反逆の旗印:赫の章 2
突然の厄災の王の襲来に一瞬だけ王都中が静まり返ってから、堰を切ったようにあちこちから悲鳴が聞こえ、人が蜘蛛の子を散らすように散らばって逃げ出す。
「バーンロット!? どうして!?」
突如の王の襲来にイリヤがかなり焦った表情を浮かべてベンチから腰を上げる。
この世界において竜王の名は知られているが、その中でもバーンロットは飛びぬけた知名度を誇る。
この世界で竜神によって最初に生み出された第一の竜王で、この世界で最も多くの国を滅ぼしてきた破滅の象徴。
吐き出す炎は全てを焼き払い、あふれ出す腐敗はひとたび腐るとその後決して元に戻ることはない。
バーンロットが一度でもその場に訪れると、奴を倒さない限り決して焼かれ腐敗した土地は元通りになることはない。
まさに破滅の象徴。絶望の権化。死の宣告者だ。
バーンロットがこの国にいるということは昔から知られていたようだが、長いこと姿を直接見せたことがないため、マーリンを含めこの国の上層部以外はあまり実感を持っていなかった。
人間というのは知っているだけでは実感を持てない。それ故に普通の生活を営むことができていた。
そう思うとフリーデンはすぐ近くに王がいるのによくあんな普通の生活ができたなと感心するが、今はそれどころではない。
アーネストはすぐにウィンドウを開き、ギルドチャットで全員にメッセージを送る。
イリヤはギルドに連絡するよりも市民の避難誘導を優先し、大きく声を張り上げて誘導している。
「っ、何だ!?」
次にヨミ、美琴、フレイヤ、クルルたちトップギルドのギルマスに連絡を入れようとフレンドリストを開き、先に見つけたクルルにメッセージを送ったところで爆撃音が空から聞こえた。
ぱっと顔を上げて確認すると、王都の四方から次々と特大の爆撃魔術が飛んできており、それがバーンロットに直撃している。
現実で言うところの地対空戦術みたいなものを使っているのかと理解するが、その程度で王を退けることなどできやしない。
こういう時、自由に空を飛べる「第三典開───『神聖騎士』」が使えたらと思うが、あれは奥の手の一つなのでそうポンポン使えない。
「……ここは、フレイヤの技術に頼るとするか! 『武装展開・イカロスの翼』!」
フレイヤとクロムの合作である、ゴルドフレイの素材を使って作ったアーネスト用の飛行デバイス。
フレイヤが普段使う白い機械の翼と違い、ゴルドフレイの素材から作られたので金色の翼となっている。
まだ自分の背中から生えてくる翼ほど自由に使いこなせていないが、少なくとも何も知らない状態から使うことになるプレイヤーよりは上手く使える。
羽の一枚一枚にスラスターが付いており、それを吹かせることで高速飛行を実現している。
更に羽を分離させることも可能で、分離した羽のスラスターを吹かせればそれが武器となる。
毎度どうやったらそんなものを思いつくのだろうかと不思議に思うが、フレイヤの脳みそはロマンで埋め尽くされているようなので、どうせこれもロマン優先で考えたのだろう。
「『第一典開』───『聖騎士』!」
アーネストは自分の種族、神翼族の固有スキルを発動させて自分にバフをかけてから、イカロスの翼のスラスターを吹かせて一気にバーンロットに向かって飛んでいく。
途中で視界端にギルドメンバーから届いたメッセージウィンドウが開くが、邪魔なので左手で素早く操作してウィンドウが開かないようにする。
FDOをプレイして早一年ほど。繰り返し三原色の竜王、蒼竜王ウォータイスに挑んで来たからこそわかる。
───バーンロットはあまりにも別格すぎる
ただ近付いているだけなのに気圧されてしまいそうな存在感と威圧感。
戦闘狂としての本能が騒ぎながら、この化け物を今この場にいるプレイヤーだけで倒すビジョンが浮かばない。
ヨミがいれば撃退は楽にできるだろうが、彼女は今この場にいない。
「赫竜王の撃退実績を持つヨミにばかり頼っちゃいられないよな! 『ウェポンアウェイク』───『湖光の聖剣』!」
