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第四話

ラルフ王を発見したのは、塔への援軍として差し向けられた一軍の先鋒だった。

傍に倒れる老将と、アサシンとおぼしき男とは、すでに事切れていた。

王に外傷はなく、目覚めた時にも意識ははっきりと、目に見えておかしな部分などはない。

王は御無事、という報に、全軍が胸を撫で下ろした。

「陛下、護衛の兵は・・?

弟君、セフ様も向かわれたはず・・、合流なされなかったのですか?」

簡単ながらも王を横たえるための陣が設営されており、そのホロの中でカラルが問う。

王は、なぜ自分がここに居るのかを知らない。

辺りを見回し、ホロの入り口から見える木々に、戸惑いの視線を向けていた。

「・・・ここは・・・?」

「塔へ向かう途上の、森で御座います。

今、塔へは先鋒軍の一部を差し向けております、・・・なにより、御無事で良かった・・・。」

自身が横たわる寝台の傍に、帆布に包まれた大きな荷物を見る。

王の視線に、カラルが声を落として答えた。

「・・・ザルディン公の亡き骸です、アサシンとまみえ、相討ちで果てられたものかと・・。」

帆布には至る所、血がにじみ、この老将が壮絶な死闘を演じたのだろう事が覗える。

「・・・そうか・・・、」

自身の疑っていた者が、また一人、悲壮な形でその疑惑を覆してみせた・・・。

王は目を伏せ、しばしの黙祷の後に、傍に控える将軍に指示を出す。

「丁重に弔ってやるがよい、・・・命を賭けて、この国に忠誠を示した勇士として。」

「は、」

それから程なく、差し向けていた兵の中から斥候が戻る。敵は全滅、重症を負う皇子及び負傷の兵士を保護、すでに塔を降り、合流のためにこちらへ向かっている、という報告が成された。

改めて、王は次々と指示を出す。

王城への全軍帰還と、一部医療部隊の塔への急行、さらに国内外での被害状況の調査。

そして、隣接国家への対応を、すでに考えに纏めていた・・。

数々の謎は、謎のまま、歴史の闇に葬られる。

王妃を売ったのは、真実、誰であったのか・・・皇子を襲った怪物の正体、女アサシンの本当の目的が何であったか・・・また、皇子を逃がしたという黒幕の名すら、明かされる事無く、事件は終わりを告げた・・・。

セフがまみえたあのアサシン・・・ガルバ公を殺害した犯人も、今はもう、不明のまま。

一瞬にして、この世のほとんど全てのアサシンが、死をもって口を閉ざした今では・・・もう、それが誰であったかも解かり得ない。

事件に遭遇した関係者の多くは、実際には、何も事件の真相に触れ得ない。

遠く、時を隔てた後の歴史家だけが、ああでもない、こうでもない、と、御託を並べるだけだ。


王城へ戻り、ついにアルザス王は弟との対面を果たし得た。

「・・・セフ・・・、久しいな・・・5年ぶりか・・・。」

「・・・・・・・・ええ。」

複雑な胸中と経緯のため、どこかぎこちない挨拶だけを交わす。

「ひどい怪我を負っている、ゆっくりと休むがよい・・、」

気遣うはずの言葉が、場に沈黙を呼び込んで、さらに居辛くさせる。

「・・・では、な。」

王は、何か言おうかと迷い、結局は何も言わずに部屋を出る。

やはり何を言えばいいのかも解からず、兄弟はそのまま別れてしまった・・・。

一人、王城の自室で休むセフ。

5年ぶりに、自身の使っていた寝台に横たわって考えていた。

これでいいのだと思っている、何も、話すことはない、と。

募る思いというものもなく、なぜ戻ったのかも自身で解からないくらいだから。

置き去りにしてきた幾つかの心残りは解決出来た。

それだけで、良しとしよう、と。

5年前、ここで暮らしていた時のままで、この部屋は残されていた。

それだけで、満足だと思った・・・。

居るべき場所はここではない、それは充分に解かっていて、それでも、ここに居場所が残されている・・・それだけで、いいと思った。

人々が手の平を返したように自身を迎え入れてくれた時に、なぜだか、泣きたくなった。

だから・・・もう、いい。


心残りの一つは亡き王妃の魂とともに、今は王城の地に眠る。

誰に知られることもなく、けれど、今は母の腕に抱かれているだろう。

この、王城の下に。

自身の名を欲しがった、あの憐れな子供を思い、フィルは祈りを捧げる。

それは誰に聞かれても、答えることの出来ない罪と秘密として、胸の中へ仕舞う。

フィルは自身の剣を胸の前へ掲げ、目を閉じた。

騎士の儀礼、この闘いの中で失なわれた命への祈り。

向こうで、アシュが呼んでいる。

アルザス国王より正式に令状を受け、培養魔族のこの少年は近いうちに旅に出る。

遠く、フィルリアへの使者として。

アルザスから、かの国へ、使節団が送られる事に決まったのには、セフの尽力も大きい。

魔法には遅れているこの国が、もっとも早くに訪れるべき場所である、と、各地を巡ってきた皇子は断言した。魔法大国フィルリア・・・その名は、すでにこの国にも知られている。

5年のうちに、大した進歩だと、皇子は手放しで喜んだ。

魔力を無視して独自の道を行こうとしたアルザスも、この5年で、その愚を悟ったようだ、と。

傍らで仲間の声を聞き、フィルは複雑な心境を持て余していた。

魔力を無視し、そして滅びた母国を想った。

「フィル! ・・あ、えと・・、今、時間はいい?」

どうもアシュは遠慮が深くていけない、と、フィルは苦笑を浮かべる。

「別に構わないよ、僕は暇を持て余してるくらいだから。」

そう、療養中のセフや、物珍しさで人気のルシーダ、後宮の王妃たちに追い回されているナッツと違い、フィルは至って呑気に一日を過ごしている。

武人の鏡のような青年であるから、女には近寄り難い兵舎にばかり居座っていて、自身の価値を知らないままでいた。フィルも皇子の身分でありながら、王城よりは兵舎の方が落着くのだ。

アシュはまた、首を捻る。

・・・そうかなぁ・・・、フィルも、人気が高いと聞いていたけど・・・。

「で、僕に何か用かい?」

話を振られて、アシュは思考を切り換えて、この話題はそれきりになった。

フィルが自身の人気を知る機会は、もう少し先伸ばしだ。


「明日、使節団の出発と共に、僕もここを出る事になったんだ。

・・・少し不安で、少し嬉しい・・・。けど・・、すごく、寂しいんだ・・・。

みんなとはこれでお別れなんだって思うと・・・、」

不安定な心情を持て余しているのだろう、アシュは聞いてくれる誰かを求めて来たのだと、フィルは理解し、彼の頭髪をくしゃくしゃと掻き回した。

そうして、笑い飛ばす。いつも、仲間たちがそうするように。

「何を言ってるんだ、アシュ。

僕はお別れだなんて、一度も思ったことはない。

・・・生きて、また会おう。アシュ。」

世界は広いが、魔力によって狭められている。

だから、いつでも懐かしい顔とは巡り会えるんだ、と。

生きている限り、いつでも、それは叶えられるささやかな望みだ、と。

仲間たちはいつでも笑い飛ばす。

だから・・・。

フィルも、同じようにアシュに教えた。

「元気で。アシュ。

・・・幸運を!」

生きている限り、幸運である限り、願いは叶えられるから。


フィルリアへの使節は、その後、盛大な見送りのパレードと共に、王城を抜け、城下を通り、そして港で船に乗り込み、出立した。

ちぎれんばかりに手を振って、アシュは旅立っていった・・・。


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