反逆の旗印:赫の章 9
ヨミたちがバーンロットと本気で戦って、ノエルたちがガウェインたちと急いで戦場に向かっている時、FDOに一人のプレイヤーがログインする。
琥珀の髪に茜色の瞳をした、妙齢の女性だ。
口にはたばこを咥えており、目付きは少しだけ鋭い。
背は160と少しとやや高く、白いシャツに黒のスリムパンツ、上にロングコートを羽織り左手にはボストンバッグを携えている。
「ひっさびさにログインできたな。随分感覚忘れたし、ちょいとこの辺りのフィールドで狩りでもして感覚取り戻すか」
女性はそう言ってこの辺りで一番エネミーのレベルの高いフィールドに行こうとするが、その時やけに周りがあわただしいことに気付く。
「なんだ、随分騒がしいというかなんというか。何かイベントでもやってるのか?」
プレイヤーが大急ぎで回復アイテムなどを補充し、大急ぎでみんな同じ方向に向かって走っている。
NPCも同じで、このアンブロジアズ魔導王国の王都を守護している魔導王国軍も、かなり慌てながらあちこちから集まってきて王城に向かって走っている。
「おい、そこの君。一体何があったんだ? 数か月ぶりにログインしたから何が何だか分からなくてな」
丁度近くをプレイヤーが通りかかったので声をかけると、若干苛立たし気な顔をして振り向く。
「何って、ここに竜王が来たんだよ! 赫竜王バーンロット! アーネストとヨミちゃんが今古き誓いの古戦場でそいつと戦ってて、急いで参加しないと色々逃しちまうんだよ!」
それだけ言って男性プレイヤーはそのまま走り去っていった。
「ふむ、竜王……赫竜王か。まだ戦った経験がないな。リハビリ相手にするにはあまりにも格上すぎるが……ん?」
ひとまず軽く準備を済ませてから古き誓いの古戦場に行こうと、マップを開いてどこにアイテムショップがあったのか探そうとすると、ほぼ唯一と言っていいフレンドで大好きでたまらない妹がログインしており、その妹も古戦場に向かっている。
妹は優秀な魔術師だ。自分が色々と戦い方などを手ほどきしたこともあり、特に炎系統の魔術が飛びぬけて得意で、行けるだろうかと自分で編み出した魔術を習得までした。
少し前に厄介なギルドに目を付けられていたそうだが、今は信用も信頼も尊敬もできる人のギルドに所属している。
優秀な妹だが、いかんせんまだ中学生なので戦闘経験は浅い。
急に心配になってきたので、思い出しながらインベントリを開いてその中にたくさんの回復アイテムが詰め込まれているのを確認し、急ぎ古戦場に向かって走り出す。
♢
バーンロットとの戦いが始まって四十分。
鱗が硬すぎて攻撃が非常に通りにくかったが、それでもどんどん集まるプレイヤーの攻撃によってじわじわ削っていくことができた。
そこにノエルたち銀月の王座メンバーに、フレイヤの剣の乙女メンバー、美琴たち夢想の雷霆メンバーに、亡霊の弾丸などのトップ層も集まり、準備を終えて逐次出発してきた第十五魔導騎士大隊も揃い始めて来た。
ヨミの配信を普段から見てくれているリスナーも数多くおり、ガウェインの指揮能力を知ってくれているため、プレイヤーじゃないと分かっていながらもガウェインの指示に従ってくれていた。
ガウェインは数多のNPCの中に存在する、数少ないプレイヤーを上回る実力を持つNPC。
優れた剣術に覚えている魔術。そして彼の持つ固有戦技付きの武器の防御性能。
相手が相手なので楽になるわけではないが、いるといないとで随分と気持ちが楽になるのは確かだった。
トップ層ギルドの揃って行き、ギルドではなくトッププレイヤーもどんどん集まって来た。
これなら撃退は容易だ。そう思っていた矢先に、HPを二本目を削り切ったところでその希望はいとも容易く打ち砕かれてしまった。
前もってエマからバーンロットの大技の名前を教えてもらい、伝え聞いたものとはいえどどんな攻撃なのかも聞いている。
準備をすれば対処はできる。今までの竜王はどれもそうだったから、防御をガッチガチに固めれば防げる。そう思っていた。
だが現実は違った。
バーンロットが全身を激しく燃え上がらせて太陽のような輝きを発したかと思うと、全身の炎を口の方に収束させていき巨大な炎の塊を生成。
それをぶつけてくるのかと思いきやそれを圧縮し始めるのを見て、某モンスター狩猟ゲームの超大型の赤い龍の大技をが脳裏をよぎった。
あれは硬い材質の柱か何かに身を潜めることで生存できたが、今ここにはそんなものはない。
ほぼ確定の死亡演出のようなものだ。
