収束
「ローズ!!!!」
クリスが私のところに到着したのは、全員が倒れた瞬間だった。
私が力を使って魔術師が気を失ったから私の場所がわかったんだろう。
クリスは着衣が乱れた私を見て怒りに顔が歪む。ああまって、怒らないで。学園が吹っ飛ぶから。
「クリス、まって、ああ、気持ち悪い、吐きそう…」
「ローズ…!大丈夫?吐く?」
クリスを宥めようと口を開くと、猛烈な吐き気が襲ってくる。クリスは慌てて駆け寄って私に上着をかけて、それから背中をさすってくれる。
「気持ち悪い…」
「吐いたら楽になる?」
「たぶん」
そう言うと、クリスは私の口に躊躇なく指を突っ込んでくる。
文句も言う間もなく吐き気が襲ってきて、私は吐いた。
クリスは吐いた私を魔法で綺麗にして、それから私の体をチェックする。
心配かけないように、それからクリスが暴走しないように「何もされてないから…」と言うけど、あんまり信用されてないみたい。
怒っているけど、泣きそうでもある、心配でたまらない、みたいな複雑な表情をしているけど、クリスの感情をフォローするほど体調の余裕がない。
吐いたけどまだ気持ち悪い。
「クリス…ごめん、とりあえず帰りたい…」
「わかった、今すぐ帰ろう。ローズ、謝らないで。一人にしてごめん。帰ろう」
クリスは私のことを抱きしめる。
それからパチンと指を鳴らし、この場にいる人間を魔法で縛ってくれた。クリスが縛ったとなれば、クリスが許さない限り解けることはないだろう。
「こんなことなら全員殺してでもローズのそばにいるんだった」
「そんなことしたら大問題よ…」
「記憶消すから大丈夫だよ」
「じゃあ次からはそうして…」
珍しくクリスの暴挙を肯定するものだから、クリスは心配そうに私を抱きしめる。あ、まって、あんまり強く抱きしめたらまた吐きそう。
なんだこれ。目の前もぐるぐるして景色も変な色に見えてくる。あ、やばい。
「ローズ、帰ろうね」
「うん、、ねえ、クリス、ここにいる人、ころしちゃダメだからね…ちゃんと、正式に処罰してもらおうね…」
「殺しちゃダメ?バレない様にするから…」
「だめ…結婚早めてもいいから…だめ」
私の意識はそこで途切れた。
***
目を覚ますと5日後だった。
私は公爵邸に帰宅後にかなりの高熱を出したらしい。
二日ほど高熱を出し、熱が下がった後も目を覚まさなかったそうな。
目を覚ますと憔悴しきったクリスがベッドの横に座っていた。目を覚ました私を見るなり、大号泣してちょっと大変だった。
医者を呼んで体に異常がないことを確認してもらった後、お義母さまがやってきて泣きっぱなしのクリスを部屋の外へ叩き出した。
私はその間に5日ぶりの風呂に入り、それから軽い食事をした。
その後にクリスと話そうと思っていたのだけれど、まだ体が少しだるかったせいか、そのまま眠ってしまって、起きると次の日の夕方だった。
クリスは再び私のベッドの横に座っていて、昨日見た時よりも顔色は回復していて、見た目もこザッパりしていた。私が眠っている間、さては風呂にも入らず隣にいたんだろうな、と察した。
部屋でクリスと夕食をとりながら、私はパーティの日のことを聞いた。
「俺はローズと引き離された後、控室に連れて行かれたんだ。そこで結構な人数の生徒に囲まれて、どうでもいい会話を延々とさせられた。ローズが会場から移動した気配があったから、部屋から出たんだけど、今度は魔術師が襲ってきてさあ、相手しているうちにローズの気配が曖昧になってきて。焦ってたら今度は俺とローズ以外の全員が気絶したんだ」
「私がうっかり力加減間違えちゃったのね」
あの部屋にいる人だけ気絶させようと思ったんだけど。
「あの時あの場にいた人は全員捕まったし、それぞれ厳しい処分を受けたよ、俺殺さなかった…。我慢した」
「えらいね、ありがとうね」
撫でると私の手を握って頬擦りする。
「ローズの飲み物に違法薬物が混ざってたみたい。で、ローズと薬物の相性が悪かったんだ。その上パーティ会場にいる全員の魔力を吸っちゃったから倒れたんだよ」
「いつもクリスの魔力しか吸わないから、久しぶりに他の人の吸って悪酔いしたんだね」
