撃退
ヨミの血の破城槌を叩き込まれて体が少しぐらつく紫竜。
やはり最弱の竜王の眷属なだけあって、数々の強敵と戦いまくってステータスが爆上がりしたヨミの一撃なら、そこそこいいダメージを入れつつぐらつかせることくらいはできるようだ。
そこにノエルが爆速で突っ込んでいき、メイス戦技『クラッシュメテオ』で頭をぶん殴って中央右の頭を下に叩き落す。
それを見て素早くウィンドウを操作して、フレイヤからきちんとお金を払って買ったあるアイテムを使用する。
「『領域・凍結封印』!」
ゴルドニール戦の際に有効だと判明し、魔術師系のプレイヤーに可能な限り習得してもらい、フレイヤ自身も習得した上でそれを魔導兵装として組み込んで製造した十字架型のアイテム。
特に名前を決めていないそうで名前の欄は『』となっているが、着けるとしたら凍結の十字架とかがいいだろう。
ヴォイオドラとその周辺の空間そのものが凍結して、身動きが取れなくなる。
持続時間は十秒程度なので、その間に火力を出してダメージを入れるしかない。
そのことを知っているノエルは動きが止まるのとほぼ同時に察して、『雷禍の王鎧』を発動させて機動力と筋力にバフを入れて爆速で接近して、手加減なしの一撃を下に叩きつけられたままの状態で止まっている中央右の頭の脳天にぶちかます。
すさまじい打撃音が響いて思わず喉がヒュッと鳴る。たまにノエルと模擬戦をするが、その時の迫力や火力はよく知っている。
そんな強烈な一撃でも特大ダメージにはならないんだよなと思ってHPバーを見ると、なんと結構大きめなダメージが入っていた。
「何で!?」
ノエルが筋力極振りの超絶脳筋で、相手が竜王最弱の眷属であることを加味しても、相手はグランド関連のエネミー。
そう簡単に鱗なんて破壊できるはずもないし、ダメージだってそんな大きく入るはずがない。
しかし現にこうして、思い切り殴りつけたノエル本人も驚いているくらいにはダメージが入っている。
だがこれはチャンスだとヨミはすかさず血壊魔術『クリムソンドレイク』を放ち、それに続いて四割程度にまで数を減らしている血と影の軍勢を向かわせる。
想像以上に弱い。順調すぎるくらいにはHPを減らせそうなので、絶対に何かろくでもない攻撃があるに違いないが、とりあえず後で苦労しないように早いうちにHPを減らしていく。
その途中で、ヴァイオドラについている傷口から血が流れているのを発見。このゲームではそういうのは見たことがないのに何でと思ったが、すぐに紫竜王を含め特性を思い出す。
「あ、そうだ! みんな聞いて! こいつの血液にも猛毒があるから、それに気を付けて!」
基本このゲームは、出血描写というのはない。
現実と見まがうほどのグラフィックをしているのだ。そんなグラフィックでスプラッタまでついたら、青少年の教育にあまりにも悪い。
なので基本出血エフェクトはポリゴンで描写されるのだが、ヴァイオドラは確率でものすごく色の濃い紫の血を傷から流している。
これは紫竜王含めヴァイオドラの血液が猛毒であるため、それをきちんと描写するためにこのような表現となったのだろう。
毒液も毒の霧もかなり強力な毒だ。ならあの血も同じ程度のものだと考えるべきだ。
遠距離攻撃の手段が全くないわけではないが、残りが三十体程度しか残っていない自分の軍勢に結構MPを持っていかれているし、強化系の魔術にもリソースを割いているのであまり使えない。
何より、普段は血液パックはたくさん用意して回復手段を確保しているが、最近パック収集をさぼり気味だったので吸血によるバフと回復の回数もいつもより少ない。
直近のグランドーンの時もパックを使って、自分の血を使わずに血の武器を次々と作っていたし、手持ちが少ない時はやるもんじゃないなと反省して殴り掛かりに行く。
