表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/35

第九話

朝になっても、ルシーダは戻って来なかった。

これはやはり王宮に囚われてしまったものらしい、とフィルとナッツは結論した。

「あんなデカ女でもいいなんて、変わったシュミしてるよ、アルザス王は。」

ナッツは半ば呆れぎみだ。

ルシーダが、後宮に侍る妃達のように色気付いた衣装を纏っているかと思うと、気持ちが悪くなってくる。素肌に皮の鎧だけ、というキワドイ衣装でもまったく色気を感じさせない女なのに。

「どうしようか・・・、正面から行っても、取り次いでもらえるはずもないし・・・。」

第一、この裁判所から出ること自体が難しい。

フィルは思案の末に、一つの閃きを得てナッツの耳元へ囁いた。

「グラントの件は、僕が一人で何とかします。

ナッツは王宮へ。・・・上手く行けば、ルシーダやアルザス王にも会えるはずです。」

フィルはひそひそと囁き、ナッツは時折、頷きながら聞いた。

「・・・あと、問題はグラントをどうするかですけど・・・。この際、国を出てもらって、落ち合い場所への言付けをお願いしようかと思うんです。彼は信用出来ます、セフの事を話しても大丈夫だと思うから。」

ナッツは唸り声を洩らし、しばらく考えていたが、はなから良い考えが浮かぶはずもなく、結局はフィルに賛同した。

「とりあえず、やれる事をやるしかないな。

王宮とルシーダは任せろ、セフが入国し易いように手引きは頼む。」

「任せて。」


少々芝居掛かって、二人は役人の前で大袈裟な喧嘩をしてみせた。

「いい加減にしろよな! あんな昨日今日知り合った奴に、いつまでも付合ってられねーだろ!」

「そんな無責任な事は、僕は御免です! 帰りたければ、貴方一人でどうぞ!」

「ああ、解かったよ!」

最後にフィルが目配せをして、二人は喧嘩別れを演じた。

ナッツが提訴を取り下げると、放り出されるように簡単に外へ出られた。

多少のムカツキはあるものの、時間を無駄にするわけにもいかない、宿屋へと引き返し、すぐさま次の行動に移った。

行商街で、買い物を済ませる。なんだかんだと結構もの入りだった。

宝石、金銀、混ぜ物のための、少しの鉛。

細工道具は手放さない、ドワーフ族には必需品だ。

これを徹夜で仕上げて、宝飾品をいくつか創り出した。・・・どれも会心の出来だ。

「ふっ、俺様に掛かればチョロイもんだぜ。」

我がの作ながら、惚れ惚れと眺めている。これに、以前フィルに渡したブレスレットを加えて、皮袋に押し込んだ。・・・フィルは結局、使わずに返しに来たのだ。

王宮へ出掛け、これらの品々を餌に謁見を願う。珍しいもの好きの王様の事だ、きっと、ドワーフの銘というだけで食い付いてくるだろう。職人が一緒なら、なお良い。

この、フィルの考えた作戦は、その読みの通りに見事、成功した。

病床の王は、熱のある身体を推して、旅人に謁見を許した。

見せられた腕輪の見事さに、じっとしてはいられなかったらしい。

「・・・うむ、これほど見事な品々ならば、妃達も満足するであろう。

代価は望むままに取らせるゆえ、しばし留まり、妃達を喜ばせてやるが良い。」

「はは、・・・されど、王様。

ひとつだけ、お願いがございます。私どもは、こだわりの強い種族ゆえ、自身の目で選んだ材料しか使いませぬ。・・・王宮と外の出入りは自由にして頂けますか?

それが叶えられぬなら、何一つとして、創り出す事は出来ませぬ。」

縛られるのは御免被る、との条件に、アルザス王は渋い顔をして唸っていた。

それでも、やがて。

「・・・解かった、好きにするが良い。」

渋い顔のまま、ナッツに許可を与えた。


「しかし、見事な作よ。

・・・どうだ? 我が国に永住し、王家直属の職人とはならぬか?

