反逆の旗印:赫の章 12
───赫が少し、先走ったようだ
───赫が少し、本気になったようだ
───奴がここまで力を使うのは久々だ
───奴がようやく人の国を滅ぼしに行くのは久々だ
───人の身で女神の奇跡を使う者が現れたようだ
───人の身でありながら奇跡を操り、赫に傷を入れているようだ
───赫は特別だ。ここで失うのはあまりにも惜しい
───赫は特別だ。どれよりも目にかけていたから、負ける様は見たくない
───ならどうすればいいだろうか
───ならこうすればいいだろうか
………………
……………
…………
『違和感は、ないだろうか』
『ない。美しいぞ、我が妃』
『ありがとう。あなたも素敵よ、我が君よ』
『ありがとう。では行こうか』
『えぇ、行きましょう』
───愛しい我が息子の元へ
♢
『ふっははははは! 女神の奇跡とやらがここまでとはな! この世に生まれて900年ほどが経とうとしているが、こうして戦うのは初めてだ!』
「私も竜王と戦うことになるのはこれが初めてだ。どうなってやがる。神の奇跡そのものだってのに、私の魔法が優先されない」
炎と腐敗の王が笑いながら、取り囲んでいた炎の教皇たちを蹴散らして姿を見せ、それを見たグレイスが面倒くさそうに顔をしかめる。
ヨミも正直、どうして魔法が優先されていないのかが理解できない。この世界に生きているものである以上、この世界における絶対遵守されるべき法律が必ず優先されるはずなのだ。
「おい、そこの吸血鬼! 確かヨミと言ったか? 奴の逆鱗の場所は把握しているか?」
まさか、と一つの仮説が浮かんできたが直後にグレイスに声をかけられて、頭の中からすっぽ抜ける。
「い、一応。顎と喉の境目にあるって、うちのアサシンが言ってました」
「随分と曖昧だが……近接職ならその情報だけで十分か。まあいい、こっちも物量で見つけてやる」
咥えているたばこを口から離し、最初に炎を出したようにオレンジの軌跡を残しながら何かを書くように動かす。
そこにはローマ字に似ているようで違う文字が書かれており、それを起点に最初よりも膨大な量の炎が吹き荒れる。
次から次へと繰り出される魔法という、プレイヤーに許された公式より与えられた公式チート。
それで倒し切れていない竜王がただおかしすぎるだけで、プレイヤー相手であれば確実に負けなしだ。
魔法は魔術より優先されると聞いてなんとなくで想像はしていたが、こうして目の当たりにしてその規格外さが伝わった。
同時に、FDOで最初に魔法使いになったという第一魔法使いカルロス・ファーストウィザードという存在が、いかにヤバい存在なのかが分かった。
付けられている二つ名のようなものが魔弾の射手であり、そこから銃魔術から発展した魔法なのが分かる。
銃は狙った場所に弾丸を当てるというもので、以前美琴からその効果がオートエイムのようなものだと聞かされている。
絶対にそれだけじゃないのは確かなので、もし可能ならカルロスも仲間に引き入れてしまいたいが、どこにいるのか分からないそうなので期待はできない。
「ところでヨミちゃん、HPとMPが全く回復しないけどどうして?」
「あぁ、これさっき使った血壊極大魔術の反動。血濡れの殺人姫の上位版みたいなもので、ストック全部一気に消費して短時間でめちゃくちゃ強化するってやつみたい」
『殺戮の魔王』の効果はすさまじかった。上昇率そのものは血濡れの殺人姫より少し高い程度だが、その僅かな差すらも重要だ。
まだ完全に覚醒しきっていない状態でこれだ。覚醒率100%になれば、一体どれほどの強化を得ることができるのかが楽しみだ。
”さっきのヨミちゃんめっちゃかっこよくて惚れた”
”コウモリの翼生えてて可愛いって思ってたら、急にバリかっこよくなってビビったわ”
”さっきバーンロットの口の中に飛び込んでいったのびっくりしたよ!シャドウダイブで外に出てきたのもびっくりだけど!”
