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1.目標。あの男探し


 頭が割れそうに痛い。

 ふざけて遊んで戸棚にぶつけたときよりも、ずっと激しい。


「い、いいい、いっだーい!」


 頭から何かが生まれるかと思って、両手で抑える。ごろんと目をつぶったまま転がろうとして、思いっきりベッドサイドテーブルにぶつかった。


「お、おお……ううぐ」


 悶絶していたら、ころんと胸元から何かが落ちた。

 目をうっすら開けて探る。妙ですわね。なんだか視界が低いような。


「んん? あら」


 ベッド上で四つん這いになって辺りを見回す。

 この部屋は、わたくしの伯爵家の部屋。でもこんなに広かったかしら。まあ、懐かしい。四つくらいのとき一緒に寝ていた人形があります。


「あれえ?」


 声もこんなに舌ったらずだったかしら。視線を下に向けるとくしゃくしゃになったベッドシーツと、懐中時計が転がっていた。

 それに手を伸ばしたところで、はたと気づいた。小さい子どもの手。


「……夢?」


 わたくし、詳細な未来予想図を夢見たということなのかしら。

 そしてこの使用感あふれる懐中時計は、誰かからのプレゼントとかかしら。


「でも、わたくしのセンスじゃないわ。カシュロお兄様? お父様?」


 贈り主を思い浮かべて、懐中時計の裏側を覗きこむ。金メッキがはげているけれど、即席鏡としては使えそう。

 ちょっと歪んで見えるけど、可愛らしい女の子がいる。わたくしだ。

 新緑の若芽のような髪と鋼が青く輝くような瞳。元気さと意志の強さが素晴らしいと褒められたわたくしの姿がある。

 懐中時計を片手に頬を突いてみたり、表情を変えてみたりしてもやっぱりそう。


「お嬢様。エタングル夫人がいらっしゃいました」

「シグエスネッタ。朝から行儀の勉強をすると伝えていましたが、早速寝坊ですか?」


 ひえ。

 喉まで出かかった悲鳴を押しこむ。

 慌てて髪を整えて、ベッドから飛び降りて室内靴を履く。

 駄目! 着替えは間に合わない。

 ああ駄目だわ。早起きして頼むからと寝たのだったかしら。多分そうね。扉の向こうにいるチェッタが申し訳なさそうな声だもの。


「寝坊しました!」


 致し方なし!

 はっきりしっかり反省しているように言いながらドアを開ける。


「よろしい」


 ドアの向こうに、話に聞くオーガがいた。

 なんてことでしょう。笑顔が上手なオーガですわ。

 直立不動でにこにこした表情を浮かべたわたくしに、これまた鮮やかな笑みのマダムが扇子を鞭のように手の内で鳴らす。扇子ってしなるんですのね。わたくし、知見を得ましたわ。


「いかに孫とて、容赦はしません。貴女はもう四つなのです。家族すべてが貴女に甘いと思わないことです」

「はい、マダム」


 ここでお婆様なんて言ったら、お尻をスパーンって叩かれちゃいますわ。それはもう容赦のない一撃が襲ってくるに決まっていますわ。

 ……あら、体験した覚えはないのにどうしてそう思うのかしら。これも夢?

 でもそうね。夢の体験を生かして、対処をすれば怒られないのでは? それに、今が夢じゃないってわかって一石二鳥ではないかしら。


「シグエスネッタ?」

「マダム。いえ、お婆様。わたくしのお尻をぶってくださいまし」


 カラン。

 お婆様が持っていた扇子を落とした。


「何を言いだすの。どうかしたの、シグ?」


 お母様に似た色合いの青い目を丸くして、お婆様が駆け寄ってきた。

 ついで、額と腕をぺたぺたと触られる。お仕着せを着たチェッタも顔色を変えている。

 大事になってしまった。

 でもごたごたでお勉強はなしになりそう。


「この子のことですもの。寝ている間に頭をぶつけたとか、その可能性だってあるわ」

「仰る通りでございます。旦那様と奥様に連絡いたします」


 お婆様とチェッタが話し合っていると手持無沙汰ですわね。この間に懐中時計を触ってみることにしましょう。

 何の変哲もなさそう。カチコチと正確に時間を打っている。外側が古いけれどメンテナンスはきちんとされているのかも。

 まあ、わたくしの手元にあったということは、わたくしの物ということ。きっとそう。


「お嬢様が何もないところを見て……?」

「高い熱が出る予兆かしら。医師を」

「かしこまりました。直ちに」


 やっぱりあれは詳細な予知夢だったりするのかしら。

 そうだったらいいわ。リリネットお姉様があんなに美しくなって、王弟殿下と結婚されて嬉しそうだったもの。お祝いのケーキも美味しかったし!

