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1.やり直し、ふたたび


 頭がパッカーンと割れていませんこと!?


 とんでもない痛みが頭から全身に走ったみたい。

 ぱっと目が覚める。いえ、目が開いてもまだ現実みがない。というより、この痛さをどうにかするほうが先。

 じたばたとベッドの上で足を動かして転がりまわる。


「んぎぎ……ぃいい!」


 わたくしの頭、大丈夫ですわよね? 怪我はないですわよね?

 というより、死、死にましたわよね。絶対、助からなかったはず。あの野次馬だらけの中、冷たい石畳と届かなかった手。

 あの懐中時計をわたくしに託した男をようやく見つけたのに。周りと違って、彼だけでしたわね。わたくしを助けようとしていたのは。

 震えが止まらない手で擦ってみる。大丈夫、形のいい頭があるだけよ。もうなんともない。

 ふうふうと息を整えて、丸まってみる。大きく息を吐いて、吸って。じっとりとした汗の感触が気持ち悪い。


「時計……また、ある」


 わたくしの目の前に、懐中時計が転がっている。

 ぎこちない音を立てて、針が進む。

 でも、こんな風だったかしら。もうちょっと滑らかに動いていた気がするのに。

 嫌な気分。いいえ、それよりだんだん腹が立ってきましたわ。

 あの最後の、わたくしを放って逃げ失せたアーヴス! あの男、信じられませんわよ!

 ああ、ああ、思い出すも腹立たしい!

 あの男が邪魔しなかったら、探し求めていた人と一言交わせたかもしれなかったのに!


 ふたたびベッド上で気が済むまでじたばたしてから、起き上がる。

 切り替えるのよ、シグエスネッタ。今ここで暴れても何の甲斐もないもの。

 でも、そのおかげで多少は気が晴れた。


「やっぱり、また縮みましたわね」


 寝転がったまま、手足を空へと突き出してみる。短く小さな幼児の手足が、ぴょこぴょことわたくしの意志で動く。

 そのまま見ていたら、部屋のドアからノック音がした。我に返って上半身を起こす。


「お嬢様。エタングル夫人がいらっしゃいました」

「シグエスネッタ。朝から行儀の勉強をすると伝えていましたが、早速寝坊ですか?」


 チェッタとお婆様の声。また同じ!

 ということは、まさか……夢を見たというより、時間が巻き戻ったということかしら。なんのために?


「お嬢様?」


 またノック音。慌てて喉を鳴らして返事をする。

 そうだわ。弱弱しい感じにしよう。舌ったらずのうまく回らない呂律で声を出してみる。


「だ、大丈夫。調子が悪かったの」


 間もなくドアが開いて、チェッタとお婆様がやってきた。ここまでは想像どおり。

 ベッドに座りこんだわたくしを見て、お婆様の深い眉間の皺が緩む。心配そうに表情が動いています。

 当然ですわね。お婆様ったら、厳しいことも仰るけれど、わたくしのことを愛してらっしゃるのですもの。


「起きたら頭が痛くて……休むつもりはなくて、ごめんなさい」


 しおらしく言えば、お婆様が「まあ」と痛ましそうに声を漏らす。

 いいですわよ、いいですわよ! このまま畳みかけるのです。


「尊敬するマダムから学べることは、得難いことですもの。今、準備いたします。お許しくださいませ」

「ああ、シグ。そのような物言い、どこで覚えたのかしら」

「お婆様、いえ、マダムを見習ってみましたの。うまくできているでしょうか」

「ええ、もちろんよ。そうね、驚くくらい」


 お婆様はわたくしの完ぺきな殊勝な態度に感銘を受けてらっしゃるわ。間違いない。

 驚愕の眼差しを受け入れて、いつの間にかチェッタが持ってきた濡れたタオルを頬に当てる。


「ねえチェッタ、支度を手伝ってくれる? まだクラクラしちゃうの」

「お嬢様、ご無理なさらずとも。失礼ですが、夫人」

「ええ、医師を。日を改めましょう」


 医師に診られるのはしょうがない。けれど、これでわかったことがある。

 これまでの知識や教養は使えるということ。

 ということは今まで以上に、令嬢として培った力を発揮できるということ。


「よーし」


 ぐっとこぶしを握ってみる。

 戻ってきたのなら、あのアーヴスめへの鉄槌は後に取っておきましょう。まずはひたすら爪を研がなくてはなりません。

 もしあの時、階段から見事着地なんてできていたら、アーヴスにやり返すこともあの懐中時計の男にも無事に会えたのに……そうだわ!

