反逆の旗印:赫の章 11
グレイスは周りを見回す。
溺愛してやまない可愛い可愛い妹の声がしたので彼女もここにいるのは確定だが、まずは状況の把握だ。
NPCもこの戦いに参加しており、それなりの数がやられてしまっている。
自らこの戦いに参加したのは間違いなさそうだし、覚悟を決めての戦いだったのも分かるが、あまりいい気分ではない。
プレイヤーはどうだろうかと見る。
装備の質や性能に差がついており、見るからに烏合の衆だ。突発的にバーンロットが攻めて来たと聞いたし、これは仕方がないだろう。
その中でもかなりの実力のプレイヤーが数名いる。見知った顔の女の子もいる。
知らないプレイヤーは、メイスを持った女騎士風の女の子とこんな状況でも抱き合っている、銀髪のプレイヤーだ。
一応名前だけなら知っているし、妹からも聞かされているがそれだけだ。配信活動をしているそうだが、観に行ったことはない。
『貴様、よもや奇跡の担い手か』
「グランドはしゃべると聞いていたがマジなのか。直接聞くと驚くな」
『どうやって我の攻撃を防ぎきったのかは知らんが、所詮は人間。矮小な人間如きが、全ての竜王の頂点に立つ赫き王である我に敵うはずなし!』
「傲慢だな。まさに傲慢の王だ」
ジャケットのポケットの中に突っ込んであるたばこを取り出して咥え、左の指先から小さな炎を出して火をつける。
現実でも吸っている銘柄、現実と変わらない味。
「相変わらずまずいな、このたばこ」
ふー、と煙を吐き出す。
もくもくと静かに煙が上がっていく。
「……なんもしてこないのか?」
『不滅の存在とはいえど、死ぬことに変わりはない。なら、その嗜好品を味わう程度の猶予はくれてやる』
「あっそ。それなら、こっちから早速仕掛けさせてもらう」
左手に持つたばこですっと横に一文字を描くようにゆっくりと振るうと、その場にオレンジ色の軌跡が残る。
「灰は灰に、塵は塵に」
使い慣れている呪文を唱え、この世界に定められている法律を起動させる。
オレンジの軌跡から膨大な量の炎が一気に吹き荒れ、グレイスの周りを激しく踊り狂う。
「それじゃあまずは手始めに、簡単な挨拶と行こうか」
すっと左腕を軽く掲げると、炎が一気に分散してそれぞれが槍の形をとる。
周りにいるプレイヤーが騒然とするが仕方がないだろう。
魔術は基本呪文詠唱が必須だ。それを破棄できるのは、略式展開だったりものに付与して使う簡易展開、あとはあらかじめ呪文を唱えてそれをストックしておくことで即座に発動できる遅延展開のみ。
しかしグレイスはそれらを一切なしで現象を発動させる。ゆえに全員驚いているわけだが、ゆえにそれが魔法使いの証明となる。
掲げた左腕を下ろして合図をすると、一斉に射出されて行く。
しかも射出されたところから即座に新しい炎の槍が生成され、すさまじい速度ですさまじい量の攻撃が放たれる。
魔法はこの世界において、神が定めた法律を無理やり相手に押し付ける能力であるため、なににおいても優先される。
水は大地を潤し命を育み炎を鎮める。土は水を吸って同じく命を育み、風は強く吹いて飛ばし、命を遠くに広げ時には牙を剥き、炎は人に灯りとぬくもりを与え、時には全てを燃やして灰燼に帰す。
グレイスは炎の魔法使い。適応される世界の法律は「この世に存在するあらゆるものを焼却する」こと。
どんなに強い相手であっても、炎に体を丸ごと包まれてしまえば逃れることはできない。エネミーであっても、プレイヤーであっても同じ。
そのため魔法使いは公式チートと明言されており、様々な制限等が課せられている。PvPが、PKなどのレッドネーム以外であったり、自分以外のプレイヤーから申請をされない限りできないことが有名だ。
『ぬぅ……!?』
魔法を食らうバーンロットは、己の鱗の防御を突き抜けてくる炎の軌跡に苦悶の声を上げた。
♢
グレイスの炎の槍の連射を食らい続けるバーンロットは、そのHPをじわじわと減らしていく。
何においても優先される魔法を食らっておいてその程度で済んでいるのがおかしな話だが、前々から魔法とまではいかずともそれに匹敵する何かがあるのではないか、と推測している。
”ふぁーーーーーーーーー!?”
