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第八話

巫女の予言した、黒き炎は手に入れた。

これをどうするべきかは導きがない。けれども、皆に行く手は明るいと思わせた。

一泊の予定が決まれば、それぞれが動き出す。

アシュが、まるで自身の担当であるかのように、進んで食事を作ってくれた。

それを皆で囲んで、一息つく。

カンタンな携帯食料を使った料理ばかりだが、どれも味はとても旨いものだった。

「うーん、あの時のスープも飲んでおけば良かった・・!」

岩窟神殿で、アシュが作ってくれた食事を、フィルは辞退している。

あの時はとても食べる気がしなかったのだが、今はなんとなく、後悔している。

アシュははにかんだ笑みを浮かべ、照れたようにもじもじするだけで、言葉にして何かを言いはしない。それでも、その態度だけで、とても嬉しいのだと表現していた。

「食事が終わったところで、飲み物でもどうだ?」

続いて、グラントがコーヒーを淹れてくれた。順番に、金属性のカップを全員に廻していく。

「案外、呆気ないクエストだったと思わないか? セフ。

なんだか、このまま全て巧く行くんじゃないかと思っちまうねぇ・・・、」

自らのカップを手に、グラントがそう告げた。

感慨深い呟きの中に、セフは自身の過去をも読み取り、微かな笑みを浮かべる。

五年・・・長いようで、短かったと思う。

いや、むしろ短いようでいて、長かったのやも知れぬ。

セフと同じように、フィルも無常に過ぎ去る時の流れを感じ取り、目を閉じる。

一時、感傷に浸ることは許されるだろうか・・。

クエストを通じて絆を作り上げた友が居て、一時の安らぎを共有する。金属のカップは冷たい石の床に当たり、高い音を奏でる。回されてきた飲み物が全員に行き渡った。

カップを手にし、口元へ近付けた時、フィルは馴染深い香りと色合いに、記憶を刺激される。

この、漆黒の液体は・・・コーヒーの中に、猛毒が盛られている事にいち早く気付いた。

微かに漂う甘い香り・・・フィルはアシュの手にあるカップを叩き落とした。

「飲まないで! セフ!!」

寸前で、セフの手が止まった。

悠然と、グラントのみが、その液体を飲み干した・・・。


信じられない、という顔付きで、セフが親友を見る。

「・・・どうして・・・、お前が、これを、俺に飲ませる・・・?」

やっと絞り出した声が、震えた。

信じられない。

猛毒であり、自己さえ失う強い麻薬である『アサシンの血』が、どうしてここにあるのかが、理解出来ない・・・したくない。

アシュはフィルの思い詰めた表情を見、続いてセフとグラントを交互に見た。

ひどく傷付いた表情のセフと、誰にも目を向けてはくれない、グラントとを。

カラになったカップを指先でいじくって、グラントは目を伏せて床を見つめていた。

「・・・アサシン・ギルドを束ねる元締めは、迎下と呼ばれてるんだ。

その、お偉い方が約束してくれたのさ。・・・薬を飲ませたら、俺にくれるってな。」

グラントの口調はまったく今までと変わりがなかった。

気さくな友達、そのままの声がセフの名を呼んだ。

「お前の兄貴と同じだよ、・・・俺も、お前の狂気にやられた一人だ。

なあ、セフ。・・・昔みたいに、また、一緒に暴れ廻ろうぜ・・・?」

何を求めてそう言うのか・・真意が図れず、途方に暮れる。

誘い掛ける台詞に、セフはかすかに首を振り、否定する。

何があったのかは解からない、五年の歳月は確かに全てを変えてしまう。それはセフだけでなく、フィルやアシュにも。この、目の前の旧友すらをも変えてしまうのだ。

「アサシン・ギルドに、いつ、入った・・・?」

セフの声が震えている。

どんな言葉を交わしていようと、得られる結果は一つしかない。・・・もう、この道は一つでしかないのだと、知っている。哀しみが押し寄せ、震える唇を噛み締めた。

互いの望むものは、別の方向を向いている、と・・目の前のこの男は気付いているだろうか。

無理にでも望むと言うなら、その先に何が待ち受けるのかを。

グラントは普段と同じに質問を考えているようだった。

「いつ? ・・・そう・・・、いつだったかな。

実を言うと、昨日のことさえ怪しいんだ。俺の、ここは。」

指先で、とん、と自身の頭を示した。

クスリによる副作用と、強い依存のために、その部分は劣化が激しい。

