警戒しよう
首都にある男爵邸はそこまで大きくはない。
もともと家系的に領地に引き篭もるタイプだし、子供達が学園に通う時に不自由がないようにするため、という理由で建てられたものだから、貴族の家にしては小さい方だ。使用人もそんなに多くない。
だけど私はこのささやかな家が気に入っている。
クリスも意外と気に入っていて、「広くないから警備がしやすくていいね」なんて言っていたけれど、なんだかんだ居心地がいいみたいで、誘わずとも男爵邸にはよく訪れて一緒にゆっくりした時間を過ごしてくれたりもする。
この家には私と使用人が数人、それからクリスが用意した護衛が数名一緒に暮らしている。もちろん全員女性。
メイドたちが庭にお茶の準備をしてくれる。
膝枕をするときはピクニックスタイルで、芝生の上に敷物を敷いてお茶をする。
私が座るとクリスが寝転がって膝に頭を乗せる。
慣れた手つきで頭を撫でてあげる。クリスの髪の毛は柔らかいから撫で心地がいい。
「それで?話しておきたいことってなあに?」
「ダフ男爵令嬢のことなんだけど」
メリア嬢がどうしたっていうんだろう。
「あまり近寄らないようにしてほしいんだ。もちろん、今までローズから近寄ったことはないこともわかってる。でもできれば避けられそうなときは避けてほしい。アンたちにも伝えてある」
「それはいいけれど、何かあったの?」
クリスが避けるように、ということは初めてだ。
「うーん、内緒なんだけど。男爵家自体がちょっと怪しくてね。怪しい商売に手をつけている可能性があって、メリア嬢ももしかしたらローズに過激な手段をとるかもしれない。特に今はマレリア嬢が味方についていて態度もでかい。本当は適当な理由で学園から追い出したいところなんだけど、メリア嬢を罰したことで男爵が変に警戒心を抱いても困る」
「調査はまだしばらくかかりそうってことね?」
「そう。だから避けられる限り避けてほしい。クラスは違うから、廊下や食堂とかかな。アンたちが道を誘導してくれるから、従ってくれる?」
「わかった」
「ありがとう、ローズに何かあったら気が狂っちゃうと思うから、気をつけて過ごしてね」
眼が本気である。
「わかってるよ。でもクリスも私がそんなに弱くないことも知ってるでしょう?だからあんまり心配しすぎないで」
うん、というとクリスは私の手を握って、手に口付けた。
そのあとは一緒にクッキーを食べて紅茶を飲んだ。私たちは他愛もない話をしながら、あたりが暗くなるまでゆっくり過ごした。
それからはクリスの忠告通り、極力メリア嬢を避けて生活した。今までもそうだったけど、さらにアンたちが一緒にいてくれるようになり、移動するときは常に先導してくれた。
たまにどうしても避けられずにエンカウントすることはあったものの、そのときはいつもと変わらず「クリス様にふさわしくない」だの「ふしだら」だの「性悪」だのなんだのと良くわからないことを言われるだけだった。
会うたびにメリア嬢たちの周りに立つ人間が増えていっていることがやや気になったものの、かと言って私の生活は変わらなかったので気にしないことにした。
そんな感じでいくつかの季節を過ごした。クリスは忙しいまま、というかどんどん忙しくなっていった。
冬に入ると学園にはテスト以外では来なくなった。仕事で王城に行っているようだった。
私が学園に行くときと、帰るときは変わらず一緒にいてくれたけど。なんだか学園に通わないのにわざわざ送迎をさせてしまうのが申し訳なかった。たまに疲れた顔もしていたし。
一度申し訳ないからと断ってみたのだけど、クリスが泣きながら(本当に泣いた)一緒にいる時間がこれ以上減るのは嫌だというので、送り迎えは継続となった。
とはいえ私もしてもらうばかりでは申し訳ないので、クリスが仕事中に食べられそうな食事を用意してあげることにした。元々少しは料理ができる方ではあったけど、改めて普段食事を用意してくれている使用人に料理を習いなおした。
サプライズで食事を持たせたときは、今度は嬉し泣きをしていた。クリスのことだからもったいなくて食べられない、とか魔法をかけて永久保存にして部屋に飾る、とか言い出しそうだったので必ず食べることを約束させた。
良くも悪くも、私を取り巻く環境はそんな感じで、変わらなかった。