その牢獄、脱出不能
ウーバーイーツで頼んだ晩飯を食べた後、また作業に戻る。
今日中に、キリのいいところまで書いてしまいたかった。
だが、ぼくはノートパソコンの前でうっかり眠ってしまった。
すると、夢の中に、今書いている物語の登場人物たちが現れた。
***
「おい。最近オレの名前が間違ってるんだが、自分で気づいてないのか?」
君は確か……ああ、ボールウインか。
「違う。ほらまただ。オレの名前はポールウインだ。自分で付けた名前くらいちゃんと覚えていてくれないか」
ウソだろ?
えーっと、ああ、そういえば確かに君はポールウインだ。
ぼくはさっきなんて書いたっけ?
あ、ボールウインか。
「そうだ。頼むからしっかりしてくれ、二度と間違えるなよ」
ごめん、ポールウイン。
それにしてもどうしてボールウインなんて間違いをしてしまったんだろう。
いつから間違えていたのか、確認しなきゃ。
ああ、でもこの間違いなら一括置換でなんとかなりそうだ。
うん、すぐ修正するよ。
「ねえねえ、そんなことより、もっと大事なことがあるんだけど」
え?
アリシアだった。
うわぁ、これは参ったな。
「参ったな、じゃないわよ。なんであんな序盤に殺してくれちゃったわけ?」
いや、それはもう初期プロットから決めてたことだから今更……。
「今更なによ。名前が変えられるなら、私の扱いだって変えられるでしょ」
ちょっと待ってくれ。
さすがにそれは困るんだ。
君が死ぬことで、セイヤは覚醒するわけだから。
「いや、もしアリシアが生きていてくれるなら、オレは覚醒なんかしなくていい」
え、お前はセイヤ。
いつからそこに?
「ああ、セイヤ! 久しぶり。会いたかったわ~」
アリシアがセイヤに抱きついた。
セイヤの方は少し迷惑そうに困った顔をしている。
いや、そういうことじゃない。
セイヤが覚醒しないことには、話が先に進まないんだ。
「そこをなんとか」
アリシアがセイヤの腕に抱き着いたままウインクしてくる。
「オレからも頼む」
セイヤ、お前もか。
お前が覚醒しなかったら、あのまま王都は魔王軍に滅ぼされてしまうじゃないか。
お前自身、あの場面で死んでしまうんだぞ。
「そこは作者なんだからなんとかして」
「頼む」
おいーー!
いくらなんでも序盤の最重要プロット変更なんてありえないよ。
覚醒なしでどうやってあのピンチを打開するっていうんだ。
「おい、我の出番はまだか?」
ザッケルトが二人の前に割り込んできた。
「ちょっと、まだ話の途中よ」
「うるさい。貴様はもう既に出番が終わったキャラであろう。おとなしく死んでおれ」
「なんですって!」
「お前は、もしかして……」
ちょっと待てお前たち。
これから書かなきゃいけない場面を先に夢の中でやらないでくれ。
ザッケルト、もうすぐだから。
あとちょっとだけ、待っててくれ。
お願いだ。
「その言葉、本当であろうな」
本当だから。
セイヤからも言ってやってくれ。
今、魔王討伐のための特訓中だって。
「そうだ。だが、こうして目の前に現れたからには見逃すことはできない」
は?
違う違う、そうじゃなくて。
「フン。まだ特訓とやらの途中であろう。そんな状態で勝負になるものか」
ザッケルトが鼻で嗤った。
「魔王ザッケルト! いざ尋常に勝負!」
「望むところだ」
ラストバトルが始まってしまった――。
ぎゃああああ!
やめてくれー!
早くこんな夢、醒めてくれ。
こんなしょうもない展開じゃなくて、ちゃんと考えてあるんだ。
あとは実際に文章にするだけなのに!
***
目が覚めた時、ノートパソコンのテキストにラストバトルの場面が書かれていた。
魔王との戦いでピンチになったセイヤを助けるため、甦ったアリシアがポールウインと共に必殺技を放つ。
セイヤがトドメを刺す瞬間、深手を負った魔王は起死回生のスキルを発動して、お互いの魂を入れ替えた――。
無事魔王を倒した勇者パーティ。
しかし、勇者の中身は魔王になっていた。
って、ちがーーーーう!!
全然おかしい。
こんなの誰が書いたんだよ!
だいたいアリシアが生き返ったって、今更役に立つわけないだろ。
めちゃくちゃだ。
最後もこんなのバッドエンドじゃないか。
ぼくは普通のファンタジーが書きたいだけなのに、こんなのイヤだ。
ぼくの作品じゃない!
「というメタがやりたかったのではないのか?」
中身が魔王のセイヤが突然語りかけてきた。
ノートパソコンの画面では、いつの間にか動画が再生されていた。
動画、なのか?
「いや、違う。動画ではない」
もうわけがわからないよ。
君はぼくの作品の中の登場人物だろう?
夢の中に出てきたと思ったら、今度は現実にまで。
どういうつもりなんだよ。
一体全体、なにが起きてるんだよ。
「いつからここが現実だと思っていた?」
はぁ?
なにを言ってるんだ――って、もしかしてまさか……。
「そのまさかだ」
***
目が覚めた。
今度こそ本当に起きた。
――と思う。
いつの間にか朝になっていた。
作業用のデスクに座ったまま、眠ってしまっていたらしい。
はっと思い出して、ノートパソコンのスクリーンセーバーを解除する。
動画アプリは起動していない。
テキストファイルも……良かった。
居眠りする前の状態に戻っていた。
結局あれからまったく進まなかったのは痛手だが、あのヘンな多重夢の中のようなことが、実際に起きるより全然マシだった。
結局あれはぼくの夢ということだったのだろう。
時々あるのだ。
明晰夢や、多重夢が。
そういうことにして納得してくれるのは非常に助かる。
え?
