考察ガチ勢との考察議論
「なるほど。ヴァイオノムの首が九つあることは分かっていたけど、まさかそれぞれが完全に独立した意識があるとはね」
「ボクも最初は驚きましたけど、よくよく考えるとアンボルトも首が三つあってそれぞれが独立した意識があったので、別に不思議じゃなかったですね」
「毒であることは分かっていたし、数少ない文献からも一回でも奴の猛毒を受けると腐ってしまうのも分かっていた。流石にプレイヤー相手だと、そこまで強い毒は効果を発揮しないでしょうけど、」
「ゴリゴリHPが減っていきそうではありますよねぇ。……ふぁ」
「ところで、どうして美女美少女に囲まれて王様みたくマッサージを受けてるのかしら」
「ヨミ様は真祖吸血鬼。つまりは魔族の王族。私たち末端の吸血鬼は、こうして王族に奉仕することこそが最上の幸せなのですよ」
「あ、そう」
前後左右に美女美少女がいて、髪を櫛で梳かされたり肩を揉まれたり、足を揉んでもらったりしているヨミは、その気持ちよさに眠気を少し覚え始めている。
シンカーが来るまでにも彼女たちから、救出された吸血鬼の女性の中に実際に異性に対して強い恐怖を覚えるようになった人もいると聞かされているし、彼女たちも正直男は苦手だと語っていた。
見た目は完ぺきな美少女だが中身は大分女の子に寄っており、ちょっと前に枝毛を見つけてちょっと嫌な気分になっているくらいには女の子になっているが、それでも中身は男のまま。
こうしてちょっと歪だがLikeの意味での好意を向けられている今のこの状況が一番いいので、それを壊さないためにも元より言うつもりはないが元は男だということは隠し通すと決めた。
「シンダーズデスに関しては、よく分からないみたいです」
「でしょうね。あいつは文献の少なさだけで言えば赫竜王と黄竜王に匹敵するくらいだわ。紫竜王もだけど。ま、能力が死を強制させるってものだし、死はあらゆる生物から忌避されるものだから当時の人の気持ちは分からなくはないけど」
「これに関しては、自分の足で南方諸国に行って自分の目で確認するしかなさそうですね」
「既にあたくしのギルメンを送り込んでいるわ。以前見つけた灰竜王に関する情報のある遺跡。あそこに何かまだ見落としているものがあるかもしれないから、以前行った時以上に隅々まで探すように言っておいたわ」
「そういうシンカーさんは?」
「あたくしはアンブロジアズ魔導王国の書庫で情報を集めるわ。あたくし、マーリン陛下から信頼を勝ち取ってて禁書まで読むことができる権限があるの」
「それは頼もしい」
そういやこの人、あの会議にマーリンから呼び出されて参加していたなと思い出す。
彼女の持つ情報収集能力は全プレイヤー中トップクラスなので、本来なら読むこともできない禁書まで手を出せるのは重畳だ。
「でも、灰竜王はともかく紫竜王は厄介ね」
「プレイヤーだと流石に通常の毒攻撃で即死攻撃はしないでしょうけど、NPCを連れて行ったら……」
「間違いなく、毒で瞬く間にグズグズでしょうね。この世界、結構NPCに厳しいから」
NPCは死んでしまえば、全く同じNPCがリポップすることは決してあり得ない。
ドン引きするほどのクオリティでリアリティを追及しているがゆえに、従来のMMORPGとは違う点が多くあり、同じNPCのリポップがないのもその一つだ。
現実と見まがうレベルのグラフィック。ヨミも、周りの景色と視界の端に映り込んでいるHPバーなどがなければ、きっとここは現実だと錯覚してしまう。
ここは、ただのゲームの世界ではない。もはや、電脳世界に作り出されたもう一つの世界だ。
NPCは現実の人間と同じ。死んだら戻らない。
気が狂っているんじゃないかと思うレベルでリアルさを追求していて、それでいて自由度と一部の例外を除いて快適性があるからこそ、FDOは神ゲーと呼ばれている。
「となると、NPCを引き連れてのクエスト参加はしないほうがいい……んだけど」
「これ国家防衛のクエストだから、まあ間違いなくNPCも出てくるんですよね」
「そもそもあなたが発生させた防衛クエスト、少なくとも三つの国でほぼ同時に起こるでしょうから、NPCの協力がないと人手が足りない可能性があるのよね」
「プレイヤー全部かき集めたらどうにかなりそうですけどね」
「あなたや美琴の呼びかけがあれば、まああり得るかもね」
「変態が集まる確率超高いけどね」
「ご安心くださいヨミ様。その場合、私たちがお守りいたします」
「あ、あはは……。気持ちだけ受け取っておきます……」
