テスト明けの暇な時
グランドーンを倒してからは特に何か大きな動きがあるわけでもなく、ゆったりとした時間だけが過ぎ二週間が経った。
この間に中間テストが放り込まれ、試験前と期間中は配信頻度を大幅に落とし、攻略をするでもなく勉強配信をするか、そもそも配信をしないでいた。
リスナーたちもそこはきちんと把握しており、配信がないからとSNSで騒ぐようなことはなかった。
そうして臨んだ中間テスト。日頃から予習復習は欠かさず行い、授業もちゃんと聞いてノートも取り、分からなかったことがあれば恥ずかしがらずに聞きに行くなどをしていたかいもあって、手応えはかなりあった。
あとはケアレスミスなどがなければ、1位は無理でも10位台には入れるだろう。
そう思っていたのだが、結果は予想外にも学年4位という好成績だった。
「詩乃ちゃん相変わらず頭いいよね」
「そう言うのえるだって24位じゃん」
「お勉強見てもらったからねー。詩乃ちゃんいなかったら多分50位とかじゃないかな」
「昔から勉強が苦手な方な姉さんがここまでいい成績を取るとはな」
「お前はボク以上に忙しくしてたのになんて10位台にいる?」
幼馴染組でちゃんと好成績を残したわけだが、三人の中ではのえるが一番下だった。
てっきり大きなゲームイベントがあるからと調整に勤しんで、そのゲームイベントに参加していた空が一番成績が悪いと思っていたのに、結果はまさかの16位。
クラスメイトも、なんでこいつこんなに成績いいんだ? と首をかしげていた。
「俺、プロゲーマーだけど勉強はちゃんとやってたし、そもそもこの高校は推薦で入ってることを忘れた?」
「そういやそうだった」
「俺からすれば、お前が早期一般入試でここを受けたことの方が驚きだけどな。先生もなんでお前が推薦じゃないのかって不思議がってたぞ」
詩乃は中学の時も成績上位者。模試を受ければ大抵はAかB判定を貰うくらいには優秀な生徒だったし、推薦を受けるのは詩乃だろうとまで言われていた。
だが実際は、詩乃は推薦を受けずに早期の一般入試枠で入試試験を受けて、推薦枠を勝ち取ったのは空だった。
なんで推薦を取らなかったのかと言われたが、真っ向勝負で挑みたかったから受けなかった、とは言えないのでその時は適当に誤魔化していた。
「まあそんなことより、中間も終わったし軽く打ち上げしない? カラオケとかさ」
「別にいいけど、姉さん音痴じゃんか」
「う、うるさいな! カラオケなんて楽しめればそれでいいじゃない!」
「音痴なのは空もだけどな。音痴姉弟」
「何々、カラオケ行くの? あたしも混ぜてよ」
打ち上げをしようと話していると美月が混ざってくる。
彼女も一緒に試験勉強をしており、上位50人の中に食い込んでいる。
「いいね、人数は多い方が楽しいから歓迎だよ」
「やった。最近あまり詩乃たちと遊べてなかったし、ラッキー」
「……なんかごめん」
「気にしない気にしない。別にあんたらがFDOで忙しくして用がなかろうが、あたしはあの世界で商人してるだけだったし」
「今夜くらいに何か買いに行くね」
「毎度ありー」
こういうところは抜け目ないなとふっと苦笑し、チャイムが鳴ったので席に着く。
見知った顔は全員補修もないと確定して安心できたので、余裕の気持ちで授業に打ち込める。
先生が教室に入ってきて、起立礼をして次の授業が始まった。
♢
放課後、東雲姉弟と美月、美琴、華奈樹、美桜と共に学校を出て駅の近くにあるカラオケ店に足を運んだ。
途中で、空が男子一人になっていづらすぎるからとアーネストを召喚しており、女子六人男子二人という構成になった。
「とりあえず、みんな中間試験お疲れさまー!」
最初に誰が歌うのだろうと窺っていると、意外にも美琴が真っ先にマイクを握って立っていた。
生徒会長だしこういう人前に出て何かをするのに慣れているのだろうと思ったが、よくよく見るとただ浮かれているだけのようだった。
美琴がどんな曲を歌うのかと思っていると、平成の時代に流行ったアイドルグループの有名な曲だった。
元々の声が非常に綺麗なので、歌声も当然それはもう見事なもので。
モデルとして活動しているが、ちゃんとボイトレなどをすれば歌手としてもデビューできそうなレベルだ。
次に歌ったのは美桜で、選曲はまさかの演歌だった。
少し低めな声で力強く歌い、二年生組の幼馴染組が立て続けに上手いのを聞いて華奈樹はどうなんだと横眼で見ると、なんかちょっと苦い顔をしていた。
「ほら、次は華奈樹の番」
「わ、分かってますよっ」
差し出されたマイクをひったくるようにとって立ち上がり、これまた意外にもアニソンを歌い出した。
昔流行った鬼を狩る漫画の映画の主題歌で、のびやかで力強い歌声ではあったが美琴と美桜と比較すると、普通だった。
決して下手というわけではない。むしろ上手い部類には入るのだが、先二人が飛びぬけて上手すぎるせいで普通に感じてしまった。
「もう、毎回思いますけどどうして二人はそんなに昔から歌が上手なのですか」
「何でって言われてもねえ」
「私はただ、志桜里と一緒によく歌ってたから」
「美琴さんの歌の上手さはわけもなく上手いってことは絶対にないですよ」
絶対昔何かボイトレ系を少しやってたはずだ、と言い切れそうなくらい歌が上手かった。
