最初の覚醒
ヨミは町を疾走した。
美しかった薔薇の都を疾走した。
昨日到着したばかりで、どこに何があるのかを完璧に把握したわけじゃないロードポリスを駆け抜けた。
苦悶の表情で息絶えているエルフを見かけた。
自分の子供だろうか、覆いかぶさって毒から守ろうと身を挺して犠牲になった夫婦を、その献身のおかげで毒に侵されながらも辛うじて生き永らえた少年を見かけた。
体が徐々に腐りながら、その感触に正気を失ってしまったのか発狂している女性を見つけた。
なんて事のない当たり前の日常を、当たり前のように過ごしていただけなのに。
家族や恋人、友人と共に楽しく過ごしていただけなのに。
何一つ、悪いことをしていないのに。唐突に奪われてしまった。
フローラは全体にかける、毒をある程度除去できる魔術道具の起動に取り掛かっているはずだ。
何度も使えるものではないと言っていたし、使えるようになるまで時間がかかるとも言っていた。
なので今優先するべきは、生き残っている人たちを助けるために時間を稼ぐことだ。
時間を稼いで、生きている人を助ける。
グランド関連とはいえ、相手は王ではなく眷属。よほど酷く毒に侵されていなければ、体を蝕む毒を除去できるだろう。
助かる命はある。だが、切り捨てなければならない命もある。
「っ……!」
幼い少女が、地面に倒れて動かなくなっている母親に縋りついて泣きじゃくるのを見た。
これはゲームだと分かっている。現実とゲームの区別くらいはついているし、彼ら彼女らは電子世界でしか生きられないNPCだ。
そう割り切っているつもりでも、従来のゲームと違ってリアルさを追求しすぎるあまり命を落としたNPCは復活しないという事実があり、この設定がヨミの心に深く突き刺さる。
【強い感■を確認。魔■種の発■が進行。■芽率:47%】
視界の端にウィンドウが小さく表示される。
ある時から時折表示されるこのよく分からないウィンドウ。よく分からないが、この数値が大きくなればなるだけステータスが上がるので気にしてはいないが、これがもっと上がればもっと強くなるのは確かだ。
条件はなんとなく分かっているが、それだけじゃないのも分かっている。察しているもの一つだけではないと分かっているから、非常にもどかしい。
「……よぉ、お前がこの襲撃の主犯ってわけか」
猛毒の霧が来た方角に進み続け、町を覆う外壁付近に到着する。
そこは酷く破壊されて外が丸見えとなっており、その周りには果敢にも挑んだであろう兵士の残骸が残されていた。
そこにいたのは九つの首を持つ王、ではなく四つ首の紫の竜だった。
『ENCOUNT GREAT ENEMY【VIOLET DRAGON :VIODRA】』
『BATTLE START』
『ENEMY NAME:紫竜ヴァイオドラ
紫竜王ヴァイオノムの血と鱗より生まれた、毒の担い竜。四つの首を持ちそれぞれが独立した意志を持つ。王が好む美しい湖を守るべく、常にそこに近付こうとする狼藉ものを排除して回っている。酷く凶暴であり、王と神の言葉以外の全ては雑音と認識している
強さ:背を向けて逃げることすら不可能』
相も変わらず、表示されるのは理不尽な文言。
勝手に人から奪っておいて、それを奪われたくないからと暴れ回る。
そもそもが獣。人の道理は通用しないのだ。特にこういうファンタジーな世界は弱肉強食。奪う方が強いというだけだ。
だが、ここまで理不尽な略奪は許せない。絶対に、許せない。
【強い感情を確認。魔王種の発芽が進行。発芽率:50%】
【魔王種の発芽率が50%を突破。第一段階へ移行開始】
【潜在能力の一部解放を開始。一部使用不可だった種族能力・魔術の使用が可能】
立て続けにウィンドウが表示されてうざったいと思っていると、足元から血のような影のようなよく分からないものが噴き出てくる。
それと同時に、この世界での自分の体が書き換わっていくのが分かる。
