表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/35

第七話

・・・長い沈黙の後、アルザスの王は溜息を吐いた。

傍にはルシーダとナッツ。

「そうだ・・・、あれから5年も経った。

弟は、今でも私を憎んでいるだろう・・・。シエナを結界に閉じ込めた時は、殺してやるとさえ、言われたのだから。」

ルシーダが反論する。

「馬鹿言ってるよ、セフはそんな肝の小さい男じゃないよ。」

「そうそう、ちょこっと、ここの空気が苦手なんだと思いますぜ?

・・・何年も放浪してると、こういう豪華な宮殿ってのは、窮屈になるもんなんですよ。」

アルザスに入る前、焚火の前でセフが告げた言葉は隠して、二人は王に言った。

セフが兄王を疑っているのは、明らかだった。

二人の慰めに、王は笑みを浮かべる。

「済まぬ、気を使わせるな。」

王は感謝を示した後に、言葉を続けた。

「・・・ところで、どうだろう?

弟の目だが・・・、お前達はどう思う?

やはり、我が国だけが、あれを不吉と捉えるのだろうか? 夜に輝くのは、闇の力を受ける者だからだと、そのように言う者も居る。・・・私は、何処に居ても解かるので、便利だとくらいにしか思わなかったが。

あの瞳は、月の輝きのように、綺麗だ。お前達は、そう思わないか?」

ナッツとルシーダは黙って頷いた。

決して賛同するわけではない。珍しいとは思うが、別段、それだけの事で、セフはセフだ。

身内を好きだと言うのに、理由など要らない。セフは良い奴だ、それで充分。

この王様は、やはり何処かズレている、二人はそう思っていた。


「・・・今は、セフが戻ってくれる事を心から望む。

二十年という時間を、埋めてゆきたい。私が、どれほど愛しているかを伝えてやりたいのだ。

例え、弟が、未だに私を憎んでいるとしても・・・。」

弟と共に、もっとも愛した女すらも、王は失ってしまった。

「シエラは、クーデターの混乱の中、突然姿を消してしまった。

当時はセフが連れ出したのではないか、と、弟を疑った。

国民たちは、細かな経緯を知らない。

無責任な噂が広がり、シエナはクーデターの最中に死んだと思われるようになった。」

「本当は違うんだね?」

ルシーダが尋ねた。

街で拾った情報では、王の寵愛を受けた魔族の女は、クーデターの最中に崩れた宮殿の壁に押し潰されて死んだ、とされていた。

王や仲間たちは知らないが、セフはその噂を真実と思い、信じている。

「・・・シエナは、クーデターの後、二ヶ月も経ってから、変わり果てた姿で戻ったのだ。」

搾り出すような声で、王は悲痛な内容を告白した。

「自ら私の元を去ったのか、誰かに連れ去られたものか・・・、私には判断など出来ぬ。」

両手で顔を覆って、アルザスの王は過去を嘆いた。

連れ去った者・・・それを弟だとする疑いが、今も消せない。


ルシーダやナッツにも、王に掛けるべき言葉はなかった。

セフは何も語らなかったし、シエナという女性の事も、ここで初めて知ったのだ。

「でも・・・、

でも、王様! 信じて下さいよ、セフはそんな奴じゃないんだ。」

堪らず、ナッツは声に出した。

反論されれば、ぐうの音も出ないだろうとは解かっていても。

「私は、真実の全てを知りたいわけではない。

あの日、妃までが私を裏切り、弟と共に逃げたのか・・・それだけを、弟の口から聞きたいのだ。

・・・本当に・・・、お前が連れ出したのか・・・?」

ここには居ない、本物のセフに、アルザス王は問い掛けていた。

シエナの遺骸が発見されたのは、クーデターから二ヶ月たったある朝の事だった。


朝からニナイが忙しく走り廻っていた。

さすがに混血、腹に開いた穴は、すぐに自力で塞いでしまったと言う。

とても、養生などしてはいられない程に、多忙だ。

「国王、謁見の儀が滞っているではありませんか。。

これ以上、民に順序を待たせるわけには参りません、本日の御予定は、全てキャンセルして頂きますぞ。」

「私とて、遊んでいたわけではないぞ、ニナイ。」

王は不平を述べたが、忠実な臣下はまったくの無視で他の者に指示を送っている。

そんな時に、門番が一人の女を城門の外で押し止めた。

「なんじゃ? その筵は?