その辺を詳しく聞こうと思ったが自分の番が回ってきたので、ここは一度諦めてマイクを取って立つ。
何を歌おうかと悩んでいたが、とりあえずアニソンでいいやと適当に紫色の巨大人型決戦兵器が登場するアニメのオープニング曲を入れた。
今でも名曲アニソンとしてたびたび音楽番組で取り上げられており、詩乃もアニメから映画まで全部見ているので問題なく歌えた。
いつもはのえると空の前だけで完結していたが、今回は倍の人数に見られているので少し緊張していたが、多少の音程のブレだけで済んでよかった。
そう思いながら席に戻ると、美琴がじっとこちらを見ていた。
「な、なにか?」
「いえ、詩乃ちゃん歌結構上手なのね」
「そう、でしょうか? 美琴さんと美桜さんと比べちゃうとどうしてもですけど……」
「そんなに上手なら、」
「いやです」
「まだ何も言ってないんだけど?」
「歌配信なんて絶対にしません」
今でこそ数千人や数万人集まることに慣れてきたし、その前で恥ずかしいやらかしを晒すのはまだ恥ずかしいが最初の頃ほどじゃない。
だが歌だけは別だ。
自分では特に上手いと思ったことはなく、むしろ普通の部類だと思っている。
そんな普通の歌を、大勢の前で発表できるかと言われたら、無理だ。恥ずかしくて死ねる。
「私も詩乃ちゃんのお歌配信いいと思うけど」
「その場合ノエルも強制的に巻き込むけどいい?」
「……つ、次私の番~」
自分が音痴なのを自覚しているのえるは、詩乃からの反撃に言葉を飲み込んで逃げるように立ち上がった。
彼女が歌うのは、最近話題沸騰中の女子高生シンガーソングライターの曲で、アップテンポで明るい曲調だ。
のえるが歌うことに何ら違和感を覚えないものだが、音痴すぎて朗読しているように聞こえてしまう。
それがまた面白可愛いところなのだが。
「そんなに嫌?」
「いやです。そもそもボクの配信には変態が大量発生してるんですよ? ボクがやること全てを肯定してくる人もたくさんいるし、特に声に関しては妙に評価が高いんです」
「あら、いいことじゃない」
「それに関しては嬉しいんですけど、声だけで変な妄想してることを暴露してる輩がいるんです。そんなレベルの高い声フェチのリスナーがいる中で歌配信なんてやったら、それこそ暴走列車みたくなりますよ」
一番よく見かけるのは、ヨミの悲鳴を聞いて「助かる」とか「ガンに効く・鬱に効く」などの意味の分からない文言だ。
全員が全員本気で言っているわけじゃないのは分かっている。だが中には本気で言ってる輩もいるのも事実。
詩乃は見た目通りの、清楚で幼さ残す声なので変態紳士からすれば非常に妄想しやすいようで、空経由で「ヨミ」の専スレで妹だというシチュエーションで書きこんでる人が大量にいることを聞かされている。
全くもって度し難い。
「そっかー、もったいない」
「どうしてもというなら美琴さんも巻き込みますが」
「私は別に、人前で歌を披露するの苦じゃないけど?」
「そういう人でしたねそういえば」
モデルをやっている時点で、人前で何かを披露するということが吹っ切れているのだろう。
「でも歌はダメなのに踊りは平気なんだ」
「踊り……? あぁ、ボクの装備スキルの」
「そう。あれも踊ることでゲージが溜まって、いっぱいになったら使えるようになる奴でしょ? 歌はダメなのに踊りは平気なんだなーって」
「踊りはまあ、何とか。下着とか見られないように気を付ければちょっと恥ずかしいだけですし、あの耳飾りを使えるようにするための踊りは戦いの中で剣舞として誤魔化せますし」
ちゃんと踊ってあの耳飾りの能力を使った回数の方が少ない。
それくらいゲージの蓄積条件が緩いし、使ったら非常に強力だから強敵相手なら積極的に剣舞を混ぜ込んでいる。
「そういう話題でちょっと盛り上がれるの、ちょっと羨ましいわねやっぱ」
「じゃあ美月もボクたちと一緒にグランド挑んでみる?」
「遠慮しとく。戦闘系スキルは詩乃たちほど育ててないし、ただ邪魔になるだけなのが目に見えてる」
「育成にも手を貸すけど?」
「あたしは商人しながらスローライフしてるだけで十分。グランドクエストに関わってるあんたらが、羨ましくないって言ったら嘘になるけどさ」
美月も楽しいからと誘ってみたが、少し羨ましいと言っておきながらもあっさりと断られた。
「ま、詩乃たちがどんどん進めていくんだったら、あたしもより良い商品を集めるようにしとくから、その時はまたご贔屓にってことで」
「分かったよ」
「宝田さん、私たちもいいかしら」
「全然かまいませんよ。レッドネームプレイヤーじゃなければ、あたしは基本歓迎しますので」
「赤ネームはそもそも町に入れないけどね」
「抜け道はないこともないけどね」
抜け道と聞いて、ゼルのことを思い出した。
あいつも確か、何かアイテムを使って抜け道を無理やり作って町に入り、詩乃にPvPを申し込んで来た。
速攻で太ももで挟んで首の骨を折って沈めたのが、なんだか懐かしい。
今頃、詩乃たちが着々とグランドクエストを進ませていると知ってどうしているのだろうか。
きっと今まで通り、本当だったら自分がー、とか言っているのだろうなと思いながら、注文して届いたポテトを受け取って揚げたてのそれを一つ摘まんで食べた。




