表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/24

第19話 影の報復

 土砂崩れの夜を越え、村は泥と涙に包まれていた。

 崩れた家の下から鍋や木材を掘り出し、火を囲んで互いを抱きしめる。

 幸い、大きな犠牲はなかった。

 けれど、生き残ったという事実の裏で、村人たちの目は私に注がれていた。


 ——ナギがいたから助かった。

 そう囁く声があれば、

 ——死神が災厄を呼んだ。

 と呟く声もあった。


 感謝と恐怖、その両方が私を締め付ける。


 その夜、私は竹林に立った。

 月は雲に隠れ、風は冷たく湿っていた。

 視界の奥、闇が揺らぎ、やがて影が姿を現す。


 死神の同胞。

 以前試練を与えた影と、その背後にまた新たな影が立っていた。

 数は増えている。


「ナギ……」

 声は低く、地面から響くようだった。

「お前はまた、選ばなかった。老人も子供も女も、全てを抱えて逃げようとした。

 人間はそんな重荷に耐えられぬ」


 私は木剣を握りしめた。

「耐えてみせる。……俺は死神じゃない。人間だから」


 影が嗤った。

「ならば代償を払え」


 次の瞬間、闇の中にスミレの姿が浮かんだ。

 彼女の足元には黒い靄が絡みつき、砂時計の砂が激しく落ちている。


「やめろ!」

 叫んで駆け寄ろうとしたが、足が動かない。

 影が私の体を縛りつけていた。


「選ばなかった報いだ。お前が抱えた“やさしさ”は、誰かを必ず殺す」

 影の声が重なる。

「その誰かは、もっとも大切な者だ」


 スミレが苦しげに胸を押さえ、倒れ込む。

 私は必死に抗い、剣を振ろうとした。

 だが、影の鎖が全身を締め上げる。


 心臓が裂けそうだった。

 死神だった頃、私は淡々と命を刈った。

 だが今は違う。

 彼女を失う痛みが、全身を引き裂いていく。


「スミレを……返せ!」


 叫ぶと同時に、胸の奥が燃えるように熱くなった。

 死神の眼が、いつもとは違う輝きを放った。

 砂時計の砂が止まる。

 時がわずかに遅くなった。


 私はその隙に鎖を断ち切り、影へと踏み込んだ。

 剣を振るい、スミレを抱き寄せる。


 光が爆ぜ、影が後退した。


 スミレは意識を失っていたが、かすかに息をしていた。

 私は彼女を抱え、影を睨んだ。

「俺は選ばない。代償なんて受け入れない。……全て守る」


 影たちはしばらく沈黙し、やがて低く呟いた。

「やさしさにすがる者は、必ず破滅する。

 だが……見届けてやろう。どこまで抗えるか」


 そう言い残し、闇は霧散した。


 私は膝をつき、スミレの頬に触れた。

 温もりがある。

 涙が溢れ、頬を濡らした。


「俺は絶対に、お前を失わない」


 竹林の風が、静かに葉を鳴らした。

 その音は、死神の嗤いではなく、かすかな祈りのように聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