潤沢なMPを持っており、自己回復力も上げているので開幕からいきなり固有戦技を使う。
というか、グランドを相手にするんだったらとにかく強力な竜特効が付いている固有戦技を、乱射しないとまともにダメージが入らない。
もちろんアロンダイトそのものにも竜特効が付いているので、通常の攻撃なり戦技での攻撃でもダメージは入るが、固有戦技の倍率には敵わない。
最近固定砲台みたいな戦い方をしている自分に少し嫌気がさすが、勝つためならなんだってしてやると気持ちを切り替える。
『ほう、貴様、蒼に何度も戦いを挑んでいるという神翼族とかいう神もどきの小僧か』
「……いきなり話しかけてくんのかよ」
グランドエネミーたちは、ギリギリまで自分のことを追い詰めた場合にのみ口を開く。あるいは、特定のイベントを踏んだ状態で特殊な条件をクリアすることで、実力を認められて人語を発する。
そう思うと、何で毎回本気モードまで追い込んでいるのにウォータイスは中々人の言葉を発さなかったのかという疑問も出てくるが、それは単に人語発生イベントのフラグを戦闘中に踏めていなかったからだと思うことにする。
『蒼からは話は聞いているぞ。何度も挑んでくる集団の中で、飛びぬけた強さを持つ実力者だと。我は強き者には敬意を抱くと最近決めてな』
「……」
ものすごく嫌な予感がした。
『ゆえに我は貴様を強者と認め、最初から全力で行かせてもらう』
その宣言と共に、真っ赤な炎と赫の腐敗が混ざり合って王の体から吹き荒れる。
「ヨミいいいいいいいいいいいいいいい! お前がこいつを撃退したおかげでとんでもないことになってるぞおおおおおおおおおおおおおおお!」
撃退以外の選択肢を与えられていなかったので仕方のないことだが、もっと慎重に行動してくれていればこんなことにはならなかったはずだと声を上げる。
とは言いつつも、その顔には非常にうれしそうな笑みが浮かんでおり、もしここにイリヤやフレイヤ、美琴がいたら呆れられていたことだろう。
状況は最悪とほぼ同じ。アーネストは下への被害を最小限に抑えながら王と戦う必要があるのに対し、バーンロットはそんなもの一切気にする必要もなく暴れることができる。
マーリンは少し前にアニマを連れてどこかに移動していた。恐らくはロードポリスだろう。
アニマの飛行能力を今この時に欲しかったし、彼女の持つ神機族の武装の数々によるダメージ元も欲しかったが、いないのなら仕方がない。
少し姿勢制御に苦労しながら跳び回り、加速の勢いに合わせて突進戦技『ヴォーパルブラスト』を繰り出す。
背中の機械の翼による加速と戦技による加速。両方の加速も加わってかなりの速度で突きを放ったのだが、切っ先が爪先程度しか刺さらなかった。
ヨミは一度は腕を落として生還し、二度目は撃破したと語っていた。
だがそれは本当に本体ではなく、眷属を作り出す要領で作られた人形に過ぎなかったのだと、今の一回で理解した。
数十メートルもの巨体から繰り出される物理攻撃は、まともに喰らえば即死。
攻撃力と大火力の相棒を連射するために筋力と魔力値にほぼ全振りしており、防御力は前回のゴルドフレイ戦でこさえたグランドアーマーでかなり上がっているが、ヨミ同様に攻撃性を上げることを重視している。
なので四色最強で四色最硬のゴルドフレイの防具でも、バーンロットの物理攻撃は一撃で突破してくるだろう。
というかまず、頭部がむき出しになっている時点でそこを狙われたら即死する。
「燃えてくるじゃないか! 惜しむらくは、ヨミの悔しがる顔を直接見れないことだな!」
バーンロットが腐敗の霧をまとった炎のブレスを吐きだしてきたので、それを上に跳ぶことで回避してから、落下による加速と翼の加速、そして『ヴォーパルブラスト』による加速を合わせて突進を繰り出す。
これだけやっても結果は先ほどとほぼ変わらず、シンプルな鱗の防御性能の高さに舌打ちをしつつも、これは攻略のし甲斐があるとにやりと笑みを浮かべた。