 体を鍛えるというのもアリかも。

 確か、リリネットお姉様やソーアンナ姉様が読んでいらした歴史書に、五点着地というものがあった気がする。そんな技を使う猛者がいたのだとか。

 それ、わたくしにも習得できないかしら。今から鍛えたら、可能性はなくはないのでは?


「むん」


 力こぶを握ってみる。ちいちゃな腕ですわ。しょうがないですけど。


「お嬢様?」

「なんでもないですわっ」


 甘えるふりをして、両手をひらひらと振ってみせる。怪訝な顔を返されたのを、素知らぬ顔で押し通しておく。

 唸るわたくしの令嬢らしさ。自分の才能がこわいですわね。

 ついでに、ベッド上に置いたままの懐中時計を持ってチェッタへと見せてみる。


「あの、何か?」

「ここに懐中時計が見えないかしら。手入れをしたいのだけど」


 さらにおかしいものを見る目になりましたね。やっぱり懐中時計は見えないのだわ。

 わたくしだけの特別。いえ、わたくしだけではなかったわね。

 わたくしの身に及ぼしたことへの責任を問わないと。命が危ういところを助けてくれたのはともかく、しでかしたのはきっとあの男。


「余計にあの御方に責任をとっていただかなくては」


 責任を取るって言葉、なんだかときめきますわね。これって運命というやつではないかしら。そんな物語を見たわ。

 きっとこれが、わたくしの運命ってやつですのね。そうなのね!


 待ってらっしゃい、今度こそ逃がさなくてよ!


 お婆様たちが話すのを遠目に見ながら、わたくしは二人に勧められたとおりベッドに入り直した。







 過去を振り返らないと決めてはいますが、省みないことは違います。

 反省を活かしてこそ、真の淑女と言えるでしょう。

 つまるところ、二度目のわたくしはより成長し見違えたということなのです。


 まずわたくしは、以前と同じようにミュステラー公爵家と懇意に保つように努めることにした。

 もちろん、敬愛するリリネットお姉様の輝かしい幼少期のお姿と成長を見守るという役目は誰にも譲れませんもの。当然ですわね。

 そして、ひと月ほど先の公爵家のガーデンパーティーに参加したいと可愛らしくおねだりした。

 以前、このパーティー内で探すべき男を見かけた。それは間違いない。参加しないわけにはいけません。

 ああでも注意をしないと。

 夢中で探し回れば、前みたいにアーヴスと会わせられるかもしれないのだから。

 あとは研鑽しつつ待つばかり。




 そうして、ひと月後の今。

 わたくしの目の前には賑やかなパーティー会場が広がっていた。

 さあ、やってきましたわよ!

 花々が咲き誇り、手入れされた庭木がわたくしを迎えるかのよう。

 晴天であるのも、ここで決めろとでもいうかのよう。


 小さな子どもの視界はなんでも大きく見えてしまうもの。そしてここはとっても広いから、余計にそう見える。

 行きかう人の多いこと。

 落ち着いてみれば、ここからやみくもに探すのは得策ではなかったかもしれない。

 あたりにさんざめく大人たちの会話や時折上がる子どもの楽しそうなはしゃいだ笑い声。風が吹けば、さやさやと花が揺れてあたりを彩る。

 立ち止まり、辺りを見回したわたくしの背を、お母様がそっと撫でた。


「さて。シグちゃんもあそこに行ってらっしゃい」

「女の子のお友達を作るんだよ。男の子はまだ早いからね、シグちゃん」


 お父様の相変わらずのお言葉。いつもならお母様が突っ込むのですけど、今回は違いますわ。

 お母様が文句を言う前に、わたくしはお父様の前に立ってにっこりと笑ってうなずいてみせた。


「心に決めた殿方がいますもの。大丈夫ですわ、安心なさって!」

「シグちゃん? し、シグちゃん? 心に決めたって誰だい?」

「では、行ってまいります。お母様、お父様」


 うろたえるお父様と、驚いた様子のお母様に完ぺきなお辞儀をする。

 最初はお姉様のところへ挨拶しなくてはならないわ。急がないと。


 さっさとした足さばきで向かうと、記憶と変わりないようにリリネットお姉様は迎えてくださった。慈愛の微笑みを浮かべて派閥の女子を紹介してくださるので、もちろん笑顔で受け入れる。