分かりやすいのは、背中だった。一瞬分からなかったが、すぐにこれでエマと同じになったのだと理解できた。
『血壊・暗影複合極大魔術【影と血の死の軍勢】が解放されました』
『血壊極大魔術【殺戮の魔王】の使用が可能となりました。ただし第一段階であるため、効果時間と能力上昇は限定されます』
なんかとんでもないものが出て来た。
どれもどういうものなのかが気になりすぎるが、悠長に読んでいる場合じゃない。
血液パックを用意してから豊富なMPを全て使い、実際に使うことでどういう効果なのかを確認する。
「『影と血の死の軍勢』!」
魔術を発動させる。MPが全て消費され、血も一気に消費され、血壊暗影複合極大魔術が発現する。
ヨミの足元から血と影がすさまじい範囲に広がっていき、血と影が混ざり合ったような人の姿をした何かが這いずり出て来た。
観た感じはホラーチックで、ホラーが苦手なヨミは若干青い顔をするが形が安定していってヨミと同じ形の影と血でできた人形となった。
その数は百を超えており、個人で軍勢を生み出すというかなりの壊れ性能をしている。
極大魔術なのでMPの全消費が起こるし、血も『血濡れの殺人姫』同様1まで減ってしまっており、その影響でHPも一割以下まで減った。
『血濡れの殺人姫』のように全ステータス1になるわけじゃないだけまだよさそうだが、恐らく『殺戮の魔王』の方が似たような反動があるのだろう。
「えっと……進め!」
血と影の自分の分身を出したはいいが、動かないのでとりあえず指示を出してみると、その指示に従って百の軍勢が真っすぐヴァイオドラに向かって走り出す。
ヨミの形をしてはいるが、その性能はオリジナルよりうんと劣っているよう速度は遅い。
流石に自分と同じ性能の人形をこれだけ生成できたらぶっ壊れにもほどがあるし、減ったHPと血液量が血液パックを飲んでも回復しないのを見るに、きちんとハイリスクハイリターンな魔術になっている。
MPだけは回復していっているので、『ブラッドエンハンス』と『フィジカルエンハンス』、その他バフ系を盛ってからヨミも走り出す。
視界の左端の方にタイマーが表示されていて、『1:43』と書かれていたので、効果時間自体2分で終わってしまうようだ。
連続で使えればいいが、百を超える軍勢を作り出す魔術がリキャストなしだと大荒れしそうだし、しっかりと大きなリキャストがあるだろう。
「『ウェポンアウェイク・全放出』───『雷霆・斧撃』!」
ヴァイオドラが先に迫っていた軍勢を相手にしている間に、影に潜りながら移動して一番左端の首の顔面に向かって跳躍し、斧形態で固有戦技をぶちかます。
至近距離で思い切り振るわれた斧の一撃と、蓄積されているエネルギーの全開放による一撃のダブルパンチを受けたヴァイオドラは、声を上げながら殴られた首が仰け反った。
強さで言えばアンボルトの方が上だったというし、ヨミは全身アンボルト+ゴルドフレイのものなので、今まで戦ってきたどのグランドよりかは戦いやすいかもしれない。
「おい、四つ首トカゲ。よくもこの綺麗な町をこんな風にしてくれたな」
五本あるHPバーの一本目が少しだけ削れている。全開放したのでダメージが通ったというのもありそうだが、先にアンボルトの武器を持っていたというのも大きそうだ。
この武器なら倒せるが、ヨミが一人で倒すことが優先ではなく時間を稼いで援軍を待つ、あるいは撃退が最優先だ。
だがそれはそれとして、せっかくいい場所で気に入りかけていたのに出鼻を挫くかのようにめちゃくちゃにしてくれたので、痛い目に遭ってもらわないと気が済まない。
「ボクはお前よりも強いやつと戦って勝って来たんだ。毒が厄介だけど、この毒でやられる前にお前のことをぶちのめしてやる。覚悟しろ」
静かに、しかし心の内では強く怒っているヨミは、ブリッツグライフェンを威嚇するように地面に強く叩きつけてから言い、ヴァイオドラに向かって再び走り出す。




