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不遇令嬢と狂犬公爵様の共同戦線

作者: 高岩 唯丑
掲載日:2026/01/30

 公爵邸宅の一室。昼間なのに、窓からは光が差し込んできていない。屋敷に入る前は、今にも雨が振り出しそうだった。

 私は抱えた子犬を一度撫でる。もふもふは落ち着く。一瞬顔が緩みかけて、顔をしかめる。ここが正念場だ。気合を入れないと、私の現状を変えるために。

 私は目の前の相手に向って、口を開く。

「私はあなたの秘密を知っています、狂犬公爵様」

 狂犬公爵。その名の通り、冷酷無比な公爵様。その狂犬公爵様を相手取っているのだ。正直このまま、喉笛を食い千切られやしないかと、気が気でない。比喩とかではなくて、この風貌なら有り得そうで怖い。

 抱えた子犬が、その場の雰囲気を感じ取って、逃げ出そうとするように少し暴れた。私は子犬を抱え直す。

「秘密をバラされたくなければ、私と結婚してください」

 私は狂犬公爵を見据える。変えるんだ。今を。この恐ろしい狂犬公爵を脅迫してでも。

 いや、秘密を知った今なら、少し恐ろしさも和らぐ。

「秘密の暴露か、私と結婚か……選んでください」



 私は妾の子だ。

 父は男爵。裕福ではない。そこに嫁いできた女は、男子を産むと義務を果たしたとばかりに、父を拒絶するようになった。当然、夫婦仲は最悪。冷めきっていて、当然の様に父は外に女を作った。

 そうして私が生まれ、十数年。母が亡くなった。優しかった母が、貧乏だけど愛情いっぱいに育ててくれた母が。

 父はそれを聞きつけ、私を引き取った。そんな余裕はないと、夫人が反対していたが、それでも父は反対を押し切って、私を家に迎え入れてくれた。優しかったが、離れて暮らしていた父と一緒に暮らせると思うと、少しは気持ちも晴れた。例え、夫人と腹違いの兄から辛く当たられていても、母がいなくても、父と一緒に暮らせるのならと、そう思っていた。数年たったあの時までは。



「エリナ……何歳になった?」

「……十七です、お父様」

 夜。父の寝室に呼ばれた私は、寝間着姿で来てしまったことを後悔しながら、父の前に立っていた。父はベッドに座り、こちらを見ている。嫌な雰囲気。表情が、とても。

「そうか……隣に、座りなさい」

 父は、自分が座っているベッドの隣のスペースを、撫でる。嫌な想像が頭をよぎるが、振り払って促された隣のスペースに目を向ける。断ることも出来たが、結局隣に座った。

 この人は私の父だ。そう強く念じる。そうしなければ、座れなかった。

「エリナは、本当にイリーナに似てきたな……そっくりだ」

 そう口にしながら、父は私の髪に指をそわせる。イリーナは母の、いや父が愛した女の名前。

「……イリーナ」

 熱のこもった息が、耳元に触れる。私の太ももに、熱を帯びた男の手が置かれた。明らかに子供へのスキンシップではないそれに、悪寒が走る。

 私はとっさに立ち上がり、ドアまで走った。

「お前を!」

 父がとっさにあげた声に、足を止めてしまった。

「お前をこの家で引き取った意味を……よく考えなさい」

 つまりはそういう事だったのだ。

「今日はもう良い……下がりなさい」

「……はい」

 部屋を出て、自室に向かって歩き出す。足が重くて仕方がない。

「早く戻って、休まないと、明日も仕事が」

 我が家は、使用人を雇えるほど裕福ではない。そうなれば自分で自分の事をするか、この家の誰かが、この家の人たちの身の回りの世話をするか、どちらかになってくる。そういう事情があり、父は私を引き取る時に使用人として使って構わない、と夫人を納得させたのだ。

 来る日も来る日も、夫人に辛く当たられる日々。加えて、父の目的を目の当たりにして。

 いつの間にか、足が止まっていた。重くて動かない。

 月が綺麗だった。ボヤけて歪んでしまっても。それでもそう思って見続けた。上を向き続ける理由として。

「うぐっ、うっ、う……うぐ」

 声を上げるわけにいかない。押し殺して、引きずるように足を動かして、歩いていく。



 いつ父から夜伽を命じられるのかと、気が気でなかった。それでも、日々の仕事をこなしていれば、まだ起こっていない苦痛よりも、目の前の苦痛のほうが辛くて、気は紛れていた。そうやって数日が過ぎた。

