貴族はプライドを粉微塵にされるとどうなるのか
貴族たちをメスガキムーブでひたすら煽りまくった結果、ヨミは貴族三人と決闘をすることになった。
人知れず済ませてしまいたかったがマーリンがそれを把握しており、何故か彼自身が大々的にこの決闘を広めてしまった。
結果、城中の使用人から警護している警備兵、王族直属の近衛隊まで全部が城の中にある決闘場に集まってしまった。
ここまで大々的で派手な催しになってしまいヨミは頭を抱え、クロムは腹を抱えてゲラゲラ笑っていた。
「というかあの場にいなかったはずのマーリンが何であの場の会話を一言一句違わずに把握してるんだか……」
エルフの血が流れているということが判明したので、何かしらの魔術が城全体にかかっており、それで把握しているのだと思うことにした。
また、せっかくだからとマーリンからヨミに合ったサイズの女性用騎士服を用意してくれており、それに袖を通している。
普段のゴシックドレス風のアバターと違って、着慣れておらず少し硬さのある新品でありながら、伸縮性や通気性に優れており軽く体を動かした感じでも、非常に動きやすい。
真っ先にノエルに見せたら速攻で抱き着かれて、胸に顔が埋まって危うく窒息死するところだった。
これだけ喜んでくれてヨミも嬉しかったが、これから戦う貴族たちはそれが気に食わないようだ。
ランパート侯爵は身の丈ほどの大きな杖、バルカ男爵は腕の長さ程度の杖、バスター子爵は少し長めの枝のような杖を持ち、揃って殺意の籠った目を向けている。
決闘場のバトルフィールドに入る前にリリアーナからネタバラシを受けたが、何でもこの騎士服はマーリンが直々に渡さない限り絶対に入手できない、近衛騎士の騎士服なのだそうだ。
道理で動きやすさが段違いなわけだと苦笑し、同時にそんなものをなんで渡したんだと疑問に思った。
『さて、そこの四人。勝負は簡単、殺さない程度に戦闘不能にしたら勝ちだ。ヨミは命のストックの消費が確認されたら、その時点で君の負けだよ』
「つまり『血濡れの殺人姫』の連続起動はアウトってわけ……ですね」
『もう今更敬語じゃなくていいだろ。連続起動がアウトっていうか、まずそれを使った時点でオーバーパワーで君の反則負け。加減できない君じゃないだろうけど、万が一ということもあるからね。でも武器は君の相棒を使っても構わない』
奥の手の使用はダメでも、最強の相棒の使用はOKとはなんとも緩い。
それの方がやりやすいし心をへし折りやすいだろうから非常にありがたいが。
『それじゃあそろそろ時間だ。開戦の音頭は僕が取らせてもらうよ。……3……2……1……』
ゼロ、という言葉の代わりにマーリンが放った爆発系の魔術が決闘場の上空で盛大に爆ぜ、それが合図となった。
「「「『ブレイズランサー』!」」」
三人が同時に、同じ魔術を同じタイミングで放ってくる。
仲よしだなと思いながら、ブリッツグライフェンを取り出し両手に片手剣をそれぞれ装備し、血を燃やし強化魔術をかけてバフを重ねる。
戦技は必要ない。魔術の規模も炎の槍の数もすさまじく、ファンタジー世界でよくある貴族は魔術に優れているという設定を踏襲しているが、それだけだ。
魔術を使うことに優れていても、魔術で戦うことはまた別の話だ。
どれだけ広範囲に逃げ場をなくすように攻撃されたところで、攻撃が単調なら見切りやすい。
短く息を吸い集中して、地面を蹴って加速する。避けるでもなく、自ら弱点である炎の槍に向かって走る。
早々に勝負を捨てたのだと勘違いしているのかいやらしい笑みを浮かべているのが見え、その笑みを歪めてやろうと多少のダメージを受けることを覚悟して魅せプすることにする。
もし戦っている相手がプレイヤーであれば、逃げ場をなくすように広範囲にするのではなく、ヨミの攻撃速度でも間に合わない密度でピンポイントに狙ってきただろう。
ゲームとはいえ、実戦形式で経験を積んでいる相手と、この世界で生きているが実戦形式での経験を積んでいない高威力の魔術の使えるNPC。どっちが強いかと言われたら、断然前者だ。
自分に当たる物だけを見極めて、軽快なステップを踏みながら舞を舞うかのように、両手の剣を振るいながら進む。
ただ炎の槍を斬るだけだと爆発してそのダメージが入ってしまうので、斬ってすぐに回避行動を取ることで爆破によるダメージを最小限に抑え、自己再生能力だけで十分回復できるようにする。
「初手から炎を選んできたのはいいけど、こんな雑な攻撃じゃボクには当たらないよ!」
