ピンチ
「ローズ様、今までの非礼すみませんでした。これだけで許されるとは思っていませんが、今日だけでもいいので、よかったら仲良くしてくださいませんか?」
私たちは会場に遅めに入場して、なるべく隅っこで大人しくしてた。私たちはパーティがあまり好きじゃない。クリスはいろんな人に引っ張りだこになって、私と離れ離れになっちゃうから嫌だっていうし、私は私でクリスと離れると変なのが寄ってきたりするので苦手である。
結婚したら少しはマシになるのかしら。
このまま何事もなく終われるといいなあ、なんて思っているとメリア嬢がマレリア嬢と王太子の側近候補たちを引き連れて私に突然謝罪の声をかけてきた。嫌な予感しかしない。
いつもの静かに私を睨む生徒達はここには連れてきていないらしい。
それとなくクリスが私の前に来て庇う様な姿勢をとる。そんなクリスの背中をぽんぽんと宥めて私も前へ出る。
「あまり気にしていないので大丈夫です。はい、これからもよろしくお願いしますね」
愛想笑いを浮かべる。別に仲良くする気はないけど、社交辞令である。できればここで会話終了してどこかへいってくれないかな。
「よかったね、メリィ、君はローズ嬢に嫌われてしまったとずっと気にしていただろう?君がそんなことを気にする必要はないし、こんな悪女に謝る必要もないとは思うんだけど」
「そんな、アレク様…!私が悪いのです…!同じ男爵令嬢なのに公爵家と婚約されたローズ様がわたし、なんだか羨ましくて…!」
「ローズ嬢の方が異例なんだ。でも大丈夫、今父上を説得しているから…ああ、そうだ、クリス、よかったらどうやって君がローズ嬢を婚約者にすることができたのか、向こうで聞かせてくれないか?ローズ嬢は普通に考えたらクリスと結婚できるような身分じゃないだろう」
「私も聞きたいな、アレクに出し抜かれるわけにはいかないからね」
側近候補二人とメリア嬢の三人でテンポよく謎の会話が繰り広げられていく。
二人は「なあクリス」「頼むよクリス」としつこく食い下がっている。
あぁ、よくない、クリスがイライラしている。
このまま放っておくと結構強めの攻撃魔法が放たれそうですらある。
「私は大丈夫だから行ってきて」
こっそり耳打ちすると、クリスが「いかなきゃだめ?」みたいな顔をする。
「行ってきて。残るのは令嬢たちだけだから、きっと危ないことにはならないわ。クリスがいっぱいアクセサリーもくれたし、近くにはアンとロベルタもいるから
そうすると渋々、といった感じではあるが令息たちについて行った。
さて、そうして私とメリア嬢、それからマレリア嬢が残された。絶対に和解する気なんてないくせにどう言うつもりなのか、あまり良い感じはしない。
シャンパンを片手にメリア嬢が胡散臭い笑みを浮かべている。
「わたし、本当にローズ嬢に憧れているんですよ?」
***
「本当にバレないんだろうな?」
「バレないわよ。クリス様は引き離したし、魔術師を何人か雇ってこの場所も隠した。監視の生徒も撒いたし、この女についていた魔道具も全て外したわ。ねえ、この女にかかってる魔法はもうないんでしょ?」
「ああ、そのはずだ」
誰かの話し声が聞こえる。えぇ…体が痛い、頭もグラグラする。
なんだっけ…どうなったんだっけ…
うっすら目を開けると、そこにはメリア嬢とマレリア嬢、それからよく知らない男たちが複数人。学生でもなさそうな人が数人混ざっているように見える。
わお、あまり状況は良くないみたい。
「おい、目を覚ましたみたいだぞ」
私の近くにいたらしい男が言う。知らない男だ。この場にいる人間たちが一斉に私を見る。
「ごきげんよう、ローズ様!」
そうやってにつかわしくないほどに明るく挨拶してくれるのはメリア嬢だ。そういえばこの人から勧められたシャンパンを飲んだ後の記憶がない。つまりそういうことか、と思う。
何を飲まされたんだろう、体に力が入らないし頭もうまく働かない。わかるのは今はちょっと危ない状況ってことだけ。
