美しき妖精の都
へラクシア帝国の危機を救うため、ヨミたちはかの紫竜王ヴァイオノムが住まう帝国に足を運ぶこととなった。
時間がかかるものかと思ったが、マーリンの転移魔術で移動できるそうなので、それでいくことになった。
ただ運ぶ人数が増えると消費する魔力が増えてしまうので、ヨミ、美琴、アーネスト、途中参加してきたフレイヤ、配信を観て突撃してきたクルルが各ギルドの代表としてマーリンと一緒に飛ぶことにした。
こういう転移要因がいると旅もへったくれもないなと少しだけ呆れながら、僅かな浮遊感と共に景色が一瞬で切り替わる。
「はい、着いたよ。ここがへラクシア帝国の帝都、ロードポリスだよ」
「わぁ……!」
「ロードポリス……薔薇の都ってことね。なるほど、確かにこれはすごい景色ね」
「自然と人工物の融和って感じで素敵ですね」
「これは……言葉が出ないな」
「リオンとシェリアも気に入りそうな場所ね、ここ」
「既に有名なデートスポットですよ、ここ」
へラクシア帝国帝都ロードポリスは、フレイヤの言った通り自然と人工物が溶け込んで見事に融和している、非常に美しい町だ。
名前に薔薇が入っている通りにあちこちに花が植えられているし、花のいい香りも漂っている。
建物から街灯などに薔薇の彫刻がなされており、しかしそれらは決して激しく主張していない。
すぐにヨミたちはワープポイントを開放して、開いたマップにロードポリスが表示される。
周りが未踏破のままで真っ黒な中、ここだけいきなり追加されて少し苦笑してしまう。
「おぉー! すっごい綺麗な場所!」
「来るのはっや」
ノエルたちが来るまでまだ少しかかるだろうからと町を軽く見て回ろうと思った瞬間、ノエルが速攻で飛んできた。
まだ開放して十秒も経ってないので、マップを凝視しながらワープポイントの前でスタンバイしていたのだろう。
「ねぇねぇヨミちゃん! 今からデートしようよ!」
「ぴっ!?」
シエルの口からここは既に有名なデートスポットだと聞き、確かにあちこちにカップルプレイヤーがいるなと思っていると、急にノエルからデートしようと言われて驚く。
そして有無を言わさずに腕を掴まれて、引っ張られるようにそのままデートが開始されてしまった。
「……姉さんって本当に、ヨミのことが好きなんだなぁ」
「見ていて早くくっつけやって思っちゃうね」
「ゼーレさん、それは多分見ている人全員思ってることだよ」
「お口の中が甘すぎるのです」
ノエルの後から転移してきたメンバーが何か言っているのが聞こえたが、引っ張り寄せられて腕がノエルの柔らかい膨らみにがっつり触れてしまっており、それどころではなくなった。
「私たちはこのまま帝国城に行くから、お二人はごゆっくり」
「そんなこと言ってないでこの脳筋を止めてくれないかなぁ!?」
「筋力値だけで言えば私よりも上なんだ。止められるわけないだろう」
「私もそうなったノエルちゃん止められそうにないから」
「……私はどの道、後でリタと行くことになりそうなので何もできませんし何もしません」
「薄情者ぉ!?」
誰一人として助け船を出してくれず、ずるずると引きずられて行った。
もう抵抗しても無駄だと分かったので大人しくノエルに付き合うことにして、自分からちゃんと腕を絡めに行くと、ちょっとだけ驚かれてからへにゃっと嬉しそうに頬を緩めた。
こういう時に見せる緩い表情の破壊力たるや、思わずドキドキしてしまう。
「もう結構プレイヤーがいるけど、これ以上増やしたくないなぁ」
「かなり進んでいるマップでエネミーも強いから来れる人も多少は限られているだろうけど、どの道ここにたくさんプレイヤーを連れてこないといけなくなるからなぁ」
「なら今のうちに、じっくりと楽しまないと」
「……だね」
近いうちにここは戦場になる。
この国を守るためにも多くのプレイヤーが必要になるので、プレイヤーがいないこの時間もすぐに無くなってしまう。
なら今のうちに、変に注目をされないこの瞬間を愉しまなければいけないなと、少しだけノエルに寄りかかるように体をより近付ける。
まずノエルが目を付けたのは、案の定この国の服飾店だった。
ショーウィンドウに飾られているのを見て、綺麗系から可愛い系まで幅広く取り扱っているのが分かり、店に入るなり自分ではなくヨミのことを可愛く着飾ろうとしてきた。