 可愛がられるのは何度あっても良いものですわね。にこにこ愛想たっぷりでお相手しちゃえますわ。

 カシュロお兄様のところに行こうと思えば行けますが、あとで挨拶だけでよいでしょう。

 わたくしは、焦らず蛇のように執念深く探すと決めているのです。

 あちこち動き回らず、ここで情報収集に努めれば一番確実。

 主催である公爵家に、わたくしの麗しのリリネットお姉様に挨拶しない貴族家の子どもはいませんからね。


「シグ、あなたに挨拶したいという子がいるの」

「まあ。どなたでしょう」


 談笑に参加しながら会場内を観察していると、リリネットお姉様から二人のご令嬢を紹介された。

 どちらも見覚えがありますわ。前にもお友達になった方々!


「こちらは、グラシュープ伯爵家の分家、ケーン男爵令嬢よ。知っているかしら」

「ごきげんよう。ウィニー・ケーンと申します」


 まっすぐな黒い髪の毛にまっすぐ射抜くような青い瞳。ちょっと頑固なところがあるのが玉に瑕なお嬢さん。わたくしの一つ上。

 覚えがある姿は、いつもピシっとしていた姿。今はまだぎこちなさがありますわ。新鮮ですわね。

 うんうんと頷いていると、リリネットお姉様はもう一人のほうに扇を向けた。


「こちらは、ウィットレ伯爵令嬢。シグの一番目のお姉様が嫁がれた御家のご令嬢よ」

「ごきげんよう。ペペル・ウィットレです」


 くりんくりんと跳ねる小麦の髪にとろんとしたハシバミ色の瞳。夢見がちでロマンスがとっても好きな子。わたくしと同い年でも、二回繰り返している今はわたくしのほうがお姉さんみたいなものね。

 ペペルはウィニーよりもさらにぎこちないお辞儀をする。それでも厳しい目で周りに見られないのは、ふにゃっとした表情に毒気を抜かれるからでしょうね。


「エタングル夫人のご紹介をいただき、これからグラシュープ伯爵令嬢に付かせていただきます」


 固い口調でウィニーが言う。


「わたしも、シグ、シグエ、スネッタ様と仲良くしなさいって言われました」

「サヤエッラ姉様かしら。シグでよくってよ」

「はあい。シグ様」


 わたくしがたずねると、ペペルは嬉しそうに肯定する。それをムッとした顔でウィニーが見ている。


「シグはとってもできる子だから、お付きの子ができてもいいと思うわ。あたくしも応援しているわね」


 リリネットお姉様がわたくしを応援してくださる!

 ああ、それだけで元気が満ち満ちていくのを感じますわ。


「はいっ。ご期待に沿えるよう、このシグエスネッタ、粉骨砕身つとめますわ!」

「ふふ、シグが元気でうれしいわ。じゃあ、仲良くね」


 リリネットお姉様は二人をわたくしに託すと、しずしずと離れてしまった。うっとりと後ろ姿をみてからほう、と溜息をこぼす。

 それから緊張をまだしている二人を振り返って、わたくしはババンとばっちりしっかり挨拶をした。


「わたくしは、シグエスネッタ・グラシュープ。仲を深めるためにお話をしましょう」


 寛容な心根は、そう、お姉様のごとく。


「そうね、恋話とか……運命とかのお話ね!」


 そう言ったわたくしに、ウィニーはぎこちなく、ペペルは目を輝かせて返事をした。

 掴みはばっちりですわね!



リリネットによる紹介の順番は、

身内のグラシュープ伯爵家→分家のケーン男爵家→最近縁ができたウィットレ伯爵家

という順。

身内に近い順であり年齢順を考慮してこうなりました。

ざっくりいうと親藩・譜代・外様といった大名みたいな感じです。

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