反逆の旗印:赫の章 10
瞬く間に赫の王との間合いを食い潰す。
自分でも制御しきれないほどの速度での踏み込みに自分で驚き、バーンロットもヨミの予想外の加速に驚いたように目を見開く。
叩き潰そうと前脚が振り上げられるが、前脚が振り上げられるのと同時に攻撃範囲になりそうな場所を予測してその場から離れることで、直後に叩きつけられる攻撃を回避。
変な方向にカッ飛んで行ってしまったがバーンロットの首に影の鎖を伸ばして巻きつけることで停止し、巻き取りながらそのまま高速機動する。
すぐにその鎖を破壊されてしまい、食らってやろうと顎を大きく開けて接近してきたが、口の中にある影の中に落ちることで攻撃を回避。
食われたはずのヨミがバーンロットの体表の影から出てくることで、周りのプレイヤーが騒然とするのが分かる。
『殺戮の魔王』の持続時間は30秒。あまり長くは持たないのでとにかく攻撃を叩き込まなければいけない。
体表に着地したヨミは、全身を使って大鎌を鋭く振るいながら体の上を走り回る。
硬すぎる鱗を斬り付けるその感覚に手を若干痺れさせながらも、鱗に傷を入れHPも数ドットずつだが確実に減らしていく。
どんなに微々たるダメージであったとしても、HPが減るのなら必ず倒せる。
そんな某毒沼大好きな死にゲープレイヤーみたいな考え方でひたすら大鎌で鱗を撫でつけるように斬り、振り落とそうとするのを影に潜ることで回避する。
残りの時間は20秒も残されていない。
まだ大したダメージを入れることはできていない。逆鱗の場所は、ゼーレから通話で教えてもらったため把握しているが、少しでも逆鱗を狙うような行動を取るだけですぐに勘付かれ警戒される。
ならどうすればいいのか。気付かれないほどの速度で接近してぶん殴る。
「お……らああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
とにかくがむしゃらに体中を斬り付ける。これでバーンロットに、ヨミは逆鱗を狙うつもりはない、あるいはヨミはその場所を知らないという風に思い込ませる。
たったの30秒程度でそんなことができるのかと思われるだろうが、その前の数十分の戦いの中でヨミは逆鱗を狙わずにいた。
そもそもゼーレや一部のガンナー以外はその場所が分からずじまいのままなのだ。連携こそ取れているが情報の伝達はやや甘いということはバーンロットに知られているし、どうにか勘違いさせたままでいられる。
『ハッハハハハ! 良い、良いぞ真祖吸血鬼! やはり貴様との戦いでなければ心が躍らぬなぁ!』
「お前みたいなトカゲにも心なんてものがあるんだなぁ!?」
バーンロットもヨミも牙を、歯を、剥き出しにしながら暴れ回る。
短すぎる制限時間内に少しでもダメージを入れたいヨミと、ヨミという強者を認めてそれと戦いたい赫の王。
血と殺戮の魔王と化しているヨミ、炎と腐敗の赫の王。
二つの赤が戦場を激しく暴れ回り、それを見たプレイヤーたちが士気を上げる。
「ヨミちゃんがあんなに頑張ってんだ! 俺たちもやるぞ!」
「負けてらんねぇ!」
「おれらだって最強ギルドの一角なんだ! やってやるよぉ!」
ヨミが全力で暴れている間に、他プレイヤーがバーンロットに向かって攻撃を仕掛ける。
一人一人は微々たるものでも、数が揃えば無視はできない。
すぐにバーンロットは不機嫌そうな目付きをして、じろりと一瞥してからヨミの方に視線を戻す。
残りの時間は10秒程度。未だに有効打を一本も入れていない。
「ヨミさん避けてください!」
後ろからフレイヤの声が聞こえた。
ヨミはその言葉に従って真下に落下するように回避。直後に、金色の奔流がバーンロットの顔面に炸裂する。
使われたのは、ゴルドフレイの心核を利用し制作されたフレイヤのオリジナル魔導兵装『ゴルドブラスター』。
FDO初のプレイヤーメイドのグランドウェポンであり、ゲージの蓄積をプレイヤーではなく武器の方に肩代わりさせた優れモノだ。
バーンロットが金色の奔流を顔面に食らい、視界を塞がれる。
そんな隙を見逃すはずもなく、速攻で真下から真っすぐ逆鱗に向かって突っ込んでいく。
『小癪なぁ!!』
