第四話
言い付け通り、家人は客を気にせず寝てしまっているらしく、家の中はひっそりとしていた。
屋根にある天窓は、変わらず鍵が外れたままで、いとも容易く侵入を許す。・・もっとも、そのために高価な宝玉を手放したのだ。
一等地とも言える部屋に入った三人は、とりあえず寝床の割り当てを始める。
ベッドは一つ、そしてソファがひとつ。・・・運の悪い一人が床で寝るハメに陥る。
数分後、ふてくされたようにブツブツと文句を垂れているセフが、床の敷物に転がっていた。
ジャンケンの勘もくじ運も、この男はすこぶる悪い。
朝、クエストの準備を整えてから出立するつもりで、銘々が眠りについた。
翌朝、追放の身となっているフィルを留守番にして、セフとアシュは買い出しに出ている。
「ええと・・・、薬と食料、それから着替え?」
シークなど初めてのアシュは、どこか嬉々として隣のセフに問い掛ける。
「着替えなんぞ邪魔にしかならんだろう、要らないから、その分食い物を詰めろ。
ああ、その乾パンは買うな、激マズだ。」
不味い、と声も落とさずに言われ、店の主人がじろりとセフを睨んだが、怯みもしない。
シーク・・街の市場だが、この地方では全体が大きな屋根に包まれて、巨大なテントのようになっていて、通称でシークと呼ばれている。
「おい! ・・・お前、もしかしてお前か!?」
突然、肩を叩かれ、セフが声の方向を振り返った。・・・そこには傭兵崩れのような、ならず者が一人、微妙なニュアンスの笑みを張り付けて立っていた。
「・・・・・グラント・・?」
名前を言い当てた。
「やっぱり! 面影があるから、もしやと思った!
久しぶりだな、いつ帰った!?」
「おお、昨夜入ったばかりだ、お前こそどうしてた!?」
顔見知りらしい二人の会話を、ここでもアシュは交互に顔を見比べながら、黙って様子を覗うだけしか出来なかった。
秘密のルートである地下を通り、三人に増えた一行はアジトの民家へと戻って来た。
家人は何か言いたげに三人を迎えたが、セフを恐れるのか、結局何も告げずに戻っていく。
その後、お茶を出してくれた夫人の、契約違反だと言いたげな苦い顔を、セフは懐から出したブローチでさっさと笑顔に変えてしまう。
「・・・すぐに出てゆく。足がつく前にアジトを変えなきゃならん。
隣近所には素知らぬ顔で通せばいい。・・世話になったな。」
帰りぎわ、それとなくアシュに近隣の噂を探らせていたセフの判断で、この家を引き払う事に決定した。
居心地のいい部屋での、最後の作戦会議。
「・・・さて、これからだが・・。グラント、巻き込んで悪いが、俺達は東の神殿に行く。
サポートを頼めるか?」
「OK、・・水臭いぜ、セフ。
昔のように、また、一緒に暴れようぜ。」
にやりと笑う傭兵に答えるように、セフも片頬を吊り上げた。
パーティは4人。今回のクエストには充分な人数だ。
一方、城内でも作戦会議が開かれていた。
「あの女が作った魔法陣が、塔のてっぺんにあんのさ。
あたしは魔力を持たないからね、どうにもならなかった。」
ようやく重大な情報を告げたルシーダに、ナッツがキリキリと眉を上げる。
「どーして、そういう大事な事を先に言わねーんだよー!!」
怒鳴られてなお、ルシーダはきょとん、と意味を掴みかねていたが。
そうして、現在、塔を攻略するための作戦会議が開かれているのだ。
「・・・まず、結論から申しましょう、王。
現在の段階では、我々に成す術は御座いません。」
地図を広げ、深刻な面持ちでニナイがそう断言する。
詳しい状況を聞き、呪いの掛かった魔法陣であると知った後の事だ。
強い呪いの掛かる陣ならば、それを遥に凌駕する魔力の者でなければ、呪いを跳ね返し、陣もろともに消し去る事は叶わない。
それが出来る者は恐らく、未だに姿を見せない本物の末皇子だけ・・。
いつまでも戻らぬフィルに痺れを切らし、アルザス王はセフが待機するという山里へ兵を送ったのだが、そこでは、行き違ったという報告を受けている。
セフだけでなく、今はフィルまでもが行方不明だ。
女の狙いが、はっきりとセフにあるのだと、一同は理解した。
