知り得ること
ケーキを堪能した後、ヨミはすぐにリトルナイトに飛んだ。
エマとステラはワープポイントを使えず、移動するのにも時間がかかりすぎるためフリーデンでお留守番。そのことに不満げだったが、ステラは軽くハグをしてエマには額に軽くキスを落とすことで大人しくなってもらった。
ステラは少しの間、と言ってもそんな何時間もというわけではないが離れるので、ヨミの温かさを堪能するように抱き着き返して、エマは人にお見せできないレベルの顔をして蕩けていた。
本当にこの真祖様はと呆れながらフリーデンのワープポイントに向かおうとして、アリアがヨミの服の裾を引っ張ってちょっと頬を膨らませていたので、抱っこしてからエマの同じように額にキスをした。
今この場にノエルはいないが、どの道ゼーレ経由でバレるだろうから現実の方で甘噛みでもしてやろうと画策し、アリアを下ろした。
アルマもこちらを見ていたのでいっちょからかってやろうと手招きしたが、真っ赤になって逃げられた。
「エマ様はお連れにならないのですね」
「ボクら冒険者は転移手段があるけど、エマたちにはありませんから。今日はお留守番です」
「そうですか……」
リトルナイトに飛ぶと、エマとヨミは見た目がそこそこ似ているので一瞬エマが帰って来たと騒がれ、真っ先にブランが飛んできて飛びつかれそうになったが、直前でヨミだと気付いて止まってくれた。
リトルナイトを見回してみると、エマの言う通り吸血鬼が増えている。特に女性が。
銀髪紅眼のヨミが来て、エマ以外にも真祖がいたのかと驚かれ、まだ魔王国の王族の血は絶えていなかったのかと感涙された。
見たことのない吸血鬼が集落にいて、家族や恋人との再会に今もなお喜び合っている光景を見ることができるが、同時にどうしようもない空白と長年人間に虐げられたことによる心の傷というのを、見て感じることができた。
同じ種族内であれば異性に見られることは平気なようだが、もし人間の、それもノーザンフロスト王国側の人間や反魔族意識の強い人がいたら、何十年、百十数年という長きにわたって虐げられた心の傷がえぐられるだろう。
しばらくの間、特にアーネストはここに来ないほうがいいと言っておいた方がよさそうだ。
「ところで、ヨミ様はどうしてこちらに?」
「エマから、連れ去られていた人たちが帰って来たと聞いたんです。だからまずは様子見をと」
「なるほど。丁度いいです、皆さんにヨミ様のことを紹介したかったので」
「紹介?」
「えぇ。二度も竜王を討伐し、二度も赫竜王を相手に生き延びた最強の真祖であるヨミ様のことを」
「ちょっ」
わざとらしく声を張り上げていうブラン。
するとそのことを知らない帰って来たばかりの人たちが、一斉にヨミの方を向いた。
視線が一瞬で集中してびくりと体を震わせ、反射的に逃げようとするが後ろに回り込んだブランに肩を掴まれて、そのまま前に押されてしまった。
「竜王を二体も倒したって本当ですか!?」
「赫竜王相手に二度も生き延びたなんて、流石は真祖様だ!」
「エマ様とはどういったご関係で?」
「嗚呼、愛しの姫君であるエマ様と勝るとも劣らない可憐さ……。たくさん愛でたい……」
「やはり竜王は強大な存在でしたか?」
「ちょっと御髪に触れてもいいですか?」
「是非ともご奉仕させてください、真祖様!」
ヨミの見た目が可愛らしい小柄な少女であること。吸血鬼からすれば、王族である真祖の証である銀髪に赤い目を持つこともあり、瞬く間に囲まれてしまう。
ブランが紹介したいと言ったこととは全く別の理由で寄って来た人もいるが、まあ別にいい。
中に一人、なんかちょっとヤバそうなのがいたので、その人からは少し距離を取りたいところではあるが。
「ま、まずみんなに聞きたいことがあるんですけどっ、いいですかっ」
あれこれ質問をされる前に、ヨミの方から聞きたいことがあるので質問攻めになる前に問いかけることにする。
そのおかげで吸血鬼たちは大人しくなり、何だと待ってくれる。
「今、アンブロジアズ魔導王国、へラクシア帝国、あともう一つは分からないんですけど南の方に、竜王が攻めてくる可能性が非常に高いんです。どの竜王が攻めてくるのかは分かっていて、アンブロジアズ魔導王国には赫竜王バーンロット、へラクシア帝国は紫竜王ヴァイオノム、南のどこかの国には灰竜王シンダーズデスが攻め込んでくるかもしれないんです。赫竜王はともかく、他二体に関する情報が全くないので、本当に些細なものでもいいので知っていることがあれば教えてほしいです」
今はとにかく情報が欲しい。
クエスト自体は変なところでいきなり飛び出てくることがあるが、クエストの対象は自分で探すしかない。
特にグランド関連はヒントが致命的なまでになさすぎるおかげで、既に二体倒しているにもかかわらずそこまで情報が豊富というわけではない。
グランドと直結しているショートストーリークエストをクリアした場合、そのクエストの中心であるNPCの過去が詳細に明かされる程度で、そのNPCの視点から見たグランドの情報は手に入る。
手に入るのだが、それはNPCの視点で見たものであってあっているかどうかの確証はない。
あまりにも情報が少ないので、何か見落としているものがあるのは間違いなく、それはシンカーにも協力して探してもらっている。
「ヴァイオノムについてなら、姿だけなら知っていますよ真祖様」
