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2.いざ修練をば


「シグ様、だれがお好きなの?」


 近くのガーデンテーブルを囲んでのお茶会。

 白く眩いレースのテーブルクロスに、白磁の茶器。装飾を凝らしたガーデンチェアに座る小さな淑女たち。

 見事なセットを前に、ちょこんと腰掛けた幼い子どもが微笑ましいのでしょうね。周りのお姉様たちや給仕も、心なしかにこやかな顔をしている。

 ただ、そんな中でもウィニーだけはまだまだ堅い顔をしている。


「ペペル様、シグエスネッタ様に失礼です」

「そーう?」


 ペペルののんびりとした返事も、ウィニーにとってはイラつくのかしらね。小さいときからせっかちさんだわ。

 シグで良いといっても固辞するのだから頑固でもあるわね。

 仕方ありません。ここはわたくしが取りまとめてさしあげましょう。


「特別に、似顔絵をお見せしますわ」


 わたくし、こんなこともあろうかと小さく折り畳んで持っていたのです。ふわふわのドレスの広がりで隠されていたポケットから出す。

 かつての年数で思い描いたこと数知れず。あの時の姿を思い出しながらしたためた傑作ですわ。


「これよ!」


 テーブルにタシーン! と勢いよく出す。

 ウィニーとペペルは身を乗り出して、わたくしの傑作をのぞく。どうぞどうぞと二人のほうに寄せる。


「わんちゃん、じょうずですねえ」

「人、ですか?」


 人ですけれど!?

 なんてこと。わたくしの芸術センスが突き抜けたばかりに前衛的になりすぎてしまったのだわ。

 似顔絵の紙をつかんで見直してみる。目が二つ、鼻が一つ、口も一つ。色は完ぺき。手足は……多少、形はいびつでも伝わると思ったのに。

 髪の毛の色が伸びやかに紙面を横断したのが良くなかったのかしら。難しいですわね。


「あの、シグエスネッタ様はその……人? をお探しということですか」


 ウィニーの言葉に、わたくしはもちろんとうなずく。


「ええ、わたくしの運命予定なの」

「わあ、すてき!」


 ペペルが気の抜ける音で拍手を贈ってくる。ペペルならそう言うと思っていた。


「ではお名前は?」

「知りませんわ」

「ええと、御年は?」

「わかりません。けれどきっと年上よ」


 わたくしの返答に、ウィニーは質問しておいて困ったように眉を下げる。

 ペペルは一人で空想の世界に旅立ったのか「わたしはこんな相手がいいな」と呟いた。こっちは放っておきましょう。


「わたくしがあまり探し回るのは、淑女らしくないでしょう? だから困っているんですの」

「はあ、仰るとおりです」

「いい案はありません? リリネットお姉様はここで探すとよいと仰せだけど、さっきの通りですし、他の手段も考えておきたいの」

「……ええ、と。私のお母様たちが言うには、素晴らしい教養を持てと言います」


 この年でしっかりした言動なのは、ウィニーの親が厳しい教育をしている証拠でしょうね。

 素晴らしい教養。

 よりリリネットお姉様に近づける力。

 そういえば、将来社交界の白百合と名高いリリネットお姉様には、釣り書きが大変たくさん届いたと聞きました。カシュロお兄様が愚痴っていたので間違いありません。

 ふむふむ。こちらから向かわず、あちらから来てもらうように仕向けると。


「シグエスネッタ様の、この御年での学びはすばらしいと思います」

「むふん。そうでしょう、そうでしょう。ウィニー、あなたも負けず励みなさいね。わたくしはもっと研鑽しますわよ」

「は、はあ」


 なぜか微妙な顔をされましたわ。

 けれど、前になかったパーティーでの会話はなんて新鮮なのかしら。ついうっかり夢中になってしまう。

 だって、これまでお姉様たち以外で和気藹々のお話だなんてあんまりしたことなかったんだもの!

 楽しい! 楽しいわ!

