第五話
「見られた時には始末する、いいな。」
念を押して、セフが確認すると、グラントは頷き、フィルは溜息を吐いた。
行き当たった敵はとにかく屠る、と言うのだから、気が重い話だった。
中にはさして悪さもしていないような者も居るかも知れない・・それらの区別なく、出会いが運の尽きとばかりに命を取るのだ。
敵が闇のギルドと判明したからには、仕方ない事だと解かっている・・けれど、気乗りしない作戦だった。グラントもセフも、こういう場合の割り切りは早く、フィルは自身の甘さだと感じている。
アシュは経験不足から、今がどういう状況なのかが飲み込めてはおらず、その事もフィルの気を重くする。・・・きっと、今回のクエストは彼に精神的なダメージを与えるだろう・・。
強い者が勝つ、という・・道理だけでは納得しきれない、それをどう、説明してやれというのだろうか・・。セフも同じ懸念を抱くのか、ふっと、アシュを見た瞳に不安が映った。
誰にも、幸せに生きる権利があるのだ、と・・自由という名の権利を与えられたばかりの金髪の少年が、今、現実に直面する。
「・・・行くぞ、」
合図と共に、音もなく一行は移動を開始した。
最初に殺めたのはグラントだった。
こちらを向いた瞬間、若い男は首を掻き切られて絶命した。
口を塞ぎ、抱きかかえるように動きを封じて、素早く仕留める。そうして、音を立てる事もなく、そっとその場へ下ろすと、一同に手招きをする。
上空を何羽もの妖鳥が飛来し、そのまま飛び去ってゆく。哨戒役を果たす、スピードだけが取り柄の妖魔だ。鳴き声はつんざくように大きく、けたたましい。
見つからぬように物陰に潜み、やりすごしつつ、進んでいく。
今日のところは出きるだけ血を見ないで済むだろう・・しかし、夜にはゾンビが彼等を発見し、そうして文字通り、血路を開いて進撃する事となる。
それを思うと、ますます気が重くなるフィルだ。
「昼のうちに出来るだけ進むぞ、遅れるな。」
グラントの鋭い声に頷き、フィルは屈めた背をさらに小さくして、次の地点へと急いだ。
現在、進行はグラントを先頭にフィル、アシュと続き、しんがりをセフが務めている。
日が傾き、すぐに夜がやってきた。
死者たちはどこからとなく集まって、すぐに一行を見つけ出す。・・物陰や、気配を消すなど、無駄なことだった。嗅覚なのか何なのか、どうして生者の存在を見つけられるのかは謎だ。
死者の群れとアサシンの一団、それらを掻い潜って、四人は走っていた。
「離れるな! バラけたら、勝算はないぞ!」
グラントの鋭い叫びに続け、後方からの指示が飛ぶ。
「伏せろ!」
セフの声に、フィルは動作の鈍いアシュの頭を押さえつけた。
頭上を灼熱の波動が通り過ぎる。
前方の死者とアサシンの何人かが黒焦げになった。
怯む敵に、第二派とばかりにグラントが襲いかかる。
あっという間に三人を斬り倒した。
「突破しろ! 構うな!!」
少しでも速度が落ちれば、容赦なく横合いから敵が踊り掛かる。
振り下ろされる刃を受け流し、アシュを片手に引きずりながら、フィルは無言で疾走する。
後方で、光の火球が炸裂した。閃光を視界の端に感じながら、前方の死人を切り捨てた。
セフは幾つかの火球を操り、殺到するアサシンの身に叩き込む。まるで糸でも付いて操っているかのように、小さな球体は彼の意のまま、自在に動く。
右へ左へ、魔力のコントロールを受け、敵を追ってゆく。
「また凶悪な技を身につけたもんだな、セフ!」
「必要だったのさ、」
グラントの皮肉にも平然と答えた。
行く手を塞ぐ巨漢。
セフのホーミング・ショットが弧を描き、その身を貫いた。続けて三発。
しかし、巨人の動きは鈍ることさえなく、手にした棍棒を振り上げる。麻薬による痛覚異常、瞬時に判断した一同が散開すると、巨人は目標を失い、辺りを見回した。
動きが止まり、隙だらけだ。
フィルの手がアシュを放し、続いて跳躍した。
振り下ろされる棍棒の一撃を避け、その愚鈍な首を刎ね飛ばした。
そのまま振り向きもせずに疾走に移る。
アシュはセフの肩に担がれていた。
もう、何人の実験体とやらを斬り捨てたか知れない・・・。およそ、人間離れしたアサシン達に、幾度も出会っては、薙ぎ倒した。
「はあ、はあ、・・・っ、
どうにか神殿に辿り付きましたね、」
苦しい息の下から、フィルが問う。
フィル同様、普通の混血であるグラントも、言葉も出せない状況だ。一人、セフだけがアシュをひょいと肩から下ろし、息も乱さず、周囲を見回した。
