薔薇の都を守るために
走り出したヨミは自分の軍勢の間を潜り抜けていき、先に攻撃した左端の首にもう一度攻撃を入れようと狙いを定める。
それに気付いたヴァイオドラの四つ首全てが、ヨミにヘイトを向けて毒のブレスを吐いてきた。
霧ではなく毒液なので、回避したからと安心してはいけない。飛び散った毒に触れるだけでもアウトなのは、ヴァイオドラの毒の性質を考えれば分かる。
幸い毒耐性が高いのでちょっと触れる程度ならゲージが増えることはない。
むしろ今問題なのは、新しく習得した血壊暗影複合極大魔術『影と血の死の軍勢』だ。
効果はすさまじい。自分の劣化コピーとはいえ、もととなる自分のステータスがかなり高いので初心者で勝つのが厳しく、中級者では若干苦戦するが倒せる程度で、上級者やガチ勢であれば難なく倒せる程度だろう。
一見すれば初心者にしか有効じゃないと思えるが、一回で百以上の軍勢を出すのでたとえ上級者でも楽に勝てるエネミーでも、それが数十や百以上ともなれば難しくなる。
効果自体は素晴らしい。流石は極大魔術というべきだ。
だが行動や攻撃パターンは非常に単調で、なおかつ行動が遅いので圧倒的格上相手だとあまり有効だとは思えない。
まあ、こういう軍勢を作り出す系は敵も同じく自分よりかなり弱いものを召喚するので、これが妥当だろう。
吸血鬼狩りを題材にした漫画では、数百万の軍勢を召喚する上に生前の能力まで完コピしてくる能力を、主人公が使ってくるという理不尽があるがあれは例外だろう。
「てゆーかいつまでブレス吐いてんだよ!」
何か反撃の隙はないだろうかと走り回っているが、中々ブレスが途切れないのでちょっと怒りながら右手に影のナイフを生成して、投擲スキルを発動させて全力投擲する。
硬い鱗に弾かれて砕けてしまい、別に大したダメージも入らず怯んでもくれず、継続して毒ブレスが撒き散らされる。
あまりブレスが続けられると二次被害が半端じゃない。なのでどうにかしてあれを止めさせなければいけない。
「ヨミちゃんに続けええええええええええええええええ!!」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
隙を見つけて『雷霆・脚撃』をぶち込めないかと伺っていると、ノエルの声がした。
毒ゲージもなくなったから合流してくれるかと振り返ると、ノエルがぶっちぎりの速度で真っすぐ突貫して来て、その後ろを大勢のプレイヤーが雄叫びを上げながら走ってくる。
その数はかなりおり、見えているだけでも確実に三十人以上はいる。
「推しと一緒に戦えるぞ!」
「ヨミちゃん可愛いやったー!」
「何かヨミちゃんと形が同じなのっぺらぼうがいる!?」
「なんだここは天国か!?」
相変わらず逞しいリスナーがたくさん混じっているようで何よりだと、少し安心してしまう。
「いつまでも一人のプレイヤーにグランドを独占されてたまるかよ!」
「いい加減俺たちもそのクエストに関わらせろや!」
「可愛いからって調子に乗るんじゃねえぞぉ!」
リスナーだけでなくアンチサイドのプレイヤーも引き連れてきているようで、ヨミのことを可愛いと賞賛するリスナーとは反対に、ヨミに対する不満を口にしている。
アンチでも自分のことは可愛いと思っている人はいるようで、そこは素直に受け取っておくことにする。
「ヨミちゃん!」
「ノエル! プレイヤーを連れて来てくれてありがとう!」
「絶対一人で無茶すると思ったからね。ヨミちゃん、【紫の王への挑戦権】を発生させてるし絶対何か責任感じてそうだったから」
ノエルの言う通りだ。
こんな変なタイミングで眷属が襲ってきたのは、自分がクエストを発生させたからだと思っている。
もちろんこれだけじゃないことは分かっているが、それでもタイミング的にも全くの無関係というわけではないはずだ。
「ところで、この赤かったり黒かったりするヨミちゃんそっくりな形の人形は?」
「ボクの魔術。前からステータス欄にあったよく分かんない奴が50%になったら、急に使えるようになった。あとで美琴さんやアーネストにも聞いてみる」
あの二人は一年ほどトップを走り続けているプレイヤーだ。フレイヤも同じだし、フレイヤにも聞いておこうと頭の中にメモしておく。
「とりあえず一体一体は結構弱めだけど、数があるからよっぽど強い相手じゃなければどうにかなるよ」
「りょーかい。じゃあヘイトはこの人形たちに任せればいい?」
「そうだね。弱くても周りに群がってちくちくしてれば、あいつもウザいだろうし」
