反逆の旗印:赫の章 6
ヴァイオドラを討伐したところでアーネストから送られてきたメッセージ。
それを見てヨミは思考が停止してしまう。
ノエルにこのことを相談しようと目を向けると、彼女もまた困惑した顔をしていたので、彼女にも送られてきたようだ。
他メンバーにも送ると同じように困惑しているので、恐らくだがアーネストは思いつく中で火力の高い面々にメッセージを送っているのかもしれない。
「ヨミちゃん、これ」
「うん、分かってる。あいつがしょうもない嘘を吐くなんて思わないから、多分本当のことなんだろうね」
「い、急いで戻らないと!」
「だね。……銀月の王座、全員で王都に飛ぶよ!」
パーティーチャットに切り替えて王都マギアに帰るぞという。
その前に恐らくまだマーリンがロードポリスにいると思うので、ヨミは先にマーリンを迎えに行くことにする。
「ぼ、僕もヨミさんと一緒に行きます!」
アニマも一緒に来てくれると言ってくれたが、彼女の能力は戦いに必要すぎるレベルで強力なので、自分ではなくノエルたちについて行ってほしいとお願いする。
ちょっとしゅんとしてしまいそれに罪悪感と強烈な母性を刺激され、それを全力で抑え込みながら優しく頭を撫でてあげると、ちょっとだけ機嫌を直してくれたようであノエルたちの方に行った。
「ヨミちゃん、私もよしよししてほしい」
「ノエルは後で」
「酷い!」
「いつも撫でてやってるだろ!」
ノエルに関しては、絶対に途中で向こうから抱き着いてくることが分かっているので、大勢の目がある中でそんなことをされたくない。今更なことではあるが。
ひとまずヨミはもしまだロードポリスにいるのならマーリンを迎えに行ってともにマギアに戻ることにして、他の面々は一足先に戻ってもらった。
ロードポリスの入り口にあるワープポイントで別れた後、ヨミは全速力最高速度で町を駆けていく。
つい先ほどの戦いの中で、魔王種とかいうものが発芽した影響なのか。把握していた自分の速度よりも速くなっている。
ものの数分で城までたどり着き、一々門兵の許可を取ってはいるのも面倒だったので影に潜って通り抜け、そのまま城の中に入る。
城の中はまだばたばたしており、メイドや執事にマーリンはどこにいるのか聞こうにも聞けないような状況だ。
こうなったら自力で探し出すしかないかと走る速度を一気に落とし、駆け足で移動する。
「むぎゅっ」
「わっ」
まずはフローラの部屋からだと走っていき角を曲がったところで、いきなり目の前に大きな膨らみが現れ、反応しきれずにそれにぶつかる。
特上の柔らかさといい匂いを感じ、すぐにそれが何なのかを理解して顔を赤くしながら後ろに下がる。
「み、美琴さん! すみません!」
「ヨミちゃん、気にしなくていいわよ。それで、どうしたの? ヴァイオドラと戦ってるって聞いて来たんだけど」
「私もです。ヨミさんがここにいるということは、既に戦闘は終了したということでしょうか?」
フレイヤも城の中におり、これは好都合だとぱっと笑みを浮かべる。
「アーネストからメッセージが来たんです! 多分美琴さんたちにも来ているんじゃないですか?」
「えぇ、来てるわね。あっちもかなり危ないことになってるけど、イリヤちゃんからマギアからは引き離して広い草原に移動したって来たから、こっちを優先しようってなったの」
「私も同じです。まあ、ヨミさんの方はもう終わったようですけどね。それで、誰かを探しているようですが」
「マーリンを探しているんです。見ませんでしたか?」
「マーリンさんなら、後ろにいるよ? フローラ殿下の体調もよくなってきたから、部屋を出て国に戻ろうとしたところで鉢合わせて」
「や、ヨミ。一刻も早く戻らないとヤバい状況みたいだから、丁度良かったね」
一応はロードポリスの危機は去ったので、確かに丁度いいタイミングだったかもしれない。
マーリンにその場で転移魔術を使ってもらって四人で王都マギアに戻り、思っていたよりも破壊などがされていなかったことにほっと安堵する。
赫き腐敗の森からここまではそこそこ距離はあるはずだが、そこはドラゴン。最短距離を飛んでこれるので距離なんて関係ないのだろう。
「僕はまずは軍の編成をしてくるよ。あと以前君と共に戦った第十五魔導騎士大隊に先に指示を出して、先に向かわせるよ」
「ありがとう、マーリン。ガウェインさんも来る?」
「君が戦ってるって言えば、確実に行くと思うよ。彼は君に大恩があるって常に言ってるからね」
気にかけてくれることはありがたいが、ヨミに恩を返すことにやや固執しているようにも感じる。
そういうところで未だに根付く反魔族意識の連中から、ガウェインは小柄な女の子が好きなロリコンなのではないかと言われるのかもしれない。
王城前に飛んでくれたおかげでそこからすぐに、美琴に送られてきたイリヤからのメッセージを基に、古き誓いの古戦場という平原フィールドに向かって走り出す。
あとついでに、多くのプレイヤーが集まるように配信を開始することにした。
♢
