紫竜王に挑むためには
ノエルとのデートを終えたヨミは、シエルから送られてきた場所に向かっていた。
道中、というかデート中もだが、なんだかやけに視線が集中しているなと感じていたが特に気にしていなかった。
だが城に着いた途端、いきなり武器を突きつけられて厳戒態勢に入られてしまい、どうなっているのかと頭の中が真っ白になった。
「すみませんすみません!」
「気にしないでください、フローラ殿下。むしろこういう反応が正しい方ですから」
騒ぎを聞きつけたフローラが大慌てで助けに入ったことで事なきを得たが、城の中に招かれて客間に通されてからずっと謝り倒されている。
シエルや美琴、リタ、ヘカテーなどの魔族サイドは、フローラが直接連れて来たのと、マーリンからのお墨付きをもらっていたのでスムーズに通ることができたが、ヨミはノエルに連れられて別行動していたので、安全を保障する人がおらず通ることができなかった。
ここへラクシア帝国でも、かつては魔族と戦争を行っていたという歴史があり、森妖精族は長命種なこともあってかつての戦争経験者も多くいる。
城仕えの兵士なんかがまさにそうで、ゆえにあの厳戒態勢だったという。特にヨミは真祖吸血鬼、魔族の王族という立ち位置なのであの反応は正しい方だ。
ただ少しびっくりしただけなので、皇族の御姫様にここまで頭を下げられるとこっちの方が気まずくなってしまう。
「私がきちんと、ヨミ様の特徴を話しておけば……」
「気にしなくていいですってば。マーリンとは親しくしていますけど、これでも魔族、それも真祖吸血鬼なんですから。ああいう反応を取られる方が自然なんですよ」
「私はちょっと不満だったけどね」
あの時武器を突きつけられたのはヨミだけで、ノエルはなにもされないどころかヨミの人質だと勘違いされており、保護されそうになっていた。
ノエルからすれば、楽しいデートをして気分上々だったところに水を差された気分のようで、不満げに頬を少し膨らませている。
「彼らにはきちんと私の方から言っておきますので……」
「注意程度でいいですよ。少なくとも、マーリンの城に出入りしている一部貴族よりはまともなので」
「すごい言葉のナイフを突き刺してくるねぇ……」
「あの三人が英霊を侮辱したことは今でも許してないから」
優雅に紅茶を嗜んでいたマーリンが、唐突に投げられた言葉のナイフに苦笑する。
ガウェインの記憶を強制的に共有させることで、アンボルト戦の地獄を無理やりわからせることはできたにはできたが、それでも彼らが英霊を見下し侮辱したという事実は変わらない。
この先心を入れ替えて護国に従事したとしても、ヨミは一生彼らのことを許すことはないだろう。
「さて、とりあえずこうしてロードポリスに入ったわけだし、早速私たちでヴァイオノムに挑んでみるか?」
「少し落ち着け戦闘狂。軽く作戦会議してからだよそういうのは」
「そうよ兄さん。何も分かっていないんだし、きちんと役割を決めてから挑まないと」
アーネストはすぐにでも竜王と戦いたくてうずうずしているが、少しは落ち着けとイリヤからもたしなめられる。
情報収集のために挑むのでかつ必要がないとはいえ、きちんと立ち回りや役割などを決めておかないと、情報を集める前にやられてしまうのがオチだ。
「あの、まずは挑戦権を獲得しないと得られる情報も少ないのではないですか?」
さくさくといちごのタルトを食べていたヘカテーが口を開く。
彼女の言う通り、通常であれば竜王に挑むのであれば眷属に挑んで挑戦権を獲得したほうがいい。
だが今回は、繰り返すようだがあくまで情報収集のための戦いであることと、最終目的は竜王から国を守ることだ。
「いつものように挑むんだったらそうしたけど、今回の最終目標は撃退なんだ。だから挑戦権の獲得は狙わない」
「討伐ではなく撃退、ですか。ヨミ様、その意図は?」
「まず、複数回戦って分かったことですけど、あいつらは少ない人数で倒せるような強さじゃない。アンボルトはボクのギルドメンバー以外に、ガウェイン率いる200人の兵士がいたからどうになかった。ゴルドフレイも同じです」
「だが今回は紫竜王と灰竜王以外に、赫竜王までが出張ってくる。私のギルド、グローリア・ブレイズは総勢300人ほどの大規模ギルドで、全員で蒼竜王に数十回挑んでいるが未だに勝利したためしがないな。
「私も、緑竜王相手にもう三桁くらい挑んでるけど、いつも最後で負けちゃう」
この世界の住人よりはるかに強い力を持つ、|女神の加護を受けた冒険者。それが数百人集まっても、三原色を倒すまでには至らない。
そも、四色最強のゴルドフレイですら100万の軍勢を蹴散らすことができるほどの理不尽なのだ。その四色最強でも敵わない三原色ともなれば、100万200万じゃ利かない。
「なるほど、つまりヨミは戦力の多くは赫竜王の撃退に当てておきたい、ということだね?」
