2.ミュステラー公爵家にて
「シグ、ようこそ! 元気になったのね」
「リリネットお姉様!」
公爵家の玄関ホールには、もうリリネットお姉様が待ち構えていらした。すぐに馬車から急いで降りて熱い抱擁を交わす。
小さなお姉様も大変お可愛らしくって綺麗で素敵。
銀みたいな御髪も宝石のような碧眼も、まるでお人形のよう。
思い出した。お姉様と一緒がいいってごねたから、わたくしのベッドにあの人形が作られたのだったわ。
「なんだ、本当に元気そう。姉上、早く部屋に行こうよ」
「カシュロ。シグに失礼よ。そういう言いかたは嫌われちゃうわ」
小さなカシュロお兄様は、こんなに子どもっぽかったかしら。じろじろ見たら、眉間にしわが寄ってそっぽを向かれた。そのまま先を歩き出す。
「シグ、気にしないでね」
お姉様に手を引かれて歩いてお屋敷に入る。
お父様たちはオトナの話とやらをするために、違うお部屋で過ごすらしい。
まさかこの時点で婚約のお話とかしているのではなくって? わたくしはともかくとして、お姉様にそんなお話が出ていてもおかしくないわ。
わたくしはお姉様の手をくいくいと引いてみた。
「ねえお姉様。お姉様はお嫁にいくの? お婿をとるの?」
お姉様が振り返って、目をぱちぱちとさせた。前に居たカシュロお兄様も勢いよく振り返る。
「姉上がどこか行くわけないだろ!」
「声が大きいわ」
お姉様が短く叱咤すると、バツが悪そうにカシュロお兄様は黙った。それから、お姉様はわたくしのほうを見て、にこっと微笑む。
「お部屋で話しましょう」
そのままお部屋まで行くと、お姉様は使用人に指示をする。
お姉様って、わたくしより三つ上なのにこういうところを見るとずっと年上に見えてしまうのよね。こんな貫禄って、どうやったらでるのかしら。
促された席に座ると、お姉様も豪奢な椅子に座ってから口を開いた。
「シグのお姉様たちがお嫁に行ったから、そう思ったの?」
「えっとお」
ああ、お姉様の心配そうな眼差しが痛い。ついでにお姉様の隣に座ったカシュロお兄様もじとっと見ている。ダブルの青い眼差しに耐えかねて、わたくしは正直に話すことにした。
「お姉様がご成婚なさる夢を見たの」
「まあ、あたくしが結婚?」
ふん、と鼻を鳴らしたカシュロお兄様を無視して、わたくしは身を乗り出した。
「お相手はなんと王弟殿下ですのよ! お姉様と並んでとってもお綺麗で、すごかったのです!」
「殿下と? そうなの? ふふ、それで?」
「それで、会場に不届き者が現れてわたくしが成敗をしようとして」
「まあ、すごいわ、シグ」
にこにこと促されると、つい熱も入る。
身振り手振りを交えて夢の内容をなぞって口にすれば、すらすらと言葉は流れた。
「お庭に出されたら、とある男と出会ったのです。わたくしを求め、縋る男を」
「何言ってんだ。夢の話だろ。シグ、いつにもまして変だぞ」
カシュロお兄様が異様なものを見る目をしている。今でこそお姉様と似て愛らしくとも、未来予想図みたいな夢を見たわたくしにはわかっていますわ。ムキムキ暑苦しくお育ちになるのよ。時間って残酷なのね。
「将来図体が大きくなって、とてもむさくるしくなるお兄様には言われたくありませんわ」
「なんだと!」
「ともかく! わたくし、あの男の人を探したいのです。夢で出会った人と巡り合うなんて、素敵だもの」
わたくしの言葉に、お姉様は可愛らしく小首をかしげた。
「今日のシグは、むずかしいことをいっぱいお話するのね」
「姉上、やっぱりシグは頭を打っておかしくなったんだよ」
「まあまあ、シグが一生懸命お願いするのは可愛いもの。お姉様がんばっちゃう」
ぱん。とお姉様は手を打った。
「今度、ここのお庭でパーティーがあるの。シグも来てくれるでしょう? 同じ年頃の子達も来るそうだから、そこで探すのはどう?」
さすがお姉様! 慧眼ですわ!
わたくしは即座に拍手した。
「ありがとうございます! 探してみます!」
宣言がてらこぶしを握って立ち上がる。そんなわたくしに、お姉様は優しく微笑んだ。
「でもね、お行儀よくするのよ」
「はい」
すぐに楚々として座り直した。
お姉様がいいと仰ってくださると、話は早い。
数日待つだけで、お招きの手紙が届く。お花の開花時期を待ってから、およそひと月先の予定。
けれど、準備をわくわくしていれば、あっという間に当日になってしまった。
早速、そのパーティーとやらに向かうと、なるほど小さな子どもがたくさんいた。
大きな派閥はミュステラー公爵家だけれど、それ以外もいるみたい。なんとなく見覚えがある光景を見て、記憶を探ってみる。
やっぱり、あの夢は予知夢だったのかも。
不思議なことに、あの懐中時計もいつのまにか身につけていたし。朝起きると近くにあるのよね。それも周りには見えていないみたい。
謎が深まるばかりだけど、わからないものはしょうがない。
うーんと目をすがめてあたりを見回す。なんとも途方もない気持ちになりますわ。
そんなわたくしの繊細な気持ちもなんのそので、お母様やお父様たちは楽しそう。
「さて。シグちゃんもあそこに行ってらっしゃい」
「女の子のお友達を作るんだよ。男の子はまだ早いからね、シグちゃん」
「あなた」
お姉様たちへの挨拶もそこそこに、お父様とお母様がわたくしの手を引いて言った。
同世代と交流しておいでということね。となると、今が探す絶好の機会!