思ったほどに、血は流さずに済んだ。・・・運が良かったか、先導のグラントの判断の良さか。
強い敵に当たらなかったと言うよりは、強力なサポートを得たお蔭か。自在に走り廻る火の珠が、フィルやグラントとまみえた敵を、横合いから貫いていったのだ。
そして、素早く敵を倒し、追撃を許さず、森を走り抜けた。
アシュに至っては、気が動転しているのか、呆けたまま座り込んでいる。
重大なショックは受けていない・・・それだけが、救いとなった。
うっすらと闇が蒼く色を変えた頃。一夜を掛けて、一同はようやく冥界神の神殿に到着したのだった。東の空は、神殿の後ろになり、ここからは見えないが、朝日が昇る寸前という頃か。
壁のレリーフなどを調べていたセフが、振り返る。
「北の一角に着いたようだ。・・ここから中へ入るルートがあったか? グラント、」
「さあね? ・・五年前に来たっきりだからな、あん時もお前がどんどん先に行っちまって、確認する暇なんかなかったろうが。」
痛いところを突かれ、セフはしらばっくれるように視線を外す。
「そうだったか? ・・・まあ、壁を伝って行けば入口に突き当たるだろうさ。」
そう言って、また、いつかと同じに一人、ずんずんと先へ歩き出した。
「あいつ、ワガママだろ?」
ひそ、とグラントがフィルに耳打ちし、フィルは答える代わりに苦笑を浮かべた。
セフだけでなく、ルシーダもナッツも意見を曲げないから、これが普通なのだと思っていた。
「あいつと付き合うなら、いい事を教えといてやる。
・・・気紛れだから、ダンジョンの先頭はやらせるな。」
そう言い捨てて、先導権を奪い返すため、セフを追って走っていった。
大胆というか、その場の気分だけで行く道を決定する、セフのようなタイプはこういうダンジョンには向かないのかも知れない。
同じような通路、曲がり角、レリーフの文様・・イライラと脚で地面を踏み鳴らした。
「だから言っただろうが! ・・すっかり迷子だぜ!?」
「うるせぇな! いざとなりゃ、壁を吹き飛ばして出れば済むだろうが!」
苛立った一人が怒鳴れば、もう一人も怒鳴り返す。
以前とまったく同じやり取りに、目を合わせた二人が同時に吹き出す。
「あはは・・! 変わらんなぁ、俺達はよぉ・・・、」
「・・・まったくだ、」
懐かしく昔を思い出している場合ではないのだが、しばし、過去に浸っていた。
東の神殿にはセフが。そして、南の岩窟神殿より少し手前の古い塔には、兄のラルフが進軍中だった。普段、おだやかで明るいはずの森は、最近の情勢に相俟って、どこか危険な空気を孕んでいる。
日差しが木々の茂みから漏れ、視界は決して悪くない。
朝もやに霞む森林の中を、兵士に護られながら、アルザス王と冒険者達が進んでいた。
そこここで、小さな戦闘が絶えず続き、先陣の兵士達が魔物を薙いで通っている。
時折、横合いから討ち漏らした魔物が飛び出しては、ナッツやルシーダの前に倒される。王は剣を抜く必要さえなかった。
「大した手応えもない連中だね、こんななら、王様が出る必要もないんじゃないかい?」
得物を一振り、血を振り落として、ルシーダが言った。
「だーから! 問題なのは、コイツ等じゃなくって魔法陣の方だって言ってんだろ!?」
呑みこみの悪い仲間に、ナッツが噛み付いた。
「ああ、そうだったね、忘れてたよ。」
森に巣食う魔物など、単なるオマケでしかなく、一行の目的は塔の頂上に描かれた魔法陣にあるのだ。いくら敵が貧弱な内容であっても、なんの慰めにもならない。
「・・・ニナイからの報告では、巫女の神託は、死者に安らかなる眠りが訪れる、というものであったと聞く・・・。この剣が、呪いを打ち破るという意味であれば良いのだが・・。」
腰に帯びた剣の柄を抑え、馬上の王は不安を打ち払うようにそう言い、頭を振った。
「案じても仕方あるまい・・、やるだけの事を行うだけだ。」
塔の頂きへ差しかかる頃には、日は中天に掛かった。
多くの兵を率い、敵を屠りながらの進軍では、この間のようには行かないものだと、ルシーダが思うほどに、進行は遅い。
半日あれば足りるはずの行程に、一日を費やしてしまうだろう、と感じた。
王などは馬に跨っている。一打ち、鞭を入れれば、それこそあっという間に塔へ行けてしまうのに・・。身分というものは、本当に、厄介なものだ、と、声には出さずに冒険者の二人は思っている。