”な に こ れ”
”魔法使いヤバすぎる……”
”いくつかのコンテンツをろくに遊べなくなるっていうクソ重すぎる制約がある代償として、FDOトップの火力があるからなあ”
”噂によれば、基本的に使う魔力は大気中に溢れている魔力で、魔法使い自身の魔力は大気中の魔力を使う際に本人から出す命令式だけだとか”
”これは確かにFDO最強の魔法使いですわ”
”トーチちゃんが魔法使いの妹だってだけで変な期待されてたのがよく分かる。頭おかしいレベルで強いもん”
”ヨミちゃんたちでめちゃくちゃ苦労して削ったバーンロットのHPが、目に見えて削れて行ってるぅ……”
”やばすんぎ”
”マジで魔法使いに自分で挑まない限りPvPできない仕様にしてくれてありがとう。PKはご愁傷様”
コメント欄も始めて見る魔法に大盛り上がりを見せており、この尋常ではない性能に驚いている様子だ。
『舐めるなよ、人間如きが!』
バーンロットが口から赤い炎と腐敗の霧を同時に漏らす。
特大のブレスを撃ってくるつもりだと分かり、ヨミは急いで指示を出して射線上から退避する。
「おら、出番だぞイノケンティウス」
少し気だるげにたばこの煙を吐き、指でトントンと灰になったところを落とすと、その僅かな灰が一気に燃えてすさまじい炎となり、どんどん増幅していきながら巨大な人の形となる。
巨大な炎の巨人。右手に炎の十字架を持ち、冠と思しきものがある炎の巨人。
トーチがグレイスから直接教わったという魔術。その完全な上位互換である、魔法の炎の教皇が玉座より現れた。
ボォオオオオオオオオオオオ! という激しく燃える音が雄叫びのように響き、右手の炎の十字架を大きく振りかぶってそれをバーンロットの頭に叩きつける。
炎の十字架の癖に物理的な質量と破壊力を持っているようで、衝突音と衝撃が発生してびりびりとお腹に響く。
このゲームの世界観でも魔法使いは非常に希少で、単体で国家の軍隊とほぼ同じような扱いを受けるらしい。
最初はそんなわけないだろと思ったが、その片鱗を見せつけられてもしかしたらマジなのかもと思い始めている。
流石に一プレイヤーがそこまで力を持つのはバランスブレイカーにもほどがあるので、希少さゆえの誤解と言うものなのかもしれないが。
「すごい……」
「あれが魔法使いってやつなんだね。魔術を極めた人の戦い、迫力あるなぁ」
ヨミもノエルもグレイスの派手な戦いに目を奪われているが、ヨミは少し違和感ではないか何か不思議な感じがある。
魔法使いになっている時点で相当魔術を使い込んでいるのは当たり前のことなのだが、なんだかそれだけじゃないような気がする。
使い込んでいるし慣れているのは当然。なのだが、なんというか、使い慣れすぎているように見える。
トーチは姉が仕事で忙しくしていてそれでログインできなくなっていると言っていた。フルダイブゲームであるため体が覚えていたりするものだが、それにしたってそういうブランクを感じさせない。
リアルもファンタジーだからもしやと思うが、流石にそれはないかと頭を振る。
「へぇ、こんだけ魔法をぶち込んでもこの程度しかHPを減らせないのか。なるほど、だからカルロスの奴は竜王には挑みたくないと言っていたのか」
『我が体は神によって創造されたもの。例え人の範疇の軌跡であっても、やすやすと滅ぼすことなのできぬ』
「めんどくさいな。しかも神……竜神となると関わってくるのは権能か? いや、トーチから権能と言うものはプレイヤーの選べる魔神側にあると聞いていたな。むー? かといって魔法で作られたわけじゃないし、神の系列はどれも権能だと聞くが……」
『我を前に考えこととはな』
「お前少しうるさいから黙っててくれ」
ぱちんと左手で指を鳴らすと、イノケンティウスが数十体一気に出現。
そのまま炎の教皇の軍勢がバーンロットに向かって走っていき、ボッコボコに殴り始めた。
「……少なくともボクたちの味方みたいだから、安心できるね」
「ね。あんなのを簡単に作れちゃう人が敵だったらって思うとぞっとするよ」
「特にヨミちゃん炎弱点だしね」
「よかったなヨミ。強力な仲間ができて」
「わ、私もあの人が仲間でよかったです……」
「ヘカテーちゃんも炎ダメだからね。オレのタンク系のスキル……じゃ無理か。魔法はPK以外のプレイヤーとはPvPできないっていうし、そもそも同じ魔法じゃない限り防ぐ方法ないっていうし」
聞けば聞くだけ反則だ。
本当にグレイスが味方でいてくれるようで安心できると、ゆっくりと息を吐いた。