”ストック全消費した状態であれするの肝据わりすぎ”
”いつまでもノエルお姉ちゃんに抱きかかえられてるのてぇてぇ”
”元々立体的に動く高機動型ロリだったのに、コウモリの翼が生えてより立体的になっちまったぜ……”
”バトレイドに来る頻度が減っているけど、もしまた足を運んでくれるなら頼むからその翼は使わんでくれ。勝てる確率がもっと低くなる”
”また強くなったのかと思うと同時に、翼で自由に飛び回るから色々と期待ができる”
コメント欄で、ずっとノエルに抱えられていることを指摘されて、慌てて離れようとするが筋肉痛のような痛みがあるせいで上手く力が入らず、そのまま抱きすくめられてしまう。
とりあえず、せめて腰から生えてるコウモリの翼をしまおうと頭の中で念じると、すっと体の中に引っ込んでいった。
別にこちらの世界でのアバターと現実の肉体が結びついているわけではないのだが、感覚が色々とリアルすぎるのでログアウトした後に一応チェックしようと頭のメモに記しておく。
「最強だ最強だと聞かされていたから覚悟はしていたが、ここまでとは思わなかったな」
「アーネスト。回復は済んだんだ」
「なんとかな。だがおかげさまで神聖騎士は時間切れになってクソ長いリキャストが発生しているし、結構な数のギルメンも消し炭になった。生きてこそいるが、実質的な負けだ」
負け。
その言葉で、自ら志願してここに来て助力してくれていたとはいえ、あんな理不尽な一撃で体を焼き焦がして命を落としてしまったNPCたちを思い出し、無力感にさいなまれる。
HPを減らせている以上勝てる。そう思っていた。誰もが、そう思っていた。
油断はしていなかった。何しろ相手は竜神を除けば最強の竜。油断なんてしたら即死だ。
それでもたった一撃、ド派手な演出の大技を食らって大半がやられてしまった。その場から逃げてしまうプレイヤーも何人かいた。
圧倒的なまでな理不尽。二度もバーンロットと戦い生還していたことは、本当に運がよかったのだと身に沁みて理解できた。
「……悔しいなぁ」
ぽつりと零したその一言は、ノエルとアーネストにもしっかりと届いていたようで、静かに頷かれる。
「……どうにかして、全員をせめて埋葬してあげたいね」
「彼らは理不尽の権化に果敢に挑んだ英霊だ。埋葬してやらなければ、ばちが当たってしまいそうだ」
「そうだけど、あれが許してくれそうにないから」
グレイスの膨大な炎と戯れるように、炎と腐敗を撒き散らし続けているバーンロット。
彼女もポリゴンとならずに残り続けているNPCたちの死体を守るように戦っており、同じ気持であることは分かる。
だがバーンロットはそんなことお構いなしにバンバン攻撃を仕掛けているし、赫き腐敗がじわじわ広がりつつあるため、いくら魔法使いとはいえど苦しい様子だ。
HPが目に見えて減っていっているとはいえ、それでも魔法がまともに通じない竜王相手に一人であそこまで耐えているのも相当だが、最強のレイドボスの一角を一人で相手するのは無理がある。
「もうめんどくさい! お前これで一旦吹っ飛んでみろ!」
イラついた声でグレイスがバレーボールほどの大きさの火球を数十個作り出し、それを機関銃のように次々と発射。
それは着弾すると大爆発を起こし、バーンロットを僅かに後ろに後退させる。
火球は次々と着弾して爆発が連鎖しまくり、あの巨体をどんどん後ろに下がらせていく。
王を後ろに引かせている。その光景はあまりにも異常だが、同時に魔法使いさえいればこの場はどうにかできるのではないか、という期待にもなる。
生き残っているプレイヤーとNPCたちが希望を持ち始め、ぼろぼろの体に鞭を打って立ち上がる。
魔法使いに続いて行けば、最強の王を退けることができる。
そう思った瞬間、突然グレイスの魔法がバーンロットと彼女の間辺りで炸裂し、その爆風がそのまま自分の方へ返って来た。
一体何が、と思うよりも先に、何かがそこに現れていたのが分かった。
一人は、悍ましい程無表情で精緻な顔立ちの黒い青年。
一人は、悍ましい程美しく微笑みを浮かべる白の少女。
一体誰だ、と思うよりも先にバーンロットが目に見えてうろたえた。
そして、まるで王に対して傅くかのように頭を下げた。
『なぜ、このような場所にあなた様方がおられるのですか』
『我らが創造主、黒と白の竜神様』




