表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/35

第五話

王は、疑心のあまりに妃を結界へと閉じ込めた。

術者が呼ばれ、王妃を閉じ込めるために結界を張った。・・・それは、本来、重罪を冒した犯罪者を封じるための職であり、その者自身、王の寵妃を閉じ込めると知って、たいそう驚いた。

同じ術で、弟までも閉じ込めようとしたが、残念ながら、弟の魔力の方が勝っていて、それは出来なかった。セフの為に呼び寄せた術者は、半死半生の呈で逃げ帰ってしまう。


王は知らない。

母の違う兄弟たちが、自分と弟をどのように見ているのかを。

ここに、密かに杯を交わす二人の男がいる。

一人は大柄で、逞しい戦士。もう一人も、細身ながら頑強な肉体を誇っている。

二人共、髪は赤く、赤ら顔だ。王宮の血筋らしい整った上品な顔立ちをしていて、むしろ、釣り合いが悪い。眼光は鋭かった。

若き王より幾らか年上の兄弟のうちの二人だ。

義兄のバーリアとミルアは同じ腹から産まれた兄弟だった。本来、次の王と定められていたのは、このバーリアだった。

・・・それを恨んでいないと言えば嘘になろう。

しかし、多くの妃を抱えるハーレムにおいては、皇太子などという席は、空手形以外の何物でもない。国王の気持ちひとつで、次期国王の指定は変わってしまう。

国王が寵愛した妃の子供が、皇太子の席に着く。

現に、バーリアの前には、その腹違いの兄の一人がそこに座っていたのだから。

・・・それをどうこう言うつもりなどない。

結局は運命なのだ。自分の頭上には、はなから王冠が無かっただけのこと。

だが、この生真面目な義兄は、この国の行く末を誰よりも案じていた。

この国のためならば、と、命を差し出す覚悟さえ出来ていた。

・・・そして、それを証明してみせた。


「ミルアよ、亡き父と母には誇りを持って会いにゆけるぞ。

我等の成したる事、決して間違ってはいない。」

「もちろんです、兄上。

災いを呼ぶ、あやつだけは・・・元凶だけは取り除けるはず。」

二人は互いに頷きあった。

魔族の血は、多くの人間の考えを変えるに充分な脅威であった。

ある者は心奪われ、ある者は警戒し、ある者は野心を抱いた。

「ガルバは危険な考えを抱いている。・・・それを思わせたのも、あやつだ。

忌まわしき魔族の仔、どれほど、この国を窮地に立たせれば気が済むのか・・・。」

若き王は知らない。

王の実弟、セフが、黒い陰謀の渦を招き寄せる元凶となった事を。

その強過ぎる魔力が、災いであった事を。

「ガルバは魔族との契約を進めているらしい。ザルディンが目を光らせているとは言え、油断ならぬ奴だ・・・、いつ、この国を売り渡すやも知れぬ。」

「兄上。闇のギルドとの取引は、本当に・・・?」

ミルアは兄に問い掛けた。

闇のギルドが、恐ろしい犯罪組織だという事は誰にでも判る。その組織との取引を、兄のバーリアは進めているのだ。

事もあろうか、この国の皇子をギルドに売り、代わりに邪魔となる最大の人物を暗殺させるという取引だった。街の商人達を牛耳る仲買い頭のダナスという男がそれだ。

ターゲットにされたのは、もちろん、厄介者のセフだ。

「しかし、兄上。あやつの魔力は桁が違いすぎます。・・・どうやって、捕えると言うのですか?」

「この薬を飲ませるのだ。

・・・ギルドの者が置いていった。」

バーリアが手に出したのは、小さなガラス瓶に詰められた黒い液体だった。

ミルアも興味深げに見つめている。

「強い麻薬だ。これだけの量をひと息に飲めば、純粋の魔族であっても中毒に掛かり、薬なしではいられなくなる。・・・これを、飲ませるのだ。」

ミルアは目を見張り、息を呑んだ。

黒い麻薬。・・・それは、噂だけは聞き覚えのある、『暗殺者の血』と呼ばれる薬だった。

「セフは我等を信用している、珍しい飲み物とでも言えば、信じて飲み干すだろう。」

皇子はまだ15歳。

甘やかされて育ち、この世の仕組みも理解はない。


闇のギルドの一系列である、アサシン結社。その構成員たちは、全てがこの薬の常用者であり、強い麻薬の中毒に罹っていると言う。