 たとえ相手が四歳と六歳の子どもでも、よく聞いてくれるのは嬉しい。

 話の供になる、お茶のふんわりした香りとガーデンの花たちの鮮やかさも相まって、よりそう思えた。


 わたくしの探し求める男の気になるところ10選を話していると、リリネットお姉様が再び来てくださいました。

 しかし妙ですわね? なんだか給仕の者たちも強張っているような……?


「お姉様!」

「シグ、お客様を案内しに来たの」


 んげえ!

 きらきらしい金髪に澄んだ碧眼。いかにもな立派な仕立てのお服。我が国の王太子殿下がいる。

 今日のパーティーに来ていたんですのね。


「……グラシュープ伯爵家が娘、シグエスネッタが挨拶申し上げます」


 喜びは、すぐに感情を抑えつけるために消えてしまった。

 リリネットお姉様の後ろから、お供を連れた王太子殿下が顔をのぞかせている。

 ライヴァニル王太子殿下。御年十歳、たぶん。

 年周りが近いからと一時期お姉様との縁を望まれたけれど、時勢的に外国のお姫様と婚約されたと聞いている。

 わたくしが生まれるより前のお話なので、今も変わってなければ同じままなのでしょうね。

 さっと立ち上がって、記憶に染みついたとおりのお辞儀をする。やっぱりまだ修練が足りない。足がぷるぷるしそう。


「やあ、楽にしていい。どうぞ座って。楽しそうな声がしたから気になったんだ」


 わたくし、何を隠そう殿下が苦手ですの。

 だって、どんなことを考えてらっしゃるか分かりづらいもの。座り直すと、殿下はにこやかにたずねてきた。


「何のお話をしていたのかな?」


 食えない微笑みの、金髪碧眼の王太子殿下の登場に、ペペルの顔が真っ赤になっている。ウィニーもカチコチに固まりながら、礼儀だけはただしく礼をした。

 凛と座ったリリネットお姉様は、わたくしに話して良いというように「答えて差し上げて」と仰いました。


「わたくしのお相手となる者の話ですわ」

「……ふうん?」


 一瞬、こいつ何を言っているんだと顔が動きましたわよ。失礼な。わたくしは真面目です。

 殿下を見返す素振りをしつつ、そのずっと後ろ、カシュロお兄様の派閥のかたまりを観察しなくちゃ。

 まったく。お付きの方々のせいで見えづらいですわね。ん? あら?


 いますわー!


 泥茶の渋い色合いの髪の毛をした男の子。

 今からカシュロお兄様に挨拶をするところかしら。なら、今から行かないと間に合わない。

 けれど。

 目の前の席に優雅な仕草で座った殿下のせいで、中座できない。


「こんなに小さい時から将来を考えているとは、驚いたよ。君は偉いね」


 邪魔! 殿下、邪魔ですわ!!

 いくら小さな子どもであっても不敬は不敬。わたくしはそこまで考えなしではないわ。

 でも、千載一遇の好機かもしれない。

 それにしても見えにくいったら。ガーデンを構築している低木生垣も混じると余計にそう。

 今にも立ち上がりたい気持ちを抑えて、淑女の仮面を被る。


「大事な、ことですもの。殿下みたいに決まった相手がいたなら別ですけれど」

「決まった相手。ああ、その通りだ。私と彼女のような、決められたことでも実るものはある」

「まー、すごいですわー」


 ええ、ええ。

 ライヴァニル殿下は、婚約者であらせられる隣国のお姫様が大好き。周知の事実です。


「ふふ、わかってくれて嬉しいよ。君たちのように幼い子にはまだ早いかもしれないが、いずれこの幸せがわかるとも」


 そう思うなら、早くどこかお行きになってくださいませ。

 願いをこめて半ば睨むようになってしまいましたが、このくらいなら平気ですわよね。

 あっあっ、ああ、もう彼が去ってしまう。ぺこってお辞儀してますわ。


「そういえば、グラシュープ伯爵令嬢。君はリリネットを尊敬していると聞いている。何か習い事もしているのかな?」

「はい、ゆくゆくは」

「そうか。頼もしい限りだ。彼女を我が国に迎えた時にも、その才を生かしてほしいものだね。ところで……」


 会話という名前の遠回しの惚気を始めないでくださいましー!

