあ、もう一人の人は?」
「あー、それは、俺が惚れたパターンの話になるんやけど?」
「聞きたいです」
「…わかったよ」
これまた中学の頃、先輩の事が好きになって告白して付き合う事になったんだが、その後、お互いの時間も合わず、話も合わず、趣味も合わずという散々な結果になり自然消滅した。
「うわー、悲惨ですね」
「まぁ、なんつーかそれ以来、あまり恋愛に興味が持てない擦れた人間になった訳だ」
「かわいそう」
「哀れむなって!できれば笑い飛ばして!悲しくなるから!」
綺麗で美しく暖かい夢の空間で語り合う二人。
「でも、本当に花と野原ばっかりだなぁ」
「それは、人の安らぎがそこにあるからです。」
「え?」
「澄んだ青い空、美しい花、その花の香りを運ぶ優しい風」
確かにリラックスは出来るけど、メルヘン過ぎると言うか何と言うか。
「この姿が、一番人の心を掴むのでしょうね」
「まぁ、分からなくもないけど」
「そして、掴んだ心は絶対放さない。」
え?
「この空間にずっと居られる事を心から願うと、この空間と一体化してしまいます」
「それで、どうなるの?」
「それは永遠の安らぎを意味しますが、同時に現実との別れにもなります」
「死ぬって事じゃん!!」
「はい、肉体は現実で生命活動を停止し、魂は夢想空間に囚われます」
俺ってば、知らない間にとんでもない所に来てた!?
「ここから出たいですか?」
「勿論!」
「悲しい事ばかりの現実に戻るんですか?」
え?
「ここで私とずっと…」
「お前…」
「冗談です、さぁ帰りましょう」
マキが一瞬とても悲しそうな顔をした気がした。
「それでさ、どうやって帰るの?」
まさかとは思うけどね
「ぶっ壊します」
「あー、やっぱり」
なんか最近壊してばっかりだな。
「まぁ、見てて下さい」
ぱぁっとマキの手が光り、トュッティを取り出す。
「マキさん、何とぞ穏便にお願いしますよ?」
「無理ですね」
トュッティの青い装飾が光り出す。
「ちょっと待て!何すんの!?」
どしゅーん、とトュッティをチャージして真上に向けて放つ。
「…って、何にも起こらんやないか!!」
「え?今のは景気づけですけど?」
「え?いる!?今のこの状況で!?何を景気づけたの!?意味わかんね!」
「冗談ですって、ほら見て下さい」
マキが指差す方を見ると、青く澄んでいた空がぐにゃりと歪んでいる。
「おおっ!中学の時に美術室に飾ってあった絵みたい!」
「ちょっと、空気読んで下さいよ」
「お前だけには言われたくなかったよ」
ピシッ
みるみる広がっていく歪みに、今度はヒビが走る。
「うおっ、割れるのか!?」
そのヒビから白い液体のような物体が溢れ出てくる。そして夢の世界の大地にそれは落ちていく。
「割れません。さぁ修様、帰る為に頑張りましょう」
「もしかしたら、あの、子供の時に遊んだスライム的なヤツと戦うって事ですか?」
「アレって、地面に落とすと砂だらけになって悲しくなるんですよねー」
「何でお前がそんな事を知ってんの!?」
会話をしている内にも、白い物体はどんどん溢れ出していく。
「…って、なんか焦げ臭くない?」
「溶けてますからね」
じゅー、という音と共に白い波がゆっくりと迫って来ている。
「え?気持ち悪っ!?動いてるよ?うねうねと!」
「杏仁豆腐みたいですね」
何故そんなに落ち着いていられるのか俺は知りたいよ。
「アレは、言わば胃液のような物なのです。さぁ、溶かされてしまうので、ちょっと飛びましょう」
そう言うと同化し、機械のような羽を広げて空に舞い上がる。
「んで、胃液って何どういう事?」
(この夢想空間が食虫植物だと考えて下さい)
「なるほど、俺達が甘い香りに誘われた餌な訳だ」
(その通りです。しかし、その餌が内側から破壊する力を持っていたとすると?)