そう言って炎の槍衾を全部弾き、受けたダメージを全体の二か三割程度に抑え込んだ。そのダメージも、瞬く間に自己回復によってなかったことになる。
すぐにランパート侯爵が杖の石突を地面に叩きつけるようにして、地面に魔力を流す。
なおもヨミは前に進んでいき、地面から細い岩の円推が大量に飛び出てくるが、全部見切って回避。
最後の一本は地面にいたままだと串刺しにされそうだったので飛んで回避すると、バスター子爵が右手に持つ杖の先から強烈な光を発しているのが見えたので、血の盾を作ってその裏に身を潜める。
直後に炎と同様最大の弱点属性である聖属性による光の攻撃が放たれるが、強烈な光のおかげで影が色濃くできて盾の裏にある影の中に潜り、地面に落ちている盾の影から飛び出る。
あのままバスター子爵の背後の影から出てもよかったのだが、やったらあの三人が負けた時に反則だなんだとうるさそうなので、やらないでおいた。
あとそれだとあっという間に決着が着いてしまうし、あの三人も自分の魔術の疲労ができないだろうからという、せめてもの慈悲だ。
「いつの間に!?」
「伝承では、真祖は影に潜ることができるという! うかつに聖魔術は使うな!」
「このっ……! 『ブレイズトルネード』!」
バルカ男爵が炎魔術を使い、炎の竜巻をヨミに向かって放ってくる。
竜巻ならとヨミは左腕を前に突き出して、血壊魔術を一つ起動する。
「『クリムソンドレイク』」
血を大量に消費して血の龍を作り、それを炎の竜巻にぶつける。
一気にHPが減るが、MPは有り余っているので失った分の血をMPを消費して補充し、消費した分のMPは高めた自然回復速度によりみるみる回復していく。
魔術の運用次第だが、実質的にMP消費なしでいられるようにしたのが強いなと毎度のことながら思い、このようなスキル構成にできるこのゲームのシステムに感謝する。
「血の龍だと!?」
「なんと不謹慎な!」
「やはり魔族! 不浄なる存在は排除すべきだ!」
「わめくのはいいけど、口より先に手を動かしたらどうか……なっ!」
「おぐぉ!?」
距離が残り十メートルを切ったところで、思い切り地面を蹴って武装状態での最高速度を叩き出し、右の剣の柄頭をランパート侯爵のみぞおちに思い切り叩き込む。
人の肉を殴りつける不快感に少しだけ顔を歪め、前のめりになって倒れてきたところを加減しながら蹴り飛ばして地面に転がす。
たった二発で意識を手放してしまったランパート侯爵は、誰が見ても戦闘不能となってしまう。
「侯爵!?」
「他人よりまずは自分の心配をしたらどうかな?」
「ぬおぉ!?」
あえて同じ攻撃を繰り出すことで、バルカ男爵に回避行動を取らせる。
魔術で防げという声が観客席から聞こえてくるが、ヨミほど速度と力に特化しており、かつ所持している武器がグランドウェポンなので生半可な魔術なんて容易く突破できるし、魔術で防ごうにもある一定の間合いまで入ると呪文を唱えるよりも体を動かしたほうが速い。
シエルのように近接もできる魔術師やガンナーであれば対応はできるだろうが、実戦経験の浅い相手だ。
決闘だというのに動きやすさよりも見栄えを重視した、ものすごく動きづらそうな貴族服のままここにいる時点で、相手はもはや負けているようなものだ。
左手の片手剣の柄をみぞおちに叩き込もうとして、バルカ男爵はそれを横に跳ぶようにして回避する。
だが右手の片手剣を変形し、背中にあるパーツを集めてヨミ本来のリーチよりも長くした右手で男爵の顔面を掴み、そのまま地面に叩き詰める。
「かっ……!?」
「お、咄嗟に防御を間に合わせたんだ」
今ので意識を刈るつもりだったのだが、防御を間に合わせたようで意識を刈り取ることができなかった。
仕方がないので手を放して影の中に潜り、地面に落ちて放置されている血の盾から伸びている影から姿を見せる。
「大丈夫か、バルカ男爵」
「あぁ、なんとかな……。しかし気を付けろ、あの細腕からは想像も付かない怪力だ」
『当たり前だろー。吸血鬼は怪力で有名な種族なんだ。ヨミの力の強さが見た目通りだなんて思わないほうが身のためだよ』
マーリンが野次を入れてくる。
もうヨミの勝ちを信じて疑っていない様子で、この戦いが茶番だと感じているのかやる気を感じられない。
もうちょっとやる気を出してくれと思いつつ残りの二人の方を見ると、こっちを見ずに何か話し合っているのが見えたので、影に潜って彼らの後ろの影からバレないように出る。
