第一章 第一話
最初の5行は絶対に譲れないコダワリなので、ご容赦ください。
今ではない時。
ここではない場所。
遠く、時間すら測れない過去。
遥か、地球ですらない場所で。
・・・そんな所で、物語りは始まった。
馬車は西を目指している。
国境を越えて、西の大国アルザスへ入ろうというのだ。
一行は疲れてはいたが、皆、元気だった。
「俺はアルザスへは入れない。山間の村があるから、そこで下ろしてくれ。」
若い戦士は、そう言って荷物をまとめ始めた。
魔法剣、ツイン・ファイア・ソードの使い手であり、手練れの幻獣使いでもあるこの青年の、多くのプロフィールは謎のままだった。
「セフ、確かアルザスの生まれじゃなかったのかい?」
大柄の美女、アマゾネスの戦士であるルシーダが、眉をひそめた。
黒い肌とちぢれた長い黒髪で、無造作に編み込んで後ろに流した髪型は、彼女の国での流行のヘアスタイルだった。筋肉は男並で、胸も豊満だが、惜しげもなく晒すような刺激的な服装をしている。豹皮の腰巻と、なめし皮で出来た軽量の鎧だけが彼女の装備だ。
それに、鎖鎌と、弓矢。
セフ、と呼ばれたアルザス人は、鼻で笑うと、初めて自身の事を語り始めた。
「・・・俺はアルザスの第二皇子だ。クーデターに失敗して逃亡中なのさ。
戻れるわけがないだろう?
なぜそんな事になったかは聞かないでくれ。・・・知らない方が、お前達のためでもあるしな。
首尾良く、例の薬草を手に入れたら、落ち合おう。それまではグレイス渓谷の村で息を潜めてるよ。」
夜の帳が静かに舞い降りようとしている時刻。
セフの青い瞳が、特徴のある光りを放って煌いた。夜行動物のように、この青年の目は夜になると輝くのだった。
「アルザスの情報を教えてくれよ。何でもいい、知ってる限りで。」
小柄な少年がセフに問い掛けた。
少年のように見えるが、これで、セフより年上だった。
彼はドワーフの血を引いている。武器の目利きは確かで、彼に任せておけば、決して外れを引くことはない。そして、魔族にも詳しいため、戦闘には欠かせないメンバーだった。
名前はナッツ。通称であり、素性と共に、本名は誰にも言わない。
一行はもう一人、馬車の隅ですやすやと寝息を立てている少年を入れた四人だが、遠く東のカルーア公国の田舎町に、残る二人の仲間を置いて来ている。
眠っているのは、先の戦争で滅ぼされたグラン・シルバの王、アスレイの息子フィル。
ふと、フィルの寝顔を見つめて、セフは重い口を開いた。
「・・・こいつとは境遇が似ている。
だからかな、つい、肩入れしてこんな所にまでのこのこ帰って来てしまった。
俺はお尋ね者だと言うのにな・・・。」
光る瞳が、宝石のように闇の中でその存在を知らしめている。誰かが、外で火を起こした。
促されるまでもなく、皆、外へと移動する。寝ている者を除いて。
「ん・・・?」
気配に気が付いたのか、フィルが目を覚ます。
「よ、子供は寝る時間だぜ?」
ナッツのからかうような台詞に、フィルはムッとしたように勢い良く跳ね起きてみせた。
照らし出されたそれぞれの顔。
一通りを見まわして、セフは続けた。
「まず、忠告しておこう。
王宮には近付かないことだ。国王・・・俺の兄は、異常に好奇心が強い。
珍しいものは大好きな方だ。
どれほど苦労して手にした宝であっても、大枚の金貨に交換されてしまう。カルーアを出る時に、真実珍しい宝は置いてゆけと言ったな? それは、このせいだ。」
なにやら、厄介そうな王様らしい・・・一同は眉をひそめた。
それだけじゃない、・・・セフの忠告はさらに続いた。
「ミーアとエシャロットも危ないから置いて来たんだ。・・・ハーレムには美女がひしめいているが、とにかく珍しい物が好きなお方だからな、・・・人間も同様だ。
ミーアの変化の魔法、エシャロットの虹の目、共に見せたら最後だ。