「足元にお気をつけください」

 夜の闇の中、馬車から降りる父と夫人の足元をランプで照らす。もし足を踏み外しでもしたら、夫人は私を容赦なく殴りつけるだろう。そうなるのは嫌だ。

「いってらっしゃいませ、旦那様奥様」

 何事もなく馬車から降りた二人は、こちらを見向きもせず目の前の屋敷に入っていく。公爵の屋敷。今日は、グラウエン公爵家の次男、レオニス様の誕生パーティーである。グラウエン公爵家は、誕生パーティーを比較的オープンに行う。だからこそ、権力に必死で尻尾を振る父のような位の低い貴族は、群がるように出席するのだ。

 私は公爵邸の明かりを、呆然と見つめる。私も貴族の娘のはずなのに、どうしてここで。そんな事を思うと、公爵邸の明かりが歪んで見える。

「いけない」

 動き出した我が家の馬車の後について移動する。基本的に邸宅の前の広場で馬車が待つスペースがあるが、位の高い順に馬車を止めるため、男爵家の馬車など停められるはずもない。だから、我が家の馬車は一度家に戻るのだ。

 門から出ていく我が家の馬車を見送る。使用人は主人のためもちろん待機だ。しかし、これまた位の高い順に室内に入れるため、男爵家の使用人など、外で待機するしかない。

「まぁ、使用人じゃないのだけど」

 誰かに言うためではなく、ただ口にしてみただけの言葉。結局少し虚しくなる。

「時間を潰そう」

 公爵家の豪華な邸宅。結構な数の使用人が外で待機している都合上、前庭をウロウロしても、咎められない。というか、巨大な前庭で、ウロウロしていても、ほとんど誰かに会うことはないだろう。たぶん。



 何度か公爵邸にはお供で訪れたことがある。誕生パーティーだけで、年に三回あり、その他のパーティーもある。そのたびにこうして、時間を潰しているのだ。おかげでお気に入りの場所に出会えた。

「……綺麗」

 庭園の東側、東屋があり、少し高めの植物で目隠しするように覆われている。その植物が白い花を咲かせる。それが月夜に照らされてとても幻想的なのだ。

「はぁ……」

 落ち着いた所で、やはり頭の中に不安がよぎる。父とのこと。どうすれば。単に断って、追い出してくれるならばいいが。父は血のつながった娘に、そういう感情を抱いているのだ。そういう粘着質な恋慕。簡単に追い出すようなことはしないと感じる。

「きもちわるい」

 胸の中に、気持ち悪さがゾワゾワと上がってくるような感覚を感じる。この綺麗な場所で、流石に吐き出すわけにもいかない。飲み込んで収まるのを待つ。

 その時。

「ッ?!」

 誰かが、植物の壁にぶつかりながら東屋のエリアに入ってくる気配を感じる。一応身を隠す。様子を伺うために覗き込むと、入ってきたのは確かルパルト様。グラウエン公爵家の長男。狂犬公爵と呼ばれている、冷酷非情な人だ。ただそれを差し引いてもすごく綺麗でお釣りがきそうな人。夜の闇よりも黒い髪が美しい。

「……ッ?!」

 自分の口を両手で押えて、身を隠す。あの人。あれは。見間違いだろうか。もしかして、狂犬公爵様が連れてきた? いや、追いかけてきた?

「違う」

 確かに、見た。それを。

「これは、狂犬公爵様の、弱みになる」

 この弱みを使えたら。私は、今を抜け出せるかもしれない。



 どんよりとした雲が広がって、今にも雨が降り出しそうだ。昼間なのに薄暗い。私は目の前の公爵邸に目を向ける。心臓が爆発しそうなほど暴れている。これから私は命がけで、あの狂犬公爵を脅迫するのだ。

 目をつぶり、心を落ち着けていると声が聞こえてくる。目を開くと門の向こう側に、執事が立っていた。ずっと門の前に立っていたため、確認に来たのだろう。

「ご令嬢、何か御用でしょうか?」

 私は一度息を吐く。ここで追い返されてしまったら、もう終わりだ。家は全てを投げ出して出てきてしまった。私に自分の意思で出掛ける権利はない。戻れば、あの粘着質な父に幽閉でもされてしまいそうな気がする。そうして、ただの性欲処理人形になれ果てる。父に飽きられるまで。もしかしたら子供が出来て、その子供に同じことをするかもしれない。気持ち悪い。