ふう、と息をつくと、後ろにいるマレリア嬢が目を釣り上げる。
「随分余裕な様ですが、あなたはここで終わりです。今夜ここで複数の男性に汚されていただきます」
やっぱり状況的にそうだよね。
クリスにもらった魔道具兼アクセサリーたちは全て外されている。
丸腰もいいところだ。クリスが用意したアクセサリーを外せたってことは、そこそこ優秀な魔術師が相手側にはいるらしい。非常に良くない状況だ。
「わたしがクリスの婚約者だからですか?」
「ええ、そうです」
「それでここまでしますか?」
「ええ」
ニコニコ笑うメリア嬢は不気味だ。
「魔力も成績も容姿もパッとしない、身分も低い女が完璧なクリス様の婚約者なんて、あり得ないと思いませんか?」
「あなたたち、意外とクリスのことを何も知らないのね」
そう言うとメリア嬢から平手打ちが飛んでくる。痛い。
「そうやって余裕なところも気に食わない。ああ、そうですね。このいつも目立って忌々しい手袋も外さないと。ドレスも、全部脱ぎましょうね。大丈夫です、マレリア様が淫らになるお薬を用意してくれてますから。浮気してるとこ、クリス様にみられて嫌われましょうね」
そんなことしたら、私に触れた男が死ぬだけだと思うけど。
私が会場からいなくなってどれくらいの時間が経ったんだろう。クリスがこの場にまだいないってことは、何人かでこの場所を隠しているんだろうか。それともクリスも何か飲まされたのかな。無事かなあ。
「仮に私が婚約者じゃなくなったら、今度はメリア嬢とマレリア嬢でクリスを取り合うわけ?」
「いいえ、共有します。私は男爵なのでクリス様とは身分が釣り合わないですから。マレリア様が正妻に、私が第二夫人になります」
「クリスがそんなことすると思うの?」
「ローズ様ですら婚約者になれるのですから、不可能ではないでしょう?」
なんで彼らは、私ができるなら自分でも当然できるはずだと思うんだろう。変なの。
会話している間にメリア嬢が私の手袋を剥がしにかかる。ああ、それは触らないほうがいいのに。抵抗したいけど、縛られているわけでもないのに体がうまく動かない。
メリア嬢が私の手を引っ張り、無理やり手袋を外そうとするもののうまくいかなくて近くの魔法師に頼んで風魔法で手袋を切り刻む。
ああ、そんなことをしたらよくないのに。
「私がどうにかなっても、あなたたちは婚約者にはなれないわよ。あなた達にはその資格がないわ」
「うるさいわね」
メリア嬢が私の頬を打つ。
「あなた達が婚約者に選ばれなかったのは、クリスのことを何も考えていないからよ」
「うるさい!」
再度頬を打つ。頬が熱い。
だけど頬を打たれても構わなかった。
「あなたはクリスにふさわしくないわ」
そういうとメリア嬢は笑みを崩し、怒りに染まった表情で再び私に平手打ちしようとした。
私はその手を素手で掴んだ。
メリア嬢は一瞬びっくりした様に硬直して、そのままメリア嬢は気を失って倒れる。
突然倒れたメリア嬢にその場の空気が凍る。
「おやすみ、メリア嬢」
「何をしたの!?あなたたち、あの女を取り押さえて!」
メリア嬢が気を失ったことで焦ったマレリア嬢が男性たちに命じる、
そして私を抑えようと触れたものたちが、触れた瞬間に倒れていく。
「あなた…!魔法は使えないんじゃなかったの?!」
「使えませんよ、魔法は。魔力量も多くないのは間違いないです」
ああ、頭がグラグラする、ちょっと気持ち悪い。体も力入らないし最悪だ。こんな状況で頑張りたくはないんだけど。
「クリスの婚約者になるってことはこういうことなんですよ」
そう言って私はマレリア嬢を睨みつける。ちょっと怒っているかもしれない。やっていいことと悪いことがあるでしょう。こんなのは犯罪です。私じゃなかったら、この場にいた令嬢は再起不能になっていたと思う。
学園でのいじめだけでも許されるものではないのに、こんなことをしてどういうつもりなの。
そんな気持ちが沸き起こってくる。
「私のことを侮りすぎです」
そしてその場にいたすべての人は気を失って倒れていった。