・・・ま、それさえなければ、国民にも慕われる善良な王なのだがな。」
「アンタが家出してるのも、そのせいかい?」
軽口でルシーダが返すと、セフは笑った。
「捕まれば、今度は鎖で繋がれるだろうよ。兄上は俺の目にご執心だったからな。」
夜に輝く月の瞳が、また、煌いた。
朝になった。
一行はその場にセフを残し、アルザスを目指した。セフの事だから、一人にしても心配はない、皆、そう思っている。
問題は、厄介なアルザス王の方だった。
国境の関門、ここを抜ければアルザスだ。
「止まれ! 馬車の中を検閲させて頂こう!」
どこも似たようなものだが、ここの役人の態度は中でも最悪に分類されるだろう。居丈高に命令すると、一行を馬車から引きずり出した。
「乱暴だねぇ、」
それでなくても血の気の多いルシーダは、もうイラだっている。
「なんかあったんですかぃ?」
人懐っこい笑顔を作り、小人のナッツは役人に尋ねた。その袖口に金貨を一枚落とす事は忘れない。ちらり、と袖に目をやったこの細身の役人は、にんまりと笑って答えてくれた。
「なに、行方不明になっていた国王の弟君が、最近戻って来られたのさ。
皇子を騙して担ぎ上げた連中が、騒ぎ出す事を警戒なさった国王が、警護を強化なされたのだ。せっかく追い出した反乱者どもが舞い戻らぬようにな。」
役人の言葉に、ナッツとルシーダは顔を見合わせた。
セフとは今朝、別れた。・・・ならば、今、宮殿にいるのは誰なのだろう?
「・・・行こう。ただ薬草を取りに行くだけでは済まなくなりそうだ。」
一番年少のフィルが、決意を囁いた。
セフは近付くな、と言ったけれど・・・仲間の兄弟である王の身に、何やら不穏な影が伸びているものを無視するわけにはいかなかった。
アルザス第一の都はデュアス。けれど、都までは国境からさらに五つの町を抜けて行かなければならなかった。一つ目の大きな街を抜けた後、小さな村落を二つ過ぎたあたりで、日が傾き始めた。三つ目の村で、宿を探す。
「どうか一晩の宿をお願い出来ませんか? 少ないけれど、お礼はさせてもらいます、」
ナッツはこういう交渉にも欠かせないメンバーであり、ほどなく、一行は村長の家へ上がり込む事が出来た。
「この村は宿がないのでなぁ・・・窮屈じゃが、我が家で辛抱して下され。」
「いいぇ、泊めてもらえるだけ在り難い事ですよ。村長のご好意がなければ、我々、どうなっていたか・・・。」
謙遜してナッツが答えたその言葉に、この村長は真剣に頷いた。
「その通りですじゃ。・・・この国の夜は恐ろしい。
最近になって、死人が夜になると歩き回るようになりましてな・・・。うかうか野宿なんぞしておったら、死人に殺される事になるのですじゃ。」
泊めてもらえる事になった三人は、互いの顔を交互に見まわした。
歩き回る死体・・・それは、ゾンビ化の魔法の特徴であり、術者がこの国に潜入している事を指している。
ルシーダが、小声でナッツに耳打ちした。
「・・・読めてきたねぇ。
皇子に化けたゾンビ使いがこの国に入り込んだんだ。それで、夜な夜な術を掛けた死人どもを操っているってワケだね?」
「そんなモン、考える以前の問題だろうよ?
それより、目的は何かってことだろ。」
気に障ったらしく、ルシーダは小人の胸倉を掴み上げた。
「二人とも!」
慌ててフィルが中へ割って入り、事無きを得る。
「でも、昼間は出てこないのなら、術者は強い奴じゃない。何の目的で王宮に入り込んだのかを探ってみよう。」
村長には聞こえないように、声を落として二人に告げる。そして、向き直って村長には、こう尋ねた。
「村長、王宮へ行き、国王に謁見するにはどうすれば良ろしいですか?」
フィルの言葉を聞いた村長は、不安げに顔を歪めた。
「・・・あんた達、都へ行きなさるのか?
国王様にお会いになるために? ・・・悪い事は言わん、止めなされ。」




