紫竜王対策
へラクシア帝国の切り札となっている竜特効兵器、バルムンク。
竜殺しの魔剣としてもっとも有名なものの一つで、竜殺しとしてはややマイナーなアロンダイトに、逆に竜殺しとして非常に有名なアスカロンと日本神話の天羽々斬がある時点で、もしかしたらあるだろうと思っていた。
竜特効の武器はプレイヤーでも作ることはできるが難易度はそれなりに高く、失敗率も高い。そんなものを量産しているフレイヤがいかに化け物なのか、よく分かってしまうくらいには高い。
苦労はするが失敗せずにものすごく強力な竜特効武器を入手するには、何かしらの難易度の高いクエストを受けるか、グランド関連をクリアしていくしかない。
なので西側の国を巡って竜殺しのものがないかを探そうと思っていたところに、へラクシア帝国にバルムンクがあると教えられた。
テンションが上がらないはずがなかった。
「バルムンク……もしかして、それの最初の所有者ってジークフリートって名前ですか?」
「よくご存じで。我が国では、バルムンクの最初の所有者は確かにジークフリートと言います。竜王とは違う別の竜に挑み、その返り血を浴びて無敵の力を手に入れたとされる、最強の剣士だったそうです」
かなり現実の神話に忠実な設定のようだ。
「どんな攻撃も跳ね返す無敵の肉体を手に入れ、竜王とその眷属以外の竜を次々と屠り、建国したばかりのへラクシア帝国にとって最高の英雄だと伝えられています。かなり古い文献ですと、彼の英雄は最後戦に向かわずにどこかで静かに息を引き取ったとされていますが、人というのは英雄譚や美談が大好きですから」
「あぁ、だから紫竜王に挑んで首を一つ切り落とした大英雄みたいに膨らんだんですね」
これも現実である話だったはずだ。
実際は大したことではなかったのに、後の人が過大に解釈して受け取り実際とは違う意味で伝わってしまうことがある。
今でも、宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島での決闘は後の創作説がささやかれており、これものちの人が誇張して伝えられたものだと言われている。
「私たちエルフは魔術に優れていますが、一方で武術や剣術は苦手です。バルムンクの能力は所有者の魔力を食らって特大の斬撃を放つものなので、剣術なんてからっきしなエルフでも魔力に物言わせて高い威力の攻撃を放つ、固定砲台としての運用はできます。ですが、その程度で竜王を退けることなんてできません」
「確かにそうだね。眷属でさえ、竜王の素材を使った武器であるヨミのブリッツグライフェンや斬赫爪でも、そう簡単に傷をつけることはできていなかった」
「むしろグランドウェポンだからって簡単に傷付けられるんだったら苦労しないよ」
「それはそうだね」
「竜王の武器、ですか……。本当にこんな体の小さな少女が、そんなものを持っているのですね」
「お姉ちゃんはね、とーってもすごい人なんだよ!」
少しつまらなさそうにしていたアリアが、声を明るくさせながら言う。
なんて可愛いんだと後ろからぎゅーっと抱きしめ、頭に頬ずりをする。こんな可愛い妹、現実にもほしいと最近はちょっと大人しくしている詩月の普段の行動を思い出し、しみじみと思った。
「話が少しそれましたね。他にも竜の攻撃を退けることができる装備をいくつか保有しております。ですが、竜王の系譜にそれが有効なのかはいまだに分かりません。ここ300年の間に数多くの犠牲を出しながらやっと作り上げることのできた、紫竜王の毒を一時的に無効化する魔術道具も、有効かどうかも分かっていません」
フローラの言葉を聞いて、おや、と思った。
「全面的に協力します。報酬も弾みますし、王の毒を無効化する魔術道具も差し上げます。なのでどうか、協力してくださいませんか?」
『ショートストーリークエスト:【民を想う悠久を生きる花の姫】が発生しました』
『グランドキークエスト:【紫の王への挑戦権】が開始されました』
ここでグランドクエストが発生した。
反逆の旗印はまだ進まないのを見るに、あれは竜王まで進ませてからやっと出てくるのだろう。
バーンロットは少し特殊で、眷属ではなく眷属の要領で作り上げた人形に自分の意識と一部の力を詰めていたが、恐らくだが本来は眷属を倒して王への挑戦権を獲得すると同時に、反逆の旗印が進むのだろう。
「ボクは構いません。でも当然ボク一人で全部決めるわけにはいかないので、仲間を呼んでも?」
「構いません」
「ありがとうございます。じゃあ仲間を呼ぶのでギルドハウスに行きましょう」
そう言ってアリアを膝の上から降ろして立ち上がるが、すぐに彼女がこちらを向いて抱っこと言わんばかりに腕を上げたので、だらしなく表情を緩めてひょいと抱き上げた。
変な欲望交じりの好意ではなく、アリアみたいに純粋にお姉ちゃんに甘えたいという好意を向けてくれたら、変に冷たい対応をしなくても済むのにと、自分の妹の暴走を思い出して小さく息を吐いた。
♢
「本当、ヨミはグランドクエストに関わる星の下に生まれているのね」
「ボク、シンカーさんにはまだメッセージ飛ばしてないはずなんですけど」
「君から連絡があった時点でオレから連絡したよ」
「手が早いね、ジン」
「あの……ヨミ様が今度は妹みたいな扱いを受けているのですが……」
「ノエルはいつもヨミのことをああやって可愛がっているんだ。ヨミは小柄だし、妹っぽさがあるからだとさ」
「は、はぁ……?」