いつものようにおとなしく着せ替え人形になることはしないぞとヨミも反撃に出て、女の子のファッション初心者ながらも頑張ってノエルに似合いそうなものを選んで、お互いに着せ替えあった。
流石にランジェリーコーナーに連れられた時は、自分でノエルのサイズのものを選ぶことはできず、真っ赤になりながら大人しくちょっと大人っぽさを感じるが変に透けたりしていないものを購入した。
「相変わらずヨミちゃんは下着コーナーはダメダメだね」
「う、うるさいっ。少し前まであんな場所に入ることなんかできなかったんだからっ」
「じゃあ慣れるためにもたくさんいかないとね」
「なんで!?」
「だってヨミちゃん、おばさまの娘だしこれから成長する可能性は大いにあるからね。成長しなくても、下着は消耗品だし何度も買いに行く必要あるもの」
下着は消耗品で、毎月訪れる女の子の日の辛さを思い出す。
基礎体温とか周期的なものを管理すればある程度予測もできて、色々準備をすることもできるが、ヨミは、詩乃はまだまだ女の子初心者。
そんな周期的なものなんか分かるわけもないので確実に一つ潰してしまうし、思春期でまだ成長する余地はあるので確かにノエルの言う通りだ。
だがそれはそれだ。慣れていく必要はあるが、視線に慣れるため力技の荒療治で慣れたのとは違い、ランジェリーショップは未だに女性の園で男子禁制の場所だと認識している。
というかサイズは今のところ変わっていないのだから、今着けているものがきつくなったりすることがない限りは通販でもいいだろう。
「あ、クレープ」
「ヨミちゃん本当クレープ好きだよね」
「そう言うノエルだって好きじゃないか。別にいいだろ、今のボクは女の子なんだし」
「都合がいい時はそう言うようになったねぇ。前から可愛い顔だったから、スイーツ食べてるの違和感なかったけどね」
「おかげで中学の時に、女の子の先輩から餌付けされそうになったよ」
お菓子持ち込みOKというか、中学の中にすでに購買がありそこでスイーツ等を買うことができた。
ヨミはしょっちゅうそこに行って鈴カステラやどら焼きなどのスイーツを買って、教室で食べていた。そこでそれはとても美味しそうに食べていたからか、クラスの女子から他クラスの女子、果てには先輩からスイーツを渡されて餌付けされそうになっていた。
最初はモテ期が来たのかと思ったが、スイーツを食べるヨミを見る女子たちの目が異性を見るものではなく、妹や小動物を愛でるそれに近いことに気付いた時は、少しショックを受けた。
懐かしい記憶を思い出しつつお店に入り、クレープを注文する。
甘い生地の香りと一緒に、ここでも仄かに花の香りがしていたので食べることのできる花のエキスか何かを混ぜ込んでいるのかもしれない。
焼きたての生地でクリームと果物が包まれたクレープを受け取る。ほんのりと温かいのが手の平に伝わる。
食べ歩きはよくないので、お店の近くにあるベンチに腰を掛ける。
「わっ、花の香りがすっとする」
「本当、美味しい~」
今まで食べたことのない味に感動する。
花の香りがすっと抜けていくが、その強すぎない香りは果物やクリームの味と香りを引き立てている。なんとも不思議な味だ。
「そういや、現実にも食べることのできる薔薇ってのがあるみたいだね」
「確かにあるね。ここも薔薇の都っていうくらいだし、これに入ってるのも薔薇なのかな」
「かもしれないね」
こんな会話をしている間、ノエルがチラチラとヨミのクレープを見てくる。
定番のいちごを選んだノエルは、ヨミの選んだチョコバナナが気になる様子だ。
だがここはあえて何の反応もせずに食べてみることにする。
「ぁ……」
「ん? なに?」
「その……一口食べたい」
「えー、どうしようかなー」
「うぅ、ヨミちゃんの意地悪っ。分かっててやってるでしょ」
「ありゃ、バレてた」
観念してクレープをを差し出すと、ちょっと頬を膨らませてから大きくかじりついた。
大きくとはいってもノエルの口はやや小ぶりなので、そこまでたくさん持っていかれたわけでもないが。
口の周りにクリームを付けながらもぐもぐと咀嚼するノエルの口元を指でぬぐい、着いたクリームを舐める。
すぐに自分のやったことの恥ずかしさで顔が少し熱くなり、満足したノエルが自分のクレープを差し出してきたので、恥ずかしさをごまかすようにヨミも小さな口を目いっぱい開けて、ノエルのクレープを齧った。




