第九話
朝になっても、ルシーダは戻って来なかった。
これはやはり王宮に囚われてしまったものらしい、とフィルとナッツは結論した。
「あんなデカ女でもいいなんて、変わったシュミしてるよ、アルザス王は。」
ナッツは半ば呆れぎみだ。
ルシーダが、後宮に侍る妃達のように色気付いた衣装を纏っているかと思うと、気持ちが悪くなってくる。素肌に皮の鎧だけ、というキワドイ衣装でもまったく色気を感じさせない女なのに。
「どうしようか・・・、正面から行っても、取り次いでもらえるはずもないし・・・。」
第一、この裁判所から出ること自体が難しい。
フィルは思案の末に、一つの閃きを得てナッツの耳元へ囁いた。
「グラントの件は、僕が一人で何とかします。
ナッツは王宮へ。・・・上手く行けば、ルシーダやアルザス王にも会えるはずです。」
フィルはひそひそと囁き、ナッツは時折、頷きながら聞いた。
「・・・あと、問題はグラントをどうするかですけど・・・。この際、国を出てもらって、落ち合い場所への言付けをお願いしようかと思うんです。彼は信用出来ます、セフの事を話しても大丈夫だと思うから。」
ナッツは唸り声を洩らし、しばらく考えていたが、はなから良い考えが浮かぶはずもなく、結局はフィルに賛同した。
「とりあえず、やれる事をやるしかないな。
王宮とルシーダは任せろ、セフが入国し易いように手引きは頼む。」
「任せて。」
少々芝居掛かって、二人は役人の前で大袈裟な喧嘩をしてみせた。
「いい加減にしろよな! あんな昨日今日知り合った奴に、いつまでも付合ってられねーだろ!」
「そんな無責任な事は、僕は御免です! 帰りたければ、貴方一人でどうぞ!」
「ああ、解かったよ!」
最後にフィルが目配せをして、二人は喧嘩別れを演じた。
ナッツが提訴を取り下げると、放り出されるように簡単に外へ出られた。
多少のムカツキはあるものの、時間を無駄にするわけにもいかない、宿屋へと引き返し、すぐさま次の行動に移った。
行商街で、買い物を済ませる。なんだかんだと結構もの入りだった。
宝石、金銀、混ぜ物のための、少しの鉛。
細工道具は手放さない、ドワーフ族には必需品だ。
これを徹夜で仕上げて、宝飾品をいくつか創り出した。・・・どれも会心の出来だ。
「ふっ、俺様に掛かればチョロイもんだぜ。」
我がの作ながら、惚れ惚れと眺めている。これに、以前フィルに渡したブレスレットを加えて、皮袋に押し込んだ。・・・フィルは結局、使わずに返しに来たのだ。
王宮へ出掛け、これらの品々を餌に謁見を願う。珍しいもの好きの王様の事だ、きっと、ドワーフの銘というだけで食い付いてくるだろう。職人が一緒なら、なお良い。
この、フィルの考えた作戦は、その読みの通りに見事、成功した。
病床の王は、熱のある身体を推して、旅人に謁見を許した。
見せられた腕輪の見事さに、じっとしてはいられなかったらしい。
「・・・うむ、これほど見事な品々ならば、妃達も満足するであろう。
代価は望むままに取らせるゆえ、しばし留まり、妃達を喜ばせてやるが良い。」
「はは、・・・されど、王様。
ひとつだけ、お願いがございます。私どもは、こだわりの強い種族ゆえ、自身の目で選んだ材料しか使いませぬ。・・・王宮と外の出入りは自由にして頂けますか?
それが叶えられぬなら、何一つとして、創り出す事は出来ませぬ。」
縛られるのは御免被る、との条件に、アルザス王は渋い顔をして唸っていた。
それでも、やがて。
「・・・解かった、好きにするが良い。」
渋い顔のまま、ナッツに許可を与えた。
「しかし、見事な作よ。
・・・どうだ? 我が国に永住し、王家直属の職人とはならぬか?
