集まる同志たち
考えていたことの出鼻を挫かれ、ただのえるのことをお姉ちゃんと呼ぶことだけが残ってしまい、かなり照れが入りながらそう呼ぶためのえるにひとしきり可愛いと愛でられた後。
FDOにログインして早速ヴァイオノムと戦う準備を進めることにする。
とにかく猛毒がきついようなので、毒消しのアイテムを買いそろえる。
「この毒消し草、匂いはパクチーみたいだね」
「分かる。ボクはあまりこういう匂い気にしたことないけど、苦手な人はちょっと苦手かもね」
「私はよくパクチー食べるから、この匂い好きー」
薬草ということもあって匂いはかなり強めな毒消し草。
何かに似ているなと思ったらパクチーで、詩月はこの匂いが苦手なのでどんな反応をするのかがありありと浮かぶ。
「クロムさんにも、毒耐性の装備とか作ってもらおうかな」
「ここんとこずっとクロムさんに頼りっきりだね」
「あの人の作る装備が優秀すぎるから」
「でも今、お城の昔使ってた工房で防衛に向けて色々準備している頃でしょ? ヨミちゃんとはいえ、優先すべきは国のことだから後回しにされるんじゃない?」
「それもそっか。じゃあ大量に毒消しアイテムを買いまくるしかないね」
クロムと仲良くなって色々融通してもらえるようにはなっているが、だからと言って国王からのお願いを後回しにしてヨミを優先させるわけにはいかない。
彼のことなのでヨミが行けばすぐに優先してくれるだろうが、めちゃくちゃ急ぎというわけでもないので、落ち着くころまで待つことにする。
「……なに」
「いやー、ヨミちゃんのその服も可愛いんだけど、ずっと同じのばかりだから他のも着せたいなーって」
「ノエ……お姉ちゃんがただ、ボクのことを着せ替えたいだけだろ」
「それもある」
「おい」
体が小さくて可愛い女の子になってから、とにかくことあれば着せ替えたいと言うノエル。
かなり女の子に染まってきて、可愛い服とかを見るとちょっと目を奪われるようになってきてはいるものの、可愛いなと思って目が向くだけで着たいとは思わない。
だがまあ、同じ格好をし続けているのでそろそろ違うものも着たほうがいいだろうなとも思うし、気が向いたらどこかで買いに行こうかと考える。
「間違っても、ボクはシズには頼まないから」
「えー、シズちゃんの作るゴスロリ系の可愛いのにー」
「ボクは好き好んでゴスロリを着るような趣味はない」
絶対に詩月に依頼してたまるかと、つかつかと早足で歩くヨミ。
どうしてこの幼馴染と言い自分の妹と言い、やけにゴスロリ系を着せたがるのだろうか。
小柄で銀髪紅眼の吸血鬼美少女だからだろうか。創作の中では、ヨミのようなロリ系の吸血鬼は、結構な確率でドレスやゴスロリ系を着ている。
ノエルたちはそれを小説の文字や漫画やアニメの絵の中で楽しむだけだったが、現実にそれが似合いそうな美少女が現れたことで、自分の手で可愛く着飾ってみたいという願望でも生まれているのかもしれない。
毒消しアイテムを購入した後、何か毒耐性を上げる装備でもないだろうかと装備ショップやアクセサリーショップに入ったりしたが、特にこれといっためぼしいものはなかった。
懲りずに服飾店に連れ込もうとしてきたが、現実に戻ったらまた噛み付くぞと脅すことで静かにさせた。
大抵の脅しはヨミの見た目のせいでほとんど効果はないが、吸血行為だけは毎回のえるは真っ赤になって黙る。
肌を噛み破られるのは痛いし血を吸われるのだっていい気分ではないし、苦手なのも分かる。
最近はちょっと頻度を落としたが、ヨミも女の子になったばかりの時は頻繁に病院に行っては血液検査のために血を抜かれている。
病院で血を抜かれるだけでもヨミにとってはかなり不快なのだ。牙で肌を噛み破られて血を吸われるのは、想像している以上に大変なのだろう。
その割には、どうも悩ましい声を上げることの方が多い気がするのだが。
「よ、ヨミちゃんだ!?」
「ん!?」
ノエルが二歩ほど後ろを歩くようになったので、少しからかってやろうと振り返って彼女の腕に自分の腕を絡めて歩こうとしたところで、知らない男性の声に名前を呼ばれる。