「マーリンの言う通りだよ。ボクは今のところ、あいつと二回戦ってどうにか生還してるけど、二回ともあいつは本来の実力を出していない。多分十分の一どころか、もっと力が抑えられていただろうね」
「話を聞くたびに、毎回どうやって生還してるのかが気になりすぎるな」
「今度森に連れて行ってやろうか、シエル」
「勘弁してくれ」
シエルも弱いわけではないし、プロゲーマーなこともあってめちゃくちゃ強い部類なのだが、ソロや少人数でグランド系に挑むのはもうこりごりのようだ。
「なら代わりに私を連れて行ってくれ」
「言うと思った」
シエルが勘弁してくれと言った瞬間、アーネストが何か言ってくるだろうなと思っていたら本当に来た。
「色々とひと段落したらな」
「約束だぞ」
こんなにも戦闘狂なのに、イケメンであることと戦闘狂以外の性格面がいいこと、声がいいことなどから女性人気が非常に高いアーネスト。
なんで戦闘狂の部分を他の性格面等で帳消しできているのだろうかと、不思議でならない。
「まず、タンクが前に出るのは前提だからジンが一番前でヘイト買い」
「任せとけ」
「……ちょっとは反論したほうがいいんじゃない?」
「そんな反論しているような状況じゃないからね」
「大人だ……。ボクやノエル、ヘカテーちゃん、アーネスト、美琴さん、リタさん、カナタさん、サクラさん、その他の近距離の物理がメインのアタッカーは、九つの首をそれぞれ対応する。事前情報だと、こいつらそれぞれが完全に独立している意識を持ってるみたいだから、めっちゃめんどくさそうだけど」
「複数の首持ちはもう過去にやったからもういないと思ってたけど、あの上を行くなんてな」
「火力の高さとか耐久云々じゃなくて、シンプルなめんどくささは竜王一かもね」
今思うと、ヴァイオノムは竜王の中で一番弱い竜王ということはシンカーから判明しており、アンボルトは二番目に弱いという。
そして最弱格が揃いも揃って首が複数あるので、もしかして竜王は弱ければ弱い分だけ、首の数が増えて弱さをカバーしているのではないかと考察する。
「ガンナー組と亡霊の弾丸は遠、中距離からのサポート兼火力出し、魔術師組も同じくサポートと火力出し。シェリアさんはオペお願いします」
「まっかせて頂戴! 私以外のオペの子もたくさん連れてくるわね」
「助かります。……ちゃんと役割を分担できるようにしたはいいけど、何でだろう。まだまだ不安が残る」
「相手は竜王だしねぇ……」
竜王の中では最弱だと分かっているが、されど竜王。
分かっているだけでも、触れた時点でかなりアウトな毒を撒き散らすし、傷を付けたらその傷から撒き散らす毒と同様の血を飛ばす。
プレイヤーなら毒の耐性などを上げることで耐えることができると分かっているが、分かっていても今までの経験から『あの竜王だから』とどうしても不安を感じる。
「あの竜王とすぐにでも戦いに行きそうに聞こえる会話をしていますね、この方々」
「多分明日にでも挑みに行くんじゃないかな。ま、僕たちが彼女たちの決定にとやかく言うわけにも行かないし、ゆったりと期待しよう」
「マーリンは随分と、彼女たちのことを信頼しているのですね」
「そりゃ、実際に目の前で金竜と戦っているところを見たし、竜王を二体討伐という輝かしい実績があるからね。その内、フローラも信じざるを得なくなるよ」
もう少し安全を確実にするために色々対策を出し合おうということになり、真っ向勝負がとにかくしたいアーネスト以外から意見を聞いていると、フローラが呆れながらぽつりと零し、マーリンがからりと笑う。
マーリンの言う通り、明日にでも戦いに行くつもりだ。その様子を配信して大勢のプレイヤーに見てもらい、探りを入れていくつもりなのだ。
時間を稼ぎすぎるのもよくないし、もしできるのならそのまま倒し切ってしまいたいが、挑戦権をちゃんと持っているわけではないので恐らくは不可能だろう。
なら可能な限りヴァイオノムの手札を出させて、それを映像として残すことで大勢が対策できるようにしておくことがベストだ。
真剣に挑みに来るプレイヤーばかりではないだろうし、連続してグランドに関わっているのでちょっとしたアンチが来るかもしれないが、ここはいっそアンチの力すらも借りてしまうことにする。
ただその場合、存在しているかもしれないアンチを盛大に煽り散らかす必要があるので、ノエルをきちんと説得しなければなと深く息を吐いた。
「ところで、こういうグランド系で今思い出したけど、ヨミちゃんによく突っかかってきてたアマデウス、だっけ? は来るかな」
「あれは自分で怪物に挑む度胸のないチキンだろうから来ないでしょ」
「人から奪うという考えにしかならない可哀そうな人だから、私も来ないと思います」
「ヘカテーちゃん、時々言葉の切れ味すごいねぇ」
「事実なのです。私、あの人のこと結構嫌いなので」
「……何があったのかは、聞かないでおくよ」