「侯爵は?」
「ダメだ。完全に気絶している」
「ほんの僅かに油断するだけでああなるのか……」
「戦場では一瞬の油断が命取りだからね」
「その通り……うおぉ!?」
「目の前に敵がいるのに作戦会議とか悠長だね」
「こ、この……!」
「ていっ」
「ぎゃっ」
バルカ男爵が後ろに下がりながら、バスター子爵を巻き込みかねないレベルの魔術を使おうとしてきたので、踏み込んで右腕をスイングさせて思いっきり張り手ではっ倒す。
地面を転がっていったバルカ男爵は、意識こそ失わなかったが脳震盪を起こしたのか起き上がろうとしても起き上がれなくなった。
「残るはバスター子爵だけだね。どうする? ここで英霊を侮辱したこと、ちゃんと謝ってくれればビンタ一発で勘弁してあげるけど」
「誰が……!」
「あっそ。じゃあ力づくで墓前に引っ張り出してやるよ」
死者を、勇敢な英雄たちを敬わず侮辱しあまつさえ無駄死にや犬死とかほざくような奴には、やはり加減なんてしなくていいだろう。
静かにキレたヨミはブリッツグライフェンを変形させて、両腕と両足にまとい右手に大きめのナイフを持ち、残ったパーツは背中に集めておく。
バスター子爵が素早く呪文を唱えてから聖属性魔術を使ってくるが、視線誘導やタイミングをずらすなどの技術などはせず、ただ高威力広範囲の攻撃を放ってくる。
固定砲台としてなら役に立つだろうが、ヨミやアーネスト、美琴などの高機動型のプレイヤーからすれば動かない敵などただの的だ。
撃ってくるタイミングも分かりやすいので影に潜ることはせず、きちんと走って避ける。
めったやたらに聖属性魔術を連射してくるので、決闘場の中を全力で疾走しながら徐々に加速していき勢いを乗せる。
もうこれ以上加速できないところまで来たら、円を描くように走るのをやめて真っすぐ向かって行く。
バスター子爵は迎え撃つように高威力の魔術を乱発してくるが、やはり下手だ。美琴のギルドにいるトーチやルナの方が、断然魔術の使い方が巧い。
直撃しそうなものだけをナイフでパリィしながら走っていき、ラスト十メートルでエネルギーを少し消費して強く踏み込み、強化された脚力に一定以上の力による踏み込みによって衝撃波が発生してさらに加速し、その間合いを一瞬で食い潰す。
腹にタックルしてその勢いのまま押し倒し、首筋にナイフの刃をぴたりと触れさせる。少しでも動けば鋭い刃が皮膚を裂き血が流れる。誰がどう見ても、勝敗は決している。
「あれだけ言っときながら、めちゃくちゃあっさり負けたね」
「わ、私は魔術師だ……! 魔術師相手に、不得手な近接を挑んで勝つだけで嬉しいのか……」
「動けない魔術師って固定砲台すぎて、戦闘している側からすると格好の的でしかないよ? それよりもよかったね。……さっき少しいやらしい目で見た女の子に押し倒されて、馬乗りになってもらえて」
最後の方は二人にしか聞こえないくらいの小さな声で言い、バカにしていると気付いた子爵はみるみる怒りで顔を赤くする。
だが負けは負け。戦闘不能になるまで追い込むことが条件だが、この状態からではどうあがいてもヨミのナイフが首を落とす方が早い。
認めたくないという気持ちと、だが状況的には完敗でそれを大勢が見ているため、認めざるを得ずバスター子爵はただギリギリと歯を食いしばった。
『はい、決闘はそこまで。勝者はやっぱりヨミだね』
マーリンが決闘終了を宣言し、ヨミはバスター子爵の上から離れ、ぱぱっとスカートについた砂ほこりを払う。
後ろで彼が上体を起こすのが聞こえたので、体を少し捻りながら振り向き、目が合ったところで右手で右目の下を引っ張りながらべーっと舌を出した。
「ボクに負けたんだし、言うこと聞いてよね。あんたら三人全員、英霊たちの墓標に全員連れてく。その前で、彼らを侮辱したことを謝ってもらうから」
「……貴族は、そう簡単に謝ることなど、」
「だったら次の竜王戦、あんたら全員連れてく。あの時の戦いの恐怖を、あんたらにも教えてやるよ」
結果的にほとんどが生還しているだけで、あの戦いはNPC側からすれば恐怖でしかない。
謝るつもりなどない態度を取っていたので、だったら謝るか竜王と戦うかの二択を突きつけてやる。
すると数秒迷った後で舌打ちをして、かなり小さな声で墓標に案内しろと呟いた。
あからさまだなと思いながらも言質は取ったので、確実に全員来させるためにマーリンにも同行してもらうことにして、ヨミは決闘場を後にした。




