どうして貴族はこうもめんどくさいのか
アンブロジアズ王国軍が西方を、リトルナイトにいる吸血鬼たちとノーザンフロストは被らないように南方を。ヨミたち銀月の王座は赫竜王関連を一任され、アーカーシャも今回のグランドクエストに全面協力することになった。
何も起きないことが一番だが、クエストが発生してしまっている以上竜王が来ることはほぼ確定になるし、変に深読みしすぎて国家防衛型クエストじゃなかったとしても、常に竜王に対する対策は立てておいた方がいい。
そういうことでクロムに頭を下げて一時的にでもいいから、王城内にあるかつてのクロムの工房に戻ってきて、そこで装備を作るように頼んでほしいとマーリンに言われた。
早速王城近くにあるワープポイントからフリーデンに飛んで、クロムの工房に向かい、ことの説明を行う。
ちなみに、マーリンも付いてきている。理由としては、クロムが了承してくれたらすぐに転移魔術で戻れるようにするため、だそうだ。
「……なるほどな。竜王が複数攻めてくる可能性がある、か。そのためにワシの作る装備が必要だと」
「そうなんです。クロムさんが貴族を嫌って王都に戻りたくないのは知っていますけど……」
「僕からも頼むよ、クロム。戻ってきてほしいとは言わない。ただ、僕たちに力を貸してほしい。200年前、君はボルトリント討伐作戦を失敗したことを悔いているかもしれない。だが、君はもうあの時の君じゃない。ヨミや、彼女の仲間が、君があの時よりもより優れた鍛冶師になって竜王を殺せる武器を作ったことを、証明しているじゃないか」
「……そうか。分かった。嬢ちゃんにまで頭下げられちゃ断れんし、何よりここでの生活が懸かってんだ。やってやろうじゃないか」
「あ、ありがとうございます!」
クロムが了承してくれてぱっと表情を明るくするヨミ。
素材は山ほどあるアンボルトやゴルドフレイの素材を使い、マーリンの方からも素材を融通すると言っていたので、グランドウェポンほどの性能はなくともほぼユニークみたいなものは作れるだろう。
何しろ、最近知ったことだがクロム自身がシエルのユニーク武器のアオステルベンを作り出した張本人なのだし、条件さえ整っていればユニークに近しいものくらい作れるだろう。
装備でも戦力の増強が見込めるので気分を良くしたヨミは、早速そのままマーリンとクロムと一緒に転移魔術で王城に帰還し、クロムと一緒にまずは工房の掃除を行うことにした。
そして死ぬほどめんどくさい輩に見つかった。
「貴様のような汚らわしい魔族など、本来この尊き王城の中に足を踏み入れることすらできないのだぞ」
「貴様がこうしてここに身を置けるのは、ひとえに陛下からの恩情にすぎんことを理解しろ」
「我々は決して貴様のことを認めることはない。容姿がいいからと、調子に乗るなよ」
少し前に、ヨミだけに留まらずアンボルト戦の英霊を侮辱してきたアホ貴族三人が、懲りずにヨミに絡んで来た。
お前らみたいな小物に認められなくても、お前らより上の立場のマーリンには認められるどころか友人関係だし、認めてないほうが少数なんだからお前らがどう行動を起こそうが笑って流されるだけだろと、今度こそ怒りを上手く制御しようとする。
「お前ら阿呆か。マーリンの奴が既にこいつとは親しい友人関係なんだ。今更、戦いが怖くて安全地帯で震えて待つことしかできんお前らが何を言おうと、この国の長が認めてんだぞ」
「黙れ、鍛冶職人如きが! そもそも、貴様はなぜ陛下のことを呼び捨てにするのだ!」
「ワシの話は聞いとらんのか。ワシは竜王が生まれた頃から生きてんだ。疾うに900年くらい生きてんだ。ワシからすりゃ、マーリンなんざそこらのガキと大差ないわ」
「貴様───」
「そんでそのマーリンから、昔みたいな呼び方で構わないと言われてんだ。お前らの言う、陛下の言うことが絶対だっていうなら、ワシはその言葉に従わにゃならねえんだ」
「減らず口を……!」
───あぁ、本当に面倒くさい。そういえば、前にリリアーナが何か言ってくるようなら実力でねじ伏せて優劣を決めていいと言っていたっけ。
怒りを堪えようとしていたが、大恩人であるクロムのことをずっと見下してバカにし続けているので、それも限界だった。