もちろんただでやられるわけにはいかないので、大声で全体に指示を出して前方にガッチガチに防御を固めて、ガウェインの固有戦技『聖剣浄域』も重ねることでどうにかできると思った。
しかし結果は、視界が潰れるほどの発光と聴覚が機能しなくレベルの大爆音。お腹に強く響く衝撃音と共に、前方に張られた防御の数々は瞬く間に破壊されて行き、たったの一撃でレイドが半壊した。
プレイヤーも半分近くが今ので戦闘不能か即死によるリスポーンを食らい、NPC部隊の第十五魔導騎士大隊も四分の一ほどがHPを消滅させてしまった。
「う、そ……でしょ……?」
「あ、あれだけの防御を、一撃、で……」
時間はめちゃくちゃかかるがHPが削れている以上勝てる。
そう思っていたところに、バーンロットの、最強の竜王の本気の一撃を見せつけられて、分からされた。
これが最強。
これが頂点。
これが災害。
たった一回の大技で多くの生き残りが戦意を失い、あるプレイヤーは背を向けて王都に向かって走り出してしまう。
「でもこれだけの威力……絶対に何か裏がある……。これは、単純な超火力じゃなくって、ギミック系。そのギミックを探し当てない限り、ボクたちはあの大技を生き残れない」
アンボルトの時も、ゴルドフレイの時も、ギミックがあった。
そのどれもがHPと直結しており、いわゆるDPSチェックという鬼畜仕様だった。
バーンロットのあれはDPSチェックなのかどうかは分からない。だが、即死級の攻撃を使ってくるということは、それを防ぐギミックも必ずあるということだ。
思いつくとしたら、弱点属性による抑制だろう。
バーンロットは炎と腐敗。それぞれの弱点を上げるとしたら、水・氷と浄化等の聖属性。
それらで殴ることでバーンロットの力を中和し、あの攻撃の威力を弱めることができるかもしれない。
しかしバーンロットの素の防御力が高すぎるため、やるとしたら参加するプレイヤー全員にその属性を持ってきてもらう必要がある。
あとあるとしたら、HPを時間内に一定以下まで減らすDPSチェックだ。
ゴルドフレイと同じように、HPを一定まで減らしてかつ弱点部位である逆鱗に攻撃を当てることで、何かしらやり過ごすギミックが発生する、あるいは攻撃の威力が落ちるかそもそもキャンセルされるかもしれない。
しかもこれはあくまでヨミの推測でしかない。
とにかくあの大技をどうにかしなければならないと、高めまくった自己回復能力でHPとMPを満タンに回復させてから、ゆっくりと立ち上がる。
ガウェインは幸い、HPをミリ残しで辛うじて生きている。彼の聖剣浄域の防御性能は、やはりかなり頭抜けている。
リストを開いて知り合いが全員生きていることを確認。
すぐにトーチやルナ、フレイヤなど強力な回復手段を持っているメンバーに生きているNPCとプレイヤーの回復を優先してほしいというメッセージを送り、ウィンドウを閉じる。
この戦いはあくまでバーンロットを撤退させること。討伐ではない。
様子見しながらいろいろやるつもりでいたが、ここまで強さがかけ離れているとなるとそんなことを言っていられない。
「本当は検証とかしたかったんだけど……仕方がないよね! ───血潮と絶望、零れる臓腑と命の雫。劈く悲鳴で奏でる調べと共に、啜り喰らいて力となせ───『殺戮の魔王』!」
きちんとした効果も何も知らない。少し前に覚えたばかりで使ってすらいない新しい魔術、血壊魔術の極大魔術『殺戮の魔王』。
ストックしてある命が全てヨミの中から零れ落ち、地面に巨大な血だまりと人の形をしている歪な人形が現れる。
ホラーが苦手なヨミからすれば、何で自分の魔術にそんなホラー演出があるんだと叫びたくなるが、すぐにそれはヨミに向かって流れ始める。
まとわりつき、体に沁み込み、力が与えられる。
頭から角が生え、背中から真っ赤なコウモリの翼が生える。
ふつふつと体の奥が煮えているかのように熱い。同時に、力が湧き上がってくる。
これが『殺戮の魔王』か、と感心している場合じゃない。完全に条件を達成していないため、効果時間は30秒しかないし何なら能力上昇幅も『血濡れの殺人姫』より少し高い程度だ。
「ここまでやってんだ、全力でお前のことをぶちのめしてやるから覚悟しろや!」
くしくも、プレイヤーから呼ばれている『血の魔王』ヨミは、今度は遂に本当の意味で魔王の力を獲得し、斬赫爪を取り出してそれに相棒のブリッツグライフェンを接続して拡大。
巨大な大鎌を持ち、地面を踏み砕きながら自分での制御しきれないほどの速度で踏み込んでいった。