「全力で消化する…かな」
(大正解です)
何で、いつもトラブル続きなのやら。
眼下でうごめく白い物体に目をやると、うねうねと動きながら、まるで手を伸ばすかのように、白い物体が体を伸ばしている。
「はぁ…」
溜め息をついて、トュッティを取り出し、白い物体に銃口を向ける。
(どうしたんですか?溜め息なんかついて)
「コイツが悪い訳じゃないんだけどな…」
侵入者は俺達な訳だし。
(じゃあ、大人しく杏仁豆腐の餌になったらどうです?)
「それは無理。つーかお前さぁ、悪いけどあれ杏仁豆腐に見えんからね」
(修様の想像力が貧困なだけでは?)
うるせーよ
トュッティの装飾が輝くのを確認してから、白い物体の中心に狙いを定め、トリガーを引く。
ドォオオオオオン
体の大半を吹き飛ばされた白い物体は動きを止める。
(修様、魔力の扱い方が上手くなりましたね)
「特に練習した訳じゃないけど?」
(まぁ、私に比べたらまだまだですが)
褒めたいのか、けなしたいのかどっちだよ!!
その時、それは己の身の危険を感じた。体内に入ってきたウィルスを抗体で排除しようとした、まるで生き物のように。
「んでさ、あれ倒したけど出れないじゃん?」
(杏仁豆腐は小手調べです。ここからが本番ですよ)
「いい加減、杏仁豆腐は諦めろよ、絶対見えないから」
(たとえ世界を敵に回しても、私は諦めません)
「なにその情熱?もっと他の事に向けようよ」
(杏仁豆腐だからこそ溢れて来る情熱です)
「はいはい、中国に渡れ、そして二度と帰って来るな」
それは、生き物に生まれついた時からある、防衛本能という物かもしれない。
(敵が来ましたよ)
「え?」
鳥?
ヒビが入った空から赤い鳥が飛んで来る。
(神聖な領域を守るとされる怪鳥、或いは神の羽から生まれた鳥と言われている、ガルーダ)
「いや、名前とか、どーでもいいんだけど!!」
(いや、これ言っとかないと話が合わなくなるんで)
何の話だああああ!!
(さぁ、『ガルーダ』倒しましょう)
強調するなよ、強調を。
と喋っている間に突進して来るガルーダ。
「だいたい、お前は杏仁豆腐とかチョイスが悪いんだよ!」
(人のセンスにケチつけるとは、修様は何様ですか?)
「なんだよ!なんか文句あるかよ!どう見たってヨーグルトだったじゃん!」
猛スピードで突進をするガルーダを、ひょいひょいかわしながら喋る。
しかし俺はそこで有り得ない物を見た。
「今…ちっさいオッさんがいた気が…」
(は?何言ってるんですか?頭が死んだんですか?)
「よし、良い度胸だ、とりあえず出て来い。ぶん殴ってやるから」
(うわー、女の子に手を出すんですか?ひくわー)
「違うから、心とは裏腹に手がグーになっただけだから」
再び突進して来るガルーダを、またひょいとかわす。
しかしマキも見た気がした、ガルーダの頭に生えている長い羽に、しがみついているサラリーマン風の中年男を。
(いや、気のせいだと良いんですけど、ぴっちぴちのスーツを着た、アブラギッシュな良い年して今だに平社員のオッさんが…)
「は?何言ってんの?脳みそがストライキでも起こしたの?」
(はい、実はそうなんです。自爆まで残り3秒、3、2…)
「ホントすいませんっしたぁ!!マジですいませんっしたぁ!!」
またまたガルーダが突進して来るが、人と擦れ違うかのように自然に軽くかわす。
だが今度は二人ともが見た。ガルーダの頭にいる、ちっさいオッさんを。
「アレ何?」
(さぁ?ちっさいオッさんじゃないですか?)