薬のためなら、どんな事でもやってのけ、薬の為に生きている。

そして、この薬は常用する者の精神を高揚させ、限界以上の力を引出す効用もあるのだ。

「・・・恐ろしい薬だ。

これは、アサシンを作るためだけに開発されたものなのだ。

殺戮の本能を高め、理性を麻痺させる。神経を研ぎ澄ます代わりに、命を削るのだ。」

通常の麻薬のような陶酔はない。だが、もっと厄介な・・・無敵という幻覚に溺れる。

この時代のアサシン達は、皆、短命だった。

後に、薬に代わって洗脳術が、ほどなくアサシン結社の主流となる。

「結社からの使者は、セフを欲しがっている。

・・・あれほどの魔力を持つ者は、ドラゴンくらいだそうだ。」

憎々しげに、バーリアは言った。

「ドラゴン・・・」

ミルアは絶句した。

魔族の頂点といわれるドラゴン種。それが、どれほど恐ろしい魔族なのかは、数々の伝奇が伝えている。

「あやつが暴走するのは目に見えている。

兄弟でありながら、あの二人の憎悪はどうだ?

・・・いずれ、衝突は免れまい。」

この国に、魔族の血は稀であった。混血同士が本気で争った時、どれほどの被害を受けるか・・・バーリアは、その点を危惧している。

この国は、人間の国。

魔族の手に渡すものか・・・、そんな思いも強くあった。

「ですが、兄上。・・・もし、万が一、あやつを取り逃がした場合・・・闇のギルドは黙ってはおりますまい、その時はどうなさるのです?」

「・・・案ずるな、俺とお前が殺されるだけだ。」

暗い目でそう答えた兄の言葉に、ミルアも覚悟を決めた。

契約の不履行は、依頼者の血をもって贖う。・・・それが、アサシンの掟。


「我々だけではない。

兵士たちや近衛にまで、不平を抱く者はいる。

・・・そう長くはないぞ、現王の治世もな。」


バーリアの言葉を裏ずけるように、ラルフの悪癖が表に現れ始める。

若き王は人一倍執着心が強く、望むものは手に入れずにはいられないという性癖を現わした。

他人が、大切にしている物ほど、欲しくなった。手に入らない物を欲しがった。

最初のうちは、側近のニナイや妃のシエラが、それを押し止めた。

旅の途上に立ち寄った冒険者から、類稀なる宝冠を見せられればそれを欲し、胡散臭い行商人から世にも珍しいと触れ込まれれば、猫のミイラであれ褒賞を与えた。

ただでさえ、逼迫した財政は窮状を示す。

けれども、財相のザルディンは何も言わない。・・・むしろ、焚き付けるかのように、商人たちを引き込んだ。もともとが疑心のない王の事、臣下を疑う事も知らない。

新しい王のそんな様子に、臣下達がいつまでも、諾々と従っているはずなどなかった。

来たるべくして、その時は訪れた。


「王よ、お退き下さい! ここは私が食い止めます、お早く!」

印を結び、鋭い声でニナイは王を促した。

黒魔法、時間と空間へ干渉し歪みを生み出し、負のエネルギーを作り出す危険な攻撃魔法を、ニナイは練っていた。王宮の広間がレンズのように丸く歪んで見えた。

プラズマが幾筋と、その歪みの中に走っていく。

「オン!」

声と共に放たれた一撃は、広間へ殺到した若い近衛達に向けて走ってゆく。

炸裂。

床や壁を抉り、近衛達の身体を引き千切って、衝撃波は渦を巻いて消えた。

再び印を結ぶ。通常の混血であるニナイには、これほどの魔法を扱う能力はない。そのため、命を削って魔力を練った。

練る間に隙が出来る。

飛来した槍が、宰相の腹を貫いた。

「ニナイ!」

「・・・は、早くお行きなさい、

早く王を! 安全な場所へ!」

留まろうとする王は、味方の兵士に引きずられるようにその場を逃れた。

裏切りの兵たちは後から後から、増えてゆく。

ニナイは、自身に殺到してくる刃もろとも、第二波を放った。

地響きと轟音、かろうじて側近の生を信じ、王は城を逃れ出た。

そこには近衛隊長のラマダと、軍部相のカラルが控えていた。

「よし、国王の御無事は確認した! 総攻撃!!」

王の言葉を待たず、砲撃が始まった。

・・・ラルフは王としての無力さを再度確認する事となった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