「ローズにはいつだって俺の魔力だけ吸って欲しいよ」
クリスが異常に魔力が多いのに対して、私は昔から異常に魔力の容量が大きい。魔力自体は大きくないのに容量だけが大きいのだ。
私もクリスと同じように、なんの対策もなしに素手で人に触れると相手の魔力を吸い取ってしまって、相手は魔力不足で倒れてしまうのだ。
父の知り合いが魔道具を製作していたから手袋を作ってくれて、だからなんとかなっていたけど、それがなければ結構孤独な幼少期を送ることになっていただろうなと思う。
ちなみにクリスと私がお揃いでつけている手袋も、その父の知り合いが作ってくれたものだ。
私はクリスに素手で触れて、クリスから魔力が大量に流れ込んでも私はなんともない。逆にクリスも、私が素手で触れてもなんともない。お互いが唯一、何もつけずに触れられる相手だったのだ。
私がクリスの婚約者に選ばれた大きな決め手はこれだったらしい。
懐の大きい令嬢の候補は何人かいたけれど、その中でダントツに私が容量が大きかったから。クリスが何の心配もなく、執着した婚約者に触れられるように。
クリスと素手で握手して、なんともなかった時点でクリスは完全に私のことが気に入ってしまったらしい。運命だって大騒ぎしたんだと聞いた。
それまではみんなクリスに素手で触ることができなかったから。もちろん、魔道具などの装備をつけていれば触れるのだけど、それでも使用人からは割と怯えられていたらしい。
そこにのほほんと田舎ボケした、素手でお触りもおっけー、何をお願いしても叶えてくれる様な令嬢が現れたので、あれよあれよとクリスは私に執着して行った。
そんなわけで、クリスの婚約者は今のところ私しか務まらないのである。
一応、意図的に特定の範囲にいる人の魔力を吸うこともできる。私は魔法がそんなに上手くないから、クリスと一緒に自衛のために練習した。
おかげで任意の範囲にいる人の魔力を、魔力切れになるまで吸い取ることができる。
あの時はあの場所にいた人だけ魔力を吸って気絶させようとしたけれど、気分が悪かったからか範囲を間違えてパーティ会場にいたほとんどの人を気絶させてしまったらしい。
これに関してはお咎めはなかった。
違法薬物が会場の飲み物や食べ物に混ざっていた、と言うことにしてもみ消してくれた様だ。
そしてダフ男爵家も捕まったらしい。
以前クリスが言っていたダフ男爵家の良くない話、というのはまさに私が飲まされた違法薬物のことで、いくつかの種類の薬物の製造と流通に関わっていたらしい。
私が飲まされたものは貴族令嬢を傷物にしたり、誘拐するときに使われるらしい。
そしてそれとは別に、人の思考力を奪い、操りやすくする薬物も。
クリス曰く、メリア嬢の取り巻き達が次第に増えて、みんなが同じ顔で私を責めていたのもどうやら微量だけれどその薬物のせいだったとのことだった。
ほんとうに微量を毎日少しずつ与えることで、毒味にも引っかかりづらいらしい。まわりからも自然と心変わりしたように見えるから、薬物が原因だと悟られづらい。
それゆえに調査に随分と時間がかかっていたとか。
男爵本人も警戒心が高いタイプらしく、調査していることが悟られると証拠隠滅の可能性があるから、確実な証拠を得るのが大変だったとか。
パーティの件があったとき、男爵に事態が伝わる前にクリスは王家に連絡して男爵を一気に抑えたとか。
裏でそんなことがあったなんて知らなかった。
私の魔力容量の大きさについてはアスター家とブロワ家、それから王家とごく一部の権限を持った人しか知らない。
この間みたく大量の人を一気に魔力切れで戦闘不能にできるのは一種の兵器である。その上私は魔力量も多くないから一眼で警戒されることがない。
しれっとその場に乗り込んで、全員を一網打尽にする、みたいなことができてしまうのである。もちろんそんなことをさせるなんてクリスが許すはずないけれど、公になれば悪用したい人が出てきて私を狙うかもしれない。それは良くない、と言うことで秘密になっている。
今回は違法薬物が犯行に使われたので、もみ消すのが楽だったと言われた。
後処理させてごめんなさい、公爵家と王家の人たち。




