婚約破棄と事件現場と
きらきら光るシャンデリアにぴかぴか磨きぬかれた食器。
公爵家のパーティーは、いつ来ても心が浮き立つ最高のところ!
しかも、しかも!
今日は、わたくしが敬愛して尊敬してやまない従姉、リリネットお姉様のお祝いのパーティーなのです。もうすぐ王弟殿下と成婚なさるから、その前にみんなで楽しくお祝いしたいという場を作ってくださったのです。
「シグ。おい、シグ。口が開いている」
「あらいやだ。ご指摘どうも、カシュロお従兄様。わたくしの魅力がさらに漏れ出ていましたわ」
「間抜け面を披露しているの間違いだろう。俺の姉上を見習え」
なんて言い様。
態度だけでなく、図体まで大きくお育ちになってしまって。
でも我慢。我慢よ、シグエスネッタ・グラシュープ。今日はお姉様のお祝い。隣の小言魔人のエスコートでも可愛らしく微笑まなければ。
そう、お姉様を見れば心も安らぐはず。あそこで微笑むリリネットお姉様の輝かしいお姿。
淑女の鏡であるお姉様。そんなお姉様の良き日に立ち会えるなんて。
ああ、なんて光栄なのかしら……――
「婚約を、破棄させていただく!」
「はああ?」
思わず声に出してしまった。
でも注目はその不届き者にいったから構うものですか。一瞬の静けさが広がったと思えば、ワッとまたざわめきが広がる。
リリネットお姉様と王弟殿下を差し置いてど真ん中に立った金髪の男。どこの馬の骨かしら、晴れ舞台を泥で汚すだなんて。
いや本当に誰!? なんでお姉様のお庭ともいえるこの場で勝手になさってるの?
それに、引きずられるように出されるご令嬢も見覚えがないですわよ。どういうこと?
周りで「侯爵家の」「アーヴス様」という単語を耳が拾う。すわ、政敵では!?
わたくしの淑女の仮面は即座に砕けた。
ふんわりしたドレスの袖をまくりあげる。今、シグエスネッタが参りますわお姉様!
お待ちになってて!
「シグ。待て」
「なんですの。わたくしあの愚か者に一言、いえ一撃」
「姉上を見ろ」
リリネットお姉様が、わたくしに向けて扇を持つ手を優雅に動かした。
『シグちゃん。お外に、いってらっしゃい。』
間違いない、そう仰っている。
お姉様の意図を汲めてこそ一流の従妹。口惜しい気持ちをこめて視線で縋ってみたけど、駄目だった。お姉様の隣に立つ王弟殿下と視線を交わしてから、もう一度同じ仕草で扇を会場外に動かすようにされた。
「ぐぅぬぬぬぬ」
「淑女のする顔じゃないぞ。ほら、頭冷やしてこい。付き添うか?」
「結構ですわ!」
鼻息荒く返して、いえ、ツンと顎をそって返して、わたくしは会場を勇退することにしたのだった。
公爵家のお庭ともなると、さすがに広い。
後を心配して付いてきてくれた公爵家の使用人の方々に、大丈夫と力強く頷く。遠目に、けれどいつでも駆けつけられるような距離に人が下がる。
まったく、いつまでも子ども扱いをしないでほしいものです。わたくし、もう15歳の淑女ですのに。ここのお外は、出入り口に容赦のない警備があることくらい知っていますのよ。
さくさくと整えられた庭園の芝生を踏んで歩く。広い夜の庭園、会場からも離れると静かなもの。
リリネットお姉様のことなら心配はいらないと思うけれど、お力になれないのが一番悔しい。どうせあの後、殿下方やお父様たちがいなしたに決まっているわ。
「あーあっ!」
誰も近くにいないのをいいことに、草を蹴っ飛ばす。続けてもう一回。
スカッと外れて態勢が崩れる。それを笑うようなカラスの声が響く。
「んもーう! なんですの!」
カラスが飛び立つ方向を睨む。
いえ、おかしいわ。
公爵家の美しいお庭にカラス? 縁起が悪いったらないじゃない。
わたくしの敬愛するお姉様は、何よりカラスがお嫌い。お気に入りのアクセサリーを取られたからって話してくださったもの。
「変ね。なにかしら」
幸い監視の目もないことだもの。別のところでお姉様のお役に立つチャンスかもしれない。
そう思うと、俄然やる気になれますわね。カラスが飛び去った方向、木々が生い茂る場所に足を踏み入れることに決めました。
「目を凝らせば、これくらい」
擦れる枝や葉っぱを跳ねのけて、ずんずん進む。
口ずさんだのは怖いからではないわ。そう口にしたほうが落ち着くから。怖いからでは決してないわ。
やがて、ぱっと開いた場所に出た。
そこに居たのは、一人の男。
泥をかぶったみたいな色合いの長い髪。それを一つくくりにして流して、ひょろっと長い背丈。そこまでならありふれた感じでも状況とやっていることがおかしい。
一心不乱にシャベルを地面に突き立てている。肩を大きく上下させて、せわしない浅い呼吸がこちらまで聞こえてくる。
一夜にして不審者を二人も目撃するなんて。
公爵家のパーティー会場だけでも飽き足らず、お庭にまで! なんたる侮辱!
「そこのあなた!」
貧弱そうだもの。わたくしでもなんとかできるに違いないわ。
スカートをたくし上げて木陰から飛び出す。
けれど、そのおかげで見えてしまった。
不審者とその穴の中。穴には、不審者と瓜二つの男が倒れ伏していた。
しかも、意識がなさそう。いえ、というより死んでいますわよね、これ。
死んでいますわ!?
「えっ。ひ、えっ?」
男がこちらを振り向いた。
青白い顔。緊張のあまり強張った表情。不自然にぎこちなく上がった口の端。そしてふらふらと寄ってきた。
自然と足は後ろに下がってしまう。
文句を言わなきゃなんて気持ちが萎みそう。舌が口に引っついているのを誤魔化すように、つばを飲みこむ。とにかく声を出さなきゃ。
「な、なんですの! 人を呼びますわよ!」
「はじめて見るパターンだ」
この男は何を言っているのかしら。
素早く両腕を、がしっと掴まれた。
「本当に、いる」
「なになに、なんですの。ちょっと、触れないでくださる」
男は疑問にも答えずに、ぎらぎらとした眼差しで言う。
「バグか? 変動? なんだろう、いやなんでもいい!」
それから笑い声を上げて、胸元から懐中時計を取り出した。
「その時計で、わたくしに何をする気?」
「これも見える!」
男が嬉しそうな悲鳴を上げる。
傷ついてメッキがはげかけた懐中時計を撫でて、男はこちらに差し出した。
わたくしの手を取って、勝手に懐中時計を握らせてくる。冷たい。しっかりした金属の重さと感触に指が跳ねた。
「俺、もう疲れちゃった。これ、君にあげるね」
そういう男の顔は、意外にも安らかで泣きそうで。吸い込まれそうな暗い深緑と合うと、さらにくしゃっと崩れた。
そのまま男は目の前で、穴の中に落ちた。
「……はっ? え!?」
慌てて穴を覗きこむ。
そこに男が二人、いなかった。いたはずなのに、あの男が重なって一つになったみたいだった。
すう、と腕や肩が当たると一つに溶けていく。
最後には、死体が一つあるだけ。
わけがわからない。まったくもって、意味がわからない。
頭に空気が詰まって破裂しそう。何も考えられなくなって、ふっと血の気と同じようにふっと意識も遠のいていってしまった。
頭に、カチコチ、カチコチとうるさい歯車の音がした。