なんだと思ってそちらを向くと、非常にうれしそうな顔をしている魔族の男性プレイヤーがいた。
その男性プレイヤーは、ヨミがノエルと腕を組んでいるのを見ると何かに感謝するように手を合わせて、まるで拝むかのように頭を下げた。
「え、なに、キモ」
「ありがとうございますっ」
「え、キモッ」
なんかヤバいのが来た。
まず思ったことはそれだった。
キモいと言ってなんで感謝されるのか、と思ったところで理由にすぐにいたって呆れたように息を吐く。
「えーっと、お兄さんはボクのリスナーってことででいいんですよね?」
「その通り。ヨミちゃんの奇跡の初配信を幸運にもリアタイできて、赫き腐敗の森でグールに追っかけ回されて泣きながら走り回っているのを見てから、君はオレの最高の推し」
「あ、そう」
初配信は大事なので、アーカイブは未だにそのまま残してあるが、見返すことはしていない。
何しろ速攻で配信していることが頭から抜け落ちてしまい、かなり気の抜けた部分が多かった。
鼻歌を歌ったり、確か途中で普通の小動物とちょっと戯れたりもした気がするし、今このリスナーが言ったようにグール追い掛け回されて泣きながら逃げ回ったし、恥ずかしいことこの上ない。
本当ならすぐにでも非公開にしたいのだが、高評価数がめちゃくちゃ高くコメント数も多く再生数も毎日伸び続けているので、非公開にしたくてもできないという状態だ。
「くぅー! こうして推しに直接会えるだなんて、なんて幸運なんだ! しかも、ノエルお姉ちゃんと腕組んでデート中とかいう最高の瞬間に!」
「え、あ、いや、これはデートってわけじゃ、」
「デートだよ?」
「あれに便乗しないで」
「デートだよ?」
「た、ただ毒対策のアイテムの買い出しとか、」
「デートだよ」
「……」
「デート、だよ?」
「あい」
デートであるとゴリ押された。
しかしこのまま腕を組んでいるところを見られ続けたくないので離れようとすると、ノエルがしっかりと掴んで離さない。
自分のこの手のリスナーを前に女の子どうして腕を組んだりするのは、腹ペコの猛獣の檻の中に特上の肉を放り込むのと同義。
さっき血を貰ったばかりなので、噛みついて吸血行為は勘弁してやるが、甘噛みくらいはしてやろうと決める。
「オレ、ヨミちゃんたちに協力するためにここに来たんだ。グランドと関わることなんてほとんどないと思ってたし、よっぽどの縁がなければオレもやることないと思ってたけど、こんな大規模なものでヨミちゃんからお願いされたら行くしかないっしょ」
「えーっと、まあ、ありがとう?」
「どういたしまして。他にもオレのギルメンとか、友達とかも今回の国家防衛に参加するって言ってたよ。特にここ、へラクシア帝国はエルフが統治している場所だしさ。エルフ好きな奴が超意気込んでた」
「例に漏れず、このゲームでもエルフは美人だからね」
「そうそう! しかもこの国を守ってほしいってお姫様も言ってたしさ。もうこれは男ならやるしかないって、今必死に装備を更新するためにウェスタイアン地方に行って鉱石集めや鉱脈巡りして金策してる」
ウェスタイアン地方は、確かフレイヤたちが拠点にしている場所だ。
フレイヤがマスターを務めるギルド剣の乙女は、リタを除いた全員が生産職で素材とお金をちゃんと持っていけば、剣の乙女印の魔導兵装を作ってもらえる。
性能は飛びぬけて高いことをヨミもよく知っているので、グランドに参加するならそうやって戦力を強化してくれるのは非常にありがたい。
「あとは配信とかを見てないけど、掲示板とかSNSとかで国家防衛系グランドに関する招集の呼びかけとかも結構見かけたし、かなりの数参加するんじゃないかな」
「グランドは本来、百人単位でやるものだから集まってくれるのは本当にありがたいよ」
「アンチも大量に釣れてるみたいだけど」
「……今はそれに触れないで」
そのアンチを煽るためにノエルのことをお姉ちゃんと呼ぶことになったのに、アンチたちがヨミのリスナーと喧嘩して向こうで勝手に盛り上がり、ヨミが煽るまでもなく参加してくれた。
ありがたいっちゃありがたい。メスガキはメンタルがゴリゴリ掘削されるから、そういう意味では助かった。