ぞくぞくとプレイヤーが集まってきて結構大きなレイドになって来て、それを邪魔だと言わんばかりに長い首を振り回し、太い足を振り上げて叩きつけ、液体系の毒ブレスを撒き散らしてプレイヤーを蹂躙している。
タンク系のプレイヤーはタンクスキルで防いでいるが、まだ連携も取れていないので余計な被弾もかなり多い。
ヴァイオドラの毒がかなり強いこともあるが、毒ゲージの管理も上手くできておらず、あっという間に猛毒状態になってゴリゴリHPを削られている。
このままだとろくにダメージを入れることもできずに戦力をいたずらに減らすだけなので、ヘイトを分散させるようにしてやるべきだと軍勢に指示を出して、攻撃をしかけさせる。
ヨミもノエルと共にヴァイオドラに向かって行き、中央二本を狙う。
「『ジェットブラストディバイダー』!」
「『ウェポンアウェイク』───『雷霆の鉄槌』!」
ヨミは両手斧戦技を使い、すさまじい速度で突進してから中央左の首に斧を叩きつけ、ノエルは中央右の首に全力の一撃をぶちかます。
どちらも竜王の素材でできたグランドウェポンであり、アンボルトの素材で作られた相棒をゴルドフレイの素材を使って強化してある。
グランド武器をグランド素材で強化したので、性能も当然上昇。竜特効の倍率も上がり、相手が最弱の竜王の眷属なのも相まってなのかダメージが大きいような気がする。
「チクショウ、グランドに関わりまくってるからってグランドウェポン持ち出しやがってぇ!」
「でもよ! こいつを倒して王への挑戦権ゲットして王を倒したら、俺たちも素材をゲットできて俺たちもグランドウェポン持てるってことだろ! 俄然やる気が出て来た!」
「うおおおおおおおおおおおおお!! 待ってろ俺のグランドウェポン!」
ヨミのアンチと思しき男性プレイヤーが、これをきっかけにグランドウェポンという現状最強格の武器を手に入れられると意気込み、やる気たっぷりでヴァイオノムに突撃していって左端の頭にぱくっとかじられて即死した。
こんなリアルなゲームでああやって頭から行かれるのは、かなり怖いだろうなと背筋を震わせる。
かなりの速度で首が接近してぱくっと行ったので、恐怖を感じる間もなくキルされたのが救いか。
「ああいうのをマミるって言うんだっけ」
「随分古いネタだね」
「魔法少女のアニメで面白いのないかなって調べたら出てきたの」
魔法少女アニメの皮を被った鬱アニメのネタをノエルが知っていることに少し驚くが、今はそのことはいい。
いくら上位のプレイヤーが揃っているとはいえ、相手はグランド関連の強力なエネミー。油断一つで即死する。
四つの首がそれぞれバラバラに動き回り、太い首で薙ぎ払い、長い首のリーチを生かして食らいに行き、毒液ブレスを撒き散らして遅延行為をしつつプレイヤーの安置をどんどんなくしていく。
設定上で、ヴァイオノムの毒に汚染された場所からは奇跡に頼るか倒さない限りは決して毒が抜けることはない、とされている。
王の血と鱗によって作り出されて同質の能力を持っているが、王よりもその能力が劣化している眷属のものでも、同じような効果が発揮されている。
毒液は時間が過ぎてもすぐに消えることなくその場に残り続けており、それに触れることで毒の蓄積ゲージが増加する。
ヨミはよほど長いことその上にいなければ平気だし、ノエルもグランド装備一式なのでヨミほどではないが毒への耐性はあるようだ。
だが他のプレイヤーは、まさかこのタイミングで紫竜ヴァイオドラと戦うとは思ってもいなかっただろうから、大した毒対策はできていないだろう。
これはレイド戦で本来なら長期戦に持ち込むのが定石だが、能力が能力なので短期戦にしていかないといけない。
どうして揃いも揃って眷属からすでに、グランド関連は確実にめんどくさいんだとため息を吐き、ウィンドウを開いて使いそうにない毒消しアイテムをノエルに譲渡する。
「その内ここの兵士も動くだろうし、それまでは耐えるよ」
「うん! ……頑張って撃退か討伐できたら、ご褒美欲しいなぁ」
「欲張りすぎ。ボクにできるのはせいぜい膝枕程度、」
「それでいい!」
「おぉう」
そういえばこの脳筋幼馴染は、やけにヨミの太ももがお気に入りだった。
こんな太い太ももがいいのかと疑問に思いつつ、まあ頑張ってくれるんだしそういうご褒美も必要かと割り切って、ヨミたちに向かって放たれた毒液ブレスをノエルを抱き寄せることで回避して、ヘカテーの血魔術『ヴァーミリオンバタリングラム』を自分の魔術で再現して、一発でかいのをぶちかました。




