枯れ落ちる薔薇
「あっはははは! いっぱい逃げ回ったねー」
「あそこまで執念がすごいとは思わなかったよ……」
ヨミとノエルとどうしても写真を撮りたいリスナーに追いかけ回されていた二人。
途中でヨミがノエルを抱きかかえて跳び回ったり、逆にノエルに抱きかかえられたりして何度も撒いたが、ヨミがあまりにも目立つのですぐに見つかってしまいまた逃げるを何度も繰り返した。
最初はただ逃げるから追いかける、みたいな感じで後ろからリスナーが追いかけていたが、ヨミとノエルがその追いかけっこを楽しんでいると分かるや否や増援を呼んで本格的な追いかけっこになった。
最終的に回り込まれて逃げ道を塞がれてしまい、大人しく写真撮影に移った。
リスナーとのツーショットやノエルとのツーショットをたくさん撮り、一時間近くたってやっと解放された。
「みんなずーっと、ヨミちゃん可愛いって言ってたね」
「ノエルにもみんな綺麗だって言ってた」
「ヨミちゃん?」
「……お姉ちゃんにも、みんな綺麗だって言ってた」
一回くらいは見逃してくれてもいいだろと目で訴えるが、にっこりと笑みが帰ってくるだけだった。
こういう時の笑顔は否定の笑顔なので、やれやれとため息を吐く。
「そういや、アーネストとか今どこにいるんだろうね」
「アーネストさんは確か、ギルドメンバーを連れてシンダーズデスの捜索をするって言ってたよ。リトルナイトも、アーネストさんとイリヤちゃんのお願いなら聞かないでもないって」
「何で……あー、吸血鬼の返還か。あれでアーネストは、吸血鬼をかなりの数味方につけたんだな」
リトルナイトとノーザンフロストは、顔を合わせたら殺し合いをするくらいには仲がいい。世間ではそれを敵同士だというが。
もとよりアーネストはプレイヤーなので、仮に彼のことを邪魔に感じる貴族NPCが暗殺者をけしかけて暗殺に成功しても、何事もなかったかのように復活してくるので意味はない。
むしろ復活してくるので暗殺が意味をなさない。
長年敵対関係にあった吸血鬼とは程よい友好関係を結びつつあり、命のストックがあり銀や聖書などの弱点となる物質でキルしない限り、何度もその場で復活する吸血鬼の協力を得られる。
さらわれた女子供の吸血鬼がリトルナイトに戻るたびに、アーネストに対する信用や信頼は上がり続け、生きている分が全員帰ってくる頃には彼らはアーネストを信じてくれるだろう。
今回のシンダーズデスの捜索。元はノーザンフロストとリトルナイト側が鉢合わせないようにするという手筈だったのだが、ここは嬉しい誤算だった。
「アーネストさんとイリヤちゃん以外はまるで信用してないみたいだけどね」
「返還に積極的に動いて有言実行したの、この二人だけだしね」
貴族からの反対を押し退けてでも、吸血鬼という命のストックがある限りは不死身で非常に高い身体能力と魔術能力を持つ種族を返還する。
少し急いでいるようにも見えるが、アーネストは早めにハイスペックな彼らを味方につけて戦力を増やしたいのだろう。
基本は戦闘狂で戦うことばかりで頭がいっぱいだが、彼の目標は挑み続けている竜王を倒すことだ。
そのためには他の竜王に挑んで倒し、竜王の素材で作った装備で武装する必要がある。その確率を上げるためならば、彼はなんだってするだろう。
今頃は何をしているのだろうか。南方諸国をめぐりながら強いエネミーを探し回って、捜索をスムーズにするという建前で戦っているのだろうか。
なんてことを考えていると、町にいる衛兵たちがなんだか忙しそうに走っているのが見えた。
全員同じ方に向かって走っているので、もしかしたら何かエネミーでも攻め込んで来たのかもしれない。
買い出しは一応ほとんど済んでいるし、あと買いたいものは特別至急必要なわけではないので、また後回しでいい。
ここは一つ、暇を解消するために手伝いにでも行ってやろうとノエルと目を合わせようとする。
「───ォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
聞こえてきたのは、低く恐怖を掻き立てるような、おぞましさを感じる獣のような声だった。
ただの咆哮であれば、デカいエネミーでも来たのだろうと考えただろう。それがいくつか重なっていれば、それらが複数攻め込んで来たと考えただろう。
だが、聞こえて来た咆哮はまるきり同じ声でありながら何十にも重なっており、ほんの僅かにだがヨミの体が硬直した。
硬直効果のある咆哮を上げるのは、この世界に十七体しか存在しない。
「ノエル!」
「うん!」