いつ、セフと再会したのか・・、仲間と呼べる者達が増えたのか・・・。

なにもかもが、朧な記憶の彼方でしかない。

ただ、いくつかの忘れがたい景色があり、それだけは手放したくはないと、脳が固執している。

その風景のいくつかに、目の前のセフが居た・・・。

別の風景も記憶に新しい。徐々に消え失せてゆく記憶の中。

黒衣に顔の見えない男は命じた、セフにクスリを飲ませろと。そうすれば、また、かつての日々が戻ってくるのだ、と。

笑い合って、楽しかった日々・・微かな記憶の中にも、鮮明に描き出されている。

クスリを飲ませること、それが、至上命令。

グラントの頭には、命令としてではなく、自身の希望として刻み込まれている。


塔の最上階には何もなかった。

すべての兵士が辿り付いた先、開けた場所には黒くいびつな魔法陣のみが残され、人の気配はない。王は周囲を見回した。

それが合図であったのか・・一人の兵士が血飛沫を撒き、斬り倒された。

「な・・!?」

戸惑う者達に容赦なく白刃が閃く。実戦に慣れない兵士たちは次々と、見えぬ敵に倒されてゆく。ルシーダの鎖が唸りをあげ、何者かを叩く。

ナッツが、隠し持った液体をぶちまけた。

気配をなくす術・・・景色に紛れる魔術は、聖なる力を込めた水の前で無効になる。

敵が姿を現わした。

「ギルド・・・!」

数名のアサシン、黒衣に顔を見せぬ者達は血に染まる双眸をして、表情は消えている。

強い薬の影響によって、その肌は土のように変色していた。

またたく間に、王の精鋭は数を減らす。

それでも、精鋭は自身と刺し違えでアサシンを葬っていった。

壮絶な闘いが、其処ここで繰り広げられている・・・。

王の魔術は強い。至近距離に迫る敵に、冷静に凍てつく吐息を指で弾く。

アサシンの身体は勢いのまま走り、凍った頭だけが置いてゆかれ、砕け散る。

王の傍、前のめりに倒れた。

「冷静に対処せよ! 敵は少数、数で勝る!!」

一人には複数で対処するようにと、王は指示を下した。

一対一の愚を諭し、敵のアサシンは騎士ではないと檄を飛ばし、陣形を指揮する。

病の身とは思えぬ的確さで、戦闘を有利に運んでゆく。

複数が一人のアサシンを囲み、切り刻む戦法を取った。訓練された兵士は瞬時に組を作り、隊列を築きあげて、見事な統率を見せる。

突進する敵の肩を斬りつければ、動く方の腕が振り上がり、武器を振り下ろす。応戦する兵士が剣で防ぎ、横合いから別の兵士がアサシンの胴を払った。それでもなお、一瞬のズレさえない動きは、まるで斬られている感覚がないようだ。

自身が血を撒き散らし、腕も無くしている事にすら気付かぬまま、彼等は動いている。ゼンマイ仕掛けの人形のように、機械が動きを徐々に止めるように、鈍くなった手足がふいに止まって崩れ落ちるのだ。・・・斬られるアサシンは、何も苦痛を感じることなく絶命する。

王自身も、ついに剣を抜き放った。

神々しいばかりの煌きを放つ聖剣・・・グラン。

高く、掲げる。


暗い地下神殿では、すでに戦いが始まっていた。

親友同士の、命を賭けた闘い・・・セフはツイン・ファイア・ソードを両手に、渾身の力でグラントの身体に斬撃を叩きつける。手応えのない結果に舌を打ち、さらに追った。

暗闇からニードルが音もなく飛翔し、床の影を縫い止める。

飛び退ったセフの背後から、拳に仕込まれた鋭い爪様の刃が弧を描き、風を送った。

アサシン独特の武器・・・絶望に打ちひしがれている場合ではなく、気力を振り絞る。

友が、凶悪と評したホーミング・ショットを撃ち放つ。挟み撃ちを狙う。

コントロールの甘さを突かれ、とん、と頭を越えて逃れてゆく・・・。

強敵。

殺す気になれば、いつでも殺せるだろう・・・そのくらいに、二人の戦闘力には差が感じられた。

フィルもアシュも、動くことさえ出来ない。

二人の動きを目で追うことだけで精一杯の、そんなセフの仲間にアサシンは目を付けた。

「ぐっ・・!?」

いきなり背後を取られた。アサシンがフィルの胸にナイフを突き立てたのは、一瞬後のこと。

すべての時間が瞬時に凍り付く。

深く突き刺さった刃は、辛うじてフィルの命を奪うには至っておらず・・・交渉を開始する。

「・・・セフ、・・・さあ、そのクスリを飲んでくれ・・・、」

仲間の命を奪いたくないのなら・・・。

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