「ご令嬢?」

 執事が怪訝な顔で問いかけてくる。

「失礼……ルパルト公爵様にお目通り頂きたく」

 見た目は小汚い小娘。それでも精一杯綺麗なドレスを着てきた。そのドレスのスカートをつまみ、頭を下げる。

「……お約束は?」

「ありませんが、きっと会ってくださるかと」

 礼をやめて、少し顔をかしげて笑顔を浮かべる。執事の眉間にしわが寄った。

「お名前は?」

 執事の問いに、少し考える。本名を言ったところで、取り合ってもらえるわけがない。秘密を知っているという事を確実に理解できる名前は。

「数日前、月下の白い華の園に迷い込んだイタズラな精霊」

「……はぁ」

 執事の眉間からしわが取れ、同時に哀れな物を見る様な視線に変わる。

「その名前と共に、この言葉も添えてくださるかしら」

 少しだけ間を開ける。これで通じるか分からないが、賭けるしかない。

「狂犬公爵様の白い髪が、とても美しかった、と」



 首尾よく客室へと通された。狂犬公爵様にお伺いに行ってきた執事は、終始意味が分からないという顔をして、この部屋に案内してくれた。当たり前だ。狂犬公爵様の秘密を知らなければ、この言葉の意味は分からないだろう。

 逆に言うと、家の者は狂犬公爵様の秘密を知らないという事でもある。この秘密の効果がより高く発揮するという事だ。

 しばらく待っていると、客室の扉が開く。開かれた扉から入ってきた相手に、視線を向ける。

「お待ちしておりました……あら可愛らしい子犬ですこと、抱いてもよろしくて?」

 部屋に入ってきた狂犬公爵にそう告げると、返事は聞かずに扉の前にいる白い子犬を抱きかかえる。少し嫌がる様に子犬が暴れた。



「秘密の暴露か、私と結婚か……選んでください」

 ついに言ってしまった。脅迫の言葉を。

 狂犬公爵は何も言わない。いや、当たり前かもしれない。この白い子犬の姿では、喋れないかもしれない。

 私は見てしまった。あの夜、白い華に囲まれた東屋に入ってきた狂犬公爵様は、白い子犬に姿を変えたのだ。あれは見間違えではなかった。私が執事へ伝えた言葉でここまでやってきたのだから。そして、今まさに部屋に入ってきた狂犬公爵様は、目の前で人の姿から白い子犬の姿に変わった。なぜ今変身したのか分からないが、これで確定した。

 私は目の前の、私の腕に抱かれた子犬が小さく震えたのを感じる。もしかして、怖いのだろうか。私が床に子犬を下ろしてやると、子犬はあとずさる様に私から距離を取った。

「ぐぅぅぁ……」

 子犬が唸りながら、みるみる姿を変えていく。あっという間に目の前には狂犬公爵ルパルト様が現れた。よかった。服はちゃんと着ている。少し安心しつつ、様子を伺う。もしかして、子犬の時は記憶がないとかだと少し困るが。

「貴様……この俺を脅迫するのか」

「はい、ルパルト様、アナタを私は脅迫しています」

 内心ビビり散かしているのを悟られない様に、強い言葉を使う。そして、笑顔。

「いい度胸だ……それに免じて、問うてやろう……なぜ殺されないと思っているんだ」

 狂犬公爵様は腰に携えていた剣を抜くと、その剣を私の首筋に当てる。間違えたら死ぬ。殺される。一瞬そんな考えが頭をよぎるが、それを振り払って口を開く。

「……私が秘密を守る協力者になります」

 狂犬公爵様が一瞬顔をしかめる。心が揺れた。自分でも隠し通すことに無理が生じてきていると、感じているのかもしれない。

「あなたはとても優秀と聞きます、しかし、完ぺきではなかった、現に私にバレたのですから、そして一人で隠し通すことに限界を感じ始めているのでは?」

 首に当てている剣が一瞬震えた。そのせいで剣に血が伝う。それを見て狂犬公爵様は、一瞬だけ口を開いた気がした。

「私を消したとして、次の人はこんな風に目の前に現れてくれるとは限りませんよ」

「……それは」

 言葉は聞かない。追い打ちをかける様に言葉を続ける。

「何処かで人知れず秘密を喋る人かも、そうなれば、話は一瞬で広まって、手がつけられなくなる、だって国民のほとんどが知ってしまったら、殺すわけにいきませんもの」

 確実に聞いている。剣が下がってすでに首筋から外れている。私は一歩踏み出して続ける。

「もう一度言いましょう……秘密を知った上で協力してくれるものを作るべきです、狂犬公爵と呼ばれ続けたいのならば」

 顔をゆがめた狂犬公爵様は、少しあとずさる。すでに剣の切っ先は床に向かっていた。

 沈黙が流れた。それから狂犬公爵様は口を開く。

「もし裏切ったら殺す、秘密が漏れたと確認できても殺す」

 すでに表情は、いつもの冷たい物に変わっていた。

「構いません……そのかわり私と結婚を、よろしいですね」

「……わかった」


 ここから始まる。私と狂犬公爵の共同戦線が。秘密を守るため、そして私の運命を変えるために。

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