彼女たちはヨミのリスナーの変態度を知らない。
知らないほうが幸せなので知らせるつもりもないが、まあとにかく彼らからは遠ざけよう。
最前線を攻略しているアーネストが、ガチ勢に声をかければ優秀な助っ人が来るだろうが、グランドクエストを次々と発生させてはそれをクリアするか関わっているヨミのことを、あまりよく思っていない人が来るかもしれない。
全員から好かれようとは思っていないし、全員から好かれたら逆に怖いのでむしろよく思われていない人がいてくれた方がいいのだが。
「もっと何か分かればいいんだけど、後は考察するしかないですよね」
「そうね。とりあえず、かなり厄介であろうシンダーズデスについてにしましょう。奴はなんで、地上ではなく地下にいるのかしら」
「能力の強さは間違いない。実際、奴は多くの国を滅ぼしているのですよね?」
「えぇ。文献や壁画などから、相当数国を滅ぼしているわ。この時点で、シンダーズデスも人間なんかを恐れる必要ながないくらい強いのが分かるけど、それでもなぜか地下にいる。それはなぜかしら」
「地下にいることが能力の使用条件……なわけないですよね。だったらそんなたくさん国滅ぼせないし」
他の竜王は全て地上にいる中、唯一灰竜王シンダーズデスだけは地下に引きこもっている。
それ故に目撃回数はたったの一回きりで、姿を確認したのは発見した人のみ。そこからは人づて耳づてで伝わっていき、今では非常に曖昧で信憑性の薄いものとなっている。
「そもそも、死を強制するとは何なのかしら。アニメやマンガじゃ、一部の強敵やたまに主人公が使うのを見るけど」
「少し曖昧ですよね。プレイヤーからすれば、一発でHPが消し飛ぶとイメージしやすいですけど……現実で考えるとなると想像もできません」
「……死を与えるということは、死を知っているということになると思うわね。学校の教員と同じで、自分が担当する科目は当然他の人よりもずっと詳しい。それと同じ理屈で、シンダーズデスは死のことをこの世界の何よりも理解している」
「使い手が全部に詳しいわけじゃないですけど、能力的が『強制させる』だから確かに死を知っているとも考えられますね。じゃあ、超シンプルに、地下に潜っているのは死を知っているからこそ死が怖くて、引きこもっているとか」
「そんなノミの心臓じゃないと思うわよ、流石に」
「ですよねー」
では何で地下にいるのかと、もう一度頭を捻ってみる。
「あのー、人間族は死んだ際その死体を棺に入れて、地面に埋めるという風習があるのですよね?」
ずっとヨミの髪を櫛で梳いて、すっと撫でてはなんかうっとりしたような声を出していた女性吸血鬼が、頭の右側の髪の毛を三つ編みにしながら口を開く。
「そうね、こっちでは大抵はそうやって、棺の中に入れて地面に埋めるわね」
「死体を地面に埋める。ということは、死が地面の中に入るということで、その死を地面の中にいながら得ている、と考えてみたのですが……」
「うーん、いい線言っていると思うのだけれど、少し突拍子がないわね」
「じゃあ、死んだら地面に埋められる、というこの一連の動作を自ら行うように、自分で地面に潜ることで疑似的に死んでいるような感じにして、それで死の能力を得ているとかはどうですか?」
「ヨミちゃんは突拍子もないことを考えるのが上手いわね」
「その突拍子もない考えが当たったという前例がありますー」
ゴルドフレイの能力を考察し合っている時も、ヨミは空を宙と読み替えることもできるので、漢字の繋がりで宇宙から隕石を落としてくるのでは、と考察したことがある。
その時はそんな突拍子もないと一蹴されたが、実際に戦ってみたらマジだったという前例がある。
そのことを引き合いに出されてぐっと言葉に詰まるシンカー。ちょっと勝ち誇る顔をするヨミ。
「ま、まあ、結局まだ考察に過ぎないことだし? 可能性の一つとして受け取っておきましょう」
「あ、逃げた」
だが今のはヨミも少し大人気なかったかと反省し、気付いたら三つ編みハーフアップにされた髪の毛に触れる。
自分でも髪の手入れをするようになってから、上質な細い糸を束ねたような滑らかで柔らかな感触にさらさらとした指通り。
ナルシストとまではいかないが、最近は自分の髪に自信を持っており、触れたくなるのがよく分かる。
こういう髪型も悪くないなとふっと笑みを浮かべ、ヨミは引き続きシンカーとの考察合戦をしようと彼女の方を向き、再び自分の考えを口にして、再びシンカーとああでもないこうでもないと議論を重ねた。




