第13話 仲間の涙
盗賊団を退けた翌朝、村は焦げた匂いに包まれていた。
牛小屋の扉は破られ、畑の一部は踏み荒らされ、土にはまだ血の跡が濃く残っている。
村人たちは生き延びた安堵と、戦いの爪痕の中で複雑な顔をしていた。
私は剣を洗うため川に下りた。
刃を伝う赤が水に溶け、川底を染めた。
冷たい水に手を浸すと、昨夜の熱と怒声が甦る。
——初めて人を斬った。
守るためだと、何度も胸に言い聞かせた。
けれど、あの瞬間に消えた砂時計の影は、確かに人間のものだった。
「ナギ」
背後からスミレの声がした。
振り向いたとき、彼女の目は赤く腫れていた。
「……怖かったよ。兄さんが血にまみれて戦ってるのを見て、胸が裂けそうだった」
彼女は震える声で言った。
「でも……助けてくれて、ありがとう」
私の胸に、鋭い痛みが走った。
涙を見せまいと強く歯を食いしばる。
「守るためだった。……それだけだ」
スミレは首を振り、涙をこぼした。
「兄さんが死神だって言う人もいる。でも私は違うって知ってる。
死神は人を刈るだけ。でも兄さんは、人を守るために血を流したんだよ」
彼女の声が震え、私の心の奥の何かを揺さぶった。
その夜、村の集会所に人が集まった。
長老が立ち上がり、村人たちに告げた。
「我らは生き延びた。だが、この村を守ったのは誰だ?」
静寂。
やがて一人の男が口を開いた。
「ナギだ。奴が剣を振るわなければ、皆殺されていた」
しかし別の者が叫んだ。
「だが同時に人を斬ったんだ! 死神の眼で敵を見抜き、ためらいなく殺した!」
村人たちの声は割れた。
「英雄だ」
「いや、死神だ」
私は壇の前に立ち、皆を見渡した。
「俺は死神じゃない。……けど、人を斬った。
守るためだとしても、俺が背負った血は消えない」
声が震えた。
誰もすぐには言葉を返さなかった。
会議のあと、ユウが駆け寄ってきた。
彼は私を怯えて避けていたが、今は違った。
「ナギ……ありがとう。本当に、俺も家族も助かった」
彼の目には涙が溜まっていた。
「俺、ずっと怖がってた。お前の眼が……死を呼ぶんじゃないかって。
でも違った。お前は俺たちを救ったんだ」
彼の手が震えていた。
私はその手を握り返した。
ぬくもりが伝わる。
その温かさは、血の冷たさを少しだけ薄めてくれた。
夜。
家に戻ると、母がそっと私の頭を抱いた。
「もう無理に強がらなくていい。泣いてもいいんだよ」
その言葉に、張り詰めていたものが崩れた。
声を殺して泣いた。
母の胸の中で、スミレも泣いていた。
涙は弱さじゃない。
仲間が流す涙は、守るべきものの証だ。
その夜、私は心に刻んだ。
——血を背負うことを恐れてはいけない。
仲間の涙を背負って歩くことが、人間として生きる証なのだ。