王に向けられる憎悪
お城に着いた時、中はてんやわんやの大騒ぎだった。
攻め込んできて撤退していったヴァイオドラを追撃するためか、大急ぎで部隊を編成しているようで兵士たちが武装準備をしている。
その多くがロードポリスをめちゃくちゃにされたことへの怒りをあらわにしているが、中には眷属に挑むことに怖がっている人もいる。
王より弱いとはいえ、眷属でも勝つのは非常に難しいとされている。
本気を出せば大都市であろうが一発で壊滅させることのできる攻撃手段を有しており、体は常に硬い鱗で守られている。
それでいて首は四つもあり、傷付けることができても剣士殺しすぎる猛毒の血液で殺される。
かといって中遠距離から魔術や銃器で攻撃していても、プレイヤー以外なら触れたらほぼ即死な毒霧・毒液ブレスをぶち撒いてくる。
プレイヤーという不滅の存在がこの世界ではおかしいだけで、怖がっている人達の反応の方が一般的だ。
アーネストとかにも声をかけて戦力を増やさないといけないなと思いながら建物内に入り、ヨミだと城の人に相手にされないのでノエルにお願いして、フローラの場所を聞き出す。
ヴァイオドラを退けるために祈禱室に向かったと聞き、普段いる執務室の近くにあるそうなのでまずはその祈禱室に向かった。
「さっきの毒を無効化してたのって、フローラさんだよね」
「そうだろうね。あの人、前に毒をある程度は無効化できる手段はあるって言ってたし」
「でもさ、あれって浄化のものだからヨミちゃんにダメージ入っちゃうよね」
「かなりゴリゴリ持ってかれてたけど、『ブラッドイグナイト』とかを解除すれば自然回復の方が早いよ」
「……自己回復能力高すぎて、本当に吸血鬼さんだね」
「そもそも命をストックしてる時点で、かなり不死性高いけどね」
浄化の力でHPが全損すると、ストックごと消滅してお陀仏になるが。
「あ、ヨミ! 丁度いいところに来たね」
「マーリン? なんでいるの」
「ローズから連絡があったんだよ。ヴァイオドラが攻め込んで来たんだってね」
ファンタジーな世界だからきちんとSFなところもあり、遠距離での通話技術も確立されている。
たまに、何でここまで科学技術が発展してるのにこれはないんだと思うものもあるが、基本は現実にあるものとほぼ同じものが存在している。
車や飛行船なんかが一番いい例だろう。
「フローラは突然攻め込んで来た紫竜にかなり怒っていてね。町全体にある毒を無効化するためにかなり無茶をしたみたいで、自室で休んでる。僕はヨミがそろそろ来るから、案内してほしいって言われたんだ」
「そうなんだ、ありがとう」
やはりあの毒を引かせたのはフローラのおかげだったようだ。
あれがなければ、恐らくあのままあそこで戦い続けることになっていただろう。
ヨミは別にそれでもかまわないが、その場合は背後の帝都を常に気にして戦わないといけなかったので、一旦退かせてその後別の場所で戦うようにしてくれたのはありがたい。
マーリンに案内されて廊下を歩いてフローラの自室に向かっている途中、魔族をあまりよく思っていないのであろうメイドに冷たい目を向けられたが、大国の国王であるマーリンが一緒にいるからかそれだけだった。
マーリンの城にいる使用人の多くは、ヨミのことを認めて接してくれているので居心地はよかったが、それはひとえにマーリンの意識改革のおかげなのかもしれない。
そもそも彼自身が純粋な人間ではなく、へラクシア帝国の皇族の血縁で森妖精王族の血が流れており、人よりもはるかに長命なこともあって種族は違えど似たような長命種への差別はかなり少ない。
まだ一部の反魔族意識は根強く残っており、先日の決闘騒ぎにまでなったのだが。
「ローズ、連れて来たよ」
「ありがとうございます、マーリン。ヨミ様とノエル様も、来てくださりありがとうございます」
「気にしないでください。それより、無茶をしたって聞きましたけど」
「紫竜の毒を帝都からすべて退けるために、魔力を使い果たしただけです。ただ疲れただけですので、あまり心配はしないでください」
「そうは言っても……」
「ローズ。君が使った祈禱室にある魔術道具、見たよ。なんだあれは」
珍しくマーリンが、少しだけ怒ったような声をしながら言う。
いつも温厚でつかみどころのない人なのに珍しいと思いつつ、自分の友人や身内を侮辱されたりした時は結構感情を表に出しているのを思い出す。
「ヨミと会わせた日に言っていた魔術道具。僕はそれの開発に携わっていないし、君が嘘を吐くとは思えないから魔術道具だと信じていた。だがあれはなんだ。魔術道具じゃないじゃないか」
「……」
「ローズ、あれは魔法具だ。ただし、普通のものじゃない。君は魔法が使えないはずだ。どうやってあれを作り上げた」
ヴァイオドラの毒を退けた時点で、ヨミも薄っすらと感じていた。
毒消しのアイテムというもののおかげで、自分自身にかかっている毒を消すことはできる。だが、その地を汚染した毒までの排除はできない。
竜王の眷属とはいえど、力の由来は王からだ。
その力はすさまじく強大で、普通の魔術単体では絶対に防ぐことはできない。
挑戦権獲得のためボルトリントとジンを戦わせたときだって、彼は複数のタンクスキルや盾戦技を重ねて防いでいたくらいだ。
それを、魔術道具一つでどうにかできるとは思えない。なのでヨミはこう仮説を立てた。
ヴァイオドラの毒を完全に除去したのは、魔術の籠った魔術道具ではなく魔法の籠った魔法の道具なのではないかと。
「……300年、数多の犠牲を生み出すことでやっと開発できたと、言いましたね。数多くの犠牲、死にたくないという恐怖。そして、死んでいった方々が紫竜王に対して抱き続けたすさまじい憎悪と、この国の未来を夢見る希望。人の思念が、想いが、少しずつ蓄積されて行って私では無理でも、道具に映すことで無理やり奇跡への道をこじ開けたのです」
「……なるほどね。魔法は魔術を極めた末に道が開かれて、神々が定めた奇跡、この世界の法律と繋がることで習得するというが、君はそれを利用したということか」
「えっと、どういうこと?」
「魔法は『魔の現象を支配するこの世の法律』を略した言葉だ。例えば、『炎は燃えるもの、燃やすもの』、『水は恵みを与えるもの、濡らすもの』だろう? それはこの世界を作った神が定めた法律であり、絶対に順守されるもの。魔法はその法律そのものを、能力として使うことができるんだ。分かりやすく言うと、炎の魔法はどんなものでも魔法で生み出したものでない限りは何でも燃やせる。それこそ、魔術で生み出した鉄や土、水さえも燃やすことができる」
魔法についてはある程度は知っている。
何しろ美琴のギルメンであるトーチの姉が、炎の魔法使いなので彼女からある程度は魔法について聞いている。
「でもね、魔法に行けるのは生きているものじゃないとダメなんだ。魔法具というのは、魔法が使える人じゃないと作ることはできないし、その後魔法使いに成れる素質がある人じゃないと使えない代物なんだ」
「ふむふむ」
「でもローズは、自分で魔法が使えないにもかかわらず浄化と守護の魔法を祈祷室にあるものに魔法を込めたんだ。丸ごとね。本来なら絶対にありえないことなんだけど……人の感情というのはすさまじいものでね。特に死に際の死への恐怖や憎悪などは、人一人の死に際の感情だけで極大魔術を使うことができる程度には、魔力を生み出せる。ローズは、不本意だったんだろうけどその感情を集めることで、この世界にある魔法への道を強引にこじ開けて、魔法を使えるようにしたんだ。……ローズ、あの魔法具、杖は、君の血と肉、そして骨が一部使われているね?」
「……はい」
「そこまでして、世界にあの杖を生きているものと誤認させたか。だからあの杖そのものが、この世界から魔法使いとして認識されているんだな。魔術で治せるからって、自分の身を削りすぎだ」
何が何だか分からなかった。
とりあえずわかったのは、フローラが本来は彼女自身で作れるはずのない魔法具を作ったことと、その過程がかなり無茶をしていることだけだった。
「……だとしても、私はあの杖を作ったことを後悔していません。紫竜王は、幼い頃の私の、美しくて尊い思い出のあるあの湖を、敬愛していた私の兄を、誰よりも愛していた人を奪ったのです。なら、あの王を倒すためならば私は、どんな手段も取ります」
「ローズ」
「たとえあなたからのお願いであっても、私はあの杖を破棄することはありません。せめて、紫竜王を殺すまでは」
フローラの目には強い憎悪が満たされていた。
薔薇の都とまで言えるほど美しい帝都に住まうお姫様で、とても綺麗で多くの人から慕われている。
会った時の印象は、本当に優しい人なんだと思っていた。その第一印象は正しかったようだが、優しすぎるあまり、民を愛しすぎるあまり、長年その民を無為に失い続けたがために竜王に対する憎悪は大きくなっていったようだ。
ヨミには誰かを強く憎むという気持ちは分からないが、こういう時は下手に何か言うとこじれてしまうのはなんとなく分かっているので、何も言わずにいることにした。
果たして自分のこの選択が、合っているかどうか分からないまま。