非常に助かるってなんだ?
そういうことにして納得してくれるのは非常に助かる。
待て! ぼくはそんなこと言ってない。
書いてない。
そういうことにして納得してくれるのは非常に助かる。
なんだこれ。
誰がこの文章を打っているんだ?
そういうことにして納得してくれるのは非常に助かる。
そういうことにして納得してくれるのは非常に助かる。
非常に助かる。
非常に助かる。
助かる。
助かる。
***
またこのパターンですか。
先生はオチに困るといつも必ずこうやって混乱を装った文章を繰り返して強引に終わらせますよね。
もう読者も全部わかってますよ。
わかった上で「くろイけエンド」なんて名前まで付けて茶化してるんです。
決して喜んでませんし、満足しているわけでもありませんからね。
だいたいどうしていつもプロット通りに書いてくれないんですか。
だから終盤になって収拾がつかなくなるんですよね?
今回も私、途中で何度も何度も指摘させていただきました。
それでも先生は大丈夫だから、この先もちゃんと考えてるからって言ってました。
考えた結果、これですか?
これを考えて、大丈夫って言ってたんですか?
だとしたら全然大丈夫じゃありませんよ。
この原稿持ってったら私が編集長に叱られるんですからね。
こないだのボーナス、私だけ他の社員より1.5カ月分少なかったんですよ!
これ、先生のせいですからね!
ほんと信じらんない。
あ、いや、いりません。
いりませんから!
先生からそんなおこづかいもらったって問題は解決しないんです。
私のお財布は少し膨れますけど、そういう問題じゃないんです。
あ、ちょっと待ってください。
ダメですよ、男の人が一度口にしたことをそんな簡単に引っ込めるなんて。
私はいりませんって言いましたけど、そこは無理矢理にでも財布の中に突っ込んでもらわないと。
お約束でしょ、そういうの。
っていうか先生わかってやってますよね。
なにが面白いんですか、笑わないでください。
そんな権利、先生にはないんですからね!
***
「なるほどですね~。この女性新人編集者ってのは新しいですね」
「でしょ。今回この編集者が肝なんですよ」
「いや、そこは本編の方を肝にしてくださいよ」
「こっちが本編じゃないんですか?」
「違いますよ。本編はこっちの小説の方でしょう」
「いやでもみんなが楽しみにしているのは、こっちの方なんだから、もうこっちが本編でいいのでは?」
「そんなわけないでしょ。ちゃんとやってください」
「すみません」
「わかってるなら書き直してください。今回はいつにも増して手抜きですよ」
「手は抜いてないつもりなんですが」
「当たり前です。最初から手を抜くつもりで書かれたら困ります」
「ですよね、ははは」
「そもそも今回お願いしたのは5万字程度の中編なのに、どうしてこんな5千字弱の短編を書いちゃったんですか?」
「それは……」
理不尽すぎる。
前提もなにもわからない状況で、台本の途中からぶっつけ本番だなんて。
それにもう何回目なのかもわからない。
どこで何を間違えたのだろうか。
何か抜け出すためのヒントを見逃したのかもしれない。
そんなヒント、最初からなかったのかもしれない。
これは夢だ。
明らかに夢だ。
夢以外のナニモノでもない。
そして夢であることがわかっているのだから明晰夢だ。
それなら自由意志で目を覚ますこともできるはずなのに。
どうして今回に限ってそれができないのか。
多重夢だからなのか。
それもわかっている。
もう何度、目が覚めた気になったことか。
目が覚めた自覚もなく、次が始まっていることもあるのだ。
夢だとわかっているのに目覚めても目覚めてもまだ夢の中だ。
絶対に出られない夢の中に閉じ込められてしまった。
これを何と呼べばよいのだろうか。
それを誰かに教えてもらうためにも、いや、自分で調べるためにも、早くここから出なければならない。
自分の本当の世界に戻らなければならない。
「先生?」
本当だろうか?
現実世界に戻る必要がある?
いや、ない。
よく考えたら、まったくない。
むしろ、ここにそのまま留まった方がいいに決まっている。
未練はない。
「先生、どうしたんですか?」
要は気持ちの問題だ。
出よう出ようと思うから出られなくなる。
出ようと思わなければ案外すんなり出られるのかもしれない。
いや、だからそれでは困るのだ。
出たくないのだ。
出てはいけません!
だが、そうなるとこの出られない状態が苦しくなる。
出たくない気持ちを押し隠しながら、一生懸命出たいフリをすればいいのか。
ええい、面倒くさい。
「またいつものですか? 早く戻ってきてくださいよ、先生」
うるさい黙れ。
今お前と話している余裕などないのだ。
そもそも、こうして内面描写を始めた時点でお前は用済みなのだ。
もう出てくる必要もないのに、立場も弁えずウダウダと。
「せんせーい! もどってきてくださぁーい!」
うるさいヤツだな。
いっそ殺してしまおうか。
どうせ夢の中なのだ。
いや、夢の中だからこそやるべきなのではないか。
このような体験、夢の中とはいえ、なかなかできるものではない。
よし、殺そう。
お前を殺すぞ。
今から殺す。
さあ死んでくれ。
死ね!!
ええい、くそ!!
くそ!くそ!くそ!くそ!
やっぱ無理か。
肝心なところでまた夢から醒めて、そしてまた違う夢の中だ。
担当編集者を殺そうとナイフを振り上げたあたりから、急にものすごいスローモーションになって、なにもかもが遅すぎてイヤになるこの既視感。
夢だとわかっているのに、変えられない夢の絶対法則の発動。
うん、やっぱ無理だわ。
仕方がないから、夢から脱出する短編を書くことにしよう。





