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第八話

ガルバの屋敷を離れると、途端に死人達に囲まれてしまう。

無人の村、廃屋の崩れ掛けた屋根の上で、二人は立ち往生していた。

・・・仕方ない、今夜はここで足止めだ。

ちょうど、その頃、セフが離れたパーティの面々も、別の場所で足止めを食っていた。

・・・裁判所。

例の傭兵グラントが、王国の兵に捕えられたのだ。

国外追放を宣言される前に、フィルが異議を唱え、決着が着くまでの間は裁判所からは出られないと聞かされた。

「ハメられたんじゃないか?」

ナッツが問い掛けると、ルシーダも相槌を打つ。

「アタシもそう思うよ、嗅ぎ回ってんのがバレたんじゃない?」

一行が小声でひそひそと囁き合っていた、その時、ドアが開いた。

「おい、女! 出ろ!」

役人が顎をしゃくって、ルシーダを促した。

「・・・なんか解んないけど、行くよ。どうせ、証人喚問だろ?」

けれど、それきり、ルシーダは戻って来なかった。

昼が過ぎ、夕暮れが近い頃になって、フィルは役人に尋ねた。

「今朝、ここを出て行った仲間がまだ戻らないんだけど、何処へ行ったんですか?」

役人は、下卑た笑みを浮かべて、こう答えた。

「そんなモン、王宮へ行ったに決まってるだろう?

王様はアマゾネスをご覧になりたいそうだからな。光栄だろうが。」

フィルとナッツは顔を見合わせた。


ルシーダは一人にされ、王宮からは馬車が迎えにやって来た。

驚きはするが、さすがに場慣れたもので、余計な事は言わないと自身を固く戒めた。

・・・アルザス王は、床で伏せっている。

それでも目を輝かせて、大柄の女戦士を眺め倒していた。

「・・・そのように薄着で、寒くはないのか?」

国王が発した、最初のお言葉。

「別に? アタシの部族じゃ、これでも厚着な方さ。中には素っ裸の戦士も居るよ?」

「これ! 国王に対し、無礼であろう!」

側近の老いた祭司が声を荒げた。

「よい、・・・それは暑い国なのだな? 冬にはどうするのだ?」

「アタシの産まれた土地には冬なんてのは無かったよ。」

浅黒い肌、強い日差しを浴びるために、自然のうちに黒くなったのだ。

彼女の部族の者全部が、このような肌をしている。暑いなど、当たり前の事だった。

ルシーダは気取られぬように、視線をずらしてセフを見た。

・・・セフと名乗っている、偽者。

彼女が知っているセフとはまるで違う。・・・いや、5年もの間、消息不明だったのだから、姿形など、想像でしか描けないのも無理はない。

いかにも皇子と云った優男が、アルザス王の傍に侍っていた。

『似ても似つかないね、なんだい、あの青ビョウタンは。』

いつも見慣れたセフの、ふてぶてしい笑みを思い出す。確かに美男子だが、もっと野性的だ。

「兄上、もう横になられた方が良い。・・・また、熱が上がっています。」

「おお、そうか・・・。では、また明日、話の続きを聞かせておくれ。」

おいおい、帰してくれるんじゃないのかい? と、言いかけるのを寸でで抑え、ルシーダは無言で頷いた。


「私も今日はこれでお暇します。

では、兄上・・・」

「セフ、」

慌てた様子で弟を呼び止め、出てゆきかけた皇子を手招きする。

仕方なく、という調子で皇子は踵を返して王に歩み寄った。

「セフ、毎晩どこで何をしているのだ?

護衛を捲き、姿をくらましたと報告があったぞ?」

ルシーダは耳を研ぎ澄まし、会話を聞き取っている。

気にも止めない風に、セフの偽者は笑った。

「兄上、何も心配など要りません。

私はもう、何処へも行かないし、兄上の傍を離れたりもしませんよ。」

「セフ・・・、お前と私は血を分けた兄弟、水よりも濃い絆を持つのだ。私がもっとも愛している者は、今となってはそなただけ・・・どうか、この兄に秘密など持たぬようにな。

・・・そなたまで失いたくはないのだ。」

弟の手を取り、戒めの言葉を呪縛のように繰り返す兄に、偽の弟は平然として答えた。

「もう二度と兄上を裏切ったりはしません、誓いましょう。」

その微笑の裏側に、凶悪な企みが感じ取られて、ルシーダは思わず身震いした。

「女には後宮に部屋を与えて、そこに住まわせるが良い。

後の事は侍従長に任せて、お前達も退がるのだ。・・・兄上はお休みになる。」

どうやら、すでに王宮を掌握してしまったらしい。

ルシーダは促されるまま、豪華な装飾の宮殿を渡って行った。


王宮の広大な敷地のあちこちで、かがり火が焚かれ、その傍に設えられた祭壇の上では、魔術師が低く呪文を唱えていた。大規模な結界を張り巡らせている。

魔法の事はよく解らないが、あの偽者はこんな中から魔法を発して、ゾンビを操っているのだろうか? 無理なのではないだろうか?

だからこそ、護衛を捲き、姿をくらませるのではないだろうか?

・・・ヤツの後を附ければ、真相が解かるかも知れない。

先を行く案内の侍女は宮使えという事もあって、お高くとまっている。一度もルシーダの方を振り返らない。・・・そっと、侍女から離れた。

後で、迷子になったとでも言えば良い。人目を避けながら、偽者の行方を探った。

「皇子、今夜の見廻りは増員を願います。」

「なぜだ?」

近くで人の話し声が聞こえた。ひとつは先ほど聞いたばかりの声。

そっと様子を見ると、衛兵の一人とセフの偽者が、立ち話の最中だった。

皇子の問い掛けに、兵士は答えに窮している様子だ。見廻りと名を変えても、実質は弟の見張りなのだろう。

「その・・・、王宮は広く、目が行き届きかねるかと・・・。」

苦しい言い訳に、偽の皇子はふむ、と頷き、こう答えた。

「そうだな、兄上の身辺に何かあってもいけない・・・許可しよう。」

兵士はほっ、と息をつき安堵の色を浮かべたが、傍で見ていたルシーダは、眉間に深い皺を刻んで偽者を睨んだ。

見張りが何人増えようが、関係無く、今夜も術を掛けると宣言しているようなものだ。

護衛の兵は皇子の前を辞し、テラスにはセフの偽者が一人、残された。

何を思うのか、じっと、月を見つめている。

「・・・早く戻って来い、」

そう、呟く声を確かに聞いた。

ルシーダの尾行に気付いているのか、いないのか、気に止める事もなく偽者は部屋へと引き上げる。

皇子は疲れを理由に、早々に寝所へと引き篭もった。

寝所の中にまで、見張りの兵はくっついて入る。兄王の猜疑心は相当に深いらしい。

・・・それでも、この偽者は王宮を抜け出してみせた。


王宮の南には、古代の遺跡がそびえている。

石で出来た巨大な塔。見上げるほどに高く、何階まであるのかも判らない。

その塔の石段をセフの偽者は登っていた。

少し離れて、ルシーダも。

ずいぶん登った辺りで石段は崩れ、広間に繋がる壁も崩壊して、先へは進めなくなっている。

その広間に、黒い文字で描かれた魔法陣が広がっていた。

「ほ~ぅ、これがカラクリってわけかい?」

後ろから姿を現わしたルシーダにも、驚きはしない。

低く、抑揚のない声が呪文を唱え始めた。

「およし! こんなモン、こうしてやる!」

武器の鎖り鎌がうなりをあげた。魔法陣の描かれた石の床を鋭く抉る。

・・・しかし、魔法陣は欠けることなく、機能し続けていた。

「な!?」

なぜ、消えない!? ルシーダの言葉を遮ったのは、死者の冷たい腕だった。

石の中に隠れて光を避けていた死人たちは、新たな命を得て、次々と壁や床から這い出て来る。生者に群がり、その温もりを奪い取ろうと手を伸ばした。

「くっ!」

「・・・残念だったな、これは魔族の生き血を絞って描いたものだ。呪いが掛かっているから、ちっとやそっとじゃ消えはしない。」

致死量の血を奪われて魔族は死に、そして呪いが大地に宿る。

人間であるルシーダには手に負えないシロモノだった。

死者の手が、腕が、絡み付いてくる。もがくうちに石段の端へ追いこまれる。死人の一人が、ルシーダの背に負ぶさった。

ガク、

石段が崩れ落ちる。

バランスを崩して、ルシーダも死人達ともどもに落下していった。

遥か地上を見下ろして、偽の皇子は鼻で笑った。

「この高さでは助かるまい、ゾンビが一人増えるだけ・・・ぐしゃぐしゃでは魔法も掛からないか。」

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