 何より、この懐中時計を持っていた男を探して相まみえなくては。

 そう。そうよ。

 わたくしの手をとり、間近で見つめて、贈り物をしたあの男!

 思えばカシュロ兄様以外であんなことをされたのは初めてだったわ!


「いいえ! あんな表情を向けられたのは初めて!」


 お婆様たちをよそに、わたくしはあの時向けられた表情を一生懸命に思い出す。

 あれはわたくしに向けられ、わたくしに縋り、何かを……まるで助けを求める顔だった。ええ、間違いありません。


『俺、疲れちゃった』


 なんだか必死そうだったわ。

 思い返せば、ちょっぴり優美そうだったし、ぎらっとした眼差しも野性的だった気がするわ。磨けば光る逸材というヤツですわね。

 あの後の衝撃展開はともかく! あれは見間違いか何かだわ!

 恐ろしい死体を頭から弾き飛ばすように頭を勢いよく振って、こぶしを握る。

 ともかく、まず探してみなくては。


 未来に会うより先に、今会えばいいのよ。

 そうよ、そうだわ、いい思い付きだわ。この懐中時計のことも聞いてみたいし、どうしてあそこにいたのかも知りたいわ!

 懐中時計を胸に、くるりと回る。


「お婆様、チェッタ! わたくし素晴らしい淑女になりますわ!」


 混乱する二人が顔を見合わせて、言葉を失っている。

 それに胸を張って、わたくしは自信満々の笑みを浮かべてみせた。


「いつか相まみえるあの男のために!」


 そう言い切ったら、お婆様がふらっと体を揺らして倒れた。







 なぜかしこたま怒られましたわ。

 お医者様にもあちこち見られて、苦いお薬も飲まされたし、お外で遊ぶのも却下。お婆様の監視のもと、数日もお部屋の篭の鳥になったわたくし。

 お父様とお母様、あげくには一回りも年が上のお姉様たち二人もやってきて、重病人みたいな扱いをされました。

 いくらわたくしが可愛い可愛い末っ子でも、甘やかしすぎはよくないと思いますわ。

 これがわたくしでなかったら、思い上がったワガママ娘になっているに違いません。わたくしが超絶良い子で良かったですこと。


 籠の鳥解禁という話を持ってきたお父様が、にこやかに言った。


「シグ、ミュステラー公爵家からお呼ばれされたが、来るかい?」

「はい、はいはい、はい! 参りますわ!」

「元気そうで良かったわ。シグちゃんのこと、あちらも心配してらしたもの」


 お父様からの声かけに答えると、お母様がころころと微笑んだ。


「サーヤとソアはいけなくて残念だけど、仕方ないわねえ」

「こんなに早く嫁に行くとは……今からでも帰ってきてくれないかなあ」

「あなた」


 お父様がまた同じこと言って、お母様に怒られている。これからわたくしが大きくなっても言い続けるのでしょうね。

 グラシュープ伯爵家は由緒正しい歴史あるお家。それも今代では、お母様の姉がミュステラー公爵家と縁づいている。

 有力貴族と縁づきたい家の者なら喉から手が出るほど欲しい縁。

 だから、一回りも年上のお姉様たちは私が生まれるころにはとっくに婚家の者。寂しいけれど、世の常ですわね。


「シグちゃんは急がなくていいからねっ!」

「あなた」


 お母様が困ったように溜息をついた。

 そういえば、この時点で跡継ぎは決まっていないのだったかしら。

 あの夢のような世界……あのときは、カシュロお兄様がグラシュープ伯爵家を継いだ。お姉様と結婚した王弟殿下が公爵家を継ぐって話になったから。

 となると、もしかしてカシュロお兄様とわたくしは結婚予定だった? それ、聞いていませんわよ。

 これは確認しなくては。今回のわたくしは、あの男を探すと決めたのです。

 公爵家についたら色々聞いてまわらなくちゃ。

 わたくしはニコニコと良い子の顔で、公爵家に着くのを今か今かと心待ちにすることにした。


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