突進してきたヨミの軍勢とヨミ本体を叩き潰そうと前脚を大きく振り上げ、勢い良く叩きつけてくる。
もう残りの効果時間もそんなにないし数も少ないからいいやと、残っている人形を全部動員してその前脚叩きつけを防ぐ。
ポリゴンとなって血が飛び散り影が霧散していき、三十体の生き残りが半分潰れたところで攻撃を止めることに成功。
一番下にいる人形の頭を蹴って飛び上がり、対大型エネミーの定石である膝の裏などの関節を狙って斧形態ブリッツグライフェンを体を捻り遠心力を加えてから振るう。
体の捻りなどを加えた全力の薙ぎ払いは、鱗を砕いて刃が食らい込む。
そのことに驚きつつも、どのゲームでも先に強い敵を倒して装備を揃えてから前のエリアのボスを倒しに行くとめちゃくちゃ弱くなる現象があるんだなと実感する。
もちろん装備だけじゃないのも分かっている。ステータスも以前よりも育っているし、防具の効果でも筋力などが上がっているし、倒しやすくなっているのは分かっている。
それでも、ずっと強いという認識で戦いたいという気持ちと能力の厄介さからちょっと対策してからと身構えていたのが、なんだかバカらしくなる程度にはダメージが通る。
だが忘れてはいけないのは、たとえ弱いと感じても戦っているのはグランドエネミー。
どいつもこいつも決まって、HPが一定数減るととんでもない広範囲攻撃をしてくる。
ゴルドニールやロットヴルム、グランドーンは三原色の眷属だったり四色最強の眷属なこともあって、めちゃくちゃ頻繁というわけではなかったが使ってきた。
しかし、最弱候補のアンボルトの眷属だったボルトリントはどうだっただろうか。
まさかそんな、弱いからって最弱が同じようなことをするわけがないだろうと頭の中で否定しながら、四つの首からの同時ブレスを影の中に潜って回避して、入れ替わるように前に出たノエルが中央右の首を『雷霆の鉄槌』でぶん殴って一本目のHPを半分削る。
「「「「グゥルルアァアアアアアアアアアアア!!!」」」」
すると直後に四つ同時に咆哮を上げ、体が硬直する。
急になんだと顔を歪め、咆哮の影響を受けない人形の生き残りに指示を出して向かわせると、少し焦って細かい指示を出し忘れたためそのまま壊滅させられる。
全ての人形が破壊されたためリソースが戻り、HPが回復し始める。
数の不利をある程度補えるのは利点だが、『影と血の死の軍勢』の効果持続中はHPが回復しないのはあまりにもリスキーだ。
さて、こいつは何をしでかしてくれるのだろうかと身構えていると、四つの首の口から同時に毒の霧が漏れるのが見えた。
その瞬間脳裏によぎったのは、いきなりロードポリスを埋め尽くした毒の霧だった。
「まずい! 退避!」
ヨミの言葉に気付いたプレイヤーがすぐに退避を行い、ヨミのことをあまり快く思っていない一部プレイヤーはその言葉に逆らって進んでいく。
急造のレイドとも言えないただの集まりに過ぎないし、アンチはヨミのことを嫌っているからこそヨミの言葉なんて聞かないことは分かっている。
しかし、ヴァイオドラが何をしようとしているのかは一目で見て理解して退避してほしかった。
「退避なんかしなくてもよぉ……防いじまえばいいだけの話だろ! タンク! 前出ろや!」
大剣を担いだ男性プレイヤーが声を張り上げると、足の遅いタンクたちが一斉に『クイックドライブ』で一番前に出る。
そしてすかさず次々とタンクスキルや盾戦技を使用して防御を固め、来るであろう攻撃に備える。
連携が取れないか取りづらいとばかり思っていたので、きちんと息を合わせて防御を固めるその光景に少しだけ驚く。
四つの首の口から漏れる毒の霧が増加し、遂に強烈な毒霧ブレスが放たれる。
瞬く間に毒霧が蝕み侵さんと迫ってくるが、前に出たタンクたちがそれを防ぐ。