グランドクエスト【反逆の旗印】に関わっているメンバー全員と、考察要因としてシンカーを呼んで銀月の王座のギルドハウスに集合。
真っ先にすっ飛んできたノエルにはしっかりと捕まって後ろから抱きしめられており、さっきまでアリアにデレデレだったのを見ていたフローラはどこか呆れた様子だ。
「それで、どんな情報を手に入れたのかしら」
「手に入れたというか情報が向こうからやって来たって感じですね。このクエストを発生させている状態でマーリンと親しくしていること、このクエストの内容をマーリンに共有していることが、もしかしたら進行するカギだったのかも」
「あり得るわね。FDOには、特定のクエストを発生させてそれをキーパーソンとなるNPCに共有することで、ヒントとなる情報を手に入れることができるものも多数あるし」
アンボルト討伐の時も似たようなもので、挑戦権を獲得している状態で、かつユニーク武器のアオステルベンを所持していてそれをアンブロジアズ魔導王国内の軍内部にて一定以上の地位を持つNPCに見せることで、協力を得られた。
グランド関連は特にNPCの協力が必要になることが多いので、いきなり帝国のお姫様がやってきたことには驚いたが、今までのことを考えると納得できる。
「さて、それではまず紫竜王ヴァイオノムについての情報の共有としようか」
マーリンが一回手を叩いてから口を開き、ヨミも少し聞かされたヴァイオノムの情報の開示を行う。
九つの首があること、血液にも猛毒があること。
首を切り落としても再生すること、その際に首が倍になって再生すること。
切り落とした際に傷口を即座に焼けば再生を一時的に阻害できること。焼き防いだ際は、その後再生してしまうが倍に増えることはないこと。
途中でアーネストがどうしてそこまで詳しいのかと口を挟んだが、しっかりとその辺も話していた。
バルムンクを所持していること、そして長い歴史の中で国を挙げて何度もヴァイオノムに挑んでいること。
数多くの犠牲の上に、ようやくこれだけの情報を入手したこと。
「聞けば聞くだけ、ギリシア神話のあいつだな」
ヒュドラはギリシア神話の化け物で、バルムンクは北欧神話ニーベルンゲンの指環の英雄ジークフリートが持っていた剣。
色々入り混じっていることに、シエルが苦笑する。
「バルムンクがあるから混じってるけどね」
「へラクシア帝国に、英雄ヘラクレス的立ち位置のNPCがいそうだな。ゴリゴリに武闘派の」
「お前はそういうのと戦いたいだけだろ戦闘狂」
「最近ヨミがつれないから」
「こっちもこっちで忙しいんだよアホ」
アーネストはどこまで行ってもアーネストのようだ。
妹のイリヤもアーネストの戦闘狂ぶりには少し困っているのか、呆れたように小さくため息を吐いている。
「今のところ分かっているのはここまでです。もっと調べることも可能なのでしょうが、これ以上は……」
「ヨミちゃん、私たちがゾンビ戦法して情報集めるって手段やる?」
「構わないけど、何回もヤバい毒で体溶かされることになるけど」
「え、やだ」
「ボクもやだよ。ロットヴルムに何度も挑んで、何度も体腐らされてるし」
違うかもしれないが、感覚的には似ているかもしれない。
自分の体が端から腐敗して崩れていく。ゲームだからまだいいものの、それでもまだゾッとする。
「でももっと情報を集めるには一回挑まないといけないよね」
「ゼーレの言う通りなんだけど、今のボクらには時間がない。西方にいるであろう灰竜王シンダーズデスに、赫竜王バーンロット。ただでさえ七面倒な竜王が三体同時に、別々の国を襲撃する可能性があるし、何より一番面倒なのはバーンロットが攻めてくることがほぼ確定したことなんだよね」
「となると、私たちがヨミちゃんたちと一緒に紫竜王に挑みまくって情報をゾンビ戦法でかき集める、なんてこともやりづらい」
「まず、紫竜王の眷属を探し出すことも必要ですしね」
「本当、どうしてこんなに面倒な仕様にしたのじゃろうなぁ」
美琴に視線を向ける。
このゲームの運営会社であるRE社その社長は、美琴の父親である雷電龍博だ。
なんでこんな鬼畜難易度にしたんだと目で抗議するが、それに気付いた美琴は気まずそうにすーっと視線を逸らした。
「……もうこうなったら最終手段取るしかない?」
「最終手段?」
「ボクと美琴さんで、リスナーに協力を呼び掛けることです」
「それの何が最終手段、」
「美琴さんのところにはあまりいない印象ですけど、ボクのリスナーの大半は変態なので。ゴルドフレイの時はステラのためにっていう思いが強かったけど、今回はステラのための行動じゃないから、何か見返りを要求される可能性があります」
逞しい変態共だ。
どうせボイスを販売してほしいとか、シズの考えた様々なコスプレを配信内で来て、それで撮影会を開いてほしいとか言われるかもしれない。
その可能性を示唆された美琴は、表情を固まらせる。
モデルとして活動していて撮影されることに慣れていても、大勢に見られながらの撮影にはもしかしたら慣れていないのかもしれない。
「あの、でしたら私も協力しましょうか? ステラ様というのは、そちらにいるエヴァンデール王国の王女様ですよね? 私もへラクシア帝国の皇女なので、お役に立てるかと、」
「それだ!?」
「ぴゃっ」
思わず大きな声を上げてしまい、フローラが可愛らしい声を上げる。
すぐ目の前に現役のお姫様がいるのに何で思い至らなかったのだろうと自分の言動を反省し、ヨミはすぐに考えていることをみんなに共有してからすぐに実行に移すことにした。




