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第18話 襲い来る災厄

 師匠との試合から数日が過ぎ、村に再び落ち着きが戻った。

 子供たちは川辺で遊び、女たちは収穫の準備に忙しく、男たちは畑を耕し、冬に備えて干し肉を作っていた。

 私も父と並んで鍬を振り、泥にまみれた手を見つめながら「人間としての生」を実感していた。


 だが、その穏やかさはあまりにも脆かった。


 ある午後。

 空が急に暗くなり、山から冷たい風が吹き下ろした。

 村の見張り台から、老人の叫び声が響いた。


「山の上で崖が崩れたぞ! 土砂が村に流れ込む!」


 瞬間、村全体が騒然となった。

 母が子供たちを家に押し込み、男たちが必死に堤を積もうと走る。

 だが、見上げれば黒い塊のような土砂が山を滑り落ちてくるのが見えた。


 私の眼が反応した。

 村人一人ひとりの頭上に砂時計が浮かぶ。

 いくつもの砂が一気に落ちる——死が迫っていた。


 私は走った。

「こっちだ! 川辺へ逃げろ!」

 声を張り上げ、子供たちの手を引く。

 だが一方で、家から動けない老人の姿も目に入った。

 息は荒く、靄が濃く絡みついている。


 ——どちらを救う?

 声が頭の奥で囁く。

 再び「選択」を迫る声。

 死神の同胞か、それとも自分自身の弱さか。


 私は歯を食いしばり、老人を背負った。

「ユウ! 子供たちを頼む!」

 幼馴染の名を叫ぶと、ユウは顔を強張らせながらも子供たちの手を引いて走り出した。


 背に重みを感じながら必死に走る。

 土砂が轟音を立てて迫ってくる。

 地面が揺れ、家が崩れ、悲鳴があがる。

 息が切れる。足がもつれる。


 そのとき、視界の端でスミレが見えた。

 彼女は別の家から幼子を抱えて逃げ出そうとしていた。

 だが足元に大きな岩が転がり、動けなくなっている。


「スミレ!」

 叫んだ瞬間、私は二つの命を同時に背負う選択を迫られた。


 心臓が跳ねる。

 砂時計の砂が一気に零れ落ちるのが見える。

 どちらかを捨てなければ間に合わない。


「……ふざけるな」


 私は老人を下ろし、全力でスミレに駆け寄った。

 肩で岩を押しのけ、彼女と幼子を引き寄せた。

 背に老人を再び抱え上げる。


 三人分の重み。

 足が悲鳴をあげる。

 だが止まれば全てが終わる。


 次の瞬間、轟音と共に土砂が村を呑み込んだ。

 私は最後の力で川辺へ飛び込み、必死に三人を庇った。

 濁流のような土砂が背を叩き、意識が飛びそうになる。


 だが、砂時計の砂がゆっくりになるのを見た。

 ——死神の眼が告げている。

 「まだ、生きられる」


 私は歯を食いしばり、倒れ込んだ。


 気づけば、夜の闇の中だった。

 村の半分は崩れ、家々は泥に埋もれていた。

 だが、不思議と生存者は多かった。

 皆が互いを助け合い、火を焚き、傷を縛っていた。


 スミレが泣きながら私の名を呼んだ。

「兄さん! 生きてる……!」

 老人も幼子も息をしていた。


 私は震える声で言った。

「俺は……選ばない。全部守る」


 村人たちの視線が集まった。

 恐れではなく、涙に濡れた感謝の眼差しだった。

 死神の眼でさえ、全てを救うために使えるのだと。


 私は血と泥にまみれながら立ち上がった。

「俺は死神じゃない。人間だ。だから、諦めない」


 崩れた村を見渡しながら、胸の奥で強く誓った。

 ——生きる選択を、何度でも。

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