優遇致すぞ。」
この申し出を、ナッツは曖昧に言葉で濁して、逃れた。
王の隣りには偽者のセフが控えている。気に入った品なのだろう、一つの首飾りを腕に捲き付け、じっと眺めていた。
ナッツの不審げな視線に気付き、目が合った。
「・・・良い品だ、手間が掛かったのだろう?」
「ええ、まあ・・・、そこそこ。」
誤魔化し笑いは功を成し、皇子は視線を腕に戻した。
おお、それも良い品だな、と、アルザス王の差し伸べた手には、素直に宝飾品を引き渡した。
「これは第三王妃に与えよう、きっと似合う。・・・そうだろう? セフ。」
「ええ、きっと。」
にっこりと微笑み、御機嫌の王に答える皇子を、ナッツは訝しげにちらちらと見ていた。
・・・男が宝飾品を眺める時は、その先の展開が瞳に映し出される。
女へ与えたり、ステイタスとして他者に見せる時の場面が映り込むものだ。偽皇子の瞳には、そういった独特の打算は映らなかった。
その目は、どちらかと言えば、女の目に思える。
まあ、男の肉体に女の心を持っているような者も、少なくはないが。
その皇子がナッツに声を掛けた。
「これから後宮へ案内しよう。・・・兄上は、見た通り、御病床の身だ。
これ以上の無理は認められぬ。」
ナッツには言い置いて、横たわろうとする王に手を貸した。
アルザス王は、この皇子をいたく信頼している。その様子が、はっきりと見て取れた。
偽のセフは、気にしない素振りをしているが、やはり、あの首飾りが残念なのだろう、その辺りも表情の中に見え隠れしている。
ナッツは助け舟を出した。
「・・・皇子は、その首飾りがお気に召しましたか?
どなたか、意中の方に差し上げるなら、もっと良い品をご都合致しますよ?」
すると、今気付いたかのように、アルザス王も弟を見た。
「そうなのか? セフ?」
「い、いえ・・・私は、」
歯切れの良い普段の様子とは違ったのだろう、王は笑って手を振った。
「それならそうと言えば良いのだ。
私にとって、一番大切なのは弟であるお前だ。ならば、お前が一番に選ぶのが道理というもの。
さあ、遠慮など要らない。これは今日からお前の物、お前の好きに使うが良い。」
皇子のお気に入りだった首飾りは、兄王の手から、皇子の手へと譲り渡された。
欲しい物が手に入った瞬間、この時をナッツは見逃さなかった。
・・・皇子の目は、確実に、女の目だった。
後宮へと向かいながら、ナッツは考えを纏めにかかる。
あの偽者は、女が化けている可能性が高い。
すると、王への怨みか? 何か、王に捨てられたかした女の復讐かも知れない。
女は、些細な事で怨みを含む生き物だと、ナッツは心に刻んでいる。
そうこうするうち、絢爛な装飾に彩られた王の私室である、後宮に到着した。
後宮には、文字通りの美女がひしめいていた。これもセフに聞いた通りだ。
ナッツは鼻の下を伸ばし、色とりどりの美しい女達にしばし見とれた。
「王の物に手を出した者は、街を引き廻した上で八つ裂きの刑だ。・・・よく憶えておけ。」
ナッツの表情を見た皇子は、釘を刺すようにそう言った。
「まあ、いったい何者ですの?」
「あなたはだぁれ?」
女達が物珍しげにナッツの周りに集まってくる。
偽の皇子は、簡単にナッツの紹介を済ませると、さっさと戻ってしまった。
「げ! ちょっ、ちょっと!
こんなトコに一人で置いてかないでくれよ!」
それに、まだ何も探りを入れてないじゃんか! 心でそう叫びながらも、身動きの出来ない状態ではどうにもならず、偽者が去ってゆく後姿を見送るしかなかった。
「あら、綺麗な腕輪だわ、・・・私に似合う?」
「じゃあ、これは私に頂戴ね?」
女達は遠慮も知らず、ナッツの腰から皮袋を取り上げ、中の宝飾品を我先に奪ってゆく。
「これと似た、でも石は青いので作って頂戴、」
「私は首飾りが欲しいわ。ね?」
品物がなくなると、勝手勝手に注文を始める。
・・・とても、手持ちの品では追い付きそうにない。どころか、幾つ作らされるハメに陥るかと思うと、気が気ではなかった。
「私もよ!」
「なら当然、私にもね!」
後宮の、王の妃はいったい何人居るのだろう・・・。
フィル~! この作戦は失敗かも?! ナッツはついに、声にならない悲鳴を上げた。




