最終話
それから・・・。
ザルディン公の国葬の後、喪に服す期間が明けて、すぐ。
5年ぶりに戻った皇子を迎えて、盛大な祝典が行われる運びとなった。
亡国の危機は過ぎ去り、英霊として、この国を守り散った老将を称える意味合いも含んで、近隣国家からの使者が多く迎えられる。
結局、チーム内でも負傷したのはセフ一人、という結末だ。
フィルは翌日には全回復し、むしろ元気過ぎるほどで暇を持て余しているくらいで。
朝から練兵所へ赴き、一般兵にまじって剣を振るっていた。
セフも、混血の脅威的な回復力をもってすれば、数日のうちには回復するだろうと見られている。
ただ・・・。
「セフ様には御機嫌麗しゅう・・・、わたくし、エミリア・フロウ・ベアレントと申します。」
豪華に着飾った美しい娘が、品の良い仕草で挨拶をしてよこす。
セフは寝台から身を起こし、半ばうんざりと、略式の挨拶を返した。
なんと言っても、これで7人目である。そろそろ、表面で取り繕うのも限界に近い。
すでに夜も更け、部屋の外に立っていたはずの番兵も、気を利かせてか、姿がないのだ。
セフにもこの国の思惑は手に取るように理解出来る。
さっさと結婚でもさせて、逃げられないようにしようというのだろう。
この国は親切の押し売りのような国であるから。
まったくもって、この国の女は積極的である事を、この国出身の男はよく知っている。
どうせ、王族の連なりの誰それが、自身の娘を急かして送り込んだのだ、と・・・セフは溜息を零した。なにせセフには腹違いの兄弟がそれこそ把握しきれないほどに存在し、さらにその枝葉ときたら、3ケタは下らないほどだ。
ほとんどは庶民と変わりない暮らしであるから、こんな時には逆転を狙う。
第二王位継承権、というセフの肩書きはしばらく消えそうにないからだ。
昼間は近隣諸侯の姫君が、夜には自身の血に連なる王族の誰かが・・・代わる代わるに、この歳若い皇子を誘惑に訪れた。
「気分が優れないので、申し訳ないが・・・」
「まぁ、それは大変・・! ささ、わたくしに構わず、横におなりくださいまし。」
「い、いや・・、」
今度の娘はちと手強い。さも具合が悪い、というポーズを取って追い返そうとした皇子が、逆に寝床へ押し倒されるという失態を冒した。
アルザスは一夫多妻だから、優良株の男には自然と年頃の娘が群がってくる。そして、王とは違い、ハーレムを作る事は許されないから、上限は決められている。・・・6人だ。
しかし、人気の高い男なら、6人の枠などあっという間に埋まってしまう。
しかもこの相手は、魔族にも引けを取らぬ強い戦士で、いずれは王の右腕となるだろうと噂されるくらいの実力者だ。自然、娘達も力の入りようが違った。
はっきりと、既成事実を狙って、良家の子女が迫ってくるのだった。
アルザスの男は通常、夜具をつけず、裸で眠る。旅のうちにそういう習性のごときは改めたはずが、気を許しすぎたか、ここ数日は悪癖が現われていた。
しまった、と思う間に、娘の柔らかな唇がセフの腹を這う。
慌ててセフは娘の首筋目がけて手刀を振るった。
ぴし、
「う・・!」
仕方なく、セフは娘に当て身を食わせ、そろり、と隣に横たえる。
「衛兵! すぐに来い、きちんと役目を果たせ!」
いい加減、頭に来たセフの怒鳴り声が、また夜の闇に響いた。
翌日、式典は滞りなく終了し、そのまま夜会へと雪崩れ込む。
「ほへ・・!
こうして見ると、やっぱ皇子サマなんだね。」
招かれて迎賓館に来たルシーダが、傍のナッツに耳打ちする。
ナッツも目を丸くして、盗み見ていた。
初めて目にする正装の仲間は、普段のならず者に近い風貌を隠し、気取った顔で立っていた。
アルザスの第二皇子・・・、旅の間には盗賊の首領にしか見えない男、セフ。
近隣の姫君には惜しみない笑顔を振り撒き、王族の名に恥じぬ振舞いで会場内を泳ぎ渡っている姿は、なんだか見知らぬ他人のようで、声を掛けることが憚られる。
戸惑いを隠せない二人に、やはり式典用に正装をしたフィルが近付いた。
「どうしたんだ? 二人共。・・・なんだか、らしくないなぁ。」
さすがは王族、堂々とした騎士姿のフィルに、ナッツは恨めしげな視線を投げる。借り物とはとても思えないほど、見事に騎士の正装を着こなしている。
「フィルも、なんだかフィルじゃないし・・、」
卑屈な声でナッツが呟けば、フィルは意味が解からず首を傾げる。
ナッツはまだいいが、ルシーダなど、ドレスが似合わず、ついにはいつもの軽装で出席した。
会場内で浮き上がり、本人は平然としているが、ある種、注目の的だった。
「・・・そうだ。二人共、荷物を纏めておいてくれ。
今夜中に、ここを抜け出す事に決まったから。」
小声でフィルは二人に耳打ちし、少し離れた場所に居るセフをちらりと覗い見た。
・・・どうやら、セフの提案であるらしい。
「なぁる・・、」
ルシーダもナッツも、それで合点がいった。
あのセフが、ここまで猫被りでいるのもおかしい、と思っていたのだ。
事件は片付いた。
とうの昔に、必要だった薬草も手に入っている。
・・・あとは、どうやって脱出するか、という段階。
残念ながら、あそこで優雅にダンスなど踊っている、アルザスの第二皇子には、この国で優雅に余生を送る気持ちなど、これっぽっちもないのだと、仲間たちは知らされた。
おかしくて堪らないルシーダが、また、いつぞやの時のように、笑いを噛み殺していた。
巨大な猫を頭上に載せて、皇子様は次なるお相手の腕を取る。
ふと気付いた。
「・・・いつぞやは、助けて頂き、ありがとうございました・・・、」
はにかんだ笑顔を向ける姫君には見覚えがある。魔物の森に敢然と挑んだ勇敢な姫君だ。
勇敢な上に慎ましやかな姫君は、なお控え目な口調で続ける。
「名乗る間もないままで・・御無礼をお許し頂けますか・・?」
「いや、・・・こちらこそ。」
恋の熱に潤んだ姫君の瞳が、少しばかりの罪悪感を呼び起こす。
明日には居なくなる男に熱を上げているこの姫君に、なんと答えるべきなのか。
「わたくしの名を、お聞き届けくださいます・・?」
「・・・・・・・・ええ、」
少しばかり、引き攣った笑みを浮かべてしまい、内心の汗を拭う。
華麗な衣装に身を包み、それぞれの思惑の中、夜会は華やかに幕を閉じた。
そして、計画通りにその夜更け。
一行はアルザスの国境を密かに越えて、姿を消した・・・。
皇子の寝所には、当て身を食わされたどこかの子女が置き去りだ。
アルザスはまた暫く騒ぎになった。それから数ヶ月。
風の便りにアルザス王が新しい妃を迎えた事を、弟の皇子は遠い異国で聞き及ぶ。
END




