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第六話

塔は古く、あまり大人数を支えられるような強度は残されていない。

階段のあちこちが、ともすれば、踏みしめたと同時に崩壊するのだ。

王は塔の周囲を兵で固め、自ら塔へと赴く旨を皆に知らせた。数人の選りすぐった精鋭だけを警護に、ルシーダとナッツを伴い、崩れかけた階段を慎重に登り始めた。

敵の内容はまだ一同の耳には届いておらず、彼等は敵の正体を知らない。

シエナの妹が中心に、得体の知れない者達が暗躍しているのだと思っている。それは、自国の内部の者で、五年前のように、クーデターを狙っているのだとばかりに思っていた。

明るい森を疾走する一頭の馬がある。

老体に鞭打ち、馬を駆るのは今回でも黒幕と噂されるザルディンだ。

突然、その馬の騎首に影が走り込んだ。

馬は暴れ、老人を放り出して、駆け去る。

「・・・くっ、」

かろうじて受け身を取って、難を凌いだ老将は、前方の敵を睨み付けた。

「いけませんねぇ、今更、貴方が行ってなんになるんですか?

大人しく、我々の仕事が済むのを待っていればいいんです、悪いようにはしないと言っているではありませんか。」

倒れた老将の前に姿を見せたのは、黒い衣装に身を包んだ、一人のアサシンだった。

細身で油断無く、腰に手をやり、やれやれと溜息を吐く。

「ええい、黙れ!

貴様等のいいようになど、決してさせんぞ!

魔神に魂を売り渡した悪鬼どもめ!!」

気迫だけは衰えぬ老人が、腰の剣を抜き放った。


「何を言われるのか・・・心外ですな。

この国を売り渡したのは、他でもない貴方がたでしょうに。」

「く・・・、ち、違う・・・、わしは、わしが貴様等に渡したのは、穢れた王家の血筋だけだ・・、

あの忌まわしい魔族の血・・・それだけだったはずだ、それを・・、」

ザルディン始め、当時、クーデターを影から操った者達が、闇のギルドの力を借りて、その代償として約束したものは、皇子と若き王、そして、その血に連なるシエナの腹の仔だった。

ギルドが最初に求めたものは、強い魔力を宿す皇子・・・けれど後に、ヴァンプとの契約でも重なっている事が知れた。

ザルディンは臍を噛んだ・・・。

勝手に進められた契約であり、彼等の知らぬ間の事であっても、闇のギルドは契約違反を言い出した。ヴァンプなど知らぬと言って、聞く相手ではなかった。

「次に貴方が言って遣した物は、使い物にもならぬ、ただの合いの子。

・・・知らなかったでは済みませんよ? 第一世代である王妃と、第二世代である王を掛け合せれば、産まれる仔は第三世代・・・。通常の魔族より、魔力は低い。」

ほとんど人間と変わりはない、と、アサシンは吐き捨てるように言った。

「契約不履行として、ガルバ公は始末させて頂きました。・・・なにせ、彼が裏切らねば、最初の計画通りに皇子の身柄は確保出来たわけですからね。」

アサシンの言葉に、老人はごくりと喉を鳴らした。拭いきれぬ恐怖が、背中に汗となって流れ落ちる。この国のあちこちに、ギルドの手先が送り込まれ、国民面をして、暮らしている・・。