「お任せくださいませ! 委細承知ですわ」
「シグちゃん、僕たちの素晴らしい娘……! なんて賢いんだ!」
「どこで覚えたのかしら。すごいわ、シグちゃん」
ふふん。夢学習効果かしら。わたくしはニューシグとして、デビューもやぶさかではございませんことよ。なぜか知識としてマナーも覚えていますもの。
胸を張って美しい礼をして、ひとまず目についたグループへと足を向ける。
それを皮切りに、わたくしは嬉々としてあちこちのグループに顔を突っこんだ。
まずは、一つ目のグループ。
リリネットお姉様派閥へ突撃。
綺麗で可愛い女の子がたくさん。きらきらして明るい。いっぱい可愛がってくださったのは嬉しいけど、それらしき男はいない。挨拶して足早に離れる。
次に行きましょう。
二つ目のグループ。
カシュロお兄様派閥に乱入。
お行儀良さそうな男の子とそれに惹かれた女の子たち。賑やか。特に女の子とか、押し合いへし合いでやんなっちゃいますわ。
どうにかこうにか、お兄様と話していた男の子たちと挨拶をしてみる。いませんわね。
お兄様に変なことするなよと注意されたので、脇腹を突いて離れる。
ここもダメ。次よ、次。
でも、どんなに探しても、あの泥のような茶髪と深緑の目は見つからない。
一人一人観察するみたいに見つめてみたけど、ダメ。
おかしいですわね。
今日のパーティーは国の貴族の子どもがだいたい居るはず。あの成婚のパーティーに参加したなら、ここにいてもおかしくないのに。
年下だった? いえ、あれは絶対年上。
途中から養子に入ってきた?
「うーん」
うんうん唸っていると、ふっと影が差した。
「あの、お加減が悪いのですか?」
「お構いなく。人生の悩みというやつですわ」
「えっ? あ、はあ……それなら、えっと、失礼します」
「ええ。お気遣い感謝しますわ」
感謝を伝えるために、顔を上げる。
困ったようなお顔の男の子。伸びかけの茶色い髪を気まずそうに指で触って、わたくしと目が合うと驚いたようにして背を向けて離れてしまった。まるで逃げるみたい。
「そんなに急いで離れなくてもよろしいのに……わたくしが魅力的だからかしら」
男の子は遠ざかる人混みに紛れてしまった。茶色い小さな頭もすぐに見失ってしまう。
「ん?」
茶色。
それもちょっと暗めでしたわね。ツヤっとした光沢の不思議な土みたいな色の髪。泥みたいな。あと目の色は……深緑じゃなかったかしら?
ほかの子どもたちの茶髪や緑の目とも違う色合い。夢にみたあの男の色と似ていた! ということは、きっと間違いない。
つまり!
「い、いた……? いた。いましたわ!」
名前を聞かなきゃ。あとお家と爵位と他にもたくさん!
走って追いかけようとしたところで、足が空を掻く。
ひょいと抱えられた。体に腕が回っていて、後ろから聞き覚えのある声がする。
「馬鹿シグ! 行儀良くしていろって姉上が言ってただろ」
「げっ、カシュロお兄様」
「姉上ー、シグ捕まえた!」
悲しいことに、か弱いわたくしの体ではカシュロお兄様に勝てない。
それにあの男らしき子どもの姿も、もう見えない。
「ああーっ、逃がした!」
「何言ってるんだよ、ほら行くぞ」
世話を焼こうとするお兄様が恨めしい。
せめてもの抵抗で、脱力して全体重をお兄様にかけておきましょう。邪魔した罪は重くてよ!
「うっ。シグ、重くなったな。太った?」
「フンッヌ!」
両足でカシュロお兄様の足を何度も踏んづけてやった。
結局、あの少年を見失ってしまった。
しかし、ここで諦めるわたくしではない。
パーティーで再会が望めなくても、手段はある。お家に帰る途中の馬車で、わたくしはお母様におねだりをした。
「あのね、お母様。今日のパーティーで仲良くなった子たちにお礼を書きたいの」
「まあ、それは良い考えだわ」
わたくしの言葉に、お母様はにこにこした。お父様も「シグちゃんは優しいねえ」とハンカチで目元を拭っている。見慣れた光景なので、放っておきましょう。
お母様のようににっこり笑顔で言葉を続ける。
「ほとんどの子と会ったから、ぜーんぶ! しっかりばっちり書きますわ。だからね、名簿をくださいませ」
「御礼状を全部? でも、シグちゃんが自分からそういうことを考えるなんて偉いわ。いいわ、待っていて。帰ったら用意しましょうね」
「やったあ!」
名簿からお礼状を数打てば当たるはず。
ざっとこんなものですわ。一日も経たないうちに名簿は手に入ることでしょう。ニューシグとして本当にうまくやれているのではないかしら。
頭を撫でられる感触に、ふふんと鼻高々になりながら、わたくしは次の算段を軽い気持ちでするのだった。