バーンロットがブレスを放ってフレイヤの攻撃ごと押し切り、回避できなかったフレイヤは炎と腐敗のブレスに飲まれて即死。
そのままヨミの方に向かって薙ぎ払ってくるが、ヘカテーが血の特大剣を飛ばしてそれをヨミの前に設置。
それにできた影の中に落ちることでブレスを回避し、顎の下の影から飛び出ながら体をぐっと捻る。
「『ウェポンアウェイク・全放出』───『雷禍・大鎌撃』!!!」
雷の特大の大鎌となり、それを全力で振るう。
回避しようと頭を動かされるが、それよりも先に鋭い攻撃を仕掛けたため回避など間に合わせず、強烈な一撃がバーンロットの逆鱗に衝突する。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
最大の弱点を攻撃され、バーンロットが悲鳴を上げる。
大量にあったHPがごっそりと減り、三本目が消し飛んで四本目を七割も削り取った。
防御が固くHPも化け物みたいに多く、現状竜神を除いた最強のエネミーであるため、強力な竜特効があるとはいえ弱点への攻撃は大きな恩恵があるようだ。
このままラッシュをぶち込んでいってしまいたいが、ここで『殺戮の魔王』の時間が切れた。
軒並み全てのステータスが1まで低下し、HPもMPも1、血液残量も1まで下がる。
『血濡れの殺人姫』であれば減ったHPとMPはすぐに自己回復で戻っていくが、『殺戮の魔王』は完全に一定時間が経過しないと回復すらしない。
今は本来の性能を出し切れないが、本来であれば短い効果時間に今までの奥の手以上の大火力を叩き出せる極大魔術だ。このリスクも受け入れられるが、それでも今この状況だとまともに体を動かせないのは厳しすぎる。
「ヨミちゃん!」
ノエルが空中キャッチをしてくれて、ラスト1のHPを失わずに済む。
体に力が入らず、起き上がることはできるが上手く動かせない。全身に筋肉痛のような鈍い痛みがあり、それもあってなおさら動かせない。
『よもや、逆鱗に刃を届かせるとはな。烏合の衆だとばかり思っていたが、なるほど数の暴力という奴か』
「戦いなんて所詮は数の暴力なんだよ、クソトカゲ」
『ふむ、そうか。なるほど。今までの国も群を成して我を滅ぼさんと挑んできたが、どれも烏合だったからな。その先入観があったこともあり、油断をしてしまった。ではこれからは、数を揃えて挑んでくる連中には本気で応戦しよう』
「……ヨミちゃん」
「いや、これはボクだけのせいじゃないから」
ノエルから若干非難めいた視線を向けられるが、ヨミだけじゃないと言って視線から逃れようとする。
『ここまで我を愉しませてくれた礼だ。皆、一息に焼き払ってやろうぞ』
バーンロットの口から炎と腐敗の霧が溢れ出てくるのがよく分かる。
あれはもう喰らったら誰も生存することはないだろう。
「ま、グランド相手なんだ。普通は一回でクリアできるような相手じゃないよね」
「今までが順調すぎたんだよ。まだ機会はあるし、しっかりと対策してまた挑もう」
「だね」
少しだけ不安なのか、ノエルがヨミに少し強く抱き着く。
そんな彼女を落ち着かせるように頭を撫でると、真っ赤な炎が降ってくる。
あぁ、まずは体を焼かれるのかと目を閉じるが、すぐに違和感を感じる。
炎と腐敗を同時に口から漏らしていたはずなのに、どうして炎だけが先に来ているのだろうか。
パッと目を開くと、琥珀の髪をなびかせているロングコートを上に来ているプレイヤーが正面にいつの間にか立っていた。
そのプレイヤーは左手を前に伸ばしておおよそプレイヤーが使っていい量じゃない炎を操り、バーンロットのブレスを相殺していた。
精密なんてものじゃない、怖気すらするほど炎を緻密な操作しており、どういうことなんだと目をぱちくりと瞬かせる。
「お、お姉ちゃん!?」
するとトーチが声を上げる。そして固まる。
トーチには姉がおり、しばらく仕事で忙しくするからとログインできていなかった。
その姉はトーチに魔術を教えており、トップクラスの炎使いだ。
トーチは以前、その姉の身内だからと変なギルドに狙われており、そこを美琴に助けられたという経緯がある。
トーチの姉は、FDOに数名しか存在しない希少な存在。
その名は、グレイス・セブンスウィザード。
FDO最強の、炎魔法の使い手である。