この国で、逃亡中の皇子だけにしか解き得ぬ呪い・・・。
「きっと、あの女の狙いはそこにあるのだ。・・・魔法陣そのものが、弟をおびき出すための罠なのだろう・・・。なんとかならぬのか・・?」
一同を見渡し、病床の王が声を掛けた。
「私では、魔法陣の呪いに対抗出来ぬのだろうか・・・、この国の王として、それは私の責務だと思うのだが・・。」
強い魔力を持たぬ事が、このような時には恨めしく思う現国王だ。
あの女とて、そう考えれば奴隷魔族のシエナ同様、大した魔力を持ってはいないはず。ならば、まだ、黒幕の存在が浮かんではいない事になる。純粋の魔族を屠り、その生き血を絞ったと言うのだから、さきほどのヴァンプなど比ではない、強力な敵だ。
その狙いもまだ、はっきりとしない。
弟を呼び戻し、この国で何をしようというのか・・。
ふと、王の言葉を聞いたナッツは閃きを感じる。
「あ! 王様、ひとつ、・・試してみないと解からないが、イケそうな手が無い事もないですぜ?」
ナッツの言葉に、その場の全員が額を寄せる。
興味深く、次の台詞を待った。
「さっきお見せした宝剣ですよ、・・名前はグラン。
こいつは見ての通り、俺が持つべき剣じゃないし、セフにも似合わない。
つまり、王様。・・正真証明、コイツは貴方が持つべきもの、ってこった。」
大振りの長剣を恭しくアルザス王の手に委ね、ナッツは得意げに会釈した。
グラン、という名は実はフィルの出身の王国、グラン・シルバから得た。グランとは、大地という意味なのだと、ナッツはフィルに聞かされた憶えがある。
神々しい輝きを放つ、その剣を、アルザス王はしげしげと眺め、溜息を吐いた。
・・・とても美しい剣だ。
けれど、剣の根元に位置する場所に、不釣合いにぽっかりと穴が開いていて、奇妙にも思えた。
「この穴は・・?」
指差された場所を見て、この剣を鍛えた鍛冶は頭を掻く。
「え・・、いや、なんかどの宝玉もしっくり来なくって・・・」
口の中でごにょごにょと、そんな言い訳を捏ね回していた。
拳大の穴が開いたまま、聖剣はアルザス王の所有に移る。
「この剣を使えば、もしかしたら、呪いごと魔法陣を切ってしまえるかも知れませんぜ。」
ヴァンプを葬ったあの威力なら・・、一縷の望みを、この剣に賭けた。
「王よ、まさか先陣で出るおつもりか・・?」
ニナイが慌てて、床を出ようとする王を押し留める。
「私が出ずに、誰が出るのだ。・・・我が威光、未だ衰えず、だろう、ニナイ。」
斥候の報告で、すでに塔の周辺が敵の勢力に固められている事は知っている。
どこから召喚したのか、魔獣がひしめいているという・・。
それと同様の状況が、セフ達の向かった先、東の神殿に続く黒い森・・嘆きの森にも展開していた。うろうろと木々の間を行き交う魔物は、すべて召喚で呼び出された低級なものばかりだ。
この世界広しといえども、召喚術を使う魔道士は少ない。
それほどに召喚は高度な魔術であり、また、呼び出せたとしても、あまり役には立たぬ低級魔獣ばかりで、身につける者自体が少ないのが現実だった。
「・・・変な話だな・・。中途半端なゾンビどもに、お次は召喚士か・・。」
グラントが首を傾げるのも無理はない。どれだけ数を揃えようが、低級魔獣などいくら呼んでも、それこそたった一人の高等な魔族にやられてしまうだろう。
その証拠に、チームはまったく慌てる事もなく、敵陣の様子を覗っているくらいだ。
力の差は、それほどに激しいのだ。
有象無象をどれだけ掻き集めようが、ここに居るセフ一人、倒す事も出来はしないだろう。
「嫌な感じだな・・、まるで・・命を弄んで、楽しんでいやがる・・。」
セフの言葉にグラントは首を捻った。言葉の意味を測り兼ねたのだが、あまり気にはしない。
どこから攻めようか、と森を見渡している。
セフの目が陰惨と暗く濁り、昨夜の死闘を思い起こした。
締め上げた時に、あの男が告げた台詞が甦る。
『ギルドの実験で作り上げられた怪物・・・』
これではっきりした。
祖国は今、アサシンギルドの実験場と化している・・・。