 人混みに紛れちゃう。姿が見えなくなっちゃう! ああー、もう。もう!


 わたくし、王太子殿下、きらい!


 怒りをこらえて頬の内側を噛みながら微笑む。

 リリネットお姉様がいたからこそ、耐えられた。わたくしがやらかして、お姉様の悪評に繋がってはいけないから。



 殿下が去る頃には、案の定、もう姿が見えなくなっていた。

 はあ、気合いを入れたのに。

 迎えに来たお母様たちが、わたくしがウィニーやペペルと一緒なのを見て嬉しそうにしている。

 でも、わたくしは不機嫌! 消化不良ですわよ!

 またしても、逃してしまった。

 それもこれも殿下のせい。不敬だろうと心のうちは自由だもの。


「シグちゃん、そろそろ帰りますよ。挨拶は忘れていない?」


 お母様の声掛けに、わたくし、そうだと思いつきました。

 カシュロお兄様にあの男の名前を聞いてしまえばよい。

 来ていたなら、きっと聞いているはず。

 まだお兄様に挨拶をしていなくてよかった! 急ぎましょう。

 お母様に待ってもらうように告げて、慌ててカシュロお兄様のほうに向かう。

 整えられた色付き石砂利の道を、ドレスの裾を軽く持ち上げて一目散。子どもの足ってこんなに短くて大変。

 息を弾ませたまま、わたくしはカシュロお兄様のいる人だかりに飛び入った。


「カシュロお兄様ごきげんよう! 帰る前に聞いてもよろしくて!?」

「シグ。お前なあ、挨拶が遅すぎる。最近姉上を見習っているって聞いたけど、やっぱりまだまだだな」

「そんなことより。泥っぽい髪色で、緑の目の男の子来ていたでしょう?」

「ええ? 今日は人とたくさんあったから覚えてない。そんなこと言われても……なあ、見たか?」


 カシュロお兄様が周りのご友人に聞いてみるけれど、誰も彼も顔を見合わせて首をかしげるばかり。


「最後辺りに来たんじゃないかな」

「田舎のほうだと思う」

「新興貴族かと」


 口々に言う言葉を聞いて、カシュロお兄様がわたくしに「そうだって」と言う。


「お名前は?」

「新興貴族で田舎なら絞れるんじゃないか、ハーヴェイやドルトンとか。あといくつかあったはず」

「あまり聞いたことがないですわ」


 王都近辺はわかっても地方まで知識はなかったことが仇になるなんて。

 それか、新しくできた御家なのかしら。


「ほかには? 思い出しません?」

「そんなこと言われても。シェーかロークとかなんか伸びてた名前の気もする。というより、シグ、なんでそんなこと聞くんだ」

「わたくしの運命の相手だからよ」

「何の話だよ」

「もう、ともかく思い出したら教えてくださいませ! ではごきげんよう!」


 急いで帰って、調べてみなきゃ。

 落胆と口惜しさを燃料へと変えて進むのです。

 カシュロお兄様のところを離れて、駆け足で戻る。


 それから、リリネットお姉様に名残惜しいお別れを告げる。

 お母様たちと合流して、これからの目算、わたくしの教養をさらに底上げして評判を上げる作戦を練る。

 三度目の人生ですもの。できる、できますわよ。シグエスネッタ・グラシュープ。


 帰りの馬車の中で、気合を新たにピシッと背筋を伸ばす。丹田に力を入れる練習も兼ねて、体力づくりもしちゃいましょう。


「やってやりますわよ。見てなさい」


 小声で意思表明を果たす。

 ぎん、と前を見据える。


「シグちゃん? 急にお父様を見つめてどうしたんだい?」


 お父様が、不思議そうにしている。でもしかたない。向かいに座っているのだもの。

 これ、お腹に力を入れると変な声が出そうですわね。答えるのはあとにして我慢しないと。


「シグちゃん?」

「まあ、良い姿勢よ。すごいわシグちゃん」


 睨むつもりはないけれど、お父様に眼光鋭く返してしまう。

 お母様からは褒められたので、ひとまず良しとしましょう。






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