「本当ですか!?」
ノエルと身長があまり変わらず、見た目の年齢も自分やノエルと同じくらいの少女の吸血鬼が、姿だけは知っているという。
「はい。私が奴隷として仕えていた屋敷の書庫に、一つやけに厳重な封印が施されている分厚すぎる本があったんです。あのクソ豚野郎からはそれには触れるなと言われていましたけど、中身が気になったので長い時間をかけてそいつを私の虜にして言うことを聞くようにして、内容を吐かせたんです」
「しれっとすごいこと言ってないこの人」
「我々吸血鬼には、魅了の魔眼が備わっていることが多いんですよ。かくいう私も持っています」
ここに来て吸血鬼の隠し仕様を知り、まだ知らないことが多いなと苦笑する。
「それで、あの豚から聞いた話だと、紫竜王ヴァイオノムは触れたものを瞬く間にぐずぐずに腐らせる猛毒を操り、その毒が冒したものは時間が何千年過ぎようが決して元に戻ることはない。かつてこの世界にいた高い不死性を持つ森の賢獣であるケンタウロスが、毒に侵され酷く苦しんだ末に不死性を捨てることで苦しみから解放されたとあったそうです」
「めっちゃ聞いたことのある話だなぁ……。もしかして、ヴァイオノムって九つの首があるとか?」
「あら、ご存じだったのですか?」
モデルはヒュドラだったようだ。
「九つの首はそれぞれ完全に独立した意識があって、首同士で連携を取ってくる。首を全て落とすか、命の削り切らなければ無限に再生を続ける高い不死性。堅牢な鱗に身を守られており、それを突破しても血そのものが猛毒なので触れた時点で即死、等々、色んな事が封印されていた本に記されているようでした」
「一つ言っていい? 死ぬほど竜王攻略に必要な情報なのになんで封印されてるの?」
「ヨミ様。竜王という存在そのものが禁忌のようなもの。口にすることすらはばかられる破壊と死の象徴なのです。ヨミ様は既に二体倒し、最強の竜王から二度生還なさっておりますが、900年という長い年月一度たりとも倒されたことのない化け物なのですよ」
「そういやそうだった……」
情報が極端に少ないのは、そもそも竜王が攻め込んできた時点で国が亡びることが決定してしまうレベルの強さだし、すさまじい恐怖の対象となってしまうと人というのはそれに蓋をして隠してしまいたがる。
そうやってこの世界から竜王に関する情報というのはなくなっていき、竜王について記されているものは封印されるか禁書としてどこかに保管されるか、焚書されてしまう。
それでも後世に希望を託すものというのは必ずおり、それが現在において攻略の鍵となって存在している。
「シンダーズデスについては何か知ってますか?」
「灰竜王に関しては、特に。奴が体から発する死の灰に触れると、瞬く間に命を奪われてしまうということくらいしか……。ただ、これは私を奴隷として扱っていた豚が言っていたことですが、死を強制させるという能力を持ちながら四色最強ではないのならば、何かしらの手段で防ぐ手立てはあるのではないか、と」
「それはマーリンも同じこと言ってたな……。ゴルドフレイはエネルギーを体にまとうことで自分自身を強化していた。それこそ、音速を遥かに超える速度で自分が砲弾となって突っ込んでも、無傷でいられるくらいには」
金竜王だから四色最強にいたのか、あるいはシンプルに金竜王と灰竜王との間に差があっただけなのか。
それは実際に戦ってみなければ分からないことだが、死を強制するというぶっ壊れもいいところな能力なのに四色トップじゃなかったのだから、理不尽極まりないことに変わりはないが抗えない理不尽からまだ対抗できる程度の理不尽まで格は下がった。
ゴルドフレイの素材はまだあるし、クロムやフレイヤに頼んでその素材を使って周りに結界を張る装備でも作ってもらおうかと考える。
でもまずは、眷属だ。
紫竜王も灰竜王も、まだ眷属すら分かっていない。
眷属は王の下位互換の能力を持っているが、由来が王のものなので強力無比。
灰竜王の死の能力の攻略法は、まずは眷属と戦ってから見出すしかない。
「でもシンダーズデスはどこにいるのか分かってないし、眷属もどこにいるのか分からないんだよなぁ……」
倒しに行こうにも場所が分からない。
ここはゲームなのだし、やみくもに探し回っていればその内当たりを引くかもしれないが、それだと時間がかかりすぎる。
シンカーは何か知っているかもしれないので、竜王の心核の情報をちらつかせながら聞き出すことにする。
その後もヨミは、本当に些細なこと、それこそ噂話でも何でもいいから教えてほしいと言ったが、ヨミのことを囲んでいる吸血鬼たちは奴隷として虐げられ続けた生活しかしておらず、外の世界の噂話にかなり疎かった。
中には、捕まってから一度も外に出してもらえずに、無理やり主人にさせられた男の欲のはけ口にされ続けるだけの生活を続けていた人もおり、これ以上彼彼女たちから話を聞こうとするのはよくないと判断して話を切り上げた。
直後に、女性陣が一斉にヨミに近付いてあれやこれやと質問攻めにしてきて、彼女たち曰くヨミに強く付いている女性の血の匂いが特に気になったようなので、ノエルたちのことについて軽く触れておいた。
その一時間後、何故かヨミはブランの家に案内されて、そこで髪を梳かされたりマッサージを受けたりと、まるで王様のような気分を味わった。




