エルフのお姫様は超絶美人
リトルナイトのお姉さん吸血鬼たちに愛でられながらシンカーと議論を重ねた後、ヨミはフリーデンに戻る。
そしてアリアが駆け寄ってきたのでしっかりと捕まえて、町の中にあるベンチに腰を掛けてアリアを膝の上に座らせて日向ぼっこした。
今はなんだか、こういう癒しが無性にほしい気分なのだ。
「アリアちゃんはふわふわであったかくていい匂いがするねぇ」
「えへへー、ありがとー! お姉ちゃんもいい匂いする!」
「ありがとう。可愛いねぇ」
よしよしと柔らかな髪をそっと撫で、だらしなく表情を弛緩させる。
あぁ、なんという強烈な癒しなのだろうか。この子そのものがまるで太陽みたいだと、ヨミに構われてキャッキャとしているアリアに癒されている。
始めてアリアとあった時とは比べ物にならないくらい、表情豊かで明るい。
あの時はセラがロットヴルムの腐敗に蝕まれて日に日に衰弱していっていたので、家族が大好きなアリアにとってそれは辛い日々だったはずだ。
そこにおとぎ話で聞かされるような真祖吸血鬼がやってきて、最初は少し警戒されているようにも感じたが、セラがいよいよ危険だとなった時は真っ先に泣きついてお願いしてきた。
そしてソロで赫竜を討伐し、セラを蝕む腐敗から解放したことで、アリアからの好感度が急激に上昇して今に至る。
そのおかげでか、アリアはヨミがフリーデンにいてかつ彼女の視界の中にヨミがいれば、すぐに駆け寄ってくるくらいには懐いてくれた。
そのムーブは元気いっぱいな妹そのもので、なんだかんだでシスコンの気があるヨミにとって小さな女の子に、お姉ちゃんと呼ばれて慕われるのは嬉しい。
アルマももっと弟っぽく甘えてほしいところではあるが、思春期男子だしアリアのお兄ちゃんとして振舞っているので、そういうみっともないところは見せられないのだろう。
「相変わらず、君たちは仲がいいようで何よりだね」
「あ、マーリン」
「王様! いらっしゃーい!」
アリアが小さなバッグの中にシャボン液とストローを隠し持っておりそれでシャボン玉を吹いて遊び、そんな彼女の頭に蝶が一匹止まってそれが可愛かったのでスクショ連射していると、聞き慣れた声が聞こえた。
顔をあげるとそこには、もはや王様の格好ではなくアホほどこの町になじんでいる普通の服を身にまとっているマーリンが、微笑ましそうにしてこちらを見ていた。
「いつものあの服はどうしたの」
「毎回ああいう格好で来るわけにも行かないからって、ここの服屋で服を買っておいたのさ。僕もこういう服は気になっていたしね。あ、僕だとバレないように幻影魔術で姿を変えて購入したから大丈夫だよ」
「別にそこは心配してないけどね」
というかそんな幻影魔術による変装もできるのかと、そっちの方に驚いた。
今のところヨミのMPは全部、血魔術に影魔術、その上位版である血壊魔術に暗影魔術、後はそのほか強化系の魔術に失った分の血の補填に使われている。
それでもMPは余ることが多いので、何か他にも魔術を覚えておくべきかもなと思っていると、彼の後ろに人がいるのが見えた。
「あぁ、悪いね。紹介が遅れた。ほら、こちらに」
「……本当に、真祖と仲良くしているのですね」
「彼女はいい子だよ。何より竜王を倒してくれている」
「別に、それは疑っていません」
促されて前に出てきたのは、エルフのお姫様だった。
お姫様と紹介されたわけじゃないのにそう感じたのは、顔立ちがどことなくマーリンと似ており、目元は本当にそっくりだ。
あとは彼女にとっては地味な服なのかもしれないが、こっちからすれば十分豪奢なドレスのような衣服に身を包んでいる。
それもあってお姫様と感じてしまった。
「紹介するよ。彼女はフローラ・ローズ・へラクシア。へラクシア帝国の第一王女で、僕の親戚だ」
「初めまして。ご紹介に預かりました、フローラ・ローズ・へラクシアと申します。以後お見知りおきを、真祖吸血鬼ヨミ様」
「マジでお姫様なんかい」
お姫様みたいではなく、マジもんのお姫様だった。それも現役の。
別に現役お姫様を見るのはこれが初めてではない。マーリンの娘のリリアーナを知っているし、たまに城に赴いた時に言葉を交わすし何なら一緒にお茶もしたこともある。
マーリンの娘ということもあってか性格もよく似ており、結構フランクに会話してくれるのでそこまで強くお姫様だとは感じなかった。
何よりメイド服を好んできているのも大きいだろう。
「……マーリン、どう見てもシスコンにしか見えないんですけど」
「事実、ヨミはシスコンだよ。アリアは彼女の妹ではないけど、本物の妹のようにそれはもう毎日可愛がっているようだ。ヨミがいない時にここに来ると、いつも楽しそうに、嬉しそうに色々教えてくれるよ」