なので、やらないようにしようと思っていたことだが本当に限界なので、もう叩きのめしてやろうと決めた。
「そんなに言うならさ、ボクが相手してやるよ」
「は?」
「容姿が優れているとはいえ、魔族だ。それに、私の好みはもう少し背が高くて肉付きの、」
「違ぇよ、色ボケアホ貴族。気に食わないんだったら、戦ってボクがあんたらより弱いってことを証明して、追い出せばいいじゃないかっつってんだよ」
「ふんっ。私は貴族だ。何故この私がそのようなことを、」
「あっれぇ~? もしかして、怖いんですかぁ~? 散々ボクのことは認めないだのなんだかんだ言ってるくせに、口だけぴーちくぱーちくひな鳥のようにうるさいだけの雑魚なんですかぁ~? それとも、ボクみたいにちっちゃな女の子にボッコボコにされてプライドズタズタにされるのが怖いから、そんな水かければ溶けちゃいそうなぺらっぺらなプライドのために女の子から逃げるつもりなんですかぁ~?」
なんだか久々にするメスガキムーブに、久々にメンタルがゴリゴリに掘削されて行く。
隣にいるクロムが、普段と様子の違うヨミに目を丸くして驚いているが、だんだん体をぷるぷる震わせてから、やがて我慢できなくなったように盛大に吹き出してゲラゲラ笑う。
一方でヨミに煽られた貴族三人は、みるみる顔を真っ赤にして怒りで体を震わせる。
こういうクソほどくだらないプライドを優先しているような連中というのは、こうやって煽るとめちゃくちゃ弱いことはよく知っている。
自分のメンタルを犠牲に、もう一押ししてやろうと生意気な笑みを浮かべる。
「女の子と戦って負けるのが怖いからって逃げることを迷いなく選択するなんて……アッハハハ! 雑っ魚ぉ~! みっともなーい!」
ぶちん! と何かが切れる音が聞こえた気がした。
やっぱりこういう連中は手のひらで転がしやすいなと、面白くなってけらけらと笑う。
「ボクが負けることなんて絶対にありえないけどぉ……もしおじさんたちが勝ったら、何でも言うこと聞いてあ・げ・る。このお城に二度と近付くなって命令するもいいしぃ……ボクのこと、好きにしたっていいんだよ?」
羞恥心よりも好奇心が勝り、右手で自分の右太ももをスーッと上に向かって撫で、指先でスカートの裾を軽く引っかけて下着がギリギリ見えるか見えない程度のところまで引っ張り上げる。
すると、誰か一人がごくりと喉を鳴らすのが聞こえた。耳はいいし、誰が際どいところまで見えている太ももを凝視しているのか分かっているが、とりあえずまだだれか気付いていないふりをしておく。
「うっわ、キモ。誰が喉鳴らしたのか分からないけど、さっきもっと肉付きがいい女の人がいいとか言っておきながら、太ももが太くてお尻の方が大きめなボクの体で欲情するんだ。でもボクって体の大きさ的によくロリって言われるから、そうなるとおじさんたちロリコンってことになるけど?」
「なっ、誰が───」
「否定したところで、生唾のみ込んで喉鳴らした事実は消えないよ? ねぇ、バスター子爵?」
自分がいわゆるロリに分類されることは分かっているが、自分でロリだと口にすると何か致命的なダメージを負ったような感じがした。
そろそろこっちのデカい釣り針に引っかかってくれと心の中で絶叫しつつ様子を窺っていると、バルカ男爵が左手の手袋を外して足元に投げつけて来た。
「そこまで言うなら、貴様のその挑発を受けてやろうではないか! 私たちを散々煽ったことを、後悔させてやる!」
怒ったような、それでいてまるで自分たちの勝ちを確信しヨミを負かした後のことを楽しみにしているような顔をしながら、バルカ男爵が声を荒げる。
やっと釣れたかと安心したようにバレないように息を吐くと、ランパート侯爵とバスター子爵がバルカ男爵の後ろに立って彼の仲間だと言葉に出さずに示す。
ここに来てからこの三人がとにかくウザかったし英霊たちを侮辱したことが何よりも許せなかったので、泣いて謝ってもなおぶちのめしまくって足腰立たなくした後で、首根っこ掴んで英霊たちの墓標の前まで引きずってそこで謝らせてやると意気込み、一緒にいるクロムは呆れたと言わんばかりの深いため息を吐いていた。