できればそういうことは、もっと早く知りたかった。これからは精神衛生のために見ないようにしていた自分の専スレを、見たほうがいいのかもしれない。
「あ、ヨミちゃんとノエルお姉ちゃんと一緒に写真撮っていい? 記念にしたい」
「別にいいけど、どうする?」
「私はいいよー。その写真を私たちに送って、かつ絶対にどこかに公開しなければ」
「約束するよ」
男性プレイヤーはしっかりと約束を交わし、ノエルとヨミに挟まれるように立って写真を撮った。
その顔は非常に満足気で、撮った写真を家宝にすると言ってスキップでも踏みそうなほど軽い足取りで立ち去って行った。
「ヨミちゃんすっかり有名人だねぇ」
「リアルの方じゃ特になんも言われないからあまり実感なかったけど、こうして声をかけられるとやっぱりそうなんだなって」
「ヨミちゃんがイベントやるって言ったら、大勢来そうだね」
「その時はノエル……お姉ちゃんも巻き添えだからね」
「えー」
「えー、じゃないよ。ボク一人だけとか絶対やだからね」
純粋なファンならともかく、自分で認めるのは嫌だがロリコンが来た時は対処に困る。
ノータッチ精神の紳士であれば、まだ変態紳士として距離を置きつつ接することもできないこともないが、世間体とか気にせずにぐいぐい来る奴は対処に困る。
下手にキモいとか近寄るなとか言うと、それすらご褒美になりかねないような奴の可能性もあるし、そもそもそういうリスナーを集めたイベントとかはやるつもりもない。
せいぜい、メンバーシップを解禁して時々メンシ限定配信とかをするくらいだろう。
「それより、今回どれくらい人集まるんだろうね」
「三か所同時だし、三原色まで出張ってくるわけだから合計で最低でも1000人は欲しいね」
「ヨミちゃんと美琴さんがお願いしたし、両方でフローラさんが映ってお願いしてたし、もっと来そうな気はするけどね」
「それはむしろ喜ばしいことだよ。そうすればグランドは比較的楽に進ませることができる」
赫竜王はあまりにも未知数すぎるので例外として、他の二体は少なくともゴルドフレイよりも下だと分かっているので、どれくらい強いのかの予想はできる。
特に紫竜王は竜王最弱と言われているので、アンボルトを指標にイメージがしやすい。
どっちにしろ、アンボルトも化け物過ぎるのでほんの気休め程度のイメージでしかなさそうだが。
「ところでさ、後ろ、人ついてきてない?」
「ついてきてるねぇ。ヨミちゃんのファンかな?」
「お姉ちゃんのファンって可能性も十分にあるよ。お姉ちゃん、すっごい美人だし」
「ヨミちゃんほどじゃないよー」
「学校でめちゃくちゃ男子にモテてるよ。明るいし優しいし、綺麗だしスタイルいいし」
「スタイルの部分が八割占めてそうなのがなんかねー」
いくつになっても男子は男子。特に今は思春期でそういうことにも興味を持つ多感な時期だ。
猥談をするのは仕方がないことだし、ヨミだってまだ男子だった頃は他の女子に聞かれないように男子とそういう話をしたことだってあるので、あまり強くは言えない。
しかし、ノエルが対象に猥談をされるのはあまりいい気分ではない。そしてその都度、ノエルの匂いを、髪の柔らかさを、肌の感触を、肌の味を知っているのは自分だけだという優越感を感じてしまう。
今後ろをついてきているプレイヤーも、それらを知らないだろうと優越感に浸りそうになったところで頭を振り、組んでいる腕をほどいてノエルとしっかりと手を繋ぐ。
ちょっとだけ驚いたように目を丸くしてから形のいい小ぶりな唇で弧を描き、こくりと頷く。
デートだとノエルに言われたし、これはデートだと思うことにした。なので、二人の時間をこれ以上邪魔されないようにとることは一つだ。
「走るよ!」
「りょーかい!」
手を繋いだまま走り出す二人。
その後ろから慌てたように「待って!? せめて写真撮らせて!?」という声が聞こえたが、知らない。
筋力値が高いヨミとノエルは、追いかけてくるプレイヤーをぐんぐん引き離していき、漫画やアニメの逃避行みたいだと感じて揃ってけらけらと笑った。