優遇致すぞ。」

この申し出を、ナッツは曖昧に言葉で濁して、逃れた。

王の隣りには偽者のセフが控えている。気に入った品なのだろう、一つの首飾りを腕に捲き付け、じっと眺めていた。

ナッツの不審げな視線に気付き、目が合った。

「・・・良い品だ、手間が掛かったのだろう?」

「ええ、まあ・・・、そこそこ。」

誤魔化し笑いは功を成し、皇子は視線を腕に戻した。

おお、それも良い品だな、と、アルザス王の差し伸べた手には、素直に宝飾品を引き渡した。

「これは第三王妃に与えよう、きっと似合う。・・・そうだろう? セフ。」

「ええ、きっと。」

にっこりと微笑み、御機嫌の王に答える皇子を、ナッツは訝しげにちらちらと見ていた。

・・・男が宝飾品を眺める時は、その先の展開が瞳に映し出される。

女へ与えたり、ステイタスとして他者に見せる時の場面が映り込むものだ。偽皇子の瞳には、そういった独特の打算は映らなかった。

その目は、どちらかと言えば、女の目に思える。

まあ、男の肉体に女の心を持っているような者も、少なくはないが。

その皇子がナッツに声を掛けた。

「これから後宮へ案内しよう。・・・兄上は、見た通り、御病床の身だ。

これ以上の無理は認められぬ。」

ナッツには言い置いて、横たわろうとする王に手を貸した。

アルザス王は、この皇子をいたく信頼している。その様子が、はっきりと見て取れた。

偽のセフは、気にしない素振りをしているが、やはり、あの首飾りが残念なのだろう、その辺りも表情の中に見え隠れしている。

ナッツは助け舟を出した。

「・・・皇子は、その首飾りがお気に召しましたか?

どなたか、意中の方に差し上げるなら、もっと良い品をご都合致しますよ?」

すると、今気付いたかのように、アルザス王も弟を見た。

「そうなのか? セフ?」

「い、いえ・・・私は、」

歯切れの良い普段の様子とは違ったのだろう、王は笑って手を振った。

「それならそうと言えば良いのだ。

私にとって、一番大切なのは弟であるお前だ。ならば、お前が一番に選ぶのが道理というもの。

さあ、遠慮など要らない。これは今日からお前の物、お前の好きに使うが良い。」

皇子のお気に入りだった首飾りは、兄王の手から、皇子の手へと譲り渡された。

欲しい物が手に入った瞬間、この時をナッツは見逃さなかった。

・・・皇子の目は、確実に、女の目だった。


後宮へと向かいながら、ナッツは考えを纏めにかかる。

あの偽者は、女が化けている可能性が高い。

すると、王への怨みか? 何か、王に捨てられたかした女の復讐かも知れない。

女は、些細な事で怨みを含む生き物だと、ナッツは心に刻んでいる。

そうこうするうち、絢爛な装飾に彩られた王の私室である、後宮に到着した。

後宮には、文字通りの美女がひしめいていた。これもセフに聞いた通りだ。

ナッツは鼻の下を伸ばし、色とりどりの美しい女達にしばし見とれた。

「王の物に手を出した者は、街を引き廻した上で八つ裂きの刑だ。・・・よく憶えておけ。」

ナッツの表情を見た皇子は、釘を刺すようにそう言った。

「まあ、いったい何者ですの?」

「あなたはだぁれ?」

女達が物珍しげにナッツの周りに集まってくる。

偽の皇子は、簡単にナッツの紹介を済ませると、さっさと戻ってしまった。

「げ! ちょっ、ちょっと!

こんなトコに一人で置いてかないでくれよ!」

それに、まだ何も探りを入れてないじゃんか! 心でそう叫びながらも、身動きの出来ない状態ではどうにもならず、偽者が去ってゆく後姿を見送るしかなかった。

「あら、綺麗な腕輪だわ、・・・私に似合う?」

「じゃあ、これは私に頂戴ね?」

女達は遠慮も知らず、ナッツの腰から皮袋を取り上げ、中の宝飾品を我先に奪ってゆく。

「これと似た、でも石は青いので作って頂戴、」

「私は首飾りが欲しいわ。ね?」

品物がなくなると、勝手勝手に注文を始める。

・・・とても、手持ちの品では追い付きそうにない。どころか、幾つ作らされるハメに陥るかと思うと、気が気ではなかった。

「私もよ!」

「なら当然、私にもね!」

後宮の、王の妃はいったい何人居るのだろう・・・。

フィル~! この作戦は失敗かも?! ナッツはついに、声にならない悲鳴を上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