美琴はスキルを、フレイヤは機械の純白の翼『イカロスの翼』を使って高速飛行し、ヨミは何故かフレイヤに抱きかかえられて移動していた。
どうして自分はこんなにも、お姉さん組に捕まりやすいのだろうかと首をひねる。
しかし正直なところ、フレイヤに抱えられた方が速い。なので、これは時間の短縮につながると自分に言い聞かせて、落ちてしまわないようにしっかりとフレイヤにしがみつく。
そんなフレイヤはどこかご満悦な様子だ。
「……見えて来た!」
「随分派手にやり合ってますね」
「ちゃんと魔術でゴリゴリに攻めてるんだね」
古き誓いの古戦場が見えてくると、まず真っ先に目に付いたのは異常なまでな巨体に異常なまでに大きな翼をもつ、一体のドラゴンだ。
どことなく、据え置き型の家庭用ゲーム機で遊べるモンスターを狩猟するゲームに出てくる、禁忌級と呼ばれる赤い竜っぽさを感じる。
あれは超大型に分類されるほどの巨体で、ソロで狩ることはほぼ想定されておらずマルチで行くことが推奨されていた。
FDOでもグランド系はソロで行く子とは全く想定されておらず、マルチ完全推奨なところは似ているかもしれない。
問題はマルチで行っても全く勝てないレベルの化け物というところだろうか。
「フレイヤさん、ボクをここで放してください」
「え? この高さからですと、落下ダメージで、」
「大丈夫です」
ヴァイオドラが襲撃してきた際に、よく分からないパーセンテージが50%に達し、それによって二つの魔術が解放された。
それ以外にも一つ、一部使用不可だった種族能力の行使が可能とあった。
一瞬何のことなのか分からなかったが、解放された種族能力を見てすぐに理解した。
「……分かりました。落下死しても文句は言わないでくださいよ!」
そう言ってフレイヤはヨミを放し、ヨミは慣性で前に進みつつ落下していく。
ジェットコースターに乗っているみたいに、内臓がぐっと押し上げられるような感覚に少し楽しいかもと思いつつ、頭の中で軽く念じる。
それがトリガーとなって腰から何から飛び出てくるような感覚があった。それが何なのかを確認するよりも早く、それによって解放される能力をすぐに行使する。
すると落下がそのまま停止して、ヨミは真っすぐ飛び始める。
解放された能力は、言うまでもなく吸血鬼としての能力。
それは以前、エマからもそのうちできるようになると言われていたもの。
そう、ヨミは遂にコウモリの翼を手に入れて自由に飛べるようになったのだ。
「とはいえど結構遅いな」
解放された『飛翔』というスキル。この熟練度が解放されたばかりということもありスキルレベルはものすごく低く、飛行速度は遅い。
美琴とフレイヤの方が断然移動速度が速いが、美琴はずっとそういうスキルを使っているし、フレイヤはそもそも高速飛行特化の魔導兵装を使っているから仕方がない。
ひたすらこのスキルを使い続ければ高速飛行もできるようになるだろうかと期待を胸に抱きつつ、血武器をいくつか作って先に飛ばし、それに影の鎖を撒きつけ素早く巻き取ることで遅い飛行速度を補って高速機動する。
ぐんぐんとバーンロットに接近していき、あと百メートルもないと言ったところで急にバーンロットがこちらを向いた。
ヨミと目が合い、待ちわびていたぞと言わんばかりに嬉しそうに目を細める。
悪寒がした。
「美琴さんフレイヤさん! 上に回避するか正面に強力な防御を貼って!」
もはや怒鳴り付けるように大きな声で警告を出す。
美琴はすぐに上に向かって大きく跳躍し、フレイヤは前方に多数のエネルギーシールドを展開して自分自身も分厚いエネルギーシールドで包み込む。
ヨミは鎖を巻き付けた血の武器を操作して、一気に地上まで落下していき、タイミングを合わせて影の中に落ちる。
そのすぐ後に、大爆発のような轟音と共にバーンロットから超超特大のブレスが放たれた。
影の中から、ヨミたちに向かって放たれたブレスの射線上にいたフレイヤが、体を丸ごと焼かれてどうしようもなくクリティカルで即死していくのが見えた。
もとよりこのゲームはフ〇ムゲーのような死にゲーで、初心者に優しい設定もある一方で中々な鬼畜ゲーでもある。
クリティカルを食らえばそのまま即死。現実と同じような死亡判定がある。
それによって高レベルのプレイヤーであろうと、初心者プレイヤーがまぐれでも首や心臓にナイフを突き立てることができれば倒すことができる。
もちろん、超格上のモンスターの一撃を全身に食らっても、即死してしまう。
「にしたって……おかしいだろ……!?」
ヨミは二度、バーンロットと戦っている。その二回とも本気どころか、普段の実力を全く出せていないほどに弱体化していた。
それでもなおあの強さ。それでもなお、あのレベルのブレスを撃ってきた。
なら、本来の姿による本気のブレスは一体どうなるのか。想像できないレベルの強さだとは想像していたが、その想像以上の破壊力を有していた。
これが竜王最強。
これが赫き炎と腐敗の王。
少しでもわかったつもりでいたが、少しも分かっていなかった。
こいつは、化け物という言葉すら生ぬるい程の化け物だった。




