第14話 死神の試練ふたたび
盗賊団との戦いから幾日か過ぎた。
村は少しずつ日常を取り戻しつつあったが、私の胸の奥にはまだ重いものが沈んでいた。
剣を振るうたび、あの夜の血の感触が甦る。
それでも、スミレやユウ、母や父の笑顔を見ると、「守った」という確信がわずかに痛みを和らげてくれた。
しかし、安らぎは長く続かなかった。
その夜、竹林に冷たい風が吹いた。
葉擦れの音に紛れて、あの声が響いた。
「ナギ……」
闇の中に影が立っていた。
以前森で私を試した死神の同胞。
だが今は一人ではなかった。背後に三つ、四つと影が揺らめいている。
「試練は終わったはずだ」
私は木剣を握りしめ、睨み返した。
影は嗤った。
「終わりなどない。お前が“人間”を選び続ける限り、我らは現れる」
「何を望む」
「選択だ。命を選ぶ、お前の欠陥を試す」
地面に黒い幕が広がった。
そしてその上に浮かび上がったのは、村の人々の姿だった。
子供、老人、母親、父親——十人以上。
私は息を呑んだ。
皆が眠る家にいるはずなのに、ここに「影」として並んでいる。
その砂時計には、それぞれ異なる速さで砂が落ちていた。
「一人だけ救え」
死神の声が木霊する。
「他は全て死ぬ。誰を選ぶ?」
胸が凍りついた。
子供の泣き顔、母親の祈る手、老人の穏やかな笑み。
全員が私を見ていた。
スミレもその中にいた。
「選べ」
影が迫る。
頭の中で、何度も声が響いた。
——死神は選ぶ者。
——人間は迷う者。
私は膝をつき、両手で頭を抱えた。
「できるわけがない……誰も切り捨てられるものか!」
影が嗤った。
「だからこそ欠陥だ。均衡を乱す者。いずれ破綻する」
砂時計の砂が一斉に早まった。
選ばなければ全員が死ぬ。
それが彼らのルールだった。
私は立ち上がった。
剣を抜く。
刃が月光を反射して闇を裂く。
「俺は選ばない。全員を救う」
影が呻いた。
「愚か者!」
私は砂時計に剣を振り下ろした。
ガラスの音が響き、砂が宙に舞う。
その瞬間、影たちの姿が揺らぎ、消えていった。
残ったのは竹林の静寂と、冷たい風だけ。
膝から力が抜け、地面に崩れ落ちた。
息が荒い。
だが胸の奥には確かな鼓動が残っていた。
「俺は……人間だ」
呟きは夜に溶けた。
その時、背後から足音がした。
スミレが駆け寄ってきた。
「兄さん!」
彼女は泣きながら私の手を握った。
「また死神に試されたのね。でも……生きて帰ってきた」
私は頷き、震える手で彼女の髪を撫でた。
「守るよ。何度でも」
夜明けが訪れた。
竹林の隙間から差し込む光は、影を淡く照らし出す。
死神の試練はこれからも続くだろう。
けれど私は、選ぶことを拒み、守ることを選ぶ。
——それが、人間である証だから。