・・・うわ、なんてヒドイ臭いだ、そんなものを王宮に入れるつもりか!」

女の後ろには、牛に引かれた荷車があり、筵に包まれた細長い荷を積んでいた。

荷は、ハエがたかり、ひどい悪臭を放っている。

「ええ、ぜひ、入れて差し上げて下さいな。・・・王は御歓びになるはずですわ。・・・たとえ、どんな姿になっていてもいい、と仰ったのですもの。」

ベールを深く被った女は、憎悪を込めてそう言ったが、幸か不幸か、門番は気付かなかった。

「う・・・む、さすがにそれは取り次ぐわけには・・・」

門番は、戸惑いを隠せず、迷っている。

「でも、伝えなければあなたの首が飛ぶわよ?

王の、大切な寵妃の亡骸なのだから。」

女の言葉に、門番は飛び上がり、慌てて城門の中へ引き返した。

その背中に、女は声を掛けた。

「ねぇ、王様にお伝えしてね。

今日のこの日をお忘れなきよう、って。」

門番は振り返った。・・・女の姿は消えていた。


知らせを聞いた国王は驚いて門の外へと駈け付けた。

荷車は、そこに放置されたままになり、筵も来た時のままだった。

王は、制止する臣下を押し退けて、筵を剥がした。

・・・そして、一目見るなり嘔吐した。


消えてしまった女が傍に立っていた。

「王様、御褒美を戴きたいわ。

妃を連れてきた者には、どんな願いも聞き入れようと、仰ったはず。」

王は、吐き気とショックで、ふらふらとしながらも立ち上がった。

その脇腹に、女はナイフを突き立てた。

「痴れ者!」

「きさま!」

王の傍に控えていた臣下たちは、あまりの惨状に一瞬出遅れ、女の凶行を止める事が出来なかった。女はすぐに取り押さえられる。

幸い、王の傷は浅く、自分で歩く事さえ出来る。

「死んでよ! わたしの願いはあなたの死よ!

よくも姉さんをこんな目に会わせてくれたわね!

なにが妃よ、結界に閉じ込めて・・・結局、奴隷だったんじゃない!」

女が叫ぶ言葉が、耳鳴りのように響く。

脇腹に突き立つナイフの刃が、握った掌さえも傷付けた。


「シエナの妹は、きっと私を恨んでいる。

姉を連れ去り、死に至らしめたのは弟だと思っているのだ。

・・・私と弟を、殺すつもりでこの国へ入ったのだろう。」

王は目を伏せ、淡々と語った。

クーデターの最終章。

最愛の妃は王の元へと戻った。哀れな姿で。

女は厳重な見張りと結界の中で、取り調べを受けた。

セフを閉じ込めようと用意していた結界の呪印が、こんな所で役に立った。

「・・・姉の遺体が私の家へ投げ込まれたのは十日も前よ。

窓から・・・、まるで、ゴミでも投げ込むように・・・」

女はむせび泣いた。

「暗がりで、数人の若い男たちの姿が見えたわ。

ならず者を雇って、せめて死体だけは返してやろうとでも言うつもり?」

ニナイが女を説得した。

「待て、早まった考えを持つものではない。

王は、お前の家を御存知ないのだぞ?

なにより、妃自身がお前の所在を御存知なかったのだ。・・・おかしいではないか。」

しかし、女にはもはや、何を言おうと通じなかった。

「・・・私は忘れないわ。この仕打ちは忘れない。」

女は繰り返した。

名も言わぬ妃の妹を、王は勅命を使って放免した。

誰もが、その危険を訴えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