「アリアちゃーん? 何を教えてるのかなぁー?」
「あひゃひゃひゃ!」
後ろからアリアのもちもちほっぺを軽く摘まんで、もにーっと引っ張ったり手の平で挟んでもちもちする。
ほっぺをいじられて、アリアは楽しそうにけらけらと笑い声をあげる。
「とても、竜王殺しを成し得た英雄とは思えないですね」
「普段はこんなだけど、実力は確かだよ。前に金竜王の眷属の金竜がここに襲撃した時僕もここにいたんだけど、一緒に戦ってこの国の王族貴族の中じゃ一番彼女の実力を把握しているよ」
「何故逃げなかったのです?」
「何故って、国王は自分の国をよくして民を守り導く存在だろう? 自分の身可愛さに民を、命を懸けて戦う人々を置いて逃げるだなんて、この国の魔導王としてできるはずがないだろう」
マーリンは常に、民の味方だ。
魔術バカとも評されるレベルで魔術が好きだが、その魔術バカなおかげでこの国には多くの魔術道具がある。
未だ値が張るものも多いが、そういうのを購入できない平民でもそれを手に入れられるように補助金を出したり、極端に魔術道具の制作者に有利になり過ぎないような法律も作って平等にしている。
誰もが魔術道具などを購入すれば開発者にお金が入り、開発者はそのお金を基にまた新しい魔術道具を作り出せる。
マーリンはそういうサイクルを上手く生み出し、今この国を潤している。
その土台を作ったのは、歴代のマーリンたちらしいが。
「とりあえず、僕が彼女を呼んだわけは、ヨミが持ってきてくれた情報を彼女が知っているからだ」
「というと、紫竜王の?」
「あぁ、へラクシア帝国の大きな湖、カロスアクラ湖に住み着きそこを毒で穢し二度と生物がすむことのできない場所にしてくれやがった、紫竜王ヴァイオノムの件さ。確認だけど、どのくらい奴について知ってる?」
「ついさっき、リトルナイトで仕入れたばかりの情報だけど、首が九つあって首を全て落とすか、命の削り切らなければ無限に再生を続ける高い不死性があること。当然のように血液まで猛毒であること、くらいだね」
「ふむ、思ったよりも情報があるみたいだね」
「ですが、まだまだ不十分です。その程度であれば、私たちはあの美しい湖を奪われることも、あそこを穢されることもなかった」
余程そのカロスアクラ湖を大事にしてきていたのだろう。
それを生物が二度と住めない毒の湖に変えられてしまい、フローラは強い怒りを静かにあらわにする。
「全ての首というわけでもないのですが、紫竜王の首を落とした場合その傷口から首が倍になって再生します」
「ヒュドラじゃん」
「ひゅどら……?」
「あ、こっちの話です」
こっちの世界にはヒュドラはいないようなので、あまり気にしないでほしいと続きを促す。
「倍になって再生することを防ぐこと自体は可能です。焼いて塞ぐと一定時間再生を封じることはできますが、最終的には元通りになります。ただ、焼き塞いだ場合は倍になって再生することがありません」
「なるほど。……え、この話ができるというか知っているということはつまり、へラクシア帝国には竜王の首を落とすことができる手段があるということですか?」
こういう話は知っていなければ絶対にできない。
普通に聞いていたが、こちらの世界では竜王の首を落とすことは非常に困難どころかほぼ不可能のようなもの。
ステラがゴルドフレイに止めを刺せたのだって、彼女の持つアスカロンによる固有戦技解放、その一撃で消し飛ばせるように、ヨミたちが全力でHPを削りに削りまくったからだ。
100万の軍勢を用いても倒すことのできない存在。それが竜王という怪物。
それを、殺すことはできずとも複数ある首を切り落とすことができている。
この世界においてその軍事力というのは、それこそトップクラスのものだ。
「竜王がこの世に現れ始めた頃、一人の剣士が紫竜王に一人挑み首を一つ落として帰って来たという逸話があります。考えてみれば竜王相手に一人で挑んで帰ってこれるはずもないのでのちの創作なのは明白ですが、そういう逸話が出来上がるのも納得のものがあります」
「竜に対する高い特効、竜特効付きの武器」
「はい。その剣は代々へラクシア帝国の宝剣として受け継がれており、今もなお紫竜王討伐の要の一つ、切り札の一つとして存在しております」
この世界にある竜特効武器は、素材が強力な竜から作られたもの、あるいは現実にある伝説や神話に基づいて作られた、有名なファンタジー武器だ。
フローラの話している竜特効武器がどんなものかは分からないが、剣と言っていたしもしかしたら現実のものかもしれない。
「その宝剣の名は、バルムンク。我がへラクシア帝国に伝わる、最強の竜殺しのための剣です」
名前を聞いた瞬間、ヨミの心の中の厨二魂に火がついて、バルムンクが超絶欲しくなった。