ヨミはすぐに『ブラッドイグナイト』を発動し、ノエルは『フィジカルエンハンス』をかけて全力で走り出す。
「どうなってんだ! 竜王は同時多発的に攻め始めるんじゃないのか!?」
「それにこういうのって、私たちが発生したクエストがもうちょっと進んでから始まるようなものだよね!? 私たち、まだ【反逆の旗印】の紫の章を開放してないよ!?」
バーンロットは容れ物と戦い自滅に近い形で勝利を収めたことで、赫の章を開放して参戦が決定した。
紫竜王と灰竜王は、【反逆の旗印】が発生した際に書かれていたクエスト文から、参戦すると推測が立てられていた。
まず間違いないと思ってもいいし、そのためにへラクシア帝国までやって来た。仮に推測が外れていても、先に挑んでおくことで多少の攻撃パターン行動パターンを覚えておくことができる。そうすることで次に戦う時に有利に事を運ぶことができるようになるから。
だが、今じゃないだろうとヨミは叫びたかった。叫ぼうとして、思い出した。
先日、ヨミはフローラ経由で【紫の王への挑戦権】を発生させている。
このクエストが進んだという表示はないが、もしかしたらこのクエストが原因でこうなった可能性がある。
否定したくてたまらないが、以前ステラをフリーデンで保護したばかりの頃にゴルドニールが襲撃したことがあるので否定できない。
「本当、何でこういう時に……!」
紫竜王の猛毒の対策はろくにできていない。
防ぐ手段や直す手段はある。だが使用できる回数に限りがあり、再び使えるようになるまでにかなりの日数を要する。
今ここで使わせるわけにはいかないのに、かといって眷族であってもただの魔術で防ぐことも難しい。
どうするべきか、戦うよりも先に避難を優先するべきかと悩んでいると、真っ赤なAoEが発生した。
「全体攻撃!?」
これはいけないと思いのえるの腰に手を回して抱き寄せながら、ゴルドフレイの素材を使ってその能力を組み込むことに成功している相棒、ブリッツグライフェンを取り出して大盾に変形させて、蓄積されているエネルギーを全部使って自分の正面に防御を張る。
そのすぐあとに、非常に濃い紫の霧がすさまじい速度で迫って来た。
「ノエル! 浄化結晶!」
「で、でもヨミちゃん、」
「いいから使う!」
浄化結晶は、腐敗や毒などを癒す効果がある一方で、アンデッド系やゴースト系に高い攻撃力を発揮する。
ヨミも当然この浄化結晶でダメージを受けるが、自分の血と一緒にHPを消費する『ブラッドイグナイト』を解除すればそのダメージ程度すぐに回復できる。
正面から来た毒の霧を防ぐが左右から抜けて来た毒に触れてしまいすさまじい速度で毒の蓄積ゲージが増えていく。
言い表せない不快感に強く歯ぎしりし、ノエルが使用してくれた浄化結晶でゲージは半分以上減り、ヨミのHPも一割ほど削られた。
「ひ、酷い……」
AoEが消え毒の霧も波が引くようにすっと消えていったので防御をとくと、広がるのは地獄絵図だった。
毒に侵されたロードポリスの人々がうめき声をあげ、苦しんで地面をのたうち回っている。
中にはその毒に耐えきれずにHPを全て失ってしまい、グロテスクな見た目になるからか規制がかかった状態で体が崩れた。
美しかった薔薇の都は、たった一度の攻撃で酷いありさまになってしまった。さながら、除草剤を使われて美しい薔薇が枯れてしまったかのようだ。
ヨミは素で毒耐性がかなり高いのでまだ余裕はある。
ノエルを見ると、彼女は毒耐性はまだ上げていないのですぐにゲージが蓄積し始めてしまい、連続してアイテムの使用を余儀なくされている。
「ノエルはこの毒の影響を受けない場所に移動して」
「ヨミちゃんはどうするの?」
「……戦いはしない。でも……一発でかいのぶちかましてやらないと気が済まない」
【強い感■を確認。魔■種の発■が進行。■■率:38%】
美しい都を、そこに住む人を毒で侵し穢した。多くの人が目の前で命を落とした。
所詮はゲームだと分かっているが、NPCは一度でも死んだら復活しない。現実と同じ命の重さをしているのだ。
それをいたずらに奪って行った奴を、決して許すわけにはいかない。
【強い感■を確認。魔■種の発■が進行。■■率:42%】
ヨミは激情に駆られつつも頭は妙な冷静さが残っており、きちんと一発殴ってから撤退することにする。
グランドは一人で挑むようなものじゃない。戦うことになっても、撤退させることさえできればいい。
安全な場所に移動してそこで毒消しを使ってゲージを減らしているノエルに、ゲージがなくなったら来てほしいとだけ伝えて、ヨミは美しかった都を全力で疾走した。