「それは見れば分かるけど…」
二人は理解できなかった。何故、夢想空間を守っている怪鳥ガルーダの頭にちっさいオッさんがいるのか。
「おい!お前等!さっきから人の事オッさんオッさん言いやがって!」
「あ、何か喋ってる、気持ち悪い」
(あ、喋れるんですね、見た目も気持ち悪い)
「とりあえず正座して?一人づつ説教するから、オッさんも好きでこんな仕事してる訳じゃないからね」
「うわっ、メガネが光ってる、気持ち悪い」
(うわっ、顔がテカってる、全力で気持ち悪い)
「女ぁぁあ!!姿が見えないけど、どこかにいる女ぁぁあ!!おじさんが団塊の世代の力を見せてやるから出て来いぃいいい!!」
「何で、そんな所にいるんすか?」
(何で、そんなに気持ち悪いんですか?)
「おじさんだって好きで今の会社に勤めてるんじゃないんだ、とりあえず女の方、出て来い」
怪鳥の上で喋っている、ちっさいオッさんと会話する。まさに奇跡体験だ。
「何ですか?」
すっと、俺の体から上半身だけ出すマキ。
「うおっ!?何してんの?俺も気持ち悪くなってるから!幽霊に取り付かれた人みたいだから!」
「ほーう…」
じーっと、マキを見つめるちっさいオッさん。
「何ですか?人の事ジロジロ見て?不快ですよ?飛び散って下さい」
何故か、ちっさいオッさんには容赦がないな、この人。
「口は悪いが、なかなかのもんだ…どうだい?おじさんの愛人に…」
バン!
銃口から出ている煙をふーっと息で吹き消すマキ。
ぇえええ!?撃った!?撃ったよこの娘!?
ガルーダごと地に落ちて行く、ちっさいオッさん。
(さぁ、帰りましょう)
「えっ?あ、はい」
案外マキを怒らせると怖いかもしれない。
ガルーダとオッさんを倒したら、ヒビのあったはずの空にぽっかり穴が開いていた。
(あそこから外に出られるはずです)
「あ、うん」
そう言われて、穴の開いた空間に向かって飛ぶ
(あの…)
「え?何?」
(どうせだからしちゃいますね)
すっと実体化するマキ
「…ん!」
口と口が…ってえええええええええええ!!!!?
………………
「ん〜?あぁ〜まだ4時かぁ〜」
やはりソファーでは寝にくいようだ。
ふと、外を見ようとすると、窓際にマキが立っていた。
「お〜早起きだなぁ〜」
「…」
「こんな朝っぱらから何してんの?」
「なっ、なんか目が覚めちゃったんでっ!景色でも見ようかなぁと思いましてぇ〜!」
「あれ?なんか顔赤いよ?大丈夫?」
「べっ別に、そんなんじゃないですからね!」
ドスっとマキのボディブローが俺の横腹にきまる。
「ぐおおおおっ!」
あまりの激痛に悶絶する。
「わっ私、もうちょっと寝ますから!」
…
……
「俺なんかしたっけ?」
その日、昼に嘉奈が杏仁豆腐をくれたが何故か吐き気を催したので、マキにあげた。
〜後日〜
「お前さ、この前グリントと戦った時にガルーダとか言ってたけど、何の事だったの?」
「え?あ〜秘密ですよぉ〜」
「ママってば、秘密はいけないんだよ?」
「…隠し事はダメ」
「おっ、大人には秘密の一つや二つあるもんなんですっ!ちょっと買い物行ってきますからっ!」
バン!と玄関のドアを開けて出て行くマキ。
「何を怒ってんの?」
「さぁ?」
「…顔が赤かった」
三人で首を傾げる。
「そんな事より、私達って出番これだけ!?」
「…それも秘密の話」
そして今日も夢の楽園は、世界を巡り続ける。
という訳でいかがでしたでしょうか?
読んで頂いた方ありがとうございます。
別につじつま合わせとかじゃないですから(汗)
ふとこの物語のジャンルを考えてみたんですが、この小説は
(現代風ファンタジーなんでもありバトルラブギャグコメディー)
だと思います。
はい、どうでもいいですね。次回はポチを活躍させようかと思います。