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第12話 黒い軍勢

 剣を習い始めてひと月ほどが過ぎた。

 町の老人——師匠と呼ぶようになった彼は、毎日のように私をしごいた。

 腕は痛みに軋み、手の皮は何度も破れた。

 それでも私は諦めなかった。

 棒を握っていた頃とは違う。木剣は人を守るための重みを持ち、汗を吸って私の体に馴染んでいった。


「剣は命を奪う刃だ」

 師匠はいつもそう言った。

「だが、お前がそれを“守るために”使うと言うのなら……その覚悟を最後まで貫け」


 私は頷き、ひたすら剣を振った。


 ある日、訓練の帰りに町の門で異変を見た。

 東の街道を、黒い旗を掲げた一団が進んでいた。

 装備は粗末だが人数は多い。

 盗賊の群れだった。


 町の兵士が慌ただしく駆け回る。

 私は心臓を掴まれるような感覚を覚えた。

 ——彼らの進む先には、私の村がある。


「師匠……」

 私は振り返った。

 老人は目を細め、低く言った。

「ナギ。これは“試練”だぞ」


 翌日、私は父と共に急いで村へ戻った。

 畑に汗を流す人々の顔は、まだ脅威を知らない。

 私は村人を集めて告げた。

「盗賊の軍勢が、こちらに向かっている」


 騒然とした。

 「どうするんだ!」

 「戦えるのか!」

 「死神の眼でなんとかしろ!」


 恐怖と混乱の中、視線が一斉に私に突き刺さる。

 かつての囁き——「死神の子」——が、今は「頼みの綱」へと形を変えていた。


 私は答えた。

「俺が前に立つ。……人間として、守るために」


 夜。

 松明が並び、村の入り口に大人たちが槍を構えて立った。

 私は腰に木剣を差し、呼吸を整えた。

 死神の眼が冴える。

 闇の向こう、盗賊の軍勢が迫ってくるのが見えた。

 彼らの砂時計の砂は、黒い光を放って落ちている。

 ——人を殺す覚悟を背負った者たち。


 心臓が震えた。

 剣を抜けば、私は初めて人間を斬ることになる。

 守るためとはいえ、その血は私の手を汚す。

 人間として歩むはずの私が、人を殺すのだ。


 だが背後には、家族と村人がいる。

 スミレの笑顔、母の歌声、父の黙した眼差し。

 それらを守るためなら、迷ってはいけない。


 やがて黒い旗が見えた。

 盗賊たちの笑い声が夜を裂く。

 「村を焼け!」

 「女も子供も捕らえろ!」


 私は木剣を握り、前に出た。

「ここを越させはしない!」


 最初の盗賊が飛びかかる。

 私は息を呑み、剣を振り下ろした。

 刃が肉を裂き、血が散った。

 初めての人間の血。

 腕が震えた。胃が軋んだ。

 だが、背後の叫び声がそれを押し返した。


 次々と盗賊が迫る。

 私は剣を振り、死神の眼で隙を見抜き、斬り伏せた。

 血と叫びが夜を埋める。

 地面に砂時計の影が砕け散るたび、胸が軋んだ。


 戦いの果て、村は守られた。

 盗賊の旗は焼け落ち、逃げ残った者たちは闇へ消えた。


 私は剣を地に突き立て、荒い息を吐いた。

 手は血に染まり、震えて止まらなかった。


 父が肩に手を置いた。

「ナギ……お前がいなければ、村は滅んでいた」


 村人たちは沈黙して私を見つめた。

 恐怖と感謝、その両方が入り混じった目で。


 夜空には星が瞬いていた。

 私は剣を握ったまま、血に濡れた手を見つめた。


「俺は……人間だ。人を守るために、人を斬った。

 その重さを背負って、生きていく」


 竹林を渡る風が、鎌の音のように鳴った。

 けれど、もう私は迷わなかった。

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