第四話
男から情報を引出したいと考えているホルの心を察したものか、ナッツは意外そうな顔をした。が、すぐに答えてくれた。
「ああ、謝礼はたっぷり弾んでやったからな、下で景気付けに一杯やってるだろうぜ。
・・・しかし、意外だなぁ。お前がそんな話に乗るなんて、考えもしなかったぜ。」
「え?」
ナッツは笑いながら、懐に手を突っ込み、重そうな皮の袋を取り出した。中からは、綺麗に細工されたブレスレットが現われる。
「ま、片手間に作ったオモチャだけど、持って行きな。女に渡してやれば、喜んで色々話してくれるはずだぜ。コトのついでに何か聞けたら儲けモンだろ。」
ナッツは、フィルがあの男に女を紹介させるのだろうと思っていた。
「い、いや、僕は・・・!」
「いいって、いいって。
お前ももうそんな年頃だもんな。別に早くなんかないって。」
ついにフィルは、聞く耳を持たないナッツに、部屋から追い出されてしまった。
一緒に居たルシーダまでが、にやにやと、止めてもくれなかった。
「・・・どうしよう・・・。」
部屋の扉を前に、フィルは途方に暮れた。
仕方なく、階下の酒場へ降りてゆく。
宿の備えであるこの酒場は、連日、泊り客と暇になった従業員などでごった返しているらしい。
男を見付けた。
「隣りに座ってもいい?」
フィルは返事も聞かずに開いていた席に腰掛けた。
「よお、昼間の・・・何だっけか?」
「フィルだ。貴方は?」
「俺はグラント。ここに雇われた用心棒兼、客引きよ。・・・お仲間はどうしたい?」
それには答えずに、フィルはナッツに渡されたブレスレットを見せた。
「これを、あげる相手を紹介して貰えないかな。」
グラントと名乗った男は、細工の腕輪を手に取って、しげしげと眺めた。
「・・・ほー、こいつは良い品だ。
腕利きのドワーフの銘だな。・・・高いシロモンだぜ? やっちまっていいのかい?」
男は、さも勿体無いという顔をしてそう言った。作った表情というわけでもない。
心底、フィルの行動が気に食わないのか、咎めるような視線を向けてくる。
まずは上出来、フィルの思った通りの反応だった。
悪い人間ではない事を確かめておきたかったので、少々回りくどい手を使ってみた。
悪党なら、これを巻き上げる手立てを思案し、それが表情に表れる。
「いいんだ。・・・でも、その前に、一杯奢らせてよ。」
これは、冒険者の間での慣用語。
情報を引出すための決まり文句というべき言葉だった。
グラントも、心得ていたようで、にやりと笑うと杯を差し出した。
酒と引き換えに、いくらかの情報を提供してやろうという答えだった。
フィルは慎重に質問を選んだ。
「・・・そうだね・・・、国王の病気とか、知ってる?」
「ああ、国中がその話で持ちきりだからな。タチの悪い熱病だそうで、命に別状ないのが幸いだって話だ。・・・ここだけの話、呪いじゃないかなんて言う奴等もいるな。」
奢られた酒を一気に飲み干し、男は話した。
フィルは空になった杯に、もう一杯、継ぎ足す。そうしておいて、また、質問をぶつけた。
「国王の弟君が帰ってきて、代理を務めているって聞いたけど、それと例の死人たちが現われたのが、同じくらいの時期なんだってね?
それって・・・」
「しっ、声が高い。・・・滅多な事言うなよ、聞かれたらコトだぞ?」
グラントは、急に慌てた様子で辺りを窺がった。
聞かれては拙い、とは誰に対してなのか。
「国中に、情報屋が潜んでやがる。
不穏な発言なんか言おうもんなら、たちまち聞き付けて皇子に売りつけやがるんだよ。・・・俺の仲間も、何人か捕まって追放の目に逢っちまった。
何か目的があってこの国に来たんなら、余計な事は言わねぇ方がいい。
目的を達成したいんならな。」
「では・・・、もしかしたら、その皇子は贋物ではないか、などという話は・・・?」
声を極力落として、それでもフィルは食い下がった。
「・・・バカじゃなけりゃ、本物がそんな事する必要がない事くらいは見当がつくんじゃねぇのか?
皆、言わないだけで、疑ってるんだよ。信用してるのは、兄上様お一人って話さ。」
さらに声を小さく、囁くようにして男はフィルに返した。
グラントは、ここで声をもとに戻して何気ない事のように話し始めた。
「皇子はなんせ、前科がおありになる。
噂が気に掛かるのは仕方がないさ。国民はそんな昔の、一部の反王権主義のヤツ等に騙されてやった事なんぞ、とうに忘れちまってるんだけどな。」
「クーデターが起きたそうですね、・・・話してもいい話題?」
少し、躊躇してフィルは尋ねた。
突然、話を変えたのは、何者かが聞き耳を立てているのに気付いたかららしい。フィルも、こちらを窺がう鋭い眼差しには気が付いていた。
「あれはもう五年も前になる・・・。皇子はまだ十五で、世間の事もろくに解かってはいないような年頃だった。若くして王位に就いた兄王には、反抗してばかりだったらしい。
・・・そういう事を利用されたんだ。
王家を潰して共和制を樹立しようとする、一部の反王権派の組織に担ぎ上げられた事でクーデターが起きた。政治の実権を市民の手に、なんて謳い文句でその実、一部の豪商や地主が王に代わって権力を取ろうというだけの内容だった。・・・追放された連中ってのは、そういう地主や商人どもだよ。」
詳しい話は初めて聞いた。
セフの言いようでは、何やら、まだきな臭いものが残っているとでも言いたげな口調だった。
フィルは仲間を信用している。セフがああ言うのだから、このクーデターの件は、まだ片付いたわけではないのだろう。だからこそ、首を突っ込むなと忠告されたのだ。
「ありがとう、・・・最後にひとつ、聞きたいんだけど。」
フィルは、少しばかり躊躇して・・・そして、思い切って口に出した。
「王宮に入り込む方法はないかな?」
グラントは、目を剥いたきり、沈黙した。
手酌で酒を注ぐ。
おもむろに、この傭兵は口を開いた。
「・・・あるぜ。
皇子が逃走の時に使用した地下通路が、神殿地区のどこかと城をつないでいるって噂だ。
だから、神殿地区は厳重な警備がなされているが、実のところ、本当の出入り口は警備されちゃいないのさ。」
「それはどこにあるんです?」
「南の渓谷にある古い岩窟神殿さ。何十、何百という寺院が、岩の洞窟を利用して彫られているが、そのうちのひとつが秘密の仕掛け扉になっていて、城のどこかに通じているそうだ。」
南の渓谷と言えば、正規軍が追いやられた地域に当たる。
渓谷を挟んで、向こう側には政治不安定の小国がひしめいている。いつ、小国同士で火がつくか解からない状態が続いているという。
そんな中に、脱出口があるとは意外だった。それより意外なのは、このグラントという傭兵崩れの男が、そんな事まで知っていた事だろう。
「・・・あなたは何者なんです?
そんな情報を、どうやって知り得たんですか?」
フィルは、今度こそ最後となる質問を男に問い掛けた。
「なあに。
俺は、逃亡した皇子の悪い連れなのさ。」
グラントは、笑いながらそう言った。