アンボルトやバーンロットとその眷属たちなどと違って、すさまじい攻撃力があるわけではないのでそのまま防げるだろうと一瞬油断したが、タンクが張った防御が端の方から徐々に腐敗して溶かされるように崩れていくのを見て、悠長なことは考えていられないと気を入れ直す。
「チクショウ!?」
「マジかよ、こっちの魔術とか戦技を毒で溶かしたってのかよ!?」
「無茶苦茶すぎんだろ!」
辛うじて突破そこされなかったが、防御をかなり毒で削られた。
ああいう超広範囲のブレス攻撃には、強い防御突破の力でもあるのだろう。アンボルトの超広範囲ブレスも、ブレスかどうかは分からないが開幕の落雷も、タンク数十人の防御を破壊寸前まで削っていた。
幸い、四つ全てが同時にブレスを放って同時に止めてくれるので、連続して放たれるなんてことはない。
ブレスが止むと同時にヨミは影に潜って一気に行けるところまで移動して、エネルギーがまだ満タンではないが少しでもダメージを入れるためにと残っているエネルギーを全部使い、ノエルが重点的に殴っていた中央右の首を大鎌形態に変形してから発動させた『雷禍・大鎌撃』で斬り付ける。
フルエネルギーからの全放出であればもっとダメージに期待できたが、今は大ダメージよりも少しでも削るための少しのダメージが優先だ。
『ショートストーリークエスト:【民を想う悠久を生きる花の姫】が更新されました』
すると突如、ウィンドウが表示されると同時にロードポリスからエネルギーが吹き荒れる。
体がほんの少しだけ浮くほどの勢いでエネルギーが噴き出たと思うと、バトルフィールドを満たしていた毒を押し退けていき、エネルギーが通過していった場所から赤青黒などの薔薇が咲く。
同時に、ヨミにもダメージが継続的に入ってきて、これは浄化系のものだと察して回復に全てのリソースを割く。
一体誰が、と考える間でもないだろう。
ウィンドウが表示されたのだし、ここはへラクシア帝国の帝都。そこに住まうのは皇族で、このクエストの発生主はフローラだ。
前もって、頻繁に使えるわけではないが王やその眷属の毒をある程度はどうにかできる手段を持っていると言っていたし、それを使ったのだろう。
「にしても、竜王関連の毒を退けるってどんだけ……」
言っている途中で、もしかしてと一つ思いいたるが、まだ自分の中での仮説にすぎないので言葉を飲み込む。
それはそうとヴァイオドラだと顔を向けると、四つの首が嫌そうな顔をしながら少しずつ下がっていき、そこからくるりと踵を返してそのままどこかへ立ち去ってしまった。
「…………へぇ!?」
まさかの逃亡。
以前のバーンロットの人形と戦った時と同じような、あまりにも肩透かしを食らうような終わり方にずっこけそうになる。
撃退自体には成功した。それは非常に喜ばしいことなのだが、その決着のつき方があまりにも酷い。
敵前逃亡なんてあるのかよと思いながらも、まあでもロードポリスは守れたしいいかと気持ちを切り替える。
これで【反逆の旗印】が進むかと思ったが、特にウィンドウは開かないのでやはり撃退ではなく討伐しなければならないかと、ため息を吐く。
本当、何でこんなタイミングであんなのが出てきたのだろうかと不思議に思いながらブリッツグライフェンをしまい、ノエルの方に向かって走る。
「ヨミちゃん! 急に走って逃げたけど……」
「撃退に成功したみたい。すっごい肩透かし食らった感じだけど」
「私も。もっと激しくやって、これが防衛戦の前哨戦だとばかり思ってた」
美琴も過去に、グランリーフの眷属であるグリンヘッグがヒノイズル皇国の首都である央京都を襲撃してそれを討伐したと言っていたし、今回の件もそれに近いものだとばかり思っていた。
ともあれだ、結果的に守ることもできたし最後のことも気になるので、目を爛々とさせて逃げていったヴァイオドラを追いかけていった一部プレイヤーをしり目に、ヨミとノエルはお城に向かって歩を伸ばした。