五年のうちに、アルザスは闇のギルドに侵食されつつあった。


王に危険を知らせるため、文字通り、命懸けで挑んだのだ。

裏切れば、殺される。契約不履行もまた然り。

塔の頂上では、今まで森で出くわした敵など及びもしない、敵の精鋭が待ち受けている。

あの女も復讐心を利用され、真実も知らぬままに、憎い仇の手伝いをしている・・。

女の身体には魔物が同化され、実験体の一匹として、密かにデータを取られているのだ。

結社のうちでも比較的位の高いこのアサシンは、せせら笑いながら、老人を見ていた。

「あの女には、昨夜、夢魔を掛け合わせてみたのですよ。

見るも無残な姿となりましたが、なかなかどうして、魔力でカンタンに修復出来るようです。

・・・ま、見てくれだけね。化粧をするようなもので、もう、あのような醜い化け物は女とも呼べぬ代物ですがね。」

「・・・惨い仕打ちを・・、」

ザルディンが絞り出す声に、アサシンは嘲笑して答える。

「何を仰る、貴方がたが皇子にしようとした事と、大差はありますまい!?」

高く笑うアサシンの声を、老人は目を伏せて聞いている。

確かに、噂では聞き及んでいた事ばかりだ。魔族同士の掛け合わせ、魔獣との結合、遺伝子レベルでの操作、薬品を用いての悲惨極まる実験の数々・・・。

そして、承知の上で皇子に猛毒である麻薬を投与しようとした・・・。

今になって考えれば、よくぞ、逃げ遂せてくれた、と、感謝する。

あの魔力が悪用されれば、どんな災いを世界にもたらすやも知れない。そして、真っ先に矛先を向けられるであろう、我が国。

思惑が交差した上での偶然とは言え、ガルバが皇子を逃してくれた事を感謝せずにはいられなかった。

「・・・ガルバを処刑したのは、お前達の差し金だったか・・。」

いつも何者かに怯え、身辺を固めていたはずのガルバが、いともあっさりと倒されるなど、考えてみればギルドにしか出来得ぬ事だ。

「志願者が居たのでね。・・・因縁を絶ち切るためにも、彼に任せたのですよ。

亡霊でも見るような顔をして、傑作だったそうですよ?

まあ、これで彼もしがらみから解き放たれて、仕事に専念出来るようになるでしょう。」

良心の麻痺した罪人を、大量生産する結社・・・彼等の行為はエスカレートの一途を辿り、敵などないと言うように、闇を我がもの顔で闊歩する。

・・・王に知らせなければ・・・! その思いだけで、老人は荒い息を吐きつつ、恐怖の前に対峙していた。罠なのだ、と。塔に辿り着くのが兄であろうと弟であろうと、ギルドにはどちらでも構わない。王を偽者とすり替え、アルザスの実権を奪い、いずれ戻る皇子を捕らえる。

これは、罠なのだ。

この平和な地を、地獄に変える計画が始動していた。


ザルディンが黒幕と対峙しているその頃、国を挟んだ反対の土地では、問題の末皇子がクエストの最中にあった。神殿の中は完全に、闇のギルドの本拠地と化して、身を隠すだけで一苦労だ。ゾンビに襲撃されない事は有りがたかったが、数歩進んでは物陰に潜む、の繰り返しで、気ばかりが急いた。

侵入した時には誰も居ないのかと思っていたが、それは間違いだった、と今は解かる。

「あの・・、この辺りの床が、いままでと足音の響きが違います、」

控え目にアシュが進言し、フィルが耳を床の石畳に付けて確認する。湿り気のある石の廊下はひんやりと肌に心地良かった。

廊下には等間隔に並んでいる松明があり、いつでも火が燈って、煌煌と明るい。五年前、悪友達とのクエストでも、これは変わらなかった。

当時は無人の神殿内で、なぜ、この松明が尽きないのかは、誰にも知られてはいなかった。

現在も昔と同様、明るい灯が一行を照らしている。

耳を澄ましていたフィルが、顔を上げた。

「・・・確かに、音が響いて返ってくるみたいです・・、

下にも通路があるのでは・・?」

聞くが早いか、すぐさまセフが床の石を一つ、打ち砕いた。

ガラガラガラ・・

重い音と共に石は割れながら、地の底へ吸い込まれるように消える。慎重に、周囲を覗い、騒ぎになれば一戦交えるつもりで、身構えて待った。

幸い、気付く者はなく、変わらぬ緊張と静寂。アジトの端にでも位置するのか、定期的に見廻りが訪れるだけだ。

・・・下は真っ暗で、明かりはなかった。

続いて、セフは幻獣を呼び、その穴へと放つ。

ほどなく下僕は主人の元へ戻り、中に毒やガスが満ちてはいない事を教えた。

「よし、降りるぞ。

・・五年前と同じルートなら、お前に従ってもいいが、こうなると話は別だよな、グラント。」

にやり、とセフが笑い、グラントに悪戯な視線を向けた。

渋った顔をしたグラントが、その視線に気付き、顎をしゃくった。

先へ行け、と。

先頭にはセフ、続いてフィルとアシュ、しんがりを今度はグラントが務める。


親友同士とも言える、二人の様子に、フィルはほろ苦い疼きを感じている。

いつだったか・・自分にも、このグラントのような友人が居て、共に冒険ごっこと称しては、城内のあちこちを探索して廻ったものだった。

亡国の時、その親友とは苦い別れを喫した。

敵の陣営に居た友は、親友の皇子を密かに城外へと逃し、炎の向こうへと駆け戻っていった。

その後ろ姿が、親友を見た最後だ。

黒煙を吐き、紅蓮の炎に焼け焦げた空・・・森を抜け、夕闇に紛れながら逃亡するフィルが見た、それが故国の最後の姿。

風の便りに、隣国に攻め滅ぼされ、国民は奴隷に落ちた、と聞いた。

その隣国が、さらに近隣によって滅ぼされたのは、二年後の事だ。・・・近隣が纏まり、大きな帝国を築いている。奴隷制度は廃止され、六人の公爵が交代で国を治めると聞く。

フィルは、今更、無くなった故郷へなど、帰ろうとさえ思